初陣の迷宮
放課後。それは、生徒達にとって至福の時の始まりである。
一部の人は違うだろうが、檻から放たれた生徒と言う猛獣は教室と言う檻から抜け出してあちこちへと足を向ける。
それは、喫茶店であったり、有名なデートスポットであったり、冒険者ギルドであったり、学園の外であったり、と色々な場所へ向かう。
そんな中、ユートは校門付近で佇んでいた。
生徒達が挨拶をしてくると、返すが、それ以外は特に何もせず、ただ立っていた。
それが気になった一人の生徒がユートの元へやって来て尋ねた。
「あ、あの、ユートさん…。な、何してるんですか?」
「ああ、ミニラか。何って、学園長待ってんねん。明日からアンタら連れて迷宮に潜るらしいからな」
「へ?だ、迷宮、ですか?」
「そそ。これから毎日やで。ホンマ、めんどくさいわ〜」
気怠げに語るユート。
その表情は本当に嫌そうに顔を歪めている。
だけど、生徒であるミニラからすれば感じ方は違ってくる。
彼女は一応だが冒険者科に通っているのだ。そんな戦う事を専門とした授業を受ける彼女達ならば、迷宮に夢見るのは当たり前である。
なにせ、迷宮には人生を一変する程の宝箱が眠っているのだから。
しかし、それが安易に手に入れる事ができないからこそ、夢と、そう言われる。
「やっと来たみたいやな…はぁ…怠いわ…」
視界に学園長の姿を捉えたユートは気怠そうに溜息を吐いた。
それが聴こえていたのか、向かってくる学園長の眉がピクリと動いた。
「待たせたな。早速だが、行くぞ」
ミニラとの会話もそこそこで切り上げ、学園長に連行されて行くユート。
学園長と共に歩くユートの後ろ姿からはヤル気が全く見えない。
校舎のある場所から少し離れた場所。
閑散と開けた空き地にポツンッと地面から盛り上がった迷宮の入り口があった。
その周囲には兵士が二人。迷宮から魔物が出て来た際に対応する為に小屋に待機している。
「ここが初陣の迷宮だ。入るぞ」
そんな兵士達を他所に、学園長は先へ先へと進んで行く。
その後をユートは気怠げに付いて行く。
「今日する事は、迷宮内の魔物の間引きと、お前の戦闘能力を図る事だ。10階層までお前が戦うんだ」
「えーー」
迷宮に入ってすぐに言われた言葉にユートは嫌そうに声を上げた。
先程からのユートの言動に学園長は眉をピクピクと動かして苛立ちを我慢しているようだ。
「いいから、やれ」
そう言って、ユートの背を押して先に進ませる学園長。
彼女の手には、一枚の地図が。
道案内はするようだ。
〜〜〜
「……まさか、ここまでとはな」
学園長は口を半開きにさせて、驚愕とも言えないような難しい表情をしている。
その原因は、目の前でボロボロになって戦うユートにあった。
あれから2時間程経過したのにも関わらず、未だに一階層も突破できていない。
「言ったやんか。俺、弱いからって」
ようやく敵であるゴブリンを対し終えたユートは地面に座り込んで拗ねた。
「しかし、ここまでとは予想外だ。あのサモート先生を倒したのだから、もう少し力があるものだと思ったのだが…」
「あれは砂煙を利用したからな」
「そう言えば、お前は視界が悪くても見えるんだったな」
「だから、奇襲とかは得意やねんけど、こうやって面と向かって戦うのは苦手やねんよ」
ユートの体の半分。右半身は、機械で構成されている。
迷宮に居た頃の体ならまだしも、今の体は戦闘に向いていない。
人目を誤魔化す為に、人の身体に似せて作り直した所為で、機能が大幅に激減。今はもう、最低限、体を動かす程度でしか扱えないのだ。
言うなれば、言うことの聞かない義手や義足を付けて戦っているようなもの。
そんな身体で魔物と戦おうとなんてするのもオカシイ話だ。
「しかし、お前は体術が得意だとも言ってたではないか。それは使わないのか?」
「使えるけど…」
今の体じゃ、到底無理だ。
素人の人間相手ならば何とかなるだろうが、魔物が相手となると、もう少し強化した身体が欲しいところだ。
今の体は身体が動きに付いて来なく、無茶をすると壊れてしまう。とても繊細なのだ。
いつしかマリンに指導を行ったり、悪ガキを退治したりしたが、その時でも身体の一部が破損し、修理する羽目になっていた。
そんな事など全く知らない学園長からすれば、ユートの発言には疑問しか浮かばない。
「なら、使えばいいではないか」
「そんな簡単に使われへん理由があるんよ」
察してや。とでも言いたげな視線を学園長に向けてから、地面に視線を落とす。
「ある程度の力がないと、使われへんねん。体重の軽いマリンとかなら何とかなったけど、動きが素早くて、それなりの重さがあるゴブリンとかは、まだ上手くできへんねんよ…」
武器があれば体術など必要ないだろうが、今は残念ながら武器はない。
いや、有るのはあるが、他人に見せてもいい代物ではないのだ。
「はぁ…仕方ない。お前が迷宮に潜る際に誰か一人教師を付けよう」
ユートの腑抜けっぷりに落胆とも言える溜息を吐いて、同行させるのに適任な教師を考える学園長。
ユートはユートで、この世の何もかもを諦めきった表情を浮かべて自分の無力さに絶望していた。
〜〜〜
翌日。
ユートは生徒達と迷宮に潜っていた。
しかし、教師はユートだけではない。
「なぜ、なぜ私がお前なんかと一緒に行動しなければならないのであるか…」
苛立ちを全く隠そうとしないサモートも一緒だ。
「そんな怒んなよ。ええやんか、可愛え生徒達の成長見れるんやから」
「ぐぬぬっ」
しかし、ユートは呆気らかんとしており、なんら気にした様子もなく、それに対してより怒りを溜め込むサモート。
「ユート先生!魔物が出ました!」
「そんじゃ、始めに決めた通りにやって」
一人の生徒が報告してきたが、ユートは素っ気ない態度で返答する。
始めに決めた事と言うのは、三人でパーティーを結成し、魔物が出たら、パーティーで当たると言うものだ。
順番も予め決めており、今更言う事など何もない。っと、ユートは言いたいのだ。
「貴様!生徒達の勇姿を見ずに何が教師であるか!最前線で生徒達の勇姿を見ないのであるか!!」
「見んくても俺には分かるからええねん。それに、前に出たら邪魔になるやん。俺はあくまで付き添いや。アンタもな。せやから、危険な事がない限りは俺達は前に出たらアカン」
「ぐぬぬっ」
サモートはユートの態度に怒りを露わにするが、ユートの言葉は正しくて、何も言い返せなかった。
ユートは一番近くを歩く生徒に紙を一枚渡して言う。
「これ地図やから、10層までなら自由にしてもええで」
要するに、勝手に動けば良い。と言っている。
「なっ!」
それを悪い意味で取ったサモートが絶句しているが、ユートは知らぬふり。
「アンタらで相談したりして考えて動き。危なくなったら助けたるから」
一応は生徒達の事を考えての発言。しかし、責任を放棄すると言う意味にも取れる為、仕事熱心なサモートからすればユートの教える態度は気に食わない。
ユートの行動全てに苛立ちを覚え続ける。
しかし、ユートの言動は相手を思っての事。
物を覚えさすには、負んぶに抱っこではなく、自力で進まなければならない。そう彼は考えているのだ。
だからこそ、全てを任せ、自分達で行動してもらおうとしているのだ。
そんな教えられ方をした生徒達は、これまでさせてもらった試しがない為に、動揺したものの、一人がリーダーとなって皆を支持し始め、緊張感を持って行動し始めた。
それがユートの狙いだとすれば、素晴らしいものだろう。
それから、帰還するまでずっと生徒達は一丸となって行動していた。
ユートが何も言わずとも、見事に連携のとれた攻守を自分達で見つけ出し、冒険者として生きて行ける程の知識をユートから助言として与えられた。
その間、ずっとサモートは怒りを溜め込み続け、ようやく迷宮から出た頃に彼の怒りは爆発した。
「ユート!私ともう一度決闘するのである!」
一度負けたのにも関わらず、再度決闘を挑んだのだ。
しかも、今度は頭に血が昇りすぎたのか、決闘場を使わずに言い放つと同時にユートに攻撃を加えた。
「のわっ!?っぶねぇ」
唐突の事でビックリはしたものの、ユートの特殊な魔法にてサモートの魔術”エクスプロージョン”は無効化ーー吸収された。
「危ないやんけ」
爆発する直前に見えざる魔力を吸収したユートが少し怒りを含んだ声音で言うが、サモートは聞く耳を持たない。
「貴様!貴様ぁ!きざっーー」
顔を真っ赤にして怒り狂っていたサモートだったが、なぜか途中で言葉を切って、ゆっくりと背中から倒れた。
唐突の事で生徒達は呆然し、サモート先生に何が起きたのかと不思議に思う。
しかし、彼等の視線は即座にユートへと向けられた。
「頭に血が昇りすぎたんか?アホやろ」
ユートはそう言って笑っているが、犯人はコイツだ。っと生徒達の瞳は語っている。
彼等からすれば、そうとしか思えないのだ。
一度目の決闘でサモートを負かしたユートしか、考えられない。
そして、彼等の考えは正しかった。
「一応やけど、魔力を放出する時は気を付けや。その魔力を相手に操られたら、あんなんになるから」
泡を吹いて倒れているサモートを指差すユート。
彼が自分でやったと言っているようなものだ。
「さてっ、迷宮も出た事やし、今日の授業は終了や。お疲れちゃん」
そう言ってユートは立ち去ろうとした所を一人の生徒が止める。
「ちょっと待って下さい!サモート先生はどうするんですか!?」
「放っときや。魔力回復したら起きるって」
無責任な言葉を残して、今度こそユートは立ち去った。




