死食鬼ピエロ
ユートの身体は頑丈だ。
人肉を付けた際に弱体化したとは言え、並大抵の攻撃などでは破壊する事は不可能である。
それに、身体が傷付いた所で彼にとっては関係のない事。激痛と言う苦痛が待っているが、それはすぐに収まる。
人肉が裂ければ修理に時間は掛かるものの、体内の機械部品に傷が付いても重度な損傷ではない限り、すぐに修復される。
そんな彼が刀の斬撃を受けた後、取った行動はーー。
「ぐえッ」
ーー何もしなかった。
カエルが潰れたような声を漏らして地面に頭から落下した。
斬られた箇所からは血が流れ出て、ユートの体内にある心臓とは別の血流タンクの容量が減って行く。
にも関わらず、彼は落ちてからも微動だにしない。後から獲物を捕らえに来た刀の女性と杖の女性に引き摺られて闘技場内に運ばれようと、何もしない。
まるで、死んだフリをしているようにも思える。
だが、実際は違う。
彼は打ち拉がれているのだ。魔物は兎も角、人間に隠密を見破られて凄まじいショックを受けて放心中なのである。
彼の事を知らない人が見れば、その態度に『たったそれだけで大袈裟』と言えるだろうが、彼にとって隠密にはそれだけの自信があった。
勇者と盾の男性が敵であるマグパイスに睨みを効かせている場所へと運ばれたユート。
「捕まえたわよ」
刀の女性が言うと共にユートを勇者の前に放り投げ、それをチラ見で確認した盾の男性が声を上げた。
「ナイス!神無月!」
勇者は依然と敵意の篭った視線をマグパイスに向けている。
「ふふんっ。私に掛かればこんなもんよ」
そう言ってから刀を抜き、刃をユートの首筋に当てる。
「コイツ、アンタ達の仲間よね?これ以上敵対するなら殺すけど、どうする?」
これが勇者一行のやる事かどうか怪しい所だが、ユートと全く面識のないマグパイスを脅す神無月と呼ばれた刀の女性。
彼女の意見に盾の男性は同意するが、杖の女性は反対のようで顔を背けている。
勇者は、人質を出されても一切の反応を見せない全く隙のないマグパイスを警戒し続けている。
不穏な空気が立ち込める中、マグパイスが口を開いた。
「構わない」
当然の反応だろう。服装は同じような感じだが、仲間でもなく、全く見知らぬ人物だ。非情だと言ってしまえばそれで終わりだが、マグパイスには他の目的があって勇者と敵対している。
そんな事で私情など挟んでられない。
「仲間を見殺しにするのね」
「其奴は仲間ではない。よって、我にとって死んでも構わない存在である」
簡潔的な回答だ。
それに神無月は訝しみを覚えたが、同時に刀を振るった。
ーーガィィンッ
だが、刀の刃はユートの首肉を少し切り裂いただけで終わった。
刀から伝わる振動。それはまるで、強固な金属に鉄の棒を打ち付けたかのような、そんな感覚を受けた。
不思議に思ってユートの首から刀を引き抜くと、ポッキリと半ばから折れた。
折れた先が地面に落ちる。
「ど、どう言うーー」
言葉を発した神無月。その瞬間、ユートがスクッと立ち上がった。
そして、一言。
「痛い」
傷付いた首を摩り、手を離すと傷は跡形も残らず消えていた。
もう一度、同じ言葉を発する。
「痛い」
そう言ってから、テクテクとマグパイスの方へと歩いて行く。
今の今まで死ぬ間際に居た人物が唐突に動き始めた事に僅かな動揺を見せたマグパイスは、即座にユートから距離を取る為に後方へと跳んで避けた。
マグパイスから距離を取られたユートは、ポケットをゴソゴソと探り、一つの仮面を取り出して顔に装着してフードを外し振り返る。
真っ白い長髪の泣いて笑うピエロが勇者達と対面する。
周囲を少し見渡したピエロは、今から成す事に恥ずかしさと苦難を覚えて小さな溜息を吐いてから声をハスキーに変えてカタコトで話す。
「僕ハ、名モ無キピエロ。コロサナイデ」
アタフタと戯けてみせるその姿はピエロそのもの。
その姿に、誰もが混乱を見せた。
それがこの場に引き摺られて来てしまったピエロ。ユートの狙いである。
彼らの混乱はそれだけに収まらなかった。
「僕ガ好キナノハ、エガオ。笑顔をミセテ」
「僕ハ名モ無キピエロ」
「ゼツボウしないデ。タノシモウよ」
「泣カナイで。笑オウヨ」
「エガオ。エガオ。ワラワナキャコロスゾ」
「コワイヨ。セカイがコワイヨ」
「選ボウ。シとセイのセンタクヲ」
「コロサナイデ。コロス。コロサナイデ。コロス」
同じピエロが地面から、空から、虚空から、何体も現れたのだ。
次々と現れてワタワタと闘技場内を動き回るピエロ達。
これには、勇者達やマグパイスも、警戒の為に構えていた武器や拳を下ろして半端呆然と彼らの動き回る姿を目で追った。
暫く動き回っていたピエロだが、唐突に彼らの動きが止まった。
ロボットが動くかのように、カタカタと体を動かし、機能停止するピエロ達。
刹那、彼らの目が赤く染まった。
一瞬の出来事だった。
彼等の目が赤く染まったと思えば、マグパイス目掛けて一直線に駆け出し、マグパイスを襲った。
唐突の出来事にマグパイスは反応しきれず、ピエロの大群に組み付かれ、仮面であるはずのピエロの裂けた口に噛み付かれ、食い千切られ、悲鳴を上げながら生きたまま喰われた。
その有様は、まるでゾンビや死食鬼だ。
呆然とそれを眺める勇者一行。そこへ、先程までマグパイスを喰らっていたピエロが一体。フラフラと歩み寄ってきた。
口元には、マグパイスの血であろうものがベットリとコベリついている。
当然、自分達も襲われるかと易々と想像できた勇者達の警戒度は強制的に引き上げられるが、そのピエロの行動は違った。
勇者達から少し離れた所でピタリッと足を止めて片手をゆっくりと上げ、挨拶するかのように腕を腹辺りに、片足を引いてお辞儀をした。
そんな彼の目は、青黒い。
「僕ハ名モ無キピエロ。アラソイはキライ。ナカヨク。ナカヨク」
彼の言葉が引き金になったのか、マグパイスに群がっていたピエロ達が動き出し、同じような言葉を口に出し始めた。
「ナカヨク。ナカヨク」
「ナカヨクしよウヨ」
「ナカヨクシナきゃコロス」
「コロサナイデ。ナカヨクする。コロサナイデ」
「エガオでナカヨク」
「オトモダチ。ナカヨク。オトモダチ」
彼等が離れた後の場所にはマグパイスの姿はなく、血溜まりが残っているだけだ。
ピエロ達は「ナカヨク。ナカヨク」と言葉を紡ぎながら闘技場から退出して行く。
地面を高速で掘って出て行く者も居れば、一瞬にして姿を消す者もいる。
だけど、大概は出入り口から踊りながら退出して行った。
最後に残った一体のピエロ。勇者の前でお辞儀をしたままで固まっていたピエロが顔を上げて、フードを被る。
「ユウシャ。僕ハ見テイル。ダカラ、ミツケナイデ」
その一言を発し終えると同時に彼は忽然と姿を消した。
突然の奇怪な出来事に闘技場内は静寂に包まれた。
その日、踊りながら闘技場から外へと向かうピエロの集団が居たとアークノート学園で話題になった。
〜〜〜
「はぁ…まさか俺が驚いてる間に連れてかれてるとは思わんかったわ…。誤魔化すのに苦労したで…。まぁ、マグ…マグ…マグカップ?の力貰えたからええか」
ローブを、仮面を、カツラを脱ぎ捨てたユートは、塔の上から闘技場を見つめながら呟く。
どうやら、マグパイスの名前は忘れてるようだが、その者の力を彼は喰らった。
魔物の血肉を喰らって生きて来た迷宮で覚えた生きる術の一つである。
それを彼は『隠し能力』と呼んでいる。
喰らった者のスキルや魔術を使えるようになるが、ステータスに表示されないのだ。
更に、彼はそれらを使い易いように体を改造までしている為、能力は持ち主の倍以上と底上げまでされる。
まさか、ゾンビ集団と戦った時に覚えたとは口が裂けても言えない。なにせ彼は、あの腐った肉を喰らっており、ユート自身が死食鬼のようになっていたのだから。
「さてっと、勇者の中に埋め込んだアレの観察でもすっか」
そう言いながらタバコを吸い始めて遠い目をする。
彼の星々のように煌めく右の青目には一体何が見えているのだろうかーー。




