For what you love
お風呂シーンです。
「ふうー。温かい」
「そう」
湯船に浸かるなり、気の抜けた声を出す墨子。それに対してわたしは、例によって愛想のない返事をする。
シャンプーハットを被って、手にせっけんを塗りつけて、頭を洗う。
洗えたら、シャワーヘッドを持って、ダイヤルを捻る。
「あぶぶぶぶぶぶっ!」
「楓ちゃんっ!」
捻るタイミングを誤って、顔面にお湯が放たれる。溺れかけたわたしを、墨子がわたしからシャワーヘッドを取り上げて助けてくれる。
「楓ちゃん、大丈夫だった?」
「……あまり大丈夫じゃなかった」
わたしは、不器用だ。世界で一二を争ってもいい。
墨子と出会ったのは高校一年生の春の終わり。それから少しして付き合い始めて、夏休みが終わってすぐにわたしが墨子の家に転がり込んだから、同棲……居候生活ももうすぐで一年になる。わたしの家財道具や学校で必要な物も一通り持ち込んで、今ではすっかり寝食を共にするようになった。墨子も、わたしの仰天行動に慣れて…………はいない気がする。ただ、わたしが死にかけた時の対応は出会った頃と比べて圧倒的に早くなった。今だってそう。一年前は、わたしが気絶するまでオロオロしっぱなしだったはず。わたしが気絶して死んだはずの先祖達に会っていた時は、なにしてたか知らないけど。
わたしがどんなにおかしな目にあっても、わたしがどんなにとんちんかんな行動をしても。
墨子がわたしをフォローしてくれるのは……。
墨子が、わたしに好意を寄せているから。…………寄せてくれて、いるから。
本来なら、好き合っている者同士が、告白して、付き合って。……こうやって、一緒に暮らすものなのだと思う。
けど、わたしは、わたしだけは、それに則っていないところがある。
それは……。
わたしが、墨子のことを好いていないこと。
本当は、わたしは墨子の隣にいていい人間じゃない。
墨子の笑顔を見ていい人間じゃない。
けれど、あの日、あの時。
墨子が、わたしに告白した、あのとき。
わたしは、思ってしまった。
…………お姉ちゃんを、出し抜けるって。
わたしは、なにをどう頑張っても、お姉ちゃんを超えられない。
お姉ちゃんは器用だから。わたしは、お姉ちゃんよりもずっと不器用だから。
昔から、周りの人達は、言っていた。
お姉さんは器用だね。妹さんも、きっとなんでもできるよね。
あぁ、またできなかった。おかしいね。お姉さんはこれくらい簡単にできていたのに。なんでだろうね。
どうしてかな。
お姉さんは、やれたよ。
お姉さんは。
なんで?
どうして?
……知らない。
知らないよそんなこと!
わたしの方が聞きたいよ!!
どうしてお姉ちゃんにできて、わたしにできないのさ!!!
…………………………だけど、「恋愛」なら……。
わたしは、お姉ちゃんの上に立てる。お姉ちゃんに、勝てる。
周りの人達だって、見返せる。
感心させられる。
わたし個人を見てもらえる。
わたしは、「倉田邑の妹」じゃない。
わたしは。
わたしは……!
…………わたしは、「倉田楓」だ。
……でも、そのために、墨子の好意に、恋心につけこんで、利用して。
最低なのはわかってる。
お姉ちゃんを逆怨みしても、なにも解決しないって、わかってる。
……だから……だからせめて。
罪滅ぼしのひとつでもしないといけないと思う。
姉や兄と比べられて鬱憤を抱えている人っていますよね。
そういう人達の心情を上手く表現できたら……と思っています。