第1話
四月ということで無性に恋愛小説が読みたくなりました!そして勢いのまま書きました!!
完全に不定期更新です!!
とりあえず切りのいいところまでは投稿いたします!!
春。
厳しい寒さの中眠っていた草木が産声を上げ、色とりどりの花が景色をにぎやかす季節。朝の陽ざしや水面のように青く輝く空が今までとはまるっきり違って見えるようだった。就職や進学といった新たな門出を祝い、これから起こるであろう様々な出来事に様々な人が期待や不安を膨らませる。そんな高揚感に包まれた男がここにも一人。
彼の名前は銀大河。
白いワイシャツに学校指定のブレザーを羽織り、グレーのスラックスの下にはピカピカに磨かれた黒のローファーを履いていた。銀色の髪は寝癖をごまかすためにハードなジェルでしっかりと押さえつけられている。襟元には高校二年生である証明の青いネクタイがピシッと結ばれていた。
ピシッとというよりはピチッと、いやピチピチといった方が正しいかもしれない。
大河の服装はすべてがピチピチであった。ワイシャツのボタンは今にもはちきれんばかりに引っ張られており、スラックスはウェットスーツのように足に密着している。大量の教科書が入るように設計された学校の鞄はその迫力のある腹回りの前にハンドバックに成り下がっている。
よく言えばぽっちゃり系、悪く言えばデブ。明らかに似合っていない制服に道行く人が振り返るが、本人は全く気にせずに鼻唄交じりで学校へと向かっていた。家から学校までは三十分以上もかかるが、彼は電車やバスはおろか自転車ですら使わない。この体型の人には珍しく(偏見であったら誠に申し訳ない)、身体を動かすことが好きな大河はいつも徒歩で学校を目指していた。
しばらく歩くとたくさんの桜の木が植えられた一本道に出る。どれもが満開であり、それを見た大河のテンションはうなぎのぼりに上がっていった。同じ制服を着て歩いている人たちも増えてきており、大河と同じ青いネクタイを締めている男子学生もちらほらと見受けられる。制服として男子はネクタイ、女子はリボンをつけることが義務付けられているのだが、それぞれ学年ごとに一年生は赤、二年生は青、三年生は緑と決められており、一目で何年生かわかるようになっていた。知らない人でも上級生であれば礼儀を重んじるように、という当然と言えば当然の格式を大事にする学校がこの一本道を上った先にはある。
私立・皇聖学園。
首都である新都に門を構えていることからわかるように数多の著名人や知識人、スポーツ選手などを輩出してきた名門中の名門。通う生徒は財閥の跡取りや社長令嬢、一芸に秀でる者やオールラウンダ―な天才など多種多様ではあるが、誰も彼も一般人ではありえない。
基本スペックが普通の学校とは違うため、当然美男美女が数多く存在する。むしろそうでない方が珍しいとさえ言われる始末であった。この学校では少しカッコいい程度ではだれにも見向きもされない。中学生の時、異性から人気があった者がこの学校に入学し、現実を直視した結果不登校になるということもザラにあるほどだった。下手な女優やモデルなんかよりも数段顔もスタイルもいい人たちがこの学校には飽きるほど存在する。
この学校のルックスレベルについて説明したところで大河について考察してみる。
ボールのように丸い顔はゆるキャラよろしく、見ているだけで癒される人もいるかもしれない。ぷくっと膨れた頬により小さく見える目はつぶらな瞳だと言えなくもない。外国人のイケメンに多いケツアゴに対抗した顎は、縦に割れているんじゃつまらないとばかりに横に割れ目がはいった立派な二重アゴになっている。身長は百七十五センチメートルと男子の平均身長よりも高く、そして足も長い。しかもただ長いだけではなく丸太のように太く、そのさまはまるで大地を踏みしめる象のように力強い。手は焼きたてのパンのようにぷにぷにモチモチしており、その食感に夢中になること間違いなし。
…………はい。
お察しの通り普通の学校ですらモテそうにない大河はこの学校ではさらにモテない。それどころか一年も通っているのに友達すら碌にできることはなかった。今も学校への一本道、通称:皇帝ロードを歩いている大河を見て、周りの生徒たちはヒソヒソと陰口をたたいていた。そんな空気を察しつつも一切気負うことなく、大河は軽い足取りで校門をくぐる。
敷地内に入った大河は高校二年生の校舎を目指す。この学校は学年ごとに校舎がわけられており、それぞれに体育館や運動場、家庭科室や音楽室が設けられており、体育祭やスポーツ大会の時は全学年が集まって行うため、それ専用の特大グラウンドも用意されていた。セレブ御用達の学校であるがゆえ持っているものは持っている。
「二年生の校舎はあそこだな……ってめちゃくちゃ混んでるなぁ」
校舎の前に新クラスの掲示がされるため、その場は新二年生でごった返していた。体型的に人混みが嫌いな大河がげんなりした様子でため息を吐く。
「ふっふっふ……朝からそんな大きなため息を吐いていると幸せが逃げるでありますよ?」
後ろからやや甲高い声が聞こえ、振り向くとそこにはもやしっ子を体現したようなひょろひょろの男が立っていた。怪しげな笑みを浮かべながら度の高い眼鏡をクイクイと上下させている。
「あぁ、青木君おはよう。もう新しいクラスは確認した?」
「当然であります!!銀氏のクラスもばっちりチェック済みであります!!拙者と同じD組でありますよ!!」
「そうか、それはよかった。じゃあ早く教室に行こう」
人差し指をピンと伸ばし、ばっちり決めポーズをとる彼をほどほどにスルーしながら二人は教室へと向かっていった。
彼の名前は青木健。言動も行動も奇抜というほかない彼は何を隠そうこの学校における大河の唯一無二の友達。健にとってもこの学校で大河以外に話せる人はおらず、高校からの付き合いだというのに幼馴染のように仲が良かった。見た目は根暗なオタク、中身も根暗なオタクと裏表がない(?)性格で、見るからにか細い体格は大河と並ぶことでその相乗効果により貧相な体つきががより一層際立っていた。
二人は他愛のない話をしながら2-Dの教室に入っていく。一瞬クラスメートの注目が集まったが、入ってきたのが二人だと分かるとすぐに興味を失ったかのように視線を逸らした。そんな対応に慣れっこな二人は早速座席表が貼られている黒板へと移動する。
「拙者は見なくてもどの席かわかるでありますけどね…我が青木家に代々伝わる呪い、その名も『出席番号一番』!!当然拙者の席は……なん……だと……?」
座席表の右上に自分の名前があると確信していた健は眼鏡の奥の瞳を大きく見開いた。「あおき」という五十音順ではかなりのアドバンテージを持つ苗字なだけに、さりげなく出席番号一番であることに誇りを持っていた健は衝撃の事実に愕然とする。
「あ……いざ……わ…………」
そこにあったのは「藍沢志穂」という名前。健は目の前が真っ暗になった。
奴こそ五十音順にて最強。あらゆる文字の中でトップに立つ「あ」から「い」につながる黄金コンビ。まさにそれはカレーに福神漬け、牛たんにレモンといった抜群の相性。奴に勝つのは同じ「あい」という苗字を背負うもの以外にはありえない。やはり「あお」では「あい」には勝つことなどできない…「愛」を知らない自分など所詮は井の中の蛙だったのだ。
健がどうでもいい敗北感に苛まれている間に大河は自分の席を見つけていた。二列目の一番後ろ。健と離れてしまったのは残念だが席的にはなかなかの良席。これはなかなか楽しい学生生活が送れる、と大河が一人喜んでいるとガラリと教室の後ろの扉が開き、騒がしかった教室が一瞬にして静まり返る。何事かと思った大河はクラスメートの視線が集まる扉の方へと目を向けた。
そこに立っていたのは二人の女の子。
一人はネコのような釣り目に高い鼻筋、ぽってりとしている唇は少し上がっておりどことなく色気を醸し出している。すべてのパーツが理想の配置をしており、まさに芸術作品と呼べる顔だちをしていた。ウェーブがかけられた太陽のように眩しい金色の髪は肩口まで長さで、胸は控えめではあるが、下品にならない程度に挙げられたスカートから除く太ももは男の視線を釘付けにするには充分なほど破壊力を秘めている。
もう一人は灰色の髪をボブカットにまとめた小柄な女の子。フランス人形のように可愛らしい顔には表情はなく、しかしそれがまたアンニュイな雰囲気を漂わせその子の魅力を掻き立てていた。すべてがスモールサイズでできている子ではあったが、胸のふくらみだけは思わず目を向けてしまうほどである。自信満々に立っている金髪の女の子とは対照的に、可能な限り気配を無くし、静かに彼女の一歩後ろに佇んでいた。
金髪の女の子はうっとおしい周りの視線を振り払うかのように髪をかき上げ黒板へと歩いていく。その仕草もどことなく気品を感じさせ、男子の視線がさらに熱を帯び始めた。ボブカットの女の子は何も言わずにその後ろを音もなくついていく。
なんとなく嫌な予感を感じた大河がチラリと健のほうに視線を送るも、五十音戦争のショックからいまだに立ち直れない健は黒板に両手をつきながらがっくりと頭をたらしたままその場を一歩も動こうとはしなかった。
そうこうしているうちに二人の美少女は座席表のある黒板の前までたどり着く。交差する視線。気まずい思いで大河が失意に暮れる友人の肩を叩くと、健はゆっくりと大河のほうに顔を向け、そのまま自分の後ろに立つ二人に視線が向かう。しょぼくれた顔が一変、健は信じられない光景を目にしたように目を見開いたままその場で固まってしまった。
金髪の女の子はゆっくりと口角を上げると、天使のような微笑みを携え、静かにその口を開く。
「席を確認したいからそこをどいてくれない?白豚君と駄眼鏡君」
これが金城姫香と銀大河の初めての出会いであった。