第2話 【死亡のその先 2】
読み飛ばしてもさほど問題ないかと思われます
――――何もない空間に老齢の男と二人きりである。
甘いひと時などと言った空気は一切ない。
相手が美少女だったならば願ったり叶ったり、と考えるのが普通だろう。
しかし今はそんな願望を抱く事すら頭には無かった。
その理由は目の前にいる男にある。
その男から提示される選択肢によっては、虚しさを感じ満たされる事のなかった心を埋める切っ掛けになるかもしれないからである。
そういった意味では甘いひと時、と言えるのではないだろうか。
勘違いしないでほしいが同性愛者であるが故、ではない。
目の前の人物はどちらかと言えば嫌いなタイプである。
言い訳がましく感じるかもしれないが、断じて違うと念を押しておこう。
頭の中で無意味な思考を巡らせながら返事を待つ事数分、一向にその返事は返ってこない。
待ち焦がれると言っても差し支えない心情なのだ、痺れを切らしてそれを促す事は仕方のない事だと言えるだろう。
「おい!黙ってないで早く言えよ」
その男はこちらに視線を向けたまま、人の神経を逆撫でする様な笑顔で口を開いた。
「ああ、悪いな。まぁあれだ、このまま天国に行ってぐうたら過ごすか、そのまま死んでおしまい、だな」
「・・・」
さきほど自分に言い聞かせた『常識の範囲外だから予想なんて外れる』的な事はすでに頭にはなかった。
それもそのはずである。
自分の知識、もっとも書籍や映像作品などから得た物ではあるが、この状況下での選択肢に異世界転生的な物があって当然だと思っていたからである。
確かにそれらはフィクションであって、現実に存在するわけではない。
しかしこの状況でそれを期待するな と言う方が無理があるのではないだろうか。
「・・・その2つしかねーの?」
変わらぬ笑顔、もっとも非常に不愉快な物である事に変わりはないが、それをこちらに向けながらその男は口を開いた。
「まぁあるにはあるんだが・・・何か貴様の希望に沿う形になるから気に入らねーんだよなぁ」
この笑顔と態度は人を激昂させるには十分だと断言できる。
まさに『ぶん殴ってやりたい』そう思うのも無理もない。
「まぁなんだ。その・・・悪かったよ。俺も長い事ここにいるが貴様の様な人間が来たのは初めてだったからな」
予想外の言葉は振り上げた拳と怒りを停止させるには十分だった。
想像の域を出ないが、嫌な笑顔から一転したしょぼくれた表情、そしてその言葉から察するに恐らくはとても寂しい思いをしていたのではないだろうか。
ならば許容する事はできないが大目に見る程度なら構わない。
「貴様の考えはわかっているぞ。異世界転生という選択肢に期待してんだろ?」
哀れむような感情を抱いていた俺にかかる求めていた言葉。
「そうそうそれだよ!あるならもったいぶらずにさっさと言えよな爺さん」
「・・・」
この沈黙は何を意味するのだろうか。
まさかこの後に及んで、気に入らない、面倒だ、などと言いだすとは考えにくい。
「まぁあるにはあるんだが・・・正直おすすめはできんぞ?」
なぜか、と問う前にその言葉を続ける。
「異世界転生したとして、だ。そもそも異世界と言うくらいだから貴様の存在していた世界とはあらゆるものが異なる、というのは理解できるか?貴様の培ってきた常識などは一切通じないものと思ったほうがいい。俺もできる限りの事はするが、それも事前準備程度の物であって、異世界に転生させた後は一切の干渉が出来ないからな。それでも行くと言うのなら止めはしないが」
なるほど確かにその通りだろう。
舞い上がっていた事は否定できない。
冷静に考れば分かる事ではあるが、それが相当の苦労を強いられる道なのは間違いないだろう。
例えるのならば、言葉や文化、何もかも分からない知らない国で、その身一つでいきなり暮らす事になるようなものだ。
だがしかし、俺の答えは変わることはない。
もしかしたら、向かったその異世界ですぐに死んでしまうのかもしれない。
既に死んでいるようなものであるが、今はそれは些細な事である。
天国でぐうたら暮らす。
生きていた時に感じた虚しさがより大きくなるのは間違いないだろう。
断言してもいい。
そのまま死ぬ。
それがどういった意味なのかは分からないが、選択しないのだから聞く必要はない。
この男はきっと最初から分かっていたのだろう。
俺が選ぶであろう選択肢を。
「頼むよ爺さん。俺を異世界転生させてくれ」
恐らくは俺の人生でこれほど切実に頼み事をした事はなかった。
言葉からそうは思えないかもしれないが本当にそうだった。
この男もそれらを感じ取ったのだろう。
腹立たしい態度は姿を潜め、本来はこうだと言わんばかりの厳とした態度で口を開く。
「いいだろう。貴様の願い、確かに聞き届けた」
願いが叶うかもしれないと言う感情とは別に、少し寂しい気持ちもあった。
異世界転生できる事は確かに嬉しい。
常日頃から感じていた虚しさを打破できる可能性を秘めているからだ。
しかし、だ。
この爺さんは俺を異世界転生させた後、また長い時間ずっと一人でここにいるのだろうか。
ほんの短い間、時間にして多分1時間程度しか過ごしてはいないがこの男に何か親近感のようなものを感じる。
殴り合いの末、友情が芽生えるなどと言ったフィクションも侮れないものだとさえ思う。
「じゃー始めるけど、異世界での言語についてだが、これは問題ない様にしてやろう。感謝しろよ?それとな、貴様の身体の構造だと向こうでは呼吸器官が正常に働かなくてすぐ死ぬ。これも問題ない様にしてやろう。感謝しろよ?」
前言撤回しよう。
間違いなくこの人を舐めきっているような態度こそが本来の姿なのだ。
「で、だ。貴様の知る異世界転生では、特別な力を持つ事が多いんだろ?」
この発言には思わず身体が反応してしまう。
俗に言うチート持ちの存在になれる可能性があるからだ。
確かに右も左も分からない、更には常識の一切が通用しないのだから何か一つくらい他者より秀でた物があってもいいのかもしれない。
虚しさを解消する、という俺の願いから遠のく可能性も否定できないが魅力的な事には違いない。
「俺も特別な力を持って異世界にいけるのか?」
「いや全く?」
本気の殺意を抱いたのはいつ以来だろうか。
恐らく今回が初めてだろう。
そして再び前言撤回をさせていただきたい。
親近感の様な物は一切感じない。
むしろ殺意しか感じない。
「てめぇ、ほんといい性格してやがるなおい」
「まぁ短い時間ではあったが名残惜しくてつい、な?悪かったよ」
「さて、準備はできたから早速転生させるぞ」
何をどうやって準備したのかわからないが爺さんが言うのならそうなのだろう。
突然俺の身体が光に包まれていく。
異世界。
俺にとっては全くの未知の場所。
説明はできないが今からそこへ向かうのだ、と実感できる。
名残惜しさを感じながらも最後になるであろう言葉を交わす。
「サンキュー爺さん。短い間だったけど楽しかったぜ!機会があったら酒でも飲もうぜ」
「フンっ。貴様の顔などしばらく見たくはないわ。せいぜい向こうで死ぬんじゃないぞ!」
最後まで態度は気に入らなかったがふと思い出す。
なんやかんやで聞きそびれてしまっていたが、この男は何者なのだろうか。
「そういやさ、爺さんって結局何者だったんだ?」
「マヌケか貴様!こんな事できるのなら答えはひとつしかないだろ!いいか?俺はな、か・・・へっ、へっ・・・ヘーっくしょーいっ!・・・うへぇ、やっべミスった」
「・・・は?」
「すまんミスったわ。まぁ多分大丈夫だと思うから気にするなよ!もしかしたら転生した瞬間呼吸困難で死ぬかもしれねーけど大丈夫だろ。・・・多分」
「ふざけんなよてめぇ!何だよそのミスった理由は!やり直せ!おい早く――――」
その言葉は光の中へと消えて行き届くことは無かった。
怒りの感情が爆発する中、再び身体の消失と共に意識は途絶えたのだった。