Police and mother
「急に静かになったのよ、お隣さんが。倉田さんっていう母子家庭なんだけどね」
◆
そうそう、その倉田さんがね。倉田さん本人と、娘さんが二人いて、……その娘さん達がまぁ仲が悪くて、なにかあればすぐ喧嘩。お姉さん……確か邑ちゃんって名前だったはずなんだけど、邑ちゃんの方は割りと普通なのよ。雰囲気が怖くてちょっと取っ掛かりにくいところはあるけど、器用でなんでもできて。大家さんなんか、マンションのひび割れの修繕作業とか手伝ってもらってたみたいだし、いい子なのはわかるの。
ただ、妹さんがねぇ、なんとも……。楓ちゃんっていってね、名前は可愛いんだけどね……やることが、あんまり可愛くなのよねぇ……。いっつも喧嘩を仕掛けるのは楓ちゃんの方だし、毎回泣くわ喚くわ物は投げるわ部屋は壊すわ自分も怪我するわでこっちの部屋まで聞こえてきて……ちょっとした近所迷惑だったのよ。その度に無愛想ながらも邑ちゃんがマンション中を謝って回って……正直、倉田さんのお宅は邑ちゃん人気で住まわせてもらってるって言っても過言じゃないわねぇ……。邑ちゃんがいなかったら、マンションの住人総出で追い出してたもの。うるさくて。……楓ちゃんも、あんなにできたお姉さんがいるんだから、もっと誇りに思えばいいのに、どうしてか嫌っているのよねぇ……。倉田さんもなんにもしないのよ。面倒なことは邑ちゃんに全部任せて……本人は知らんぷり。
まぁ、そんな感じだったのが、一年くらい前からパッタリとなくなったのよ。
楓ちゃんの大声が聞こえなくなったの。
倉田さんに聞いてみても「知らない」っていうし。
それでこの間、久しぶりに仕事先から帰ってきた邑ちゃんに思い切って聞いてみたの。そしたら、なんて言ったと思う?
『……あいつなら、大丈夫です。ちょっと親戚の家に泊まりにいっているだけなので』って!
でも確か、倉田さんに親戚なんていないはずなのよ!
邑ちゃんもこっちに帰ってくる頻度が少なくなったし……。
楓ちゃん自身は、ちゃんと学校に通っているみたいなんだけどね……。
私達ご近所さんの間では、専らの噂よ。
『楓ちゃん、とうとう邑ちゃんにも見限られて、家を追い出されたんじゃないか』って!
私達としては、心配なような……ほっと一安心したような……。
すごくゆったり寝られるようになったのよねぇ……。
でね?
……あら、やだ雨だわ。ベランダの洗濯物取り込まないと!
刑事さん達も、気になるなら本人に聞いてみて。麻子さんっていって、ちょっと気難しい人なんだけどねぇ。
それじゃあ……。
◆
「空の宮市警の者です。二日前の強盗事件について、少々お話を伺いたいのですが」
「こっちは伺われたくありません」
扉を開けて早々、心霊ビデオで井戸から這い出てきそうな長髪の女性が現れた。
「と言われましても……」
「あの男とはまともに会ったことも、ましてや話したこともありません。そもそも私は家から出ません。以上」
「あぁあちょちょちょちょちょっ!」
急いで扉に手を掛ける。
気になることが、たくさんあった。
「家から出ないというのは?」
「吾妻クンもう帰るぞ」
「ちょっと待ってもらえますか。……家から出ないというのは?」
「そのままの意味」
「買い物は?」
「ネット」
「生鮮食品とか……」
「即日届くやつ使ってる」
「コミニュケーションは?」
「基本しない」
「なぜですか?」
「むしろなんで話したくもない相手に時間を浪費しないといけないのかがわからない。以上」
「あぁあちょちょちょちょちょっ!」
「しつこい」
「娘さんがいるようですね? お二人」
「……それがなにか」
「今はいらっしゃらないんですか」
「……今、夜の九時」
「こんな時間だからこそ聞いてるんです」
「……背がデカい方は学校で働いていて、あまり帰ってこない。ガキの方は家出した」
「……背がデカい方とか、ガキの方とか、自分の娘に対してなんて言い方を……。それに、家出したって……心配じゃないんですか!?」
「子どもなんてどーでもいい。片方はもう自立してるし、もう片方もどこかの誰かに貢いで住まわせてもらっているんでしょ」
「貢ぐって……まだ学生ですよ!? 貢ぐといってもお金なんて無いだろうし……。……あ……まさか」
「ふん」
俺が動揺しているスキに、扉は完全に閉ざされてしまった。
◆
「!」
「!」
「……楓ちゃん。今、なにか寒気が……」
「……わたしも」
「……なんか、怖いね」
「……早く、寝てしまおう。おやすみ」
「う、うん……おやすみ」