第3話 【転生後の窮地 1】
話の本筋のような物の始まりです
気が付けば知らない場所にいた、などと言う状況に陥る事は日常生活を送る上で経験する事など滅多にないだろう。
その滅多に経験できない事態に二度に渡って遭遇しているわけなのだが、二度あることは三度あるという言葉の通り、今後も同じ事態に遭遇する可能性を否定はできない。
転生前、転生する瞬間、と来れば次に同様の状況に遭遇するのは何時になるのだろうか。
「ここが異世界か」
理由は説明できないのだが、今立っているこの場所が異世界なのだと認識できる。
どうやら異世界転生はうまくいったらしい。
一つの大きな問題を抱えている事を除けば、ではあるが。
本来、このような状況にいる場合、まずは辺りを見渡すのが普通なのだろう。
現在地はどこか。
危険はないか。
人の住む場所、村や町と言った場所が近くにあるのか。
あるいは異世界転生を果たしたという現実をただただ喜び、期待に胸を膨らませるのかもしれない。
しかし今の俺は普通の状態ではない。
名前も知らず、何者なのかもわからない、あの腹立たしい老齢の男にその理由はある。
【転生させる際にくしゃみによる何かしらのミスをした】
俺が抱えている問題点はこれだ。
ミスをした理由が何ともふざけているが何をどうミスしたのか。
異世界転生と言う超常現象の前には、俺の理解が及ぶ所ではないのだろう。
曰く、もしかしたら転生した瞬間に呼吸困難になって死ぬかもしれない、との事。
転生させてくれた事には感謝しているが、それに至るまでのあの舐めた態度と今の状況を合わせれば、まさに怒髪天を衝くと言ったところだろうか。
しかし今は怒りを露わにしている時ではない。
早急にこの問題を解決しない事には何も始まらないのだ。
もちろん、解決しようと行動した矢先に死ぬ、という可能性もあるのだが。
「・・・」
ふと思う。
皮膚呼吸の存在を考慮すれば呼吸を止める事に意味はないのではないか。
そう考えれば呼吸を止めている息苦しさはあるものの、特に異常は感じない。
実際はこれから症状が発生するのかもしれないのだが、行動してみないことには分かるはずもなく、そして進む事など出来はしない。
意を決して息を吐き出し、大きく息を吸い込む。
「―――なんともねぇじゃねーか」
呼吸困難による死亡。
その苦痛を伴うであろう死に方に、実はかなりの恐怖を覚えていた俺は心の底から安堵した。
「無駄にびびらせやがってあの糞ジジイ。ミスしたってのは実は嘘―――」
視界を違和感が襲う。
視界の上の方に白いモヤが掛かったような感覚に陥っている。
目を擦り、再び視界を確認するが変化はない。
次第にその白いモヤは視界の全体に掛かっていき、頭痛を伴い始めた。
この感覚は体験したことはないが知識として知っている。
偏頭痛持ちの人がそれを発症する予兆として、こういった症状に陥ると聞いたことがある。
しかし俺は過去に一度も偏頭痛を発症した事などはなかった。
タイミング的に考えるならば、偏頭痛を突然起こす可能性よりも呼吸困難で死亡する予兆の可能性のほうが高いのではないだろうか。
必死に解決策を考える。
考えては見るが、そもそも異世界転生と言う現実離れした出来事なのだ。
転生の際の不手際に対する解決策など見つかる訳もない。
かといって、転生したのに何もしないまま死ぬ事態は避けたい。
異世界転生することは目的ではなく、あくまで手段であってその後にこそ本当に意味があるのだ。
幸い、呼吸の苦しさは感じられない。
『もしかしたら呼吸困難で死亡するかもしれないが多分大丈夫だろう』と言う言葉を今は信じるしかない。
死亡する予兆ではないと自らに言い聞かせ、出来る範囲でこの症状の回復を試みようと記憶を辿る。
うろ覚えではあるか偏頭痛を和らげるには部屋を暗くし、横になって安静にしている、と聞いたことがある。
どれほどの緩和が期待できるのかは分からないが、今はその方法を取るために行動するべきだろう。
白む視界に酷い頭痛、更には吐き気まで追加された身体に鞭を打ち、辺りを見渡す。
目の前には広大な草原が広がっているが条件に合致する身体を休められそうな場所は見当たらない。
そもそも都合よく条件を満たす場所があるはずも無いのだが、今はそうでない事を祈るしかない。
半ば諦めながらも藁にも縋る思いで振り返った先に広がる光景はまさにファンタジーにありがちな場所があった。
木々が生い茂り、高く聳え立つそれらが密集している事から、一般的に森と呼ばれる場所である。
光を遮断するには十分だろう。
運が良ければ水場があるかもしれない。
寝床はないだろうが条件としては悪くない。
本来ならば人に頼るべきなのだが、現在の視界の悪さでは町や村、そういった人のいるであろう場所は見当たらなかったのだ。
仮にそれらを発見できたとしても、この世界の人間が友好的かどうかは分からない。
もしかしたら、俺の風貌がこの世界の人間のそれとはまるで違う可能性もあり、どういった扱いになるのかも分からない。
あるいは、そもそも知的生命体など存在しないのかもしれないのだ。
それらの判断材料を元に、森の中へと歩みを進める。