悠久に続く思考を巡らせて
楓が入院している病院に着くと、わたしと智恵の二人は数ある診療室のひとつに案内された。
「……お待ちしておりました。倉田楓さんの担当医の冴場です。……えっと、お二人とも倉田楓さんのお姉さんですか?」
「……いえ、わたしだけです。彼女は……妹の、クラスメイトです」
「そうですか。……妹さんも、説得してなんとかお姉さんの電話番号だけは教えてくれたのですが……もしかして、ご家庭の事情があるのですか?」
「……昔、両親が離婚して、わたし達姉妹の親権を持った母は、電話を持っていないんです」
「そうでしたか……。……昨晩、連絡した通り、妹さんは重度の統合失調症を患っています。おそらく、何年も前から発症していたと思われます。どうしてここまで悪化してしまったのか、私は、その原因を探っています。なにか、妹さんが精神的ショックを受けるようなことに、心当たりはありますか?」
「……」
心当たり、か……。
「……それはもう、数えきれないくらい」
◆
わたしは、智恵の前で、わたしがこれまでに楓に対してやってきたことを打ち明けた。
それは、わたしによる懺悔だった。
楓の気持ちを無下にしてきたこと。
わたしに助けを求めてきたとき、突き放したこと。
楓がどう思うか、なにも考えずに行動していたこと。
楓のがんばりを「余計なこと」と蔑んだこと。
楓にとって大切なものを否定し続けたこと。
悪意のない言葉の暴力から、楓を守らなかったこと。
そして……。
楓の心にも、体にも、傷をつけてしまったこと。
その間、怖くて、わたしは智恵の顔を見ることができなかった。ただただ、目の前に座る医者に、自身の行いを吐露していた。
智恵は、わたしのことを、どう思ったのだろう。
◆
『……お話を聞くに……つまり、妹さんはそうやってずっと、誰にも寄り添ってもらえずに成長した、ということですね? なるほど……。しかしひとつ、思ったことがあります。言い方は悪いですが……ここまでひどい家庭環境におかれると、極度に追いつめられることでかえって自殺や自傷行為に及びにくくなる傾向があるのですが……妹さんの場合、それだけではないと思われます。精神をすり減らされて感情が消えていく中で、お姉さんへの怒りや憎しみだけが残った。あなたへの執念が、辛うじて、彼女をこの世に留まらせているのでは……と、考えられます』
医者に言われたことを頭の中で反芻しながら、わたしは智恵とともに、楓が入院している九六一〇号室へ歩を進める。
「……智恵」
「は、はいっ!」
突然、病院の廊下で立ち止まって口を開いたわたしに、隣を歩いていた智恵も驚きながらこちらへ振り向いた。
「……少し……あいつと二人だけで話をさせてくれないか?」
「……え?」
「……智恵は、木隠の見舞いに行ってきてくれ。確か、同じ階の病室にいるはずだ」
「ああ……。今朝のホームルームでも、連絡されていましたよね……倉田さんと木隠さんの入院のこと。……わかりました。じゃあ、終わったら、一階の受付で待っています。……邑…………さん」
「……ああ」
智恵は心配そうにこちらを見つめていたが、やがて木隠の入院している病室へと歩いていった。
「邑先生」と呼ぶこともできなくて、呼び捨てにするのは恥ずかしくて、結局「さん」付けになってしまった智恵さん。
智恵さんと邑先生の甘い甘い恋模様は、しっちぃ様の『咲いた恋の花の名は。』で見届けることができます。




