八ヶ月経過:「恋人」の形をした嘘の愛
進級して高校二年生になった木隠墨子です。
学年が上がったといっても、わたしと楓ちゃんとの生活は変わりません。
朝起きたら、自分の身支度をととのえて、朝ご飯とお昼のお弁当を作って。
それまでに楓ちゃん起きてこなかったら、二階の寝室まで起こしに行って。
一緒に朝ご飯を食べて。
楓ちゃんを制服に着替えさせて。
楓ちゃんが歯を磨いている間に楓ちゃんの髪を櫛ですいて。
二人とも準備が終わったら、一緒に登校して。
午前中の授業を受けて。
いつもの場所でお昼ご飯を食べて。
午後の授業を受けて。
楓ちゃんを部活まで見送って。
わたしは先に学校を出て。
必要があれば、帰り道でご飯の材料や日用品を買って。
帰宅したら、部屋着に着替えて薄い緑色のエプロンを着けて。
洗濯をして。
その間に、家を掃除して。
洗濯機から取り出した洗濯物を干して。
楓ちゃんから預かったお弁当箱と一緒に食器を洗って。…………あ、ちなみに家事をしながら鼻歌を歌ってしまうのは昔からの癖です。
楓ちゃんの部活が終わる時間になったら、楓ちゃんを迎えに行って。一緒に帰って。
楓ちゃんを部屋着に着替えさせて。
夜ご飯を作って。
一緒に夜ご飯を食べて。
夜ご飯の食器をかたづけて。
楓ちゃんに勉強を教えながらその日の授業の復習をして。
一緒にお風呂に入って。
一緒に寝室に行って。
少しお話をして、それぞれ眠る。
これが、わたし達の日常です。
◆
「……墨子」
「なに、楓ちゃん?」
「……親がいなくて、『寂しい』って思うこと、ある?」
「……え?」
夜ご飯で使った食器を洗っていると、後ろでテレビを観ていた楓ちゃんが声をかけてきました。手を止めて振り返ると、楓ちゃんが観ていたのは問題を抱えた家族を様々な手段で救っていく怪しげな女性家庭教師のドラマでした。えっと、確か『ゲーミング・ファミリー』っていうタイトルの連ドラだったと思います。今ちょうど、家族に………………えっちな暴力を振るっている父親に対して、主役の女性家庭教師が「ノーセーブで、ハッピーエンドにします!」と決め台詞を言っているシーンが流れています。
「うーん……。少し寂しいけど、楓ちゃんがいるから、今はあんまり寂しくないかな」
「…………」
わたしと楓ちゃんがこうして話をしている間にも、テレビの中でドラマが流れています。
『なあ、俺はなにか悪いことをしたのか? 俺は……俺は今まで、外交官として世界を回ってきた。そして気がついた。人間の未来を作る子どもが少ない、この少子化の状態が、どれほど危ないことなのか。……だからな、俺はお前達と協力して、力を合わせて、家族を増やそうと思っただけなんだ。それのどこが悪いことだっていうんだ……?』
「……墨子」
「……なに?」
『……家族家族って言うけど……私達はしょせん他人なのよ。あなたがどれほど崇高な考えでこんなことをしたんだとしても、他人である私達には、理解できないのよ……!』
「……わたしと墨子は、他人」
「う、うん……」
……確かにそうだけど、改めてそう言われるとなんだか悲しい……。
『……もういいよ、お母さん。もう、こんな人信じられないよ』
「……墨子にとっては、他人のわたしを信じる根拠なんてどこにもない」
「えっ……」
……なにを、言おうとしているんだろう。楓ちゃんは……。
『痛っ! お姉ちゃん、わたしだけ塾で帰るの遅かったおかげでなにもなかったからって、わたしに八つ当たりするのやめてよ!』
「……それでも、墨子はわたしを自分の家に置いてくれている。墨子は、優しい」
「あ、ありがとう……?」
「……墨子は、親でもなんでもないわたしがいなくなったら、寂しい……?」
「寂しいよ」
わたしは、即答した。それだけの、自信がある。
「…………どうして?」
『……もういいよ。お父さんもお母さんも、お姉ちゃんも大っ嫌い! こんな家出ていってやる! もうみんな嫌い!』
「……好きだからだよ。楓ちゃんのことが」
……言ったはいいけど、すごく恥ずかしい……。
「……そう」
「……楓ちゃん、もしかしてこのドラマで不安になったの? 大丈夫だよ。あれはドラマなんだから、現実にはそんなこと起こらないよ。それにわたしは、ずっと楓ちゃんのそばを離れないよ」
「……」
……楓ちゃん、今日はいつにも増して難しい質問してくるなぁ……。
「…………………………ありがとう」
「……じゃあ、もう戻ってもいい?」
「……うん」
楓ちゃんがうなずいたのを見てから、わたしは流し台に戻りました。
テレビでは、女性家庭教師が「いいですねぇ~」と呟いていた。
そして、楓ちゃんは……。
「……お母さん……」
……そう、呟いていた。




