11、本当に優位なのは
結局、数ヶ月経っても記憶が少しも戻らず解決策も見いだせず、やきもきしながら洋館で仕事を続けていた。玲二様は変わらず優しく、聡一様とは金曜日のデートを続けていた。
公園の噴水の周りに紫陽花が咲く季節になった時だった。
「聡一様、紫陽花綺麗ですね。」
「ああ、そうだな。たくさん綺麗に咲いてるな。」
「青なら酸性、赤ならアルカリ性って色が変わるのって面白いですよね。」
「ああ、そうだな。」
「絹川様も連れてきてさしあげればいいんじゃないですか?」
「あの人は他に好きな人ができたらしいこの前フラれたよ。」
「そうですか。じゃあそろそろ私達も終わりですね。」
「それとこれとは別だろう。」
急にムキになって怒っている。話を変えよう。
「玲二様にも見せてあげたいですね。」
呟いた途端、ぐっと肩をつかまれた。
「これは俺と美雨の秘密だろう!」
まっすぐに見つめられ叫ばれる。仕方なく頷き同意すると解放されたけど最近こんな事が多い、玲二様とお話しをしている時には入って来ないのに、私が1人になった途端、部屋に連れて行かれ質問責めにあう。2人で何を話していたのか笑顔を見せるなとか。私が浮気をしたかのように。
「うーん。恋人の真似事なんてするんじゃなかった。」
自室で一人呟いてしまう。最初は絹川様を助ける為に…。そろそろやめる頃合だろう。玲二様も聡一様もお給料とは別にボーナスやお小遣いをくれてお金は貯まってきたし、去る頃だろう。玲二様と聡一様にお礼をしてどこか違う所で住み込みの仕事を見つけよう。……いや見つけてからここを出よう。そうと決まれば贈り物を買いに行こう。
「美雨、どこに行くんだ?」
「聡一様、図書館です。」
「じゃあ俺も行くよ。」
「今日は…。」
「なんだ?隠し事か?俺に言えない事か。」
「聡一様今日は土曜日です。食事は作ってありますし、恋人の時間は昨日過ごしましたよね。土日は休みですし自由な時間の筈です。」
「そんなの関係ない!」
「兄さん声を荒らげてどうしたの?」
玲二様が2階から降りてきて私の前に立ってくれる。私を庇ってくれているようだ。
「玲二。どけよ。」
「駄目だよ兄さん。仕方ないなぁ。全部知ってるよ。兄さん美雨さんの事も。姉さんの事も。」
いつもの優しい玲二様なのにとても冷たい声で聡一様に言い切った。私の事、昔の事。聡一様は顔を伏せて震えている。
「兄さん、バレてないって思ってたの?美雨さんから聞いたんじゃないよ。ご近所の人が見てたんだ。最近、決まって金曜日に2人で公園でお弁当食べてるって。美雨さんにも同じ手を使ったんでしょう。でもそりゃそうなるか。だって美雨さんって姉さんにそっくりだもんね。見た目もだけど中身も、優しくて真面目で人の気持ちがわかる人だ。」
「玲二……。ちがっ。」
「違わないでしょう。美雨さんを脅して付き合わせてたんでしょう。」
聡一様はか細い声でただ違うとだけ呟いている。玲二様は追い込むように聡一様の耳元で何かを囁いている。聡一様は玲二様が怖いようだ。
正直、私も怖い。いつもの2人は聡一様が少し高慢な態度で玲二様に文句を言い玲二様が笑顔でたしなめる。いつもが演技という事なのだろうか。これ以上人が傷付けられるのを見ていられない。
「玲二様、聡一様と図書館に行きますが、何か必要なものはありますか?お休みの日ですがおつかいはします。」
ぱっと聡一様が顔を上げ私を見つめる。玲二様は驚いた様子もなくいつもの笑顔で私に駅前のカフェでコーヒーを買ってきてくださいと言って2階にあがってしまった。
「さあ聡一様行きますよ。」
「ああ。」
「雇い主は玲二様ですから、あまり何度も聡一様を庇う事はできませんよ。」
「ああ。」
聡一様は上の空でただ私の後ろをついてくる。本当に面倒な事になった。