Runaway criminal
「……えーっと、ということは、楓ちゃんはここで墨子と一緒に住んでいたのね?」
「……はい」
わたし達全員が落ち着いたあと、ダイニングに集まってわたしはこれまでの経緯を打ち明けた。墨子の母親と父親は、それぞれ纏っていた深紅のドレスやタキシードの絢爛さとはかけ離れた真剣な表情でわたしの話に耳を傾けてくれていた。
「驚いたな、あの引っ込み思案な墨子に恋人がいただなんて」
「ほんと。やっぱり、墨子もちゃんと成長していたのね」
そう言って、墨子の母親は墨子の父親の右腕に両腕を絡ませる。
……恋人。
「……そんなキレイなものじゃありません」
そんなのは名ばかりだ。
わたしが私利私欲のために作り上げた、かりそめの関係。ただのカキワリ。
墨子は、わたしに毒されてしまっただけだ。わたしに、騙されているだけなんだ。
…………ちょうどいい機会だと思った。
墨子には家族がいる。温かくて、平和な、墨子自身の家庭がある。墨子のことを心から愛してくれる両親が、こうして帰ってきた。
わたしが割り入っていいところじゃない。
ここは、わたしには眩しすぎる。
どうして、今まで気づかなかったのだろうか。
最初から、ここにわたしの居場所なんてなかったことを。
「……帰ります」
「「……え?」」
「……墨子……娘さんに、伝えておいてください。『今までありがとう。そしてごめんなさい。わたしの荷物は、星花女子学園にいる優秀な用務員に頼んで焼き払ってもらってください』と」
「え、ちょっと……」
「ま、待ちなさいっ……」
墨子の両親の声を背後に聞きながら、わたしは一年間お世話になったこの家を出た。
◆
ガチャリ、と鍵が開く。
少し重たい扉を全力で引き開けると、黒いゴミ袋が散乱した玄関と廊下が広がっていた。
一年前からなにも変わらない、まるで時が止まっているような錯覚を覚える、そんな、実家の風景。
「……ただいま」
わたしは、誰に向けたわけでもない声をかけた。
すると、廊下の右側、一番手前の扉が、開いた。開くと同時に、水が勢いよく流れていく音が響く。
「……」
扉の向こうの空間から、非常に見知った人物が、姿を現す。
そして、こちらを見つめた。
「あ、あの…………。……………………ただいま……」
「……」
「……えっと」
「……」
「……その」
「誰だお前?」
たった一言で、やっぱり、この人はなにも変わっていないのだとわかった。
左手で頭を掻きながら、その人は………………「お母さん」は、廊下の向こうの居間に入っていった。




