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X-4-2"about Ⅹ(テン)years ago:ラブ・インポッシブル"

 ……気に入らない。


 気に入らないったら気に入らない!


釜桐かまきりさん?」

「え?」

「教科書を読んでください」

「え、えーと……」

「『彼女の壺の中から、甘い蜜が溢れてきた』の部分から読んでください」

「は、はい。『彼女の壺の中から、甘い蜜が溢れてきた。人指し指と中指を使って掻き出してみると、その蜜は黄金色に輝き、さらには濃厚な香りが漂ってきた。これが、彼女が隠し続けてきた秘伝の蜜。誰にも汚されたことのない、純粋な蜜壺か。なるほど、確かに美味しそうだ。しかし、この壺はどうにも口が狭い。蜜を掻き出す度に、二本の指がギュッと締め付けられるようだ』……」

「はい、そこまで」

「ふぅ……」


 今、オレが読んだのは、養蜂場で働く女の人の家に忍び込んだ泥棒のお話。


 ……それにしても、気に入らない。


 オレは、右側の前方の席に座って真面目に授業を国語の受けている女の後ろ姿を見つめる。


 アイツの名前は「蔵梨邑くらなしゆう」。オレの、初恋の人。


 一年前、三年生に進級した時のクラス替えで一緒になって、一瞬で好きになった。こんなに、胸が熱く、痛くなる人がいるなんて思わなかった。

 だけど、何を話していいのかわからなくて、友達になるところから始めなくちゃって思って。なんでもいいから、どうしても、話しかけたくて。……オレは、アイツの名前を弄った。とにかく印象に残ればいいと思った。

 好きな人に、近づきたかった。


 ……けれど、オレはアイツに近づくことができなくなっていった。

 三年生の頃の運動会以来、アイツは嘘みたいになんでもこなすようになって。

 いつの間にか、アイツの周りには人が集まっていって。

 どんどん遠い人になっていって。

 オレが入る余地なんて、なくなってしまった。


「……きりーつ。れー。ちゃくせき」


 ……国語の授業が終わった。四時限目の算数は、授業参観だったか。……まぁ、離婚して母ちゃんが働いているウチは、誰も来ないのだが。


「……あれ、お父さんどうしたの?」


 ……教室の後ろに振り返っていた蔵梨邑くらなしゆうが、突然声を上げた。


「ん? ふうの面倒見なきゃいけないから、代わりに見に行ってくれって言われたんだよ」

「そっかー」


 ……蔵梨邑くらなしゆうのところは、父ちゃんが来ているのか。他の家は、全員母ちゃんが来ているのに。


「はーい、それじゃあ算数の授業を……ってきゃあっ!」


 黒板用の大きな三角定規を持ってきた担任の篠原しのはら先生が教壇の前に立った途端、手を滑らせた。教壇の上を滑る三角定規は、三十度の角を真っ直ぐに向けて、最前列に座っていた谷内たにうちめがけ……。


「あぶないっ!」


 蔵梨邑くらなしゆうの父ちゃんの声が聞こえて……。


 何かに、弾かれて。


 床に、落ちた。


 三角定規を弾き飛ばした何かは、緩い弧を描いて……。


 谷内たにうちの三つ後ろの席に座っていた蔵梨邑くらなしゆうの手の中に、収まった。


「うおっ!?」


 蔵梨邑くらなしゆうの父ちゃんの声と共に、机が大きく動く音も、聞こえた。


 なにが、あったんだ……?


「ふぅー、あぶなかった……。……ってお父さん!? どうしたの!?」

「いたた……。いや、切子きりこに三角定規がぶつかりそうになってたから、助けようと思ったらつまずいてな……。というか、今、いったい何が……?」

「え? あー。……わたしが、鉛筆を当てて弾いたんだよ。投げた鉛筆が誰かに当たったらいけないから、自分のところに戻ってくるように力加減を調節して」

ゆうも、器用になったもんだなぁ。……それなのに、俺といったら……。家族を守らないといけないのに、情けない……」


 器用ってレベルじゃねぇ。


「家族?」


 蔵梨邑くらなしゆうをはじめとして、オレやクラスの男子連中が首を傾げた。


「ま、まぁ……この地球に生きているみんなが『家族』みたいなものですし……ね?」


 今のトラブルの当事者である篠原しのはら先生が、なぜか蔵梨邑くらなしゆうの父ちゃんをフォローした。その言葉を聞いたクラスの女子や母ちゃん達は、うんうんとうなずいていた。


 オレは小学四年生ながらに、この光景にどこか奇妙さを覚えたのだった。

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