Dislike or hate
星花女子学園高等部バスケットボール部部員の少女と、バスケ部顧問が登場します。
「……あ」
「あぁ……」
握って作るものであって、決して握り潰すものではない。
おにぎりという食べ物は。
そんなことは知ってる。
けれど、いつの間にか握り潰してしまっている。
おにぎりは苦手だ。
わたし達の昼食は毎日、墨子の手作り弁当だ。今日のメニューは、梅のおにぎりと、タコさんウインナーと、だし巻き玉子に、ポテトサラダ。昼食はいつもこの、人目につかない校庭の一角で食べている。ほとんど人がやってくることもなく、静かなこの場所は、墨子のお気に入りの場所でもある。
一年と少し前、墨子とわたしが出会ったのも、この場所だった。
◆
二年生も夏の終わりになると、気迫というか、気合いというか、そういうものに違いが表れることが、見てわかるようになる。
星花女子学園高等部バスケットボール部でPFを務めているこのアタシ、巣原椎名も、その例に漏れない。血気盛んな乙女にとって、この時期はある意味戦だ。これから戦に行くさ、ってね。
「ぅみんなぁー! 集ぅ合ぉっ!」
メンバーでドリブルシュートの練習をしていると、ホイッスルの音とよく通るアニメ声が、体育館に響いた。ホイッスルとアニメ声の主でありアタシ達バスケ部の顧問である緒久間明梨を目印として、彼女の前に一列横隊で応対する。横隊だけに。
「よし。…………ぅみんなぁー! 今日も元気かぁーい!? 私はぁーっ! ……スゥー……今日も元気ぃだよぉーっ!」
元気だよ。どこをどう見たら、元気じゃないように見えるんだよ。
ちなみに、一部の生徒達の間では、彼女のやかましさと名字から「うるシャイン」というあだ名が通っている。これを最初に考案した奴は、公安に就職したらいいと思う。考案だけにね。
「ぅみんなぁー! 今日は、夏休み明け最初の放課後練習だからっさぁーっ! 盛り上がってぇーっ! 行っこうよぉーっ!」
……今日もうるシャインはうるさい。てか歌手のライブじゃないんだから、「盛り上がって」じゃなくて「がんばって」でしょ。あぁー、耳栓したい。
「ぅみんなぁー! ちゃんと聞いてるぅーっ!?」
はいはい聞いてる聞いてる。あんたの声が鼓膜に効いてる。聞いてるだけに。
「ぅみんなぁー! この間の雪辱を、忘れてないかぁーい!?」
……忘れてないよ。あの試合のあとの反省会で、うるシャイン劇場が始まったんだから。
◇
『…………ぅみんなぁー! 悔しくないのかぁーい!?』
悔しいよ。
『悔しいです!』
部員の誰かが、そう叫んだ。
『そうでしょそうでしょっ!? だから私がぁっ! これからみんなをぉっ! 抱き締めるっ!』
……へっ!?
『……………………………………………………?』
『殴らない代わりにぃっ! 抱き締めるっ!』
……ごめん、意味がわかんない。みんなも、ハテナマークが頭上に浮いてるし。
◇
あの時はホントに意味がわからなかった。マジで部員全員抱き締めてたし。いやぁ、ぶつかってくる弾力がすごいのなんのって。嫌味かと思ったわ。
「あの時は悔しかったよね!? すっごく悔しかったよね!?」
いちいち傷口に塩を塗らないで。
「だから景気付けにぃーっ!」
酒かよ。
「私がナイッシューを決めるっ!」
ナイッシュー? ……あー、ナイスシュートね。
「見ててよっ! これが決まったらぁっ、次は必ず勝てるっ!」
そんな適当なこと言って、万が一外したら笑えないぞ。あんた脳みそ筋肉の馬鹿力なんだから。
「はあぁぁぁぁぁぁ…………とうっ! シュワッチ!」
いや最後の何。
近くのボール入れからボールを持ってきた彼女は、演説もどきをのたまっていた場所に戻ってきてそのままの勢いでアタシ達の向こう側のゴールめがけてオーバーでシュートした。ボールは異常に大きな弧を描き、そして……。
遥か高い、体育館の梁に引っ掛かった。
「あれ………………?」
「……………………」
「あれ………………?」じゃないし。
ほら、みんな何も言えなくなってるし。どうしてくれるのさ、この空気。
「あ、あはは……今のはノーカン! ノーカンで!」
あんたは脳筋だけどね。
そう言うと、彼女は空気の入れ換えのために開け放しになっていた非常口から上履きのまま、外に駆けていった。相変わらず、オリンピック狙えるくらい足早いなー。
数十秒後、何かを抱えて帰ってきた。
「なにをするんだ、お前は」
「まーまー、学生時代の友人に手を貸すってことで。ほらほら、金属探知機なんて持ってないで」
「私はただの同級生だ。あとこれは芝刈機だ」
青いツナギ、ぶっきらぼうな喋り方。抱えられていたのは、用務員の倉田邑先生だった。この人、人一人を片手で抱えて全速力できるなんて……化け物。
「ご紹介しまぁーす! この方は、用務員のぉー!」
「倉田」
みんな知ってる。うるシャインと違って物静かだし。
あ、降ろした。
「フゥーーーーーッ! お姉ちゃんの、バカぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
あーあ、最大級のパワフル地雷踏んじゃった。
用務員の倉田邑先生の妹であり、先生を心底嫌っていることで知られる発狂補欠少女の倉田楓が、ボールを片手に先生へ殴りかかった。まぁ、左手であっけなく止められているんだけども。
「で、あれをどうにかしてほしいっ! はしごか何かで取ってさぁっ!」
「お姉ちゃんなんて大っ嫌い! わたしから全てを奪っておいて、のうのうと生きているなんてっ!」
女三人寄ればかしましいとは言うけど、もう二人の時点で十分かしましい。てかその渦中にいるにも関わらず片手間で済ませている倉田先生マジ聖徳太子。
「ということでよろしくっ!」
「お姉ちゃんなんて殺すっ!」
変な修羅場。
「お姉ちゃんなんてっ! ……ギタギタの……の……」
そのうち、倉田楓は力尽きて座り込んでしまった。いつものスタミナ切れか。ホントにスポーツに向いてない体。どうしてバスケ部に入ったんだろう。
戦闘不能になった妹からボールを取り上げると。
「もう生徒にはしごは使わせない。特にスカートの奴にはな」
そのまま背後にボールをポイした。
なんの話?
……てかノールックシュート!?
倉田先生が投げたボールは大きな弧を描き、梁に引っ掛かったボールに命中。そして反射して、再び倉田先生の右手に。
そして最初のボールはというと……さきほどのボールに当てられた直後、まるでエンジンでも積んだように梁の拘束を破り、当初うるシャインが入れようとしていたゴールに吸い寄せられるように落下。ゴールの縁にぶつかったと思うと、弾かれたボールは床を転がってゆっくりと倉田先生の左手の中に。す、すご……。ノールックシュートした上に、振り返ることなく一歩も動かずに二つのボールを回収するなんて……まさに神業。
「これでいいだろ」
「さっすがっ!」
え、うるシャイン驚かないの!? どんだけすごいのさ倉田先生。
……その妹は、先生の足元で怨めしそうに睨み付けながら歯ぎしりしてるけど。
その後数日間、倉田先生の超ファインプレーがバスケ部とその周辺に伝説として広まったのは、言うまでもない。
矛盾等を抑えるために特に描写はされませんでしたが、同じくバスケットボール部員の、南アリシアさん(五月雨葉月様考案、月庭一花様の作品内にて登場)も、この場にいました。