X-5-1"バツ1:真っ直ぐな母心、歪んだ娘心"
私があの男を追い出してから数日後。
私はあの男を近くの喫茶店に呼び出して、用意した離婚届にサインさせた。大泣きして「別れてほしくない。俺はみんなが大好きなんだ」と土下座して懇願していたが、そんなこと知るか。
そして数日の内にさっさと荷造りを整えて、あの家を出た。邑から防犯カメラと盗聴器のことを聞いていたため、行き先がバレないように、細心の注意をはらって。
引っ越した先は、私が高校生時代まで過ごしていた「空の宮市」。私が結婚した直後に両親が死んで実家も財産も無かったため、なけなしの貯金をはたいて安いマンションの一室を借りた。これから、私一人で、二人の娘を養っていかないといけない。それでも、あの男のところにいるよりはマシだと思うことにした。
当然、邑も転校させた。転校先は、私の母校の「星花女子学園」の中等部を勧めた。あそこなら男も少ないし、もしなにかあったら、寮に入れることができる。邑の身を守るには、最善の場所だと考えた。
その本人は……あれから、別人のようになってしまった。
笑わなくなった。
私のことを「お母さん」と呼んでくれなくなった。
誰とも話さなくなった。
まるで、機械仕掛けの人形のように、感情を失ってしまった。
大切な娘がロボットみたいになっていく様は、見るに堪えないものがあった。
「なぁ、たまには三人で晩飯を食べないか?」
「…………イヤだ」
「おい待て、部屋に入るな。おい! 人の話を聞け! おい邑っ!」
ご飯も、一緒に食べてくれなくなった。
「邑、頼む……」
「……どうせ、わたしを泣かせるんでしょ……? だから、キライ……」
「……っ!」
私を拒絶するようになった。
もう、めちゃくちゃだ……。
あの元気だった邑は、どこに行っちまったんだよ……。
「まーまー、まーまー」
私の足に、五歳になったばかりの楓がしがみついて甘えてくる。……五歳にしては、あまりうまく言葉を発することができていないのが、少し心配だ。未だに「まーま」と「まんま」しか言えていない。
「……ごめんな。今、晩飯にするからな」
そう答えて、楓を子ども用の椅子に座らせた直後、ローテーブルの上に置いていた携帯電話が鳴った。
「…………もしもし」
『……もしもし。その……覚えてる? 私のこと……。ほら、大学生の頃、三ヶ月間だけ付き合っていた……』
その声には、少し聞き覚えがあった。そして、相手の電話番号にも。
「…………吉美……か?」




