第2話
「……であるからして、本校における諸君らの行いは……」
全校生徒が体育館に集められ行われる始業式。今は誰もがクソどうでもいい老人の戯言に耳を傾けていた。話好きで有名なこの学園の学園長は、司会の教師から話を振られてからおよそ三十分もの間、カンペも見ずに延々と話を続けている。
ほとんどの生徒が意識朦朧となる中、大河はなぜだかピラミッドの建築のことを考えていた。春とはいえ、密封された体育館に全校生徒が集まればかなり気温が高くなる。そんな中で学園長の話を聞くという行為は、熱砂の上で終わりの見えない作業を繰り返す古代エジプト人の姿に重なるように思えた。
「ここで一番重要になってくるのは何を成すかである。我々の唯一の使命は……」
使命の話はこれで四度目である。そしてその内容はすべてが異なっている……唯一とは何だったのであろうか。絶望にも似た表情をしているのは生徒たちだけではなかった。はじめは神妙な表情で学園長の話を聞いていた教師陣までもが、トイレで用を足した後にトイレットペーパーがないことに気が付いたような表情を浮かべている。それは最早諦めの境地、一介の下っ端風情がボスにたてつくことなどできない、といった社会の縮図を表していた。
「とにかく何が言いたいかというと……ん?おおっと、話に夢中で時計を見るのを忘れていた」
永遠とも思える拷問の時間が終わりを告げる空気を察した生徒達の頭が覚醒する。雨の降らない土地で一滴の水を見つけたような顔をしている生徒たちを見て、自分の話に感銘を受けたと思った学園長が満足そうに頷いた。
「それでは諸君。皇聖学園の名に恥じない行動を心掛け、学生生活を思う存分満喫してくれ。儂の話は以上だ」
「……はっ!!が、学園長先生、ありがとうございました。皆も今の話をしっかりと肝に銘じておくように!!」
すっかり自分の職務を忘れていた進行役の教師が慌てて言葉を並べ立てる。この体育館に今の話を覚えているものが果たして何人いるのであろうか。少なくとも進行役の教師は今日の昼食を学食のカツカレーにすると決めたことしか覚えていなかった。
「さて、それでは最後に今年度、皆の生活を支えてくれる生徒会の一同を紹介して始業式を終わりにしたいと思う。生徒会、前へ」
進行役の教師に促され、四人の少女が壇上へと上がっていく。その姿を見て、男子生徒から黄色い歓声が上がった。それもそのはず、美人が多いと名高い皇聖学園の中でも屈指の美少女達がそこには立っていた。ほぼすべての男子生徒が四人全員を眺め選り好みしている中、大河の視線は一人の女性に向けられている。そんな大河からの視線に気づくわけもなく、その女性はマイクを手に取ると柔らかな笑顔を浮かべ話し始めた。
「只今ご紹介にあずかりました生徒会の会長を務めます三年生の白鳥明日香と申します」
その優しげな声色は赤ちゃんを寝かしつけるお母さんそのもの。白い髪はサイドテールに結われ、その豊満な胸の上に置かれていた。すべての者を包み込むようなそんな慈愛に満ちた表情は見ているだけでその魅力に引きずり込まれていく。大河は明日香の発する言葉を一言一句漏らさぬように懸命に耳を傾けていた。
「若輩者ではございますが、皆様の学園生活をより良きものにするため、粉骨砕身の努力をいたしますので、皆様どうかよろしくお願いいたします」
深々と頭を下げる明日香に割れんばかりの拍手が響き渡る。大河も最早手の感覚がないのではないかというほど誰よりも強くその両手を叩いていた。明日香は頭を上げるとその大歓声に感謝の念を込めるように笑顔を向ける。それを見た何人かの男子生徒が胸に手を当て、天にも昇る気持ちでそのまま倒れこみそうになった。
「盛大な歓迎ありがとうございます。それでは私を補佐してくれる生徒会のメンバーを紹介いたします。まずは部の予算などを取り仕切る会計の紫垣あやめさんです」
明日香は隣に立っていた紫色の髪をした少女にマイクを渡す。マイクを受け取る動作、前に出るしぐさ、すべてがピシッとしていた。その動きはまさに武士といった感じ。頭の高いところで髪を結んでおり、少し高めの身長とフレームのない眼鏡の奥にある鋭い眼光からは厳粛さを感じさせられた。
「生徒会会計担当、会長と同じ三年の紫垣あやめです。会計といっても普段は学園の規律と秩序を守るために動いていますので、私の目に止まるような行動は控えていただけると幸いです」
鋭利な刃を思わせるような声音を聞いた一部の男子が身を震わせる。
「あぁ……紫垣さんに踏みつけられたい……」
「俺をもっと蔑んでくれ」
それは恐怖というよりもマゾヒストを開いたように思えた。あやめはお手本のようなお辞儀をすると、大きな拍手に包まれながらキビキビと後ろへと下がっていく。
「あやめさん、ありがとうございます。皆様が規則を守った行動を重んじればあやめさんの仕事はなくあんりますので、どうか彼女に楽をさせてあげてください。続いては生徒会の書記を担当して下さる灰原華さんです」
明日香は先程大河達が教室で会った、後ろに控える灰色の髪をしたボブカットの女の子に視線を向ける。華は静かにマイクを受け取ると遠慮がちに歩を進めた。
「……高校二年、灰原華です。よろしくお願いします」
それだけ言うとぺこりと頭を下げそそくさと明日香の後ろへと回った。その仕草が小動物を思わせ何とも庇護欲をそそる。
「灰原さんかわいすぎる!」
「ちっちゃい子ってのも……ありだな」
危ない発言が聞こえたような気がしたが大河は気にせずみんなに合わせて拍手をする。一部の男子は血が出るんじゃないかというほど大きく手を叩いていた。あの手の子はマニアな人から人気が高そうだな、と思いながらふと前に目を向けると、一心不乱に手を叩いている健の姿が見え、大河は思わず苦笑いを浮かべた。
「はい、華さんありがとうございます。生徒会が行う会議では彼女が耳を尖らせ、一言たりとも漏らさず記録していただきますので、不用意な発言は慎むようにしてください」
かなり物騒なことを言っているようだが、花も恥じらうほどのエンジェルスマイルを前に誰もが気にすることなく、鼻の下を伸ばしていた。
「それでは最後に私を直接サポートしてくださる副会長を紹介します。金城姫香さんです」
明日香が振り向くと待ってました、と言わんばかりにスタンバっていた猫目の女の子にマイクを渡した。それを受け取ると姫香は自信に満ちた表情で前に踊りでる。しかし生徒たちの前に立ったまま壇上から見下ろすだけで話し始めようとはしない。ざわざわと騒めく生徒たちであったがしばらくするとそれもなくなり、体育館が静寂に包まれた。それを待っていた姫香はおもむろにマイクを口元に運ぶ。
「二学年、副会長の金城姫香です。私が副会長になったからにはただの学園生活になど興味はありません。普通を求めるなら今すぐにこの学校から出て行った方が身のためです。誰もが忘れられない鮮烈な学生ライフにしていきたいと思っているのでしっかりついてきてください」
悪役よろしくニヤリと笑みを浮かべると満足げな表情で明日香にマイクを戻した。一瞬呆気にとられていた生徒達であったがすぐに嵐のような拍手の渦が巻き起こる。
「金城さん……かっこよすぎる」
「あの強気なところがたまらない!!」
「一生ついて行くぜ!!副会長!!」
周りの男子の狂ったような叫びを聞きながら大河は微妙な表情を浮かべる。先程の教室での印象が余りに強烈であったため、素直に歓迎することができずにいた。
「なかなか刺激的なお話でしたが私も同じ思いです。皆様の短い学生生活の思い出が一生の宝物になるよう生徒会一同励んでいきたいと思います。そのためにも皆様の協力が必要不可欠です。皆様、どうか暖かいまなざしで見守り、私達とともに素敵な学園生活を育んでいきましょう!!」
明日香に合わせて生徒会メンバーが頭を下げると体育館は今日一番の拍手の音に包まれた。皆が期待に満ちた顔で壇上に立つ生徒会のメンバーを見つめ、それに応えるように明日香はあふれんばかりの笑顔を向ける。そんな明日香を見ながら大河もみんなと一緒になって大きく手を叩いていた。
まさか自分があの生徒会に巻き込まれるなど今の大河は知る由もなかった。