The three girls
「……可哀想に、こんなところで寝ているなんて……。大丈夫。父さんが迎えに来たからな、楓」
私の父親を名乗る男は、閉じかけているまぶたの奥にあるわたしの瞳をのぞき込む。すると、体がふわりと軽くなり、額に熱を帯びていくのがわかる。なんだか、全身から力が抜けていく。
「ようやく見つけたぞ。あぁ……やっぱり間近に見ると、麻子に似て綺麗な顔に育ったな。…………さあ、俺と一緒に、家族を増やそう……うおぉっ!?」
わたしを抱き抱えようとしたその腕は引っ込み、男は妙な呻き声を上げた。
男の背後から別の人影が現れ、私はその人物に連れ去られていった。
◆
「はい、これ着けてね」
わたしは群青色の四輪駆動車の助手席に押し込められ、車は即座に発進した。
そして、マスクを渡された。生地の目の細かな、明らかに高そうなマスクだった。
わたしはそのマスクを着けると、一番聞きたかったことを聞いてみた。
「……こんなところで、なにをしているの。緒久間先生」
「お、意識はハッキリしているみたいだねー。よかったよかった。…………お、ごめん。ちょっと煙草吸わせてもらうねー」
わたしを誘拐した人物……バスケ部の顧問、緒久間明梨は、くわえた煙草に車のシガーライターで火をつけた。
「っふぅー。……って煙くて見えない! 窓窓っ!」
「……なにが、あったの」
「……ひどいことされそうになってたの。あの男、蔵梨大に。スタンガン持っててよかったよ」
「蔵梨大……」
「あー…………。倉田さん。自分の父親のこと、どれくらい覚えてる?」
「……顔も、思い出せないくらい」
「まー倉田さんは離婚当時五歳、十二年前の話だからねー。忘れててもしょうがないね。……あんまり言いたくないんだけど、あの人が、倉田さんと邑様の父親」
「……ゆう……さま…………?」
「そう。邑様」
「………………あれ、ちゃんとゲロ吐けた……ってえええぇぇぇぇっ!?」
「椎名驚き過ぎー」
「巣原椎名……? なんでこの車に……」
「ちょっ、なんで倉田楓がいんの!?」
「蔵梨大にさらわれそうになってたから先にさらってきたー! 後部座席でぐっすりだったねー」
「いやだって心臓に悪い!」
「……割り込むようで悪いんだけど」
「「ん?」」
「……。……どうして、あの公園に?」
「あー……。今日、実は職員の飲み会だったんだよね。『林間・臨海学校おつかれさまー!』っていう名目で。あ、お酒は飲んでないよ。車運転しないとだから。……でも食べ過ぎてお腹痛くなったから、あの公園にある公衆トイレに行ってたの」
「お腹壊してゲロ吐いてたんでしょ?」
「本当のこと言わないでよー!」
「冗談だったのに本当のことかよっ!?」
「……スタンガン持ってたのは」
「護身用。……はぁーっ。全職員参加だったのに邑様不参加なんて……そんなに一人で学校の警備する方が大事なのかなー」
「……一人だったけど、独りじゃなかった」
「え? どういうこと?」
「…………生徒会長と、電話してた。たぶん、デートの約束」
「「………………えぇーーーーーっ!!」」
「邑様ぁーーっ!」
「あの生徒会長……おとなしい顔して、結構アグレッシブなんだな」
「……うるさい」
「あーごめんごめん。でも……そっかぁ……邑様もとうとうデートするんだねぇ……。ごめん椎名、また甘えさせて?」
「まぁいいけど、ちゃんと歯磨いてよ? キスするときいっつも煙草臭いんだから」
「……二人って、どういう関係なの」
「うーん…………。負け組同士、かなー。運命共同体みたいな」
「負け組……?」
「そう。好きな人にフラれた者同士、慰め合ってるの。でもよかったねー椎名。こんな夜に好きな人に会えて」
「も、もう倉田楓のことは諦めたんだからっ! 掘り返さなくていいでしょーがっ! あっ……」
「……」
なんと、言えばいいのか。微妙な空気が流れる。
「倉田さんも彼女持ちだからねー」
「普通に噂流れてるくらいだしなぁ。『木隠墨子と倉田楓は同棲してるんじゃないか』って」
「……もう、別れた。そもそもそんな関係でもなかった」
「えっ!?」
「あれ、椎名まさか私を裏切る気?」
「ほ、ホントに、今……フリーなの……? ……だったら……」
「………………ごめんなさい」
「デスヨネー……」
「……わたしなんかの、どこがいいの」
「どこがって……倉田楓は倉田楓だから好きなんだよ」
「……よく、わからない」
「……やっぱり、私と椎名はお互いの好きな人のことを想いながら一緒に死んでいく運命なんだね」
「まぁね。だからこうやって副流煙吸って受動喫煙してるんだから」
「……ところで、この車どこに向かってるの」
「私のアパート……あ、電話だ。……もしもし、緒久間です。……はい……はい……えぇっ!? わ、わかりました」
「……どうしたの」
「珍しく慌ててんなぁ」
「……倉田さん、落ち着いて聞いてね」
スマートフォンをポケットに戻した先生は、普段は絶対に見られない真面目な表情で、そしてトーンで、わたしに伝えた。
「木隠さんが、うつ病で倒れたって……」
今回は台詞ばっかりでした。




