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X-2-3"麻子×邑:グラウンドの中心へ、愛を叫ぶ"

『プログラム六番。三年生による、徒競走です』


 アナウンスののち、小学校のグラウンドを軽快な行進曲が包み、ゆう達三年生がスタート地点へ移動した。


ゆうは、何番目だ?」

「四番目だ」

「よし。じゃ、バッチリ撮ってくるからな」

「あぁ。さっさと行ってこい」


 今日は、ゆうが通う小学校の運動会。悔しさを糧に今まで積み重ねた練習の成果を見せる時だ。だいゆうの勇姿を撮影しに、トラックの付近へ向かった。私は、ふうと一緒にブルーシートを敷いた席から応援する。


 元々負けん気が少し強かったこともあって、ゆうは驚くほど成長した。今となってはクラウチングスタートを決めて、全速力の私を完膚なきまでに打ち負かすほどの走力を習得していた。


 最近、ゆうは自分の不器用さを受け入れて、それらを練習して克服することが増えた。料理も、裁縫も、勉強も、日曜大工でさえも。まだまだおぼつかない箇所は見られるものの、その成長ぶりはめざましかった。


 そのうち、私にできないこともできるようになって、私のもとを離れていくんだと思うと、少し寂しい気もする。けれど、それと同時に嬉しくもある。あいつがそうやって、自分自身の人生を歩めるようになるのは、親としてはこれ以上無い喜びだ。将来寝たきりになって自分達の介護を押しつけることになる前に、私達がポックリ逝っちまった方がいいのかもしれない。たとえ草葉の陰からだって、見守ってやるさ。


 ……頑張れよ、ゆう


 そうこうしているうちに、ゆうの出番がやってきた。


「よしふう。姉ちゃんの応援するぞ!」

「あー!」


 私の言葉をわかってるんだかわかってないんだか、私の腕の中のふうは元気よく返事をした。


『位置について、よーい……』


 ピストルの音と共に、ゆうのグループが一斉に走り出した。


 そう、一斉だったのは「走り出した」時だけだった。

 まるで新幹線と各駅停車の電車だった。明らかに勝負になっていない。出走順決めの際に計測した時から、走力が飛躍的に伸びている証拠だった。圧倒的な速さで、他の追随を許さない我が娘の走りは、見ていて気持ちがよかった。だいの奴、ちゃんと動きを追えているのだろうか。


 その後転ぶこともなく、ゆうは一位の座を手にした。


「いよっしゃあっ!」


 私は、柄にもなく声を上げて喜んでしまった。


「あー!」


 ふうも喜んでいた、と思う。



 ◆



『まもなく、親子フィールド競技の二人三脚が始まります。参加される保護者様は、グラウンドの中心へお集まりください』


「お、出番か。……じゃ、いくぞふう!」

「あえあー!」



 ◆



「あっ、お母さん! こっちこっち!」

「よっ。お前のいる白組、いい感じみたいだな」

「うんっ! はいこれ、足首縛るやつ!」

「おう。初めは内側の足から出すぞ」

「お母さんが左足、わたしが右足を最初に出すんだよね。……あれ、お父さんに預けてこなかったの、ふう

「……ゆう

「なに……?」

「……三人で一位取るぞ」

「……うんっ! わかった!」

「あー!」



 ◆



『位置について、よーい……』


 ピストルが鳴り、私達親子は一歩踏み出した。最高のスターティングだ。

 私は右腕でふうを抱き、左手はゆうと手を繋いだ。今では私よりもずっと足が早いゆうだが、今回は二人三脚。自分よりも遅くなった私に歩幅と足を回す早さを揃え、私の走りと調和させている。いつの間に、こんな器用になったのだろうか。子どもの成長とは、実に早いものだ。


『一位は、三年三組の、蔵梨くらなしさんです!』


「「いえいっ!」」


 私とゆうは、ハイタッチで勝利の喜びを共有した。



 ◆



 相手の赤組に同情してしまうほどの圧倒的な点数差をつけて、ゆうの所属していた白組は優勝した。ゆうの活躍が大きかったと思う。さすがにそれは親バカが過ぎるか。


「お父さーん! お母さーん! ふうー!」


 校門付近で待っていると、金色の折り紙で作られた金メダルを首に掛けたゆうが走ってきた。ふうのことまで呼ぶとは、妹思いな姉だ。もう少しふうが大きくなって、手を繋いでおつかいにでも出かける二人の姿が目に浮かぶ。……少し気が早かったか。まぁとにかく、将来は仲良し姉妹間違いなしだな。


「お母さん、お母さんっ!」


 駆け寄ってきたゆうの表情は、とても晴れやかなものだった。


「……してやったりって顔だな。そういうの、嫌いじゃないぞ」

「うしっ! ピース!」

「……よし、みんなで写真撮るか。勝利記念に」


 私は近くでベビーカーを押していた女性に声をかけ、私の携帯で写真を撮ってくれるよう頼んだ。


「おい、並ぶぞー。……ほら、だいも早く並べ」

「お、おう」

「いきますよー。はい、チーズ。……はい、撮れましたよ」


 私は女性から携帯を受け取り、お礼と挨拶を。


「ありがとうございます。……お子さん待ち、ですか?」

「いえいえ。夫がこの小学校のOBなんですよ。……かわいい娘さん達ですね」

「こっちの元気なのが、姉のゆう。……で、こっちの指しゃぶってるのが、妹のふうです。三年生と、一歳です」

蔵梨邑くらなしゆうです!」

「あいー!」

「まあ! 妹さんはうちの娘と同い年なんですね。……娘の墨子(すみこ)です」

「じゃあ、うちのふうと幼稚園や小学校が同じになるかもしれませんね」

「あ、でもこの町に住んでいるわけじゃないので……」

「……あぁ、そうでしたか。……あ、では、ありがとうございました」

「いえいえー」



 ◆



「ねぇお母さん、今日の夜ご飯なにー?」

「んー? そうだなぁ……。白組が勝ったことだし、今日はごちそう作るか!」

「やったー!」

「俺にとっては、麻子あさこが今夜のごちそうだな」

「子どもの前で言うことじゃねーよバーカ」

麻子さんも邑先生も楓ちゃんも、この頃は蔵梨姓……。なんだか悲しくなります。

そしてちゃんと敬語も使える麻子さん。

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