第20話
「誰だ、お前?」
赤バカが眉をひそめながら窓に座っている男を睨みつける。男は友人に対してするみたいによっ、と馴れ馴れしく手を挙げて応えた。
「俺は赤羽大翔だ。よろしくな」
その名前を聞いた黄バカが、突然ガクガクと震えながら尻餅をつく。
「あ、あ、赤羽大翔ってまさか……?」
「お、おい!どうした!?」
「知っている奴なのか!?」
その怯えっぷりに狼狽えた二人が黄バカに問いかけると、黄バカは慌てて説明をしようと口を開きかけ、
「おい……余計なことは言うなよ?」
その口を瞬時に閉じた。大翔は笑顔を向けているというのに、告げられた言葉の信じられないほど冷たい声色に、健は思わず鳥肌がたった。
「なんで……あんたが…………まさかこいつの!?」
やっとの思いで声を出した黄バカが健に視線を向けると、大翔は笑いながら首を左右に振る。
「いやー俺はそいつとは初対面だぜ?それにお前らに手を出すつもりなんてねぇからさ」
赤バカと緑バカは警戒するような視線を向け、黄バカは怯えたような視線を向けた。それを見た大翔は少しだけ笑みを薄める。
「……怯える相手が間違ってるっつーの」
静かに呟かれたその言葉の意味を正しく理解したのは健だけだった。
「さて!もう少しだけ時間がありそうだ。……お前ら銀狼って知っているか?」
唐突に告げられた言葉。それぞれ三者三様の反応を見せる。
「銀狼ってあの伝説の?」
「この街にいる奴の中で知らない奴なんかいないだろ?」
赤バカと緑バカが答えるが大翔は二人の事など見ていなかった。大翔が注目していたのは健の反応。そしてそれを見て大翔の中で確信に変わる
こいつは知っている、と。
「そうだな。この街にいりゃ一度は聞いたことあるだろうよ」
大翔は少し前かがみになり、膝の上に両腕を乗せた。
「ならず者の街、夜行街に突如として現れた謎の男。そいつは誰彼構わず喧嘩をふっかけ、瞬く間に街の頂点まで登りつめた」
それは誰でも一度は聞いたことがある話。力に憧れる若者達の心を鷲掴みにするような御伽噺の類。誰も本気でそんな奴がいたなどとは思わない。
「そいつはなどこの組織にも属さず、誰ともつるまず、一人で夜行街の連中全員に喧嘩を売ったんだ。まさに孤高の狼ってところだな」
今の話は三バカにとって初めて聞いたものだった。大体この話は銀狼と呼ばれる強い男がいたというところで終わってしまう。だが別にそれを聞いたところで何かが変わるということはありえない。三バカは大翔がこの話をする意味を知りあぐねていた。
「信じられるか?たかだか中坊のガキがいきなり街にやってきて、一人残らずかかってこいよって言ってきたんだぞ?しかも強いのなんのって」
まさに見てきたような口ぶり。いや実際に見ていたのではないだろうか。三バカの頭にそんな思いが浮かんだ。だが話のモデルが中学生だったとは驚きだ。
「そいつ髪は夜の月が銀色に煌めいているようでな。銀髪の一匹狼……いつしか銀狼って呼ばれるようになったな」
大翔の纏っていた空気が一変する。それは三バカとはまるで違う、夜行街の本物の強者のみが醸し出せる空気。
「お前らは虎の尾ならぬ狼の尾を踏んだんだ……だからもう後悔してもおせぇよ」
ドゴォーン!!!
トラックがぶつかったかのような衝撃音。そして木の葉のような吹き飛ばされる頑丈な鉄の扉。
三バカの視線が飛んできた扉に集中する。その錆びた扉の中心にはくっきりと足跡が浮かんでいた。
そして次に視線が向かうのはその扉があった場所。そこには足を振り上げた銀髪の肥満男が立っていた。
それだけでバカな彼らにも理解できた。今この場で何が起こったのか、そして自分達がどんな相手に喧嘩を売ったのか。
大河は三バカには目もくれずボロボロになっている健の所に近づく。
「健、無事?」
「見てわからないでありますか?満身創痍であります」
「そうみたいだね」
大河は苦笑いを浮かべると健に肩を貸した。健も素直にそれに従い、肩を組みながら出口まで歩いていく。その後ろを当然のように大翔がついていった。
そして出口に来たところで大河の足が止まる。
「おい」
「は、はひ!」
決して大きくはない声。なのにえもいわれぬプレッシャーを感じた三バカの背筋がピンと伸びる。
大河は少しだけ顔を向けると、抑揚のない声で三バカに忠告した。
「僕の周りの人達にこれ以上手を出すな。……次はない」
「はははははい!!すすすすいませんでした!!!」
必死に地面に頭を擦り付ける三バカを一瞥すると、大河は健を連れて部屋から出ていった。
✳︎
「おう、哲!俺だ」
ビルから出たところで、大翔がどこかに電話をかけ始めた。
「今からいうビルに三人ほどバカがいるから軽めに躾けといてくれ……えっ?自分でやれって?いやいや、今回俺は傍観者だよ!……いやだから相手したのは大河だって!」
なにやらもめている模様。とりあえず自分の名前を出すのはやめてほしい。
「これから俺は大河んとこ行くから……はっ?挨拶に行きたい?やめとけバカ!大河のダチもいるんだ!お前が来たらビビるだろうが!」
いつのまにか大河の家に大翔がくる流れになっている。嫌そうな顔をしている大河の隣で、大翔が乱暴に電話を切った。
「くそっ!絶対あの野郎は俺をボスだと思ってねぇよ!」
「っていうかうちに来ないでくれない?」
大河の冷たい視線を完全にスルーし、大翔は健に目を向ける。
「おう、まだお前さんの名前を聞いてなかったな!とりあえず俺はさっきも言ったけど赤羽大翔ってんだ!大翔って呼べよ」
「大翔氏でありますか。拙者は青木健であります」
さっきの堅気ともは思えない雰囲気を醸し出した大翔に、健は少しも日和った様子はない。
「変な喋り方だが、健は中々に見込みがある男だよなー!お前も一緒に大河んち行くだろ?」
「拙者は……」
恐らく母親のことが気になっているのであろう、健が少し考える素ぶりを見せる。
だがなんとなく今日は話がしたかった大河はおもむろにスマホを取り出し、電話帳で名前を見つけると、発信ボタンを押した。
『……はい』
「もしもし?多恵子さんですか?」
「えっ?」
健の目が点になる。
「無事、健君は保護しました」
『本当!?やっぱり大河君に話して正解だったわ!』
「えっ?いやおかしいでありますよね?」
受話器の向こうから多恵子の嬉しそうな声が聞こえた。健のことは当然無視。今電話中なんだから話しかけないでください。
「それでちょっとご相談なんですが、健君をうちに泊めてもいいですか?」
『えっ!?』
しばしの沈黙、そして聞こえてきたのはまさかの嗚咽。
「た、多恵子さん?」
『ごめんなさい。健がお友達の家に泊まりに行けるのが嬉しくて……』
健、お前はどれほどのボッチだったんだ。大河が憐れみを込めた視線を向けると、全く状況を把握できていない健は首を傾げた。
『ご迷惑でなければ是非お願いします』
「わ、わかりました」
『大河君、本当にありがとうね』
なんでかお礼を言われてしまった。なんとなく照れくさくなりながら大河は電話を切る。
「オッケーだって」
「いや、まず人の母上と連絡先を交換している件については何か弁明はないでありますか?」
「この前聞いた、以上」
「いやおかしいでありますぅぅぅ!!」
健の叫びを右から左に聞き流し、大翔に顔を向けた。
「大翔も来んの?」
「もち!久しぶりに大河んとこでゆっくりするぜ」
確かに。大翔はもう長いこと大河の部屋には来ていない。まぁ、大翔が来ると適当に家の中を荒らして帰るので、こっちとしてはたまったもんじゃないのだが。
とりあえず母上の連絡先!と騒いでいる健を宥め、三人はスーパーに置きっぱなしにしてある健の自転車を回収し、大河のアパートへと向かった。




