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第5話

 個性溢れる新生徒会メンバーの人気は留まるところを知らなかった。始業式の翌日の日から全員が最低一度は毎日誰かから愛の告白を受けているようであった。そしてその告白が成功したという話は一切聞かず、恋に破れた犠牲者達がやさぐれた顔で校舎を徘徊するというのが日常風景になってきていた。特に金城姫香に関してはその犠牲者が保健室に連れていかれる、という噂が流れるほどであり、始業式の惨状を見た大河と健はその噂が真実だ、と確信していた。


 そんな生徒会の面々と交流のない大河達は特に変わらぬ日常を過ごしていた。美少女揃いであろうが、その一人一人にファンクラブができていようが二人にはなんの関係もない。二人に対する周りの視線が劇的に良くなるわけもなく、新クラスでも一年生の時と同様、いないものとして扱われていた。大河は健と馬鹿な話ができればそれでいいと思っているので、特に気にすることはなくむしろ気楽でいいとすら思っていた。朝教室で挨拶をして、お昼はお弁当を持ち寄って一緒に食べる。そして時々寄り道をしながら二人でダラダラと帰宅する。まさに素晴らしき学生生活。特別なことなどそこには何もなかったが二人は満足していた。しかしそんな平和な時間がそう長く続くわけもなかった。




 校庭では青いジャージを着た大河のクラスの生徒達が男女に分かれて集まっていた。最後のコマ、六限目の授業ということで明らかにやる気のない生徒達を見た体育教師が、親睦を深めるためにドッジボールを行う、とかもっともらしい理由をつけて授業を放棄する。他校とは一味違ったハイレベルな授業を受けた後、あれこれ堅苦しい説明を受けて身体を動かしたくなかった生徒達はホッと安堵の息を漏らし、自発的にチームを組んで玉遊びに興じ始めた。

 学校の授業なので流石に二人をはぶるような真似はしなかったが、その巨体もあって大河は真っ先に狙われる。ポヨーンとその大きなお腹で見事にボールを弾き返した大河を見て、投げた相手は小馬鹿にするように鼻を鳴らした。


「銀氏は情けないでありますな。拙者がドッジボールのなんたるかをみせるであります!」


 自信ありといった様子でこちらに決め顔を向けてくる健に対して曖昧な笑みを返すと、いそいそと外野へと移動する。

 どうせ自分にボールなんて回ってこないだろうと外野の隅で体育座りをしていると、間を置かずして見慣れた眼鏡が肘を抑えながらトボトボとこちらに歩いてきた。


「意外と早かったね」


 大河のところまで辿り着くと健は何も言わずにその隣に座り込む。借りてきた猫のように大人しく座っていると思えば、急に顔をゆがめ自分の左腕を握りしめた。


「くそっ!!腕を狙うとは卑怯なり!!我が青木家では上半身を狙うのは禁じ手とされているであります!!しかも拙者の利き腕を狙うとは……まったく、人の風上にも置けないやつであります!!」


「いやそれ普通だから」


「上半身を狙うことがでありますか!?」


「そうだよ」


 信じられないといった表情を浮かべ、わざとらしく仰け反る健に冷たい視線を向ける。健はそのまま膝をつき、懺悔をするようにゆっくりと握りこぶしを地についた。


「なんと……この短期間にルールの改定があったとは……一生の不覚であります!!それを知っていれば拙者の必殺の拳が火を噴き、レイザーと十四人の悪魔を葬り去ることができたというのに!!」


 健はぶつけようのない怒りを拳に乗せ、地面を何度も叩きつける。こんなことでは例の海岸線のカードを手に入れることなどできない。指定ポケット百種コンプリートの夢は道半ばで潰えてしまうのだ。

 健は悔しそうに地面に突っ伏しながら大河のほうにチラリと視線を向ける。大河は健の言葉などまるで耳に入っていない様子でクラスメートのドッジボールを見ていた。健が先ほどよりも大げさにまったく同じ動作を行うが、大河は見向きもせず、その横顔はお前の茶番には付き合わん、と雄弁に語っていた。健は静かに大河の隣に座ると、顔を自分の膝にうずめる。


「終わった?」


「……心が折れたであります」


 大河か顔を向けながら訪ねると健が消え入りそうな声で答えた。健がこうなることはよくあることなので、特に気にすることなく大河は引き続きクラスメート達の方に目を向けるが、その光景に何となく違和感を感じる。


「ねぇ青木君」


「……なんでありますか?」


 いじけモードはいまだ継続中であるらしく、健は顔をうずめたままぶっきらぼうに返事をした。


「うちの学校って体育の授業は男女分かれてやるんだよね?」


「何当たり前のこと聞いてるでありますか。クラス単位で授業は行うので同じ場所で体育の授業をやりますが、高校生ともなれば男女の運動能力の差は当然出てくるので、男女分かれて授業は行うでありますよ」


 健が顔をあげながらあきれ顔で大河に説明する。もちろん既に一年間を皇聖学園で過ごしている大河はそんなこと百も承知であった。しかしそうであれば、と大河は首をかしげながらドッジボールをする男子の中にいるある人物を指さす。


「あの子、女子だよね」


 そこには男子に交じってなぜか可愛らしい女の子の姿があった。健は眼鏡を直して大河の指の先を見ると、当然とばかりにうなずく。


「そうでありますが?しかもかなりハイレベルのかわいい女子であります」


「いやいやありますじゃないよね?」


「まさか銀氏にはあれが男に見えるでありますか?それなら早急に眼鏡を買うことをお勧めするであります。拙者がいつも買う眼鏡屋に今度一緒に行って……」


「見えてるよ!まごうことなき女の子だよ!僕が聞きたいのはなんで女の子が男子に交じって体育をしているかってこと!」


 大河がツッコミよろしくの勢いで問いかけると、健は合点がいったようにポンっと手をたたいた。


「そういうことでありますか。銀氏は彼女のことを知らないでありますか?」


「……知っているよ。橙木(とうのき)(かえで)さんでしょ?」


 なんとなく微妙な表情を浮かべる大河。なぜそんな顔をするのか、と疑問に思わないでもないが健は特に聞き返すことはしなかった。


「知っているなら拙者に聞かなくても理由がわかるのではないでありますか?」


「どういうこと?」


 眉を顰める大河を見て健は少し驚いたような表情を見せる。


「……その顔は本当にわからないって顔でありますな。いいであります!!拙者が彼女のすべてを説明してやるであります!!」


 健は握りこぶしを掲げ、勇壮な戦士のように力強い笑みを浮かべた。大河です、時々友人のスイッチの入りどころがわからない時があるとです。


「まずは性格であります!!見てわかるように橙木氏は清楚なお嬢様というよりは元気な活発系であります!!いつもニコニコと明るい彼女の周りには常に人が集まり、誰とでも分け隔てなく仲良くなれるのであります」


「誰とでも、かぁ……。青木君とも仲がいいの?」


「ちょっと何を言っているのかわからないであります」


 大河のふとした疑問を健は無表情で一蹴する。なんとなく悪いことを聞いた気分になった大河が小さな声で謝ると、健は一つ咳払いをして説明を再開した。


「次にルックスであります!!オレンジ色のショートカットは活発な彼女のイメージにぴったりの髪形で、笑った時にできるえくぼが彼女の魅力をより一層引き立てているであります!!子犬のように大きくつぶらな瞳で見つめられたら最後、彼女のとりこになること間違いないであります!!」


 なんか自分のききたいことと関係ない方向へどんどん言っているような気が……。そう思う大河ではあったが、水を得た魚……いや見た目的に水を得た深海魚のように話す健の勢いに押されて口をはさむことができない。


「おまけに引き締まった肉体!!昨今のベッドでスマホをいじりながらお菓子を貪り食う女子とは一線を画するのは間違いないであります!!そして銀氏は一番ここが気になるところでありますが……かなりの大きさを誇っているであります!!たわわに実った二つの果実に拙者の視線も思わず釘付けであります!!」


 健は楓のおっぱ…身体の一部を凝視しながら鼻息を荒くしていた。そんな健を見てげんなりしつつもやっと終わったか、と大河が口を開こうとする。何を勘違いしているんだ?健のバトルフェイズはまだ終了していないぜ。


「重要なのはバランスであります!!胸の話ではないでありますよ?まぁ胸のバランスも素晴らしいものがありますが!!拙者が言っているのはルックスと性格のバランスであります!!橙木氏はそれが完璧にマッチしているであります!!一説ではあの高嶺の花と言われている生徒会の人達よりも人気があると言われているであります!!やはり気張らずにいられる相手というのを男は求めているのでありますな!!」


 まさかまだしゃべることがあったとは……青木健、恐ろしい男よ。同じ轍を踏まぬよう慎重に健の様子を探りながら、大河は本来聞きたかったことを尋ねた。


「それで?橙木さんが男子に交じっている理由は?」


「あぁ、運動神経がいいからであります」


 けろりと言い放った健のあまりにシンプルな答えに大河は顔をヒクつかせる。そんな単純なことを伝えるのに、彼はあんなにも長い説明を要したのか……いや十割いらない情報だっただろ、あれ。

 大河は大きくため息をつくと楓の方に目を向けた。仲間からのパスを受け取った彼女は威勢のいい掛け声とともにボールを投げ、見事相手を外野送りにする。その活躍は男子顔負けの、下手すりゃそれ以上のものであり、あれなら交じるのも無理ないか、と大河は一人で納得していた。


「きゃっ!!」


「金城さん!!」


 そんなことを考えていると何やら女子のほうが騒がしい模様。大河と健が同時にそちらに目を向けるとそこには女子か集まっており、その中心で金城姫香が足首を押さえて倒れていた。


「なにがあった!?」


 体育教師が血相を変えて駆け寄ってくる。


「た、大したことはないです。ちょっと転んでしまって……」


 心配かけまいと笑顔を浮かべる姫香だったがその顔色は思わしくない。すると姫香にしゃがみこんで姫香を支えている女子生徒が事情を説明し始めた。


「私がボールを避けようとしたときに金城さんとぶつかってしまって……その時に彼女の足を踏んづけてしまったんです!!」


「なに!?金城!!足首を見せてみろ!!」


「だ、大丈夫です!!」


 必死に隠そうとする姫香の手をどかしてみると、そこには赤く腫れあがった足首があった。それを見た体育教師は顔をしかめ、姫香の足を踏んでしまった女子生徒は両手を口にあてショックを受けている。


「これはいかん!骨に異常があるかもしれん!!」


「そ、そんな!私のせいで金城さんが…本当にごめんなさい!!」


「大丈夫よ。気にしないで。それにわざとやったわけじゃないんだからそんなに謝らないわよ」


 事態を大きくしている体育教師に内心舌打ちをしながら、何度も何度も頭を下げるクラスメートに姫香は優しく微笑みかけた。そしてゆっくりと立ち上がると、いつの間にか隣に寄り添っていた灰原華に連れられ、そのまま保健室へと向かっていった。

 授業はそのままなし崩し的に終了となり、生徒達は教室へと戻っていく。クラスのマドンナを襲った突然の悲劇、男子も女子もその足取りは重い。誰もがお葬式に参列しているような暗く、陰鬱な雰囲気を漂わせていた。大河もそのあとに続いて教室に向かっていく。皆が姫香の容態を心配する中、大河だけは、女子には優しいんだよなぁ、と一人場違いなことを考えていた。

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新連載始めました!『イケメンのあいつはチートで、勇者で、主人公で……俺の親友で。』もよろしくお願いいたします!!
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