秋葉原ヲタク白書4 ネット傭兵ブルース
主人公は、SF作家を夢見るサラリーマン。
相棒は、老舗メイドバーの美しきメイド長。
このコンビが、秋葉原で起こる事件を次々と解決するという、オヤジの妄想満載な「オヤジのオヤジによるオヤジのためのラノベ」シリーズの第4作です。
今回は、ナリスマシ専門のブロガーに恋した独裁者が秋葉原へ工作員を派遣、なんと、その工作員がコンビに人探しを依頼して…
お楽しみ頂ければ幸いです。
第1章 ネカマの退社
「もうイヤ!」
「こんな会社、辞めてやる!」
「もう限界よっ!」
そして、彼(彼女)は上司に辞表を叩きつける(ネットでね笑)。
「あはは!ついに辞めてやったぞ!」
「ホント辞めて大正解よっ!」
「こんな会社!」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
最近、売れてます。
あ、僕のコトなんだけど。
ハインラインみたいなSF作家を夢見て泣かず飛ばずの日々だったけど、たまたま回ってきたゲームシナリオの仕事(「地下鉄戦隊メトロキャプテン」知ってるょね?ええっ?知らない?笑)がスマッシュヒット。
なんか新進ゲーム作家的な勢いがついちゃって。
最近は街中でもよく声をかけられる。
「あ、テリィさん…でしょうか?」
蔵前橋通りのセブン(イレブン)。
僕は手にしていた週刊プレイボーイのグラビア(柏木由紀 in サイパン)を慌てて閉じる。
光速で爽やかな笑顔をつくりシャンプーのCFのように振り返る。
いやぁまたデスかぁ!参っちゃうなっ!て感じ?あはは。
…って今度の人はメチャクチャ地味だょ。
黒シャツに黒ジーンズ。
「いかにも。メトロキャプテンのファンの方?」
「誰ですか、ソレ?」
「ええっ?」
急に相手が貧相に見えてくる。
よく見ればエラの張ったアジア顔に黒装束。
先週レイトショーで見た「プラトーン」に出て来るベトコンみたいだ。
今時アジア系の人を見かけるのは珍しくナイないけど観光客ではなさそう。
こんな人がいったい僕に何の用だろう?
いや、僕というより秋葉原にどんな用事があるのかな?
すると、彼は声を潜めて僕に逝う。
「実は『皇妃』を探して欲しいのです」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「で、てっきり『皇妃園』かと思ってさ」
「ええっ?何ソレ?」
「中華だけどポークカレーが美味いんだ」
「はぁ?やっぱり鶏煮込み蕎麦でしょ」
場所は変わって、ココはアルコールがダメな僕が通う世界で唯一のバー。
秋葉原でカレコレ10年以上続く、業界的にはもう立派な老舗だ。
因みに僕の推し(てる)メイドのミユリさんがメイド長をやっている。
僕はミユリさんがつくってくれた僕専用のうすーいオリ(ジナル)カク(テル)を文字通り舐めながら常連相手に先日の出来事を話している。
「結局、皇妃って誰だったの?」
「それがどうやらブロガーらしいんだけど」
「ブロガー?もう絶滅危惧種だね」
「誰か知らないかなー。星占いとかもやってるらしいんだけど」
「星占い?もう胡散臭さがMAX」
「でもブログのコトなら…」
「うん。奴に聞くしかないね」
「まぁ色々と貸しもあるコトだし」
そこへノコノコと「奴」が現れる。
彼の名はゴシップボーイ。
僕が読む限り、彼のブログは恐ろしくつまらないんだけど、なぜだか世界の彼方此方で熱狂的に読まれている(らしい)。
というワケで界隈(と逝っても世界だけど)では神と崇められる彼なんだが、ヒョンなコトで、このバーの常連に。
「おはようございます、ミユリさん!みなさんも…あ、あれ?どうかしましたか?」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ゴシップボーイは、さすがによく知っていて皇妃についても色々と教えてくれる。
どうやら皇妃は業界では過激な言動で知られる有名ブロガーらしい。
まぁ過激と逝ってもよくいる自称ネットアイドル的なセクシー系ではない。
例えば安全保障とか半島情勢とか「日曜評論」(見たコトないけど笑)的な世界のヒーローとのコト。
いや、ヒロインか笑。
「とか何とか逝って、実はヒョーロンは下着姿でしてくれちゃってたり」
「ナイナイ。だからソッチ系じゃナイんで」
「しかし半島情勢?そんなの誰が読むのかな?」
「だからヲタクってエリートや官僚にもドンドン増殖中なんですょ」
「ソレにしたって星占いだぜ?」
「昨夜、政権崩壊の夢を見た、とかやっちゃうみたいですょ」
「そりゃまたお騒がせなブログだな」
ここでゴシップボーイは声を潜める。
「で、恐らくこの皇妃って100%ネ(ットオ)カマだと思うんですょ」
「ええっ?男がなりすましてるの?」
「なんでわかるの?」
「だってこーゆーのは大体そうだから」
全く説得力を感じナイが、この世界の「神」が逝うのならホントなのだろう。
しかし、世の中には色んな人がいるものだ。
確かに「日曜評論」も評論家が全員コスプレしてやれば面白いカモな。
さらにゴシップボーイが興味深いコトを逝い出す。
「ついでにコレも恐らくですけど、皇妃はトロールの社員じゃないかなって思うんです」
「トロール?何ソレ?」
「ムーミンか何か?」
「違いますょ。ネット上での情報工作を請け負う会社のコトです」
「ええっ?そんな会社があるの?」
「メディアへのコメント投稿やSNSでの情報拡散を請け負うんです」
「そんなの誰が頼むの?」
「ネットの評判を気にする人って結構多いんですょ。国も企業も個人も」
「あ、なんだかソレわかる」
「外国だと情報機関から仕事の依頼があったりするらしいです」
「スゲェ。気分はもうスパイ?」
なんだかスゴい世界みたいだ。
でもゴシップボーイは小学生が新聞を読み上げるように淡々と話を続ける。
「ナリスマシ専門のブロガーとかいて、腕が立つとアチコチから引っ張りダコらしいですょ」
「なるほど!ブログなんて所詮は妄想の産物だしな」
「しかしナリスマシで稼げるなんて!」
「しかも正社員だぜ?!」
「おぉ!まぶしい!」
盛り上がる常連達を前にしてゴシップボーイもなんだか得意そうだ。
「人を惹きつける文章には、いつの世もいい値がつくってコトですょ」
「ブログを書いて正社員か!コレってアキバドリームじゃね?」
「で、儲かるのかな?」
「腕次第ですねぇ。アクセス数とかで給料が乱高下するみたいですょ」
皇妃については、政治的な発言が多く、早くからトロールの噂が絶えないらしい。
仮にナリスマシとしても皇妃クラスともなれば扱う大手?は限られるとのコト。
中でもアキバっぽさからして恐らくこの会社でしょとゴシップボーイが逝うのは…
「え?アキバ造園?」
「コレって植木屋さんじゃないの?」
「社名がヘン過ぎる!」
「ホントにココの社員?」
僕も少し(実はかなり)心配になる。
でもゴシップボーイは自信満々で笑みを絶やさない。
うーん、なんだか急に面倒臭くなって来た。
もうどうでもいいや。
「よっしゃ!突撃インタビュー仕掛けてサッサと終わりにしよぉ」
「あ、ダメダメ。テリィさんが逝っても追い払われるだけですょ」
「ええっ?ソコをなんとか口利きプリーズ」
「無理です。でも…」
「でも?」
「僕が一緒なら誰かに会えるカモ」
「じゃ一緒に逝こう!」
「いいんですか?今夜のアフターに僕がお邪魔しても?」
ええっ?
アフターとは閉店後にお店の女の子とデートするコトだ。
実は今宵も僕とミユリさんはMTT(真夜中ティータイム)に繰り出す予定でいる。
ゴシップボーイはソコへお邪魔虫したいと逝っているワケだ。
ミユリさんがクスクス笑って僕を見る。
どうやら受けるしかないみたいだトホホ。
「OK。じゃ今夜」
「おおっ!では社長に会えるようにしときます」
「真夜中なのに社長がいるの?」
「トロールは眠らないんですょ」
アニメのムーミンはパジャマで寝てたけどな。
第2章 アキバ造園
「ゴシップボーイ!久しぶりだな!何してた?」
トロール会社「アキバ造園」は、中央通りに面した高層ビルにある。
ちょっとしたIT企業といった趣だ。
通された応接間の窓の遥か下で電気街のネオンが明滅している。
社長のムーミン(勝手に仮称です笑)はアラサーだけどやり手オーラの経営者って感じ。
品の良さそうなピンクのポロシャツ姿で僕達を出迎える。
「社長、コチラがテリィさんとミユリさん」
「ややっ?あのSF作家とメイドの名コンビですね?失礼ですがモノホン(本物)?」
「ええっ?最近はニセモノとか出回ってルンですか?」
「あはは。そろそろナリスマシのブログでも立ち上げようかなって」
「社長、おふたりは例の『皇妃』を探してルンです」
「あ、そうでした。もちろん、彼はウチの社員でした」
何の躊躇いもなくアッサリ答えるムーミンに僕達は拍子抜け。
しかし、こうもアッサリと皇妃が見つかるとは。
しかも「彼」というコトは、ゴシップボーイのお見立てどおり、ネカマのようだ。
まぁコレで、あのベトコン男にもいい顔が出来そうだ。
しかし「でした」というコトは、もう辞めてしまったのかな?
ムーミン社長の話は続く。
「皇妃は中々腕のいいナリスマシ(のブロガー)でした」
「やはり皇妃って男だったんですね?」
「もちろんですょ。ブログ部のエースでした」
「ブログ部?そんな部があるんですか?」
「ズバリ、ナリスマシのブログですね。顧客のリクエストに応じたブロガーになりきって世界にメッセージを発信します」
「儲かるんですか?」
「初任給は10万ちょっとですが、アクセス数UPに応じたボーナスが大奮発なんです」
「あぁ!その給与体系、まさに正社員の匂いがする!」
「皇妃は数百のアドレスで無数のブログを同時平行で更新していました」
「皇妃はそのアドレスの内の1つだったワケですね?」
「当社としても極めて重要なアカウントだったのですが」
「ところで他にはどんな部があるのですか?」
「コメント部とか。ノルマ1日200コメントですけど」
「お?それくらいなら何とかなりそう」
「ただ毎月、政治知識のテストがあります」
「げげっ!テストは困りマス。パス」
「では最近力を入れてるナリスマシ部は如何でしょう?」
「ブログ部以外でもナリスマシをやってルンですか?」
「コチラは既存メディアのニュース書き換えサイトの運用とかやってます」
「そ、そんなコトまで?」
「太平洋の対岸じゃ大統領選でみんな平気でやってましたけど」
「ネット世界じゃ既にグローバルスタンダードというワケか」
「基本的にネットの世界ではウソって罪にならないんですょ」
「確かにSNSなんてウソと偽りのオンパレードだ」
「こういう会社って他にもあるですか?」
「まぁ、何社か…でもウチが最大手でしょうね。何たって客筋がいいもので」
「CIAとか?」
「まさか。あはは」
ムーミン社長、笑って答えない。
でも皇妃が半島工作のためのなりすましだとすれば、その仕事を発注したのは誰?
まさか街の右翼や古の秘密結社ではないだろう。
もしかしたらアキバ造園自体が何らかの意思の下に設立された会社なのかもしれない。
「御社は国策会社みたいなモノでは?」
「まさか。私自身、特に愛国心があるワケではありません。ただ半官半民みたいなトコロはあるカモ」
「しかし、なんで造園会社を名乗っているのですか?」
「我々の仕事は客先の庭に人工芝を植えて逝くようなモノなんですょ」
うーん、ナルホド。
朝起きて雨戸を開けたら庭1面に見知らぬ芝が生えてました的な仕事なワケだ。
ネットの造園業、恐るべし。
見方によってはコレはもう国家間のネット戦争の尖兵だ。
サイバー面に特化したPMC(民間の軍事会社)ではないか。
自分で怖くないのか、ムーミン?
「実は皇妃が消えてから気になるコトが…」
「ホラ来た!バラバラ死体がHDL(国際宅急便)で送られて来たとか?」
「ヤメてくださいょ薔薇ですょ薔薇」
「薔薇薔薇死体ですね?」
「違うでしょ。実は皇妃は別のアカウントで『薔薇の王妃』も名乗ってて」
「ええっ?『薔薇の王妃』推し(ファン)も皇妃推しに負けてナイですねぇ」
「しかしまぁホントに弊社の住所を何処で知ったのやら…」
「サーバーから追えば簡単なのでは?」
「衛星回線にスクランブルかけてます。追跡は絶対に不可能です」
「しかし薔薇は届いた」
「しかも…」
ムーミンは声を潜め、僕達は身を乗り出す。
「最近になって届く薔薇が赤薔薇から黒薔薇に」
「ええっ?」
「実は今夜は私の方がみなさんにお逢いしたかったのです」
「なんと!」
「既に退社した元社員ではありますが、皇妃の身が心配です。何とか彼を探し出してくれませんか?」
「な、何で私達に?」
「だって、この手のコトはSF作家とメイドのコンビに任せれば安心だって」
「もぉそんなコト、いったい誰が逝ってるのかなー」
「『轟』でダーツ仲間から聞きました」
今度はソッチかょ。
第3章 ビキニトロール
その夜はムーミンから皇妃のIPアドレスを聞き出してお開き。
調べてみたら案の定プリペイド携帯のもので、まぁ普通だとココで万事逝き詰まる。
ところが、ゴシップボーイはソコから何をどうやったものか、易々と皇妃に繋いでしまったようだ。
オマケになーんとマチガイダ(僕達の溜まり場になってるホットドッグ屋さん)で待ち合わせまでしてしまったから驚きだ。
「おおっ!ココがマチガイダか!」
「素敵!ソレが評判のチリドッグね?」
「実は命を狙われてるんだ」
会ってみたら皇妃はヤタラうるさい男(女?)で、姿を現わすやズッと話している。
ヨレヨレのデニムシャツ&ジーンズにボサボサ髪という典型的なアキバ少(中)年。
恐らく電気街の雑踏に消えたら2度と発見は不可能だろう。
あ、いつも1人で3人分しゃべってるから直ぐにわかるか笑。
「やや?お宅がテリィさん?」
「いつも一緒のメイドさんがコチラ?」
「TO(ファン代表)ってやっぱり大変なのかな?」
「なんで命を狙われてるの?」
「ボンデージだょボンデージ!」
「しかも特注の真っ赤なボンデージなの」
「いきなりヲレの安アパートにHDLだぜ」
あぁ面倒臭い!
真ん中の「なんで命を狙われてるの?」だけが僕だ。
他は全部、皇妃が多重人格を駆使してしゃべっている。
つまり僕が1言話す間に彼(皇妃)が3人分(3重人格分)話しているワケだ。
でも、もうスペースの無駄なんで普通の書体に戻します笑。
「親も会社も知らない住所に真っ赤なラバー下着が国際便で届くんですょ」
「ええっ?!男物のラバーパンツ?」
「違うでしょ。女物のブラとボトム。因みにDカップ」
「そりゃコワいねぇ」
「でしょ?慌てて社長に聞いたら、会社にも色々届くけどボンデージはないって」
「でもその全部が全部、貴方絡みとは限らないでしょ?」
「いいえ。皇妃狙いに決まってます!」
「なんでわかるの?」
「だってボンデージですょボンデージ!」
「うーん、ボンデージか。まぁ僕も嫌いではないカモしれないような気がしないでもナイかもしれナイ」
微妙な言い回しで逃げる僕の横で、なぜだかミユリさんが顔を赤らめてソワソワする。
あれ?店長のユーリさんがニヤニヤ笑ってるけど何かウザいんですけど。
「テリィさん!例のイリュージョニストのコトですょ!」
横からゴシップボーイがパンと手を叩いて教えてくれる。
そう逝えば日本の誇る?プリンセス何とかとか逝う女流2代目奇術師が、ある人の寵愛を受けたばかりに、厳重に施錠されているハズの東京の自宅からミッキーマウスのヌイグルミが盗まれたり戻って来たりしたという話を耳にする。
「実は内々、彼女もラバーの拘束着とか送りつけられてたようです」
「ホントか?!しかし誰がそんな(素敵な)趣味を?」
「もともと手足の拘束は脱出イリュージョンの定番ですし」
「仕事着ってコトか。うーんタマラないな」
すると傍らのミユリさんがますますソワソワとする。
いつもは僕の百倍冷静なのに珍しいな。
拘束とかSM(あ、誰も逝ってなかった笑)とか逝う言葉に、いちいち敏感に反応しているようだ。
もしかして僕に縛られたいのだろうか←
「しかし会社も知らないアパートの住所まで知ってるとは。実家のお袋だって知らないのに」
「ムーミンは衛星回線にスクランブルかけてるって」
「あの社長の逝うコトはクソです」
「あちょ」
ミもフタもない。
ここで皇妃は僕とミユリさんを真正面から見据えて逝う。
「僕を護ってください。貴方だけが頼りだ」
珍しく皇妃はユックリと噛み締めるようにして逝う。
ソレは僕が皇妃から聞く初めての彼の肉声のように思えてナゼか僕は感動←
ところが、その時!
「動くな!」
そう叫びながらドアを蹴り開け突入してきたのは…お相撲さん?
マチガイダってビルの2Fなんだけど狭い階段よく上がってこれたねって感じの巨体の群。
たちまち手狭な店内ははち切れそうな人肉で埋め尽くされる。
な、なんなんだょこれ?大相撲アキバ場所?
さらに驚くべきコトには力士全員が慣れた手つきでバタフライナイフを一斉に開く!
わぉ!数人ずつに別れてミユリさんと皇妃に殺到する!
お、おい?僕はいいのか?笑
「そのままだ、そのまま。いい子にしてろ」
力士達は何れもぷくぷくとした「贅」肉隆々の白くて丸いアキバ系のヲタク顔。
体重以外は自信なさげなだけにやってるコトがエラいアンバランスで狂気すら感じる。
皇妃の首筋にナイフを突き立てたままジリジリと後退りして連れ去ろうとする。
「おっと!無茶はしない方がいいぞ!」
皇妃の首筋にナイフを突き立てられ、さしものミユリさんも手出しが出来ない…
ありゃりゃ?脅し文句を吐く横綱には見覚えがあるぞ?
コイツは…ジルバ?
「電気街の奇跡」以来、聖都(秋葉原)追放となっていたジルバじゃないか?
いつの間に舞い戻って来たんだ?
しかし、太ったな笑。
「気丈なメイドの姉ちゃん、その折は世話になったな」
「リボンさんは、このコトを知ってるの?」
「リボン?あぁ、あのあばずれメイドか。とっくに捨てたょ」
その時、ミユリさんの瞳の奥に音もなく怒りの火が灯る。
次の瞬間、パシッと鋭い音がした時には、もうジルバは頰を抑えて仰け反っている。
出た!ミユリさんの光速ビンタ!
ジルバはもちろん、左右の相撲レスラー達も何が起こったのか全くわからナイ。
取り乱したジルバが叫ぶ。
「な、な、な、なんだょお!!!覚えてろ!」
算を乱して逃げ出すジルバ部屋の力士達。
だが、とりあえず皇妃の拉致には成功する。
第4章 ムーミンハウス危機一髪!
「ミユリ姉様!ごめんなさい、ジルバ御主人様が!」
間髪入れずミユリさんのスマホが鳴る。
相手はかつてジルバの推し(てるメイド)だったリボンさんだ。
なんでも、ジルバは数日前、彼女がメイド長を務めるお屋敷に御帰宅。
以来、新小岩にあるリボンさんのアパートに転がり込んでいるらしい。
「彼、誰かを探してるみたいでした」
「それは皇妃だな。でもジルバが皇妃に何の用事があルンだろ?」
「誰かから人探しを依頼されたのでは?」
「依頼したのはラバー下着の送り主の一味に違いない」
「でも!リボンさん、どうして御主人様を家に泊めたりしたの?」
「だって…だって優しいんです…彼」
弁解しつつも頰を赤らめるリボンさん。
こりゃダメだ!典型的なダメ男に貢ぐタイプらしい。
そもそも御主人様を彼呼ばわりした時点でもうメイドとしてはアウトだが。
ただ逆にそんなメイドこそ男のロマンでもあり、ちょっちジルバが妬まし…
ぎゃ!
何も喋ってないのにミユリさんの肘鉄が飛び、僕は鳩尾を押さえうずくまる。
ホントに僕とミユリさんって以心伝心だ←
とにかく!リボンさんの話は続く。
「恐らく彼は『オリオンの館』です」
「ええっ?あの麻取に襲撃されたお屋敷?」
「あれからテナントが入らないママだって聞いてますが」
「だから誰かを隠すにはピッタリだって」
「そんなコトまで話してるの?」
「腕枕されながら」
ジルバの奴、絶対に許せん!
リア(ル)充(実)は死ね!
あと急に太った奴も笑。
ユーリ店長が110番したみたいで(なにしろ一応コレは誘拐だからね)、遠くから万世警察のパトカーのサイレンが聞こえてくる。
僕達は構わずストリートに飛び出す。
昼下がりのパーツ通りは買い物中のヲタクやビラ配りのメイドでゴッタ返し中。
僕等は素早く1本裏通りに入り「オリオンの館」が入る雑居ビルに駆けつける。
狭いエレベーターにすし詰めになって6階まで上がる。
最後の1階分はビルの谷間に突き出たボロい非常階段を駆け上がる。
やや?鉄扉が微かに空いている?
好都合?何かの罠?
僕とゴシップボーイが微かに開いた鉄扉の両脇に張り付く。
おお!海外TVなんかでお馴染みのSWATの突入シーンみたいだ。
ミユリさんが鉄扉の取手に手をかけカウントする!
「3.2.1…」
「ダメ!逃げて!アンタ!」
なんと後からついて来たリボンさんが大声で僕達の襲撃を教える!
この裏切り者!全く恋は盲目とはよく逝ったものだ!
それにしても「アンタ」はナイだろう。
ソレはヤクザ映画で寝込みを襲われた時の情婦のセリフだょ!
せっかくのSWAT気分が台無しだ←
出鼻をくじかれた僕を横目に、ミユリさんが室内に飛び込む!
見覚えのある鰻の寝床のような店内にはイスやテーブルが散乱したまま。
ん?誰もいない?
いや、横倒しになったテーブルの影に皇妃がいる。
両手両足をガムテープでグルグル巻きにされている。
御丁寧にも口にはガムテで✖︎印←
それを見てリボンさんがワッと泣き崩れる。
ミユリさんが素早く口のガムテを剥ぎ取る。
「ジルバはアキバ造園を襲撃するわ!私からアドレスを聞き出したの!」
「向かいのビルの21階へ逝ったぞ!」
「ヤタラ目つきの悪い男が一緒なの!」
皇妃が多重人格を駆使し3人分くらいの勢いで一斉に(と逝っても彼1人だが)騒ぎ出す。
え?今度は向かいのビルかょ?しかもヤタラ目つきの悪い男?誰ソレ?
僕とミユリさん、ゴシップボーイのオリジナル?メンバーにココからは皇妃も加わる。
あと出来ればガムテでグルグル巻きにして残しておきたかったリボンさんも勝手に参戦。
5人(リボンさんだけメイド姿でヤタラ目立ってる笑)は一団となってアキバの裏通りを駆け抜ける。
目指すはアキバ造園の入ってる高層ビルと中央通りを挟んで向かいの場所に建設中の新しいタワービル。
竣工寸前だけど、一応未だ工事現場なので地上にはガードマンとかいる。
構わず一団(内メイド1名←)になり通過する僕達に向かって誰かが大声で叫ぶ。
しかし、僕達は殺到した勢いキープのまま内装中だけどシャンデリア付きのヤタラ豪華なエレベーターに雪崩れ込む!
「げげっ!21階ってエレベーターが止まんナイんですけど!なんで?」
「電気工事中の札がかかってる!とりあえず22階まで逝って非常階段で降りよう!」
「あ!向かいのタワーの同じ階にアキバ造園がっ!」
非常階段口は22階も21階も施錠されてなかったので、難なく僕達は21階へと雪崩れ込む。
この階は後にムーミン社長から「運命のフロア」と命名されるが、それはまた別の話。
中は…広い!
テナントの入ってないフロアって誰もいない小学校の講堂みたいにダダっ広い。
真新しい内装の壁面には未だビニールがかかったままだ。
そしてフロアの先、中央通り側の非常口付近に異様な人だかりがある。
いや、人だかりと逝うかソレは遠目にもエラいむさ苦しい人肉の集団。
ジルバ以下の大相撲アキバ場所の力士達がひしめいて中央通り側の消防隊進入口の四角い小窓を開けて外を伺っている。
いったい何をしているのだろう?
「ジルバ、やめろ!」
「とにかくやめなさい!」
「お願い!」
とりあえず皇妃が3人分の勢いで制止すると明らかにジルバ一味はたじろいだ様子。
間に合ったのか?しかし、相変わらず何をしようとしてるのかはワカラナイ。
「ご苦労だったな、ヲタクボーイズ」
冷たい声がして、力士達の肉壁の裏から細い人影が進み出る。
その人影が不敵な笑いを浮かべると場の空気は一気にシリアスさがMAXだ。
なにしろ彼?が周囲に放つ殺気がハンパなくスサまじいのだ。
コイツ、ヲタクじゃないぞ。
しかし何処かで見た顔だな?
あっ!コイツは蔵前橋通りのコンビニで僕に皇妃探しを頼んだ奴じゃないか!
あの時はエラい貧相だったのに、今は発するオーラだけで人を瞬殺出来そうだ。
いや、オーラどころではない。
なんと彼の手には肩打ち式のロケットランチャーが握られているではないか!
恐らくランチャー自体はニュース画像でお馴染みの自由を求める戦士の標準装備RPG-7。
しかし、ランチャーの先に付いた弾頭が異様にデブッチョだ。
最近ネットでよく見かけるサーモバリック弾(気化爆弾の1種)か?
というコトは最新型じゃないか!ロシア製?
コ、コイツはスパイ?秘密工作員?!
ところが、次の瞬間、彼は秘密工作員の顔をアッサリかなぐり捨てる。
そして突如、あの平壌放送の女アナウンサーが憑依したかのような口調で話し出す。
「偉大なる国家主席にして半島を照らす暁の明星、同志将軍閣下の革命的正義の鉄槌は今まさに…」
「な、なにソレ?なんだかワカンナイけど手短に頼むょ!」
「今からアキバ造園を吹っ飛ばす」
コ、コイツは…半島から来たのか!
とすると破壊工作専門に訓練された偵察総局に違いない!
コイツがサーモバリック弾を打ち込めば、そのフロアは瞬時に焼き尽くされて誰一人として生き残らないだろう。
ブログを通じて皇妃に恋した同志将軍閣下は、彼女(ホントは彼、なんだが…)がネカマと知り、トロール会社ごと殲滅を命じたのか?
「秋葉原が、このアキバとか逝う堕落した街が悪いのだ!この街や薄汚いお前らヲタクさえいなければ、共和国の偉大なる頭領にして人民を導く暁の明星…(以下省略)」
「おい!だから手短に!」
「同志将軍閣下がネカマにダマされるコトなど…アキバに溺れるコトなどあってはならんのだっ!革命偉業、万歳!半島の護り、人民共和国軍に栄光あれ!」
工作員はそう絶叫するや、ランチャーを構え無駄のない動作で開け放たれた消防隊進入口を振り向く。
片目をつむりランチャーの照準器で向かいのビルに狙いを定めて膝打ちの姿勢。
ランチャーの安全装置を解除して引き金に指をかける!
しかし、その時…
「おい!そんな話は聞いてないぞ!」
「お前なんかに、お前なんかに!」
「このアキバを焼かせるもんか!」
またもやスッカリお馴染みの三重人格の叫び。
しかし今度ばかりは皇妃ではない。
彼は話の急展開について逝けず、ゲシュタルト崩壊を起こして頭を抱え、僕の足下で震えている。
ジルバ?ジルバなのか?
なんとランチャーを構えた工作員にジルバが飛びかかる!
いつも傲慢なジルバが泣き顔だと?彼なりに必死の覚悟なのか?
ソレを見たリボンさんが僕の傍らでワッと泣き出す(またかょ笑)。
そして止める間もなく彼女も大声をあげ工作員に飛びかかる(メイド服のまま←)。
「らめえええええええええっ!」
どの世界でも「台無しにするのはいつも素人」だそうだ。
そしてソレは冷酷非情な工作員の世界にも当てはまるらしい。
全く予期しなかったジルバ(とメイド)の捨て身の体当りを食い工作員が発射姿勢を崩す。
しかし、彼もプロの意地にかけ倒れ込みながらも引き金を引く!
まさにその時だ!
「突入!」
「RPG!RPG!」
「ターゲットの確保を優先!」
次の瞬間、サーモバリック弾を発射した爆音と凄まじい噴煙が室内に充満する!
しかし、ソレに倍する規模の閃光と音響がフロア中に荒れ狂う!
同時に、コレまた完全武装の特殊部隊が雪崩れ込んで来る!
呆然とする僕達の面前で工作員を銃把で殴り倒す!
「ご苦労様、ミユリさん。それからテリィさんも」
「えええっ?!き、君は?!」
「…サリィさん?」
僕達に向かって1人の特殊部隊員が手を振る。
全身黒装束なんだけど、ヘルメットの下で笑う顔は…
黒い覆面をしてるけど間違いなく元メイドのサリィさん?
彼女とは(アキバ電気街口の)奇跡以来だ。
あ、あれ?でもサリィさんって確か麻(薬)取(締官)だったよね?
え?コレも麻薬絡みなの?
しかし、それにしちゃ少しハデ過ぎないか?笑
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
あの匂いを知ってるかな?
カラオケルームで吸う清々しいイオンの、あの匂いをさ。
僕達は今、あの大好きなイオンの匂いで肺を洗いながらカラオケでバカ騒ぎをしている。
カラオケの大音量に負けないように、みんな総立ちで嬌声をあげ踊り狂っている。
皇妃騒ぎが一段落して、僕達は朝からカラオケに繰り出している。
ステージに模した一角では、色も鮮やかなレオタードに身を包んだミユリさん、リボンさん、つぼみん(ミユリさんのお店のヘルプの子)の3人がキャッツアイを歌っている。
実はあの日、ミユリさんはコレを歌いたくて服の下にレオタードを着たままマチガイダに来たらしい。
ソレで挙動が不審だったワケだけど、そういう(素敵な)企みは大歓迎なんだが、てっきりSMかと妄想した僕は少しガッカリ←
結局、サリィさんはタダの麻取ではなかったようだ。
国益を守るための軍事組織の一員とのコトだけど、実は詳しいコトはわからない。
ソレは国内に潜入する秘密工作員を追跡したり、テロ行為に即応するための軍事組織。
日本にもそんな秘密組織があると知り、僕なんかはもうビックリだ。
恐らく裏ではムーミン社長のトロール会社なんかとも繋がっているのだろう。
そう逝えば秋葉原通り魔事件(2008年)で犯人を真っ先に取り押さえた私服の民間人も、この世界の住人らしい。
そうそう。例の工作員だけど。
あの日、サリィさんの特殊部隊の捕虜となり連行されて以来、彼の姿を見た者はいない。
彼が発射したのは、やはり最新型のサーモバリック弾だったとのコト。
こんなモノを国内に持ち込んでのテロ行為は主権国家として到底看過出来ズ、未然に防止出来たコトは僥倖とでも逝うべきだ。
因みに発射された弾頭は、アキバ造園から大きく逸れ浅草の方へ飛んで逝ったが、極秘裏に捜索され無事に回収されたそうだ。
どうやら、工作員はランチャー(発射機)の安全装置は解除したが、弾頭の安全ピンを抜かずに発射したらしい。
よって、仮にアキバ造園に打ち込まれたとしても、サーモバリック弾が気化爆発するコトはなかった、とのコトだ。
しかし、たとえ爆発しない弾頭だったとは逝え、あの日、工作員におどりかかって逝ったジルバ、そして躊躇うコトなく御主人様に殉じて身を投げたメイドのリボンさんの勇気には率直に敬意を表したい。
ヲタクに限らず、アキバに限らず、人は誰も皆、故意か否かに拘らず、誰かを騙し騙されて生きて逝く。
でも、あの日「アキバを焼かせない」と叫んだジルバに偽りはなく、正しく魂の叫びだったのだと思う。
結局、とても長い回り道をした彼だったが、その旅路の果てに僕達の盟友となる。
実は今、僕の横で推し(リボンさんだょ)のレオタード姿を眩しそうに見上げてるんだ笑。
空調から吹き寄せるイオンの風が観葉植物の葉を揺らしている。
ケバケバしい原色のドリンクの向こうでレオタード姿の3人のメイドが歌っている。
僕とジルバは、まるでゼンマイ仕掛けの猿のオモチャのようにタンバリンを叩く。
そして、お互い推しにウィンクされ、投げキスをされる度に嬌声を上げて応える。
Do you smell that?
Ion, son.
Nothing else in the world smells like that.
I love the smell of ion in the KARAOKE.
そして、僕達は初めて気づく。
秋葉原を愛する者に悪い奴はいない、というコトを。
おしまい
【超意訳】
あの匂いがわかるかな?
イオンさ。
この世であんな匂いがするのは他にない。
カラオケで嗅ぐイオンの匂いは最強さ。
映画「地獄の黙示録」のパクリ←
今回はネットで情報操作を行う半官半民?のトロール会社やその社長、伝説のなりすましブロガー、半島から派遣された秘密工作員や彼等を迎え撃つ国益優先の不正規特殊部隊などが登場しました。
昔、パーツ通りに基盤屋が軒を連ねていた頃、東西のスパイが競って基盤を買い漁ったという話から妄想を膨らませてみました。
秋葉原を訪れる全ての人類が幸せになりますように。