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異世界転生は小説より奇なり  作者: ゆーいっち
第一章~未定~
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第4話 【転生後の窮地 2】

自然と言えば何を思い浮かべるだろうか。

多種多様の生物が存在し、それらが織り成す生態系。

時の経過や一定の条件が重なって偶然現れた、目を見紛うほどの見事な光景。

どれも見た物の心に残り、再びそれらを求めて自然へと足を向ける物も少なくないのではないだろうか。

まさに、神秘的という言葉が相応しいと言える。


しかし、それらの素晴らしさは自然が見せるほんの一部分でしかなく、実際にはそれ相応の危険が伴い、最悪の場合は命を落とす事も覚悟しなければならないという厳しい一面も併せ持っている事を忘れてはいけない。

ましてや今ここにいる場所は、読んで字の如く異なる世界。

森、と言う自然の一端でしかない場所ではあるが、かつて居た世界、それ以上の危険が存在する可能性は大きいだろう。

あるいは危険など一切存在せず、以前の常識に捕らわれているがゆえの杞憂に過ぎないのかもしれない。

もっとも、未知の領域である場所へと進む、その行為自体に危険が含まれる事は言うまでもないのだが。


大げさな物言いではあるが、まさに瀕死とも言える状態の人間が、ただただ現状の身体の回復にのみ目を向け、それ以外の思考を停止し森へと歩みを進めた事は当然とも言えるのだった。




「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」


呼吸は荒く頭痛も激しさを増し、足取りは重くなる一方だった。

それもそのはずである。

一歩一歩進む度、衰弱した身体へと負荷がかかり、疲労が蓄積される。

それらの症状が更に悪化する事は至極当然だった。

催していた吐き気もついには臨界点に達し、嘔吐物をまき散らすに至る。


本来、森に入った時点で体を休めるための条件は完全とは言えないが満たされていたと言えるだろう。

光を遮断し、横になる。

しかし、それだけでは足りない状況になってしまった。

まき散らした嘔吐物の存在だ。

全身それにまみれているわけではないが口内を含め、水で洗い流さない事には更なる嘔吐を促す事になるだろう。

その為に、必須条件では無かったはずの水場を求めてひたすら進むのだが、どの程度の距離があるのか分からない上に、そもそも存在しないのかもしれない。

仮に存在するのだとしても、もしかしたら辿り着く前に衰弱死するのではないだろうか。

弱り切った人間はマイナス思考に陥りやすい、という言葉をよく耳にするがまさにその通りだと言える。




―――どれほどの時間が経過したのかは分からない。

息も絶え絶えに、苦痛に耐えながらもはや何の為に歩みを進めているのかさえ分からなくなる頃、ついに運よく目的である水場を発見する。


「これは・・・川・・・か・・・?」


この森がどのような構造になっているのか、そしてこの水がどこから流れてきているのかは定かではないが、パッと見た感じ飲めるのではないだろうか。

衰弱した身体に鞭を打って進んた代償はあまりに大きく、疲労を蓄積した身体が水分を要求しているのが分かる。


しかし、ここは右も左も分からない異世界。

その行為は危険なのではないか。

そんな考えに至るより早く、身体は無意識に行動を取る。


飲んだ。

ガブガブと馬鹿みたいに飲んだ。

リスクの存在を失念し本能のままに飲んでしまったのだ。


「ふぅ・・・」


飲んでしまった物は仕方なく、この川を流れる水に人体へ有害な成分が含まれる可能性と無害である可能性について考える。

前者だったのならば、と不安に襲われたが結果として特に身体に異常は見られない事から杞憂であったのだと結論付ける。

飲んですぐに何かしらの影響が出るのか不明ではあるが、問題ないと言える理由は他にあった。

今回のこの行為は疲労を多少ではあるが回復し、そしてこの森へと踏み入る理由であった頭痛と視界不良を緩和するにまで至った事である。

何が理由でそうなったのか、俺には知る術もない。

ここは素直に喜ぶべきなのだろう。

しかしこの様な幸運が何度も起こるとは限らない。

極限状態とも言える状況にあった今回を除けば、今後は迂闊な行動を避けるべきなのである。




「・・・」


―――臭い。


原因は着ている上着にあった。

失念していた訳ではないが、撒き散らしたくらいなのだからそれに塗れてはいないものの多少の付着が見られる。

不明ではあるが、他者が存在する事を前提とした場合、この世界で生きていく上でのコミュニケーションは必須条件だろう。

その際に、汚物が付着し異臭を放っていたとすればそれ以前の問題である。

門前払い、といった扱いを受ける可能性を潰すために対処しなければならない。

幸いにも下は無事だった様なので、上着のみを洗おうとした時にふと思う。


川の中に入って全身洗えばいいのではないか。


原因は上着のみではなく、自身の身体からも発生している可能性がある。

発汗に因る臭いは自分では気付く事が少なく、他者には不快感を与えてしまう場合も多い。

汚物と汗が合わさり、最凶に見える。

異臭を放つ上着を脱ぎ棄て、残りの衣類を含む全てを脱ぎ去る。

下着を脱ぐ際に一瞬の時間を要したのは、30手前のおっさんが誰が来るとも分からない場所で全裸になる事を羞恥心から躊躇った為、と補足しておこう。


一糸纏わぬ生まれたままの姿になった俺は上着を川へと放り投げ、それを追いかける様に飛び込む。

飛び込んだ瞬間、それとほぼ同時に激痛が走る。


「いってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」


川の深さを考慮せずに飛び込んだ結果、川底にある石に尻を思い切りぶつけてしまったのだ。

馬鹿丸出しの子供。

そんな言葉がよく似合う。

回復の兆しを見せた体調が、呼吸困難による死亡を否定する証拠になると感じていた俺は浮かれていたのだろう。


痛みに堪えながらも抜かりなく上着を捕まえ、川の流れに漂う。

冷たさが気持ち良く、何とも言えない心地よさを感じながら、暫しの時間を過ごす。


転生してすぐさま遭遇した不幸に不満が募りつつも、いつまでもラッコの様に漂っているわけにもいかない。

川を出て上着を絞り、サッと全身を拭いた後、脱いだ服を素早く身にまとう。

全裸で徘徊する変態に成り下がる訳にもいかない為、汗を含んだ衣類を身に着ける事に対して多少の抵抗があったが着てしまえばそれ程気になるものではなかった。

もっとも、先ほど述べた通り他者には不快感を与えてしまうかもしれないのだが。


当然上着は濡れているため着る訳にはいかない。

かなりの薄手にはなっているが、こちらの世界は冬ではないらしい。

そもそも四季の存在があるのかは不明だが、かつて居た世界の日本の冬と比べれば、全くと言っていいほど寒さは感じない。


心身ともに綺麗になった気でいる俺ではあったが、衰弱している事実に変わりはない。

回復の兆しは見られるものの万全と言うにはほど遠いのだ。

身体を休めようと横になろうとするのだが、土の地面は固すぎるのではないだろうか。

その辺に茂っている草の上にでも寝転がればいいかと思ったが、植物が有毒でした、肌に触れれば命に関わります、となっては今までの苦労が全てパーになる。


仕方なく地面に横になる。

着ている服が土で更に汚れてしまうだろうが、この際気にしている余裕はない。

漸く当初の目的であった森に入った理由を達成する。

多少の痛みは感じるが、案外土の上に寝転ぶのも悪くはない。


「・・・なんだ?」


川の流れる音、所謂水音という自然音には心を休ませる効果があるのだが、その効果を実感している最中、それらの音とは明らかに違う音、違和感に気が付いた。


―――足音だろうか。


聴こえてくるその音の大きさは次第に増していき、こちらに向かって来ている事を理解する。

どうやら人のそれとは違うようだが―――


「ワォーーーーーーーーーーン」


警戒心を強めていた耳に聴こえるその音は森と言う場所のせいか不気味に木霊する。

この音については知っている。

犬や狼と言った生物が発する遠吠えだ。

この世界に犬や狼といった生物の存在を確認出来たのはいいが、もしも後者だったならばという不安が襲う。


狼の遠吠えには自分たちのなわばりを知らせる、といった理由があると何かで読んだことがある。

他にも理由があったような気もするが、こちらに近づいてきている、尚且つ遠吠えを発する、となれば答えは絞られてくる。

音の正体はこちらを敵として認識し、向かって来ているのだ。

かつて居た世界の常識が通用しないかもしれない世界、それが今いる世界であり、導き出した答えは見当違いなのかもしれない。

しかし緊急事態に変わりはなく、未知の生物との遭遇に恐怖するのは当然だった。


『一難去ってまた一難』


そんな言葉が頭を過る。

何故こんなにも立て続けに災難、と言うよりも、身の危険に遭遇するのだろうか。

運が悪いと言えばそれまでなのだが、転生してまだ本当に間もない。

想像とは異なる物である事は理解しているつもりでいたが、認識が甘かった。


異世界転生と言えば、愉快な仲間達や胸踊る冒険、これを想像する人も少なくないだろう。

しかし、それらは人の想像によって作られたものであり、実際には大きな隔たりがあるのだ。

可能性の一部として、それらの想像と同様の状況になる事は否定できないが、転生直後、生命の危機に連続して遭遇する事の方が現実的なのかも知れない。

もっとも、この異世界転生を現実と言って良いのか疑問が残る所ではあるが。


不安、焦り、迷い、様々な感情が入り乱れる中も足音が止まることはなく、ついにはその音の正体が俺の目の前へと姿を現したのだった。


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