仁義を持つ者
「どうしたら、楓ちゃんにわたしの気持ちを信じてもらえるんだろう……」
病室のベッドで、延々と考える。
昨日の夜、わたしは思いきって楓ちゃんに思いの丈をぶつけた。結果は惨敗だった。「不器用な楓ちゃんが、人の心を操るなんて高度なことができるはずがない」という切り札も、不発に終わった。
そして、わかった。
勢いだけじゃ、だめなんだ。
まずは、楓ちゃんの心を溶かして、わたしの言葉を聞いてもらわなくちゃ、なにも進まないって。そう気づいたとき、わたしは少し冷静になれた。
たとえ縛りつけても、監禁しても、楓ちゃんの心は閉ざされたまま。それがわかっていなかったから……だから、昨日は失敗したんだ。
「……でも、わからないよ、楓ちゃん……。あなたの心を開く方法が。……一年も、一年も一緒に暮らしてきたのに……なんで……」
遠すぎるよ、楓ちゃん。
楓ちゃんの好きなものも。
楓ちゃんの嫌いなものも。
楓ちゃんの癖も。
楓ちゃんの地雷も。
楓ちゃんの左肩に、なにかで切り裂かれたような、小さな傷があることも。
全部、全部……わかってるつもりだった。
一緒に暮らしてきたんだから、楓ちゃんのことは全部知ってるんだって。恋人なんだって。そう……うぬぼれてた。
でも、本当はなにもわかっていなかった。
わたしが知っている楓ちゃんは、長い人生のなかで形成された、結果の一部。
一年ぽっちじゃ、楓ちゃんのことは、なにも……。
目の奥からあふれる水滴で、視界が歪む。
強く握りしめたシーツが、歪む。
『……あの、入って、いいですか……?』
不意に、病院の廊下へ続く扉から、ノックの音と聞いたことのある女の子の声がした。
「……どうぞ」
そうわたしが回答すると、扉はゆっくりと開いて……。
……入ってきたのは。
「……江川さん」




