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第7話

 静まり返る教室。何とも言えない圧迫感がその空間を支配していた。


「……その手に持っているものは、なに?」


 けして大きくはない声。しかし全裸で極寒の雪の中へと放り出されたような底冷えする声色に、健は心の底から恐怖を感じた。

 ここは発言に気を付けなければならない。自分の身の潔白を証明することに全力を尽くさなければ未来はない。身体中からどす黒いオーラを発している彼女の怒りを収めなければ万象一切灰燼とされる。

 大河も必死に言葉を探している健を祈るような気持ちで見つめていた。自分達の学園生活の安寧を保つためにも健の言葉が命運を担っていることは間違いない。

 あらゆる可能性の糸を手繰り、その中で健が至った姫香に対する弁明(最適解)とは……!?


「いや、その、あの……手が勝手に……」


 考えうる限り最悪だった。健の安易な選択により、このままスカイネットによって開発されたT-1000《姫香Ver.》によって人類は破滅の一途をたどるであろう。

 ピキッ、と音がするほど額に青筋を作った姫香がゆっくりと華の方に顔を向ける。


「華……犯罪者に悪の鉄槌を」


 華はコクリと頷くと持っていた鞄をその場において一直線に健へと突撃した。始業式の日の光景が脳裏によぎった大河は鞄を放り投げ二人の間に割って入る。


「邪魔するならあなたも容赦しない」


 大河の乱入に姫香は驚いた様子であったが、華は動じることなく大河のブレザーの裾と襟元を握った。その瞬間、大河の目がすっと細まる。


「……っ!?」


 終始無表情であった華が驚きに目を見開いた。がそのまま襟元を握る手を返し、懐に入り込むと裾を引きながら大河の巨体を容赦なく投げ飛ばす。


 ガラガラガシャーン!!


 お手本のようなきれいな背負い投げを受けた大河の身体は大きな音を立てながら机や椅子を吹き飛ばしていった。


「……はっ!!し、銀氏!!大丈夫でありますかっ!?」


 突然の出来事に茫然としていた健が慌てて大河のもとに駆け寄る。同様に言葉を失っていた姫香も我を取り戻し、動揺しながら華の方へと詰め寄った。


「は、華!!ちょっとやりすぎじゃない!?」


 まさかここまでやると思っていなかった姫香だったが、華の様子を見て思わず口をつぐむ。いつも無表情で感情を表に出さない華が大量の汗を流しながら呼吸を荒げて大河の方を見つめていた。


「いてて……」


「銀氏!!無事でありましたか!!」


「なんとかね……」


 頭をさすりながら起き上がる大河を見て、健は頬を緩める。大河の身体を確認し、怪我がないことがわかると、そのふくよかなお腹をポンポンと手で叩いた。


「やはりいざって時のエアバックでありますな!!」


「……すごいむかつく」


「なにはともあれ怪我がなくてよかったであります!!」


 ジト目を向ける大河を宥めると、健はスタスタと自分の席に歩いていき、鞄を手にとる。そしてポカンとこちらを見ている姫香に胡散臭い笑顔を向けた。


「ではでは、拙者と銀氏はここらでお暇したいと思うのであります!!金城氏、灰原氏、それではまた明日!!」


 ニコニコ顔で手を振ると大河に向かってさっさと来いアピール。大河も健の意図を汲み取りそそくさと教室の出口へと向かっていく。


「……ちょっと待ちなさいよ」


 当然そんなことが許されるわけもない。油の切れたロボット用にギギギッと音を立てながら健が振り返ると、天使のような笑顔を浮かべる姫香が立っていた。


「あなたたち、二人とも生徒会室に来なさい」


 がっくりと肩を落とす健に対して、僕も!?と驚きながら自分を指さす大河。姫香は笑顔でうなずくと華の方へと顔を向けた。


「華。悪いけど机や椅子を整えてから生徒会室に来てくれる?」


 姫香の言葉に頷く華ではあったが、その視線は大河から離れることはない。不審に思いながらも今は他にやることがある、と二人を引き連れ姫香は教室を後にした。三人が出ていった方をしばらく見つめていた華だったが、ゆっくりと荒れた教室に目を向け、姫香に言われた通り机を並べ始めた。



 生徒会会議室。


 部活の予算会議や学校行事について話し合う場として用いられるこの場所は大河達がいる二年生の校舎の三階に設けられていた。おおよそ一般の生徒達が来ることはなく、生徒会の面子が美少女しかいないということで「秘密の花園」と呼ばれている。しかし一部の生徒からはこうも呼ばれていた、学園の秩序を乱した者の『処刑場』である、と。


 会議室の中は普通の教室と変わらない程の広さであった。真正面には会議に使うためかホワイトボードが置かれており、それ以外にはパイプ椅子と長机しか存在しない。その机と椅子もほとんどが折りたたまれており、会議室の端っこに積み上げられている。今あるのはホワイトボードの前に長机が一つ生徒会のメンバーのためのパイプ椅子、そして長机を挟んで向かい側に罪を犯した愚か者が座る断罪の椅子があるだけであった。


 紫垣あやめは議長席に座りながら机の向こう側に座る二人に鋭い視線を向けている。傍らには必要な時にいつでも使えるよう哀悼の木刀が置かれていた。その横に座る姫香も二人を、というより健を射殺すように睨みつけている。

 ここにいるのは四人だけ。あやめは静かに指を組みながら机に肘を乗せると、姫香の方へと視線を向けた。


「とりあえず状況がわからないから説明してくれる?」


「わかりました。まずは……」


「異議あり!!」


 健は勢いよく立ち上がるとビシッと人差し指を伸ばす。そのあまりの勇壮さに追求したくなるようなBGMがかかってきそうだ。


「……なによ?」


 姫香が不満そうに言うと健は照れたように頬をかいた。


「いや、なんかこう裁判を受けているようでついやってみたかったであります」


「……なるほどね」


 そのなるほどは他人の言葉を受け入れて自分も同意見であることを示す副詞としての意味なのか、それとも特定の人物を表すものなのか、そんな冗談が言えないほど怒気の混じったあやめの声色に健は身を縮こめながら腰を下ろした。あやめの恐ろしさは始業式の日に目にしているというのに、それでもネタをやり遂げる健に大河は呆れを通り越して感心していた。


「次ふざけたら……わかっているわね?」


「はい!肝に銘じるであります!本当に申し訳ありませんでした!!」


 木刀に手がかかっているあやめを見て、健は何度も首を縦に振る。


「じゃあ姫香、お願い」


「はい。今日の最後の授業は体育だったんですが、ちょっとしたアクシデントで怪我をしてしまいました」


「そういえばここに来るとき足を引きずっていたものね。大丈夫?」


「あっ、全然問題ないです!気を遣わせてすみません!!」


 あやめがちらりと足首に目を向けながら姫香を気遣うと、姫香は両手を振りながら心配ないことをアピールした。


「そう?話の腰を折ってごめんね。続けて?」


「……このままでは拙者も物理的に腰を折られそうであります」


「なんか言った?」


「なんでもないであります!!」


 ぼそりと呟いた健の言葉を耳ざとく聞きつけたあやめが眉を顰めて健の方を見る。健は慌てて敬礼をして従順な意を示した。呆れた顔で健を見つつ、姫香は話を続ける。


「そのまま華に連れられて保健室へと向かったんです。そこで手当てをしてもらったんですが、途中で華が制服を持ってきてくれたのでそこで着替えました」


 着替えは華が持ってきたのか。告白の時といい、華の仕えっぷりに大河は内心舌を巻く。


「そしてホームルームが終わったころに教室に戻ったんですが、藤岡先生に呼ばれていると聞いたのでジャージを鞄にしまい急いで職員室に向かいました。……でもその用件は『怪我をした生徒を心配しないと世間体が』とわけがわからないものでした」


 姫香の話を聞いて大河は吹き出しそうになるのをぐっとこらえた。学内でも有名な姫香が怪我をしたともなれば、労わなければ教師間の体裁が悪くなる。かといって自ら赴くのは面倒くさい。だから姫香を職員室に呼び出せば、同僚に心配しているところを見せ付けることができかつ自分はわざわざ席を立つ必要もない。まさに一挙両得。物臭の極みのような康夫が大河は割と好きだった。


「藤岡先生は相変わらずね……それで?」


 あやめは額に手を当ててため息をつくと姫香に先を話すように促す。


「それで教室に帰ってきたらそこの駄眼鏡が私のジャージを愛おしそうに持っていたんです」


「なるほどね……有罪」


「即決ぅ!?」


「最初のやつがイラッとしたから」


 現在の裁判をあざ笑うかのようにスピード判決を下したあやめが涼しい顔で言ってのけた。思わず立ち上がり必死に弁明している健を無視して、あやめは大河の方に視線を向ける。


「ところで……今の話に君は存在していないようだけどなんでここにいるの?」


「そうですね……それは僕が一番聞きたいところです」


「……って言っているけど?」


「彼はこの駄眼鏡の友達!犯行時も一緒にいたので共犯として連れてきました!!」


 あやめはつまらなさそうに顔を姫香の方に向けると姫香は自信満々に言い放った。


「そうなの?」


「いや僕は関係ありません」


「あっそう。なら帰っていいわ」


「あやめさん!?」


「銀氏!?」


 二人のやり取りを聞いて姫香と健が同時に大声を上げる。木刀に手を伸ばしたあやめを見た大河はそのまま席を立とうとするが、その腰に健は必死の形相で食らいついた。


「銀氏!!それはないであります!!それはあんまりであります!!」


「大丈夫。骨は埋めてあげるから」


「そこは拾って欲しいであります!!」


 涙目で訴えかけてくる健を見て、ちょっとからかいすぎたか、と反省した大河は一つ息を吐くともう一度パイプ椅子に座り直す。そして木刀片手に近づいてくるあやめに、健の身の潔白を証明しようと口を開こうとした瞬間、会議室の扉が開かれた。


「あらあら……これはいったい何の騒ぎですか?」


 そこには柔和な笑みを携えた白鳥明日香が立っていた。

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新連載始めました!『イケメンのあいつはチートで、勇者で、主人公で……俺の親友で。』もよろしくお願いいたします!!
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