勇者
ユートは諦めの溜息を吐いて、この場から退散しようとしたーー刹那。
「ガアァァアァァァ!!!」
バーサーカーが吠えた。
何事かと振り返ると、あのチート級のステータスの持ち主である勇者が壁際に吹き飛ばされていた。
その様子を見てなかった事に歯噛みしながら、再度バーサーカーに興味を持ちなしたユート。
勇者がヨロヨロと立ち上がったのを視界に入れたバーサーカーは怒りを声に出して叫びながら一瞬にして間合いに入り込み、猛攻撃を仕掛ける。
それを勇者は辛そうな表情を浮かべながら両手で剣を持って受け続ける。
どうやら勇者と言えども、一撃一撃がトラックが激突してくるかのような重みのある攻撃には耐え難いようである。
「くっ!…い、出でよ!『光の剣』」
突如、勇者が声を上げたかと思えば、勇者の持つ剣が光り出し、名前の通り”光の剣と化した。
「ぷふっ、ライトソードやて。チッコイ剣か。ふひひっ」
勇者の言葉にユートは笑うものの、彼は物珍しげに光の剣と化したエクスカリムのステータスを覗く。
そして、ユートの笑みを乾いた笑みへと変えさせた。
「こんな事もできんのかいな…。反則やろ…」
本来エクスカリムが持つスキルに新たな三つのスキルが追加されていたのだ。
その内容とはーーユートが語った。
「制限はあるみたいやけど、武器変形、瞬間移動、全能力上昇か…厄介極まりないやんけ」
武器変形は、使用中の剣に限ってだけ能力を発揮し、大きさや形を自由自在に操れる。
瞬間移動は、使用中の剣を瞬時に手元に戻す。或いは、剣の元へと使用者を瞬間に移動させる。
全能力上昇は、言わずもがな。使用者と剣の能力を倍にする。
もしユートが彼と戦うとすれば、一目散に逃げるか、万全の策略での戦闘を行うだろう。
そんな弱腰なユートは、ある事に気が付いた。
「(良く考えたら、リョーガと同じようなスキルやな)」
黒の剣と黒の盾である。
まるで反対の色だが、スキルの内容はほぼ同じ。リョーガと勇者が戦えば良い勝負になるだろう。
そう考えると、先程までの勇者に対しての悪い思想が消え去り、元々の思想へとーー楽しみへと変わった。
「さぁ、さぁ、どっちが勝つのやら。ワクワクして……ん?」
余興を楽しんでいると、ふと、索敵に違和感を感じた。
違和感の元へと視線を向ければ、ユートと比べれば稚拙でお粗末な隠密を使用しているが、ユートと同じような服装でフードを目深に被った何者かが、ユートと同じように結界を張る為の塔の上にしゃがみ込んで戦闘を見つめていた。
「アイツ…誰や?」
ユートは、この学園の生徒の他に教師や兵士達の気配を全て憶えている。なのに、その者の気配は初めて感じるもので、疑問を覚えた。
好奇心と僅かな期待を込めてステータスを盗み見るユート。そして、より深い疑問を持った。
その者の名は『マグパイス』。珍しい魔族とエルフの混血種で、どこかの密偵のようにも思えなくはない。だが、その者のステータスはかなりの戦闘系寄りーーいや、明らかに戦闘系なのだ。
まるで、『勇者と戦う事の為に作られたのではないか?』と思わせられる程のスキルとステータスを持っており、隠密などは全て服の効果であった。
そんな輩がどうしてココに居るのか不思議でたまらなくて聴きに行きたくなったユートだが、マグパイスが何かをしでかしそうな雰囲気を醸し出しているのを目敏く仕草だけで判断して、チョッカイなどを出さず、何もせずに見守るだけにとどめた。
この後の展開に胸を踊らせる子供みたく、ユートはワクワク、ドキドキと反対側にマグパイスと、バーサーカーと戦う勇者の戦闘をニヤニヤと嗤いながら交互に見やる。
バーサーカーと勇者との戦いが一方的になって行っている。どちらが優勢かと言えば、勿論、チート勇者だ。
バーサーカーの攻撃は素早く、一撃一撃が重い。その反面、次の動作に移るのが僅かばかり遅い。だとしても、普通の冒険者であれば反応できない圧倒的な速度だ。
対する勇者は、相手の行動を予測してるかのように、否。スキル【先読み】によってバーサーカーの全ての行動を先読みして、繰り出される攻撃を全ていなし、怪しさ抜群の斧を破壊しようと的確に攻撃している。
勇者は、ユートに反則技と言わしめた力を遺憾なく発揮させているようで、バーサーカーは徐々に追い詰められている。
それには観客の生徒達も興奮を抑えきれずにワーワーギャーギャーと騒ぎ立てて勇者を応援し、ユートに耳を塞がせている。
マグパイスは依然として動きがない。
勇者とバーサーカーの戦いを観察しているようだ。
それに対してはユートにとって嬉しい誤算である。
まだ観客席で控えている勇者の仲間が居るから本心からは安心出来ないが、もしも、この場で怪しい者が戦闘に乱入した場合、確実に三つ巴の戦いが始まってしまうだろう。
そうなると、一対一の勝負の結末を見る事が出来なくなってしまい、ユートの楽しみは激減し、求める物も得られなくなる。
それはユートの望む事ではない。
ただでさえ男性に渡した魔剣に細工をしたと言うのに、乱入されたらたまったものではない。
「はあぁぁあぁぁぁ!!」
「ガァッガァアァァァァ!!」
勇者とバーサーカーの戦いは続いている。だが、バーサーカーに勝ち目は既にない。
斧にはヒビ割れが入ってしまっており、バーサーカーの力も衰え始めている。
このままだと負ける事が目に見えている。
しかし、バーサーカーを作り上げたユートは思惑通りに事が進んでいる事に喜びを感じ、バーサーカーが負けるのを今か今かと待ち構えている。
早く勇者の本気が観たいのだ。
その為に我慢し、その為に負けを認め、その為に無粋な事を控えたのだ。
だが、バーサーカーは彼の想いに応えるのが嫌なようで、圧倒的な力を発揮する勇者に抗い続けている。
なにせ、ヒビ割れた斧を巨大な身体で覆い隠して体当たりで勇者に攻撃する程である。
彼の身に一切の攻撃を加えなかった優しき勇者の行動を逆手に取ったのだ。
だが、ユートはニヤリと笑ってバーサーカーの努力を無駄だと切って捨て、待ってました!と言わんばかりの笑みを浮かべた。
「遂に終わりやな。ちゃんと動くかな?」
彼が言葉を言い終えて数秒後。バーサーカーが身を呈して守っていた斧が粉々に砕け散り、光の粒子となった。そして、何も知らない勇者の身体へと吸い込まれて行く。
「ハハッ、成功や」
一拍。勇者へと送られる賞賛の言葉や愛の告白。そして、ユートの密かな喜び。
勇者は自身の中に入ってきた光の粒子に混乱し、バーサーカーだった男性は元の姿に戻ったが意識を失った状態で倒れている。
賞賛の嵐は止まない。
突如、哀れな学生が変わり果てた姿となって出現し、悪戦苦闘したながらも勇者が学生を元の姿へと戻したのだ。
誰もが褒め称えるのも頷けるだろう。
だけど、彼の戦いはこれで終わりなどではない。
「さて、第三試合や。頑張りや勇者君」
ユートの言葉と共に、闘技場に降り立った謎の怪しい人物ーーマグパイス。
何か言葉を発するかと期待したユートだが、それはなく、マグパイスは猛然と勇者に殴り掛かった。
マグパイスの激しいラッシュを勇者は受け流す事もできず、剣の腹で受け止め続ける。
それを何度も何度も。
普通の剣で行えば、ポッキリと半ばから折れてしまうだろうが、やはり勇者の持っているエクスカリムは特殊なのだろう。
バーサーカーとの戦闘を終えた時点で【光の剣の効力は切れてしまっている。
だからか、勇者の動きは若干鈍く、攻撃を受けるのが精一杯に見える。
だからこそ、ユートは思った。
後少しで勇者の本気が観れる、と。
しかし、その思考は甘かった。
遂に勇者の仲間が動き出してしまったのだ。
「あー…」
勇者の仲間達が勇者の元に集まるのを見て、残念そうに声を上げたユート。
しかし、彼の小さな不運はそれだけではなかった。
勇者の仲間の一人。刀を携えた女性が不意にユートの居る塔へと視線を向けたのだ。
彼女と目があったような気がしたユートは多少は狼狽えたものの、即座にフードを被って隠密を最大限に引き出した。
刀の女性は小さく首を傾げてから視線をユートの居る塔から外し、観客席をグルリと見渡した。
彼女にユートは視えてなかったようだ。だが、何かを感じたのかもしれない。
ただ、ユートの隠密は気配や魔力だけではなく、存在そのものを隠蔽する極められたものである。
例え、全力を出してなかったとしても彼を見つける事は不可能に近い。
なのに、彼女は薄っすらとだがユートの存在に気が付いた。その事にユートは引き攣った笑みを浮かべるしかできない。
だが、今はもうユートの存在を気にしてないようで、刀の女性は仲間である盾を背負った男性と杖を抱えた女性とで勇者の元に集まって敵であるマグパイスと向かい合っている。
見つからなかった事に安堵したユートはホッと一息。緊張の糸を解す。
その瞬間ーー。
「ーー見つけたわよ」
彼女の口がそう動いたような気がしたーーいや、確かにそう言ったのだ。
ユートは自分の超高性能の耳を疑う。
気の所為かと、そう思いたいユートだが彼女の視線は先程までマグパイスに向けられていた筈なのに、今はユートへと向けられている。
確実に、見つかってしまっている。
別にユートは隠密を解いたわけではない。少し緩めただけだ。
それだけで見つかってしまった。
ユートは、隠密だけには誰にも負けない自信があった。誰にも見つからないと自負していた。
これまで少し怪しい時もあったが、見つかった事など一度もなかった。
だからこそ、傍観者であるユートも動揺を隠しきれなかった。
口を横一文字に結び、両目をパチクリとさせながらもピシッと体を硬直させる程に動揺した。
そんな彼へと、女性は無慈悲に刀を振るって刀から発せられた衝撃波的なモノを飛ばして攻撃を放った。
そして、衝撃波の刃が向かう先に居るユートはと言うとーー動揺の反動で固まったままだった。
彼女の攻撃は見事に、呆気なく命中。
的にした空き缶を撃ち落とすかのようにユートは塔から落ちて行った。




