Evil whisper in the brain
楓ちゃんとお付き合いさせてもらっている木隠墨子です。
楓ちゃんが部活に行っている間、わたしは近くのスーパーへ今日の買い出しに来ています。
この間、テレビで「あらかじめ献立を決めておくのではなく、その場で見つけたお得な物を使ってなにが作れるか考えた方が経済的」と言っていたので、それに倣ってみようと思います。
「えーと、なにが安いのかな……」
まずは野菜売り場から見てみます。
「えーと、もやしが安い……」
もやしを二袋カゴへ。
「えっと、次は……あ、白菜が訳あり価格で安くなってる」
目の前の白菜を一つ取ろうとして。
「「……あ」」
手が、重なりました。
もう一つの手が伸びている方へ向くと、わたしと同じ制服を着た女の子がこちらを見ていました。
「えっと、確か、隣のクラスの……赤石さん、でしたか?」
「あ、え……そ、そういうあなたは確か、木隠……す、す……」
「墨子……です」
「あー……そうそう……」
「「……」」
……間が持ちません。どうしましょうか……。
「ちょっと燐! いつまで白菜取りに行ってるの!?」
少し遠くの方から、女の子の叫ぶ声が聞こえてきました。
「あ……じゃあ、ちょっと呼んでるから……」
「は、はい」
赤石さんは、慌てて別の白菜を持って鮮魚売り場の方へ歩いていきました。
◆
「ふう……ちょっと、買いすぎたかな……?」
大きなエコバッグを一つ携えて、スーパーを出ました。家までは近いのですが……少し、重たいですね……。
「あっ……」
ふと、路肩に停まっていたワゴン車に、目が行きました。
恋人同士だと思います。運転席に座っている男の人と助手席に座っている女の人が、キスをしていました。それも、かなり濃厚な。
これ以上見ていたら迷惑が。そう思って進行方向に視線を戻した瞬間。
『疼くんでしょ?』
……え?
頭の中で、おかしな声が聞こえてきました。
『楓ちゃんとああいうコトしたいって思ってない?』
そ、そんなこと……。
『嘘だ』
……嘘じゃ、ない。
『ホントに?』
本当。
『だって、付き合って一年以上も経つのに、一度もキスしたことないって、異常』
異常……?
……もしかしたら、変なのかもしれません。
『楓ちゃんのこと、大好きなんでしょ?』
うん。
『愛してるんでしょ?』
うん。
『だったら、もう離れられないようにしなきゃ。楓ちゃんはわたしのものだって、印をつけておかなくちゃ』
印……。
印……ですか……。
……でも……。
……楓ちゃんが傷付くことは、したくありません。
『チッ』
「あれ………………?」
「あっ! ミイナだー!」
「えっ、ちょっと待ってかおりちゃん!?」
「かおり! 急に走っちゃだめ!」
声が、聞こえなくなりました。聞こえてくるのは、向こう側の歩道を通っている三人の女の子の声だけで……。
今のは、なんだったのでしょうか。
「……あっ」
その三人の女の子が出てきたお店。
「ニアマート、こんな近くにもできていたんだ……」
この町、空の宮市は、市の北西部に本社を構える「天寿」という会社のいわゆる企業城下町で、ニアマートは天寿の傘下グループが経営しています。
「振り向けば、あなたのすぐそばに」。このホラーっぽいキャッチコピーは、ニアマートの広報担当者がオカルトマニアで、お客さんを遠ざける悪霊を追い払うために敢えて付けたものだそうです。逆効果だとも言われていますが……。
『ワタシは、いつだってそばにいるよ』
不意に、そんな言葉が聞こえた気がしました。