第19話
健です。物凄いピンチとです。
人生初の逆ナンがスーパーの前で、しかも相手は物凄く頭が悪そう相手だったとです。
全員が鼻や耳にピアスをつけまくっているとです。恐らく鼻の穴を増やせばもっと呼吸がしやすくなると思ってるとです。バカです。
三人はそれぞれ赤い髪に緑の髪、そして黄色い髪をしとるとです。信号機です。やっぱりバカです。
そんな三バカに廃れたビルまで連れてこられたとです。これは一大事です。このままではヨーグルトを買うことができないとです。
健です……健です…………。
「おいおい、メガネよぉ……さっさとあのデブを呼び出せって言ってんだろうが!!」
赤髪の男、通称赤バカがその辺にあったパイプ椅子に座りながら怒声を上げる。健は怯えるフリをしながらその実、赤バカの鼻から飛び出る鼻毛を観察していた。ちなみに鼻毛は黒です。
「殺されたくなかったら、ケンちゃんのいうこと聞いた方がいいよ?」
「そうそう!ケンちゃんはキレっと何するかわからないから」
緑バカと黄バカがニヤニヤとアホっぽい笑みを浮かべる。頭空っぽの方が夢詰め込めるって言っても、こいつらの頭の中にはたいしたものは詰まっていなそうだ。
健はさりげなく出口に目を向ける。連れてこられたこの部屋には窓がいくつかと、頑丈な鉄の扉が一つしかなかった。その鉄の扉も三バカが閂を下ろし、外からは入れないようにしてある。
逃げようとしてもあの扉を開けるのは手間取りそうでありますな……。
扉は錆びついているのか、ここに入る時も二人掛かりで押してやっとの思いで開けていた。そうなると扉から逃げるのは得策ではない。
かと言って窓から飛び降りるというのもナンセンスだ。この場所はビルの三階の位置にある。運動神経が皆無な自分が飛び降りたらどうなるか。想像するに難くない。
となると……交渉という手しかないでありますな。
健は内心ため息をつきながら、発情期の猫並みにイキっている三バカに目を向けた。正直、日本語が通じるような顔はしていない。だがそれしかもう手はないのだ、健は意を決してリーダー格の赤バカに話しかける。
「君達は拙者の友達に会いたいでありますか?」
「あぁ?なんだよ急に!」
いや急にって。さっきから自分で呼び出せって言ってたじゃないか。
「ごちゃごちゃ言ってないであのデブを呼び出せばいいんだよ!」
「ふむ、それはいいでありますが、なんて言って呼び出すんでありますか?」
「はぁ?そんなの適当な理由をつけて呼び出せばいいだろうが!」
赤バカはイライラしたように貧乏ゆすりをしている。やはり単細胞生物か。
「こんな時間に適当な理由をつけて呼び出したら来ると思っているでありますか?それこそ適当な理由をつけて断れるのがオチであります」
「なっ……!!」
「だ、だったら俺達に攫われたって言えばいいだろうが!それなら飛んで来るだろうよ!」
赤バカが目を見開いたところで、黄バカがフォローに入る。だが所詮バカはバカ。恐るるに足りない。
「確かにそれなら飛んで来るかもしれないでありますね。まぁ、普通だったら警察と一緒に」
「あっ……」
「警察にバレねぇように場所を言わなきゃいいんだろうがよ!」
「だったらどうやって拙者の友達はここに来るんでありますか?」
「…………」
勇み足で参戦した割に5秒で沈黙する緑バカ。バカここに極まれり。
「拙者にいい案があるであります」
「なっ、なんだよ?」
健が思案深げな表情で告げると、黄バカが警戒するようにこちらに目を向ける。
「拙者はこの場所を知っているであります。それに友達の居場所も。だから何も言わずに拙者がここに友達を連れて来ればいいんであります!」
「な、なるほど!それなら警察に場所がばれるわけもねぇ!」
緑バカが感心したように頷いた。どう思考したら警察に場所がバレないって結論に至ったのか、健にはさっぱりわからない。もしかしたらこの緑はとんでもない天才なのでは?
「そうと決まればさっさと呼んで来いよ!」
「わ、わかったであります!拙者一人の力では扉は開けられないので二人で開けて欲しいであります!」
「おうよ、任せとけ!」
緑バカと黄バカが意気揚々と扉に向かっていった。流石にバカすぎませんかね。まぁ、これで自分は悠々とこの場から逃げ出すことが……。
「おい」
「ん?」
後ろから声をかけられた健が振り向くと、赤バカの拳が健の顔面に突き刺さった。健は勢いそのままにズザーっと地面を滑っていく。
「バカども!さっさと扉から手を離せ!!」
「ご、ごめんよ!ケンちゃん……」
「怒鳴らないでくれよ……」
緑バカと黄バカがすごすごと扉から離れた。赤バカはそんな二人を見て舌打ちをすると、地面に倒れている健を睨みつけた。
「適当なこと言って逃げようたってそうはいかねぇぞ!俺はこのバカ二人とは違うんだ!」
そういう時寝転がる健の腹を思いっきり蹴り飛ばす。一瞬、息が止まった健はガハッゲホッとむせながら地面の上でうずくまった。だが赤バカは健の髪を掴み、無理やり立たせると、容赦なく顔面を殴りつける。それも何度も何度も。
……こうやって殴られるのも久しぶりでありますな。
口いっぱいに広がる鉄の味を感じながら、健はボーッとする頭でそんなことを考えていた。
殴り続けても大して反応をしない健に、赤バカの苛立ちが募る。殴るのを止めると、髪を掴んだまま部屋の隅に置かれているブルーシートがかけられた木材に向かって健を思い切り投げ飛ばした。
「ぐっ……」
呻き声を上げながら健がブルーシートにもたれかかる。
「痛ぇよな……そんだけ顔面をぶん殴られればよぉ」
確かに……痛いのは嫌であります。中学の頃はよくこんな感じで殴られていたであります。
でも今の方がマシでありますね。あの時は何の理由もなく、頭がいいのが気に入らないって事で殴られてたでありますから。
「天下の皇聖学園の生徒さんは殴るなんて野蛮なことはしねぇもんな」
そうでありますな。でも妬まられるのは一緒であります。暴力こそ振るわれことはなくなったでありますが、その代わり誰も拙者に関わろうとはしてこなかったであります。
「さぁ、これ以上痛めつけられたくなかったらさっさとあのデブを呼び出せ!」
デブ……?あぁ、大河氏の事でありますか。本当にこのバカ達は何にもわかっていないのでありますね……。
✳︎
銀大河。
自分と同じで周りの者が誰も関わろうとしない皇聖学園の変わり者。そしてそれをあまり気にしていないという所も自分と同じ。
初めて見たのは交通整理をしている姿だった。いやそれが正真正銘初めてわけでは当然ない。あの巨体に体型。学校に通っていれば一度は嫌でも目に入る。
初めてというのは、初めてまじまじと観察したという意味でだ。
皇聖学園はいわばセレブの学校だ。生徒の中でお金に困っている者などいない。というよりもお金に困っている者はこの学校には入れない。この国屈指の設備が充実しており、最高の環境で教育を受けられるという事でその入学金は莫大なのだ。全てのお金が免除される特待生にでもならなければ貧乏な者はこの学校に入学する資格はない。
そんなお金持ちの皇聖学園の生徒達は本気でバイトなどしない。したとしてもそれは出会いかなんかを求めてするだけ。お金なんてパパとママにおねだりすれば、いつでも手に入れられるのだろう。
だから交通整理なんていう地味なバイトをやっている大河を見た時は心底驚いた。
おおよそ皇聖学園の生徒には似つかわしくない重労働。それを見たときに自分は大河は同じ穴の狢なのではないかと思った。
だから話しかけた。初めて人と仲良くなりたいと思った。
その時はあまり話せなかったが、明日学校に行ったら話してみたいと思った。生まれて初めて学校に行くのが楽しみだったのを覚えている。
だが、待っていたのは残酷な現実であった。教室に入ると目に飛び込んできたのは荒らされた自分の持ち物。ロッカーにしまっていた辞書やら教科書やらが教室中に散乱していた。
あぁ……やっぱり他人というのはそういうものなんだな。
大河と話したいという気持ちは一瞬にしてなくなり、健は無表情で自分の持ち物を拾って行く。くすくすと嘲るような笑いがそこら辺から聞こえてくるが、健は一切顔を上げなかった。
「はい。これ青木君のでしょ?」
だから一緒に自分の荷物を拾ってくれている誰かに気がつかなかった。
恐る恐る顔を上げると、そこには昨日一緒に肉まんを食べた銀髪のぽっちゃりした男子が自分に笑顔を向けていた。
大河は周りの目など一切気にせず、自分の荷物を拾ってくれた。
いじめられっ子の手助けをするということがどういう事か理解しているというのに。
自分がそんな事を考えていると、大河は散らばっていた荷物を全部集めてこう言った。
「昨日はちゃんと名乗らなかったからね!僕は銀大河、よろしく」
そしてカニパンのようにふっくらした手を自分に出してきた。
それを見た時、自分は生まれて初めて誰かと友達になりたいと強く思った。
✳︎
「……デブって名前じゃないでありますよ」
「あぁ!?」
健が床に落ちた眼鏡を拾いながら呟く。
「……それに大河氏は君達三下とは格が違うであります」
「はぁ?」
わけがわからないといった顔をしている赤バカを見ながら、健は眼鏡をかけ直し、ニヤリと笑みを浮かべた。
「大河氏が来たら三バカなんて10秒ももたないであります」
「何言ってんだ、こいつ」
「ケンちゃんに殴られすぎて頭がいかれたか?」
緑バカと黄バカがせせら笑う。赤バカも心底バカにしたような笑みを浮かべた。
「だったらその大河氏とやらを呼んで助けて貰えばいいじゃねえかよ!」
「そうだよ!それがいい!」
「10秒と言わず5秒であの世に送ってやんよ!」
自分の言葉を全く本気にしていない三バカを見て、健は呆れたようにため息をつく。
「だから君達はバカだって言ってるんであります」
「……あ?」
三人が剣呑な空気を纏った。だが健は特に気にしたそぶりはない。
「道具じゃないんでありますよ?」
「……はっ?どういう意味だよ」
緑バカが眉をひそめながら健を睨みつける。まったく……本当に救いようがない愚か者達だ。健は内心苛立ちを感じながら三バカ相手に声を荒げる。
「危ないから助けてくれって利用するような相手じゃないって言ってるんであります!拙者達は対等なんであります!」
「な、なんだよこいつ……」
健の勢いに押されて三バカ達がたじろいだ。こんなオタクっぽいやつ、ちょっと脅せばひょいひょい呼び出すと思っていたのに。今まで会ってきた根暗な奴とはまるで違う。
「拙者達は友達なんであります!呼べばきっと大河氏は飛んできてくれるでありますが、それではダメなんであります!」
それは大河の優しさに甘えているだけ。そんなのは友人関係なんて呼ばない。
「拙者は大河氏を信頼しているであります!大河氏も拙者を信頼してくれているはずであります!」
見た目も性格も全然違う二人。それでもどこか根っこのところで似通っている二人。だからこそ二人は友達になれたのだ。
健は強い意志を持って三バカに視線を向ける。
「だから拙者は大河氏を……拙者の親友を絶対に裏切らない!!!」
まさかのオタクに睨まれて怯む不良の図。三バカは動揺しながら互いに顔を見合わせた。
「ど、どうする?」
「どうするってお前……」
「こうなったらボコボコにして、無理にでもあいつを呼び出させんぞ!」
三バカが向かってくるのを見て、健はスッと目を閉じて歯を食いしばった。
ぱちぱちぱち……。
部屋の中に突然拍手の音が木霊し、三バカは動きを止める。健も固く閉じていた目を開き、音のする方は視線を向けた。
「いやー!流石はあいつのダチってわけだな!俺はお前の事気に入ったぜ!」
そこには窓に腰かけながらこちらに柔和な笑みを浮かべている、端正な顔立ちをした赤髪の男の姿があった。




