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登校


月明かりが大きな雲に隠れてしまい、世界が真っ黒な影に覆われた夜。

魔物が凶暴化する時間帯だ。


そんな時間に出歩くのは、力に自信がある者か死にたがりぐらいである。だが、例外もある。


彼等のように時刻内に街に戻れなかった者達も夜闇の中を歩く。


「はあああぁぁ!!」


襲ってきたゴブリンの最後の一体の胸に剣を突き刺し、身体に捻りを加えなが背負い投げの要領で胸から頭まで一気に切り裂く。


トドメを刺しても警戒を怠らず、すかさず周囲へと目を配り、新手の確認をする。


そんなマリンにユートは指摘を入れる。


「やっぱり、まだまだやな。筋肉の動きがぎこちないで。もっと肩の力抜いて、両足で地面を強く踏みしめんねん。それに、警戒する時にも殺した奴の確認もせなアカン。もしかしたら生きてるかもせぇーへんやろ」


「そ、そう言われても…」


やろうとはしている。彼自身の中でも上手く出来たと言う感覚がある。だけど、ユートはそれで満足してくれない。もっと上の目標を押し付けてくる。


だけど、それで良いとマリンは思う。

ションボリと眉を落とすが、強くなりたいと言う意思は変わらない。


「背負い投げするときは、腰をクイッと動かすねん。んでから、両足で地面を殴るように強く踏ん張って、んでから、相手の腰をシリで持ち上げる感覚で全力で投げる」


ユートは実演で教え、それをマリンは即座にメモする。

メモ帳は勿論ユートがあげた物であるが、この為に渡したわけではない。ユートからすれば、こう言う物事は体で覚えて欲しいのだ。


だが、使ってくれているのは嬉しく思える。


「ユートは本当にマリンの奴隷なの?」


ユートとマリンの関係にカウリーウが疑問の声をあげるのも無理はない。

なにしろ、先程からずっとユートはマリンを指導しているのだ。


明かりを灯す魔法陣を教えたり、獣道の歩き方を教えたり、戦い方を教えたり。

そんな事を見ていれば、誰しもが疑問に思う。『本当は師匠か何かではないのか?』と。


「一応、俺は奴隷やで」


ヘラヘラと笑いながら首輪を掴むユート。

先頭のマリンが歩き始めたのを横目で確認し、その後に続く一同。


歩き始めてすぐ、ユートの隣にトコトコと走ってきたルルが疑問を投げ掛けてきた。


「ユート、物知り。どこで覚えた?」


難しい質問だ。

だが、考えたのは少しだけだ。思案顔を即座に笑みに変えて答える。


「敢えて言うなら、迷宮(ダンジョン)やな」


迷宮(ダンジョン)?どこの?」


「どこって言われても、その迷宮(ダンジョン)移動しよんねんよ。一応、”封印されし迷宮”って名前やねんけどな」


「封印されし迷宮…どこかで…」


ミニラが何か考え事をし始めたが、誰も気にせずに歩みを進める。


それから十数分。マリンが魔物を倒しながらカウリーウ達に道を聴いて進み続け、ようやく見えたアークノート学園。


壁の上や見張り台には松明を持って巡回する無数の人影がある。その奥に存在する学園の中心部にそびえ立つ無駄に大きい塔が目に入る。


「あそこに見えてるのは、学園を一望できる塔よ。何の為に作られたかは知らないけど、あそこに生徒会室があるわ」


カウリーウが説明してくれるのを聴きながら、マリン達は足を進める。

そして、門の前まで辿り着いた。


夜だからか、やはり門は閉まっていた。

小さなため息一つ。カウリーウは隣にある明かりの灯った詰所へ一人で向かい、すぐに兵士一人を連れて戻ってきた。


兵士はすぐに夜でも目立つユートの姿を目にし、その次に明るめの服装のマリンに目を向けた。


「また(・・)嬢ちゃん達かと思ったが…アンタ達は誰だ?」


「ぼ、僕は、商業科に通うマリンです」


マリンは自分がこの学園に通う学生だと示す為に学生証らしき物を提示しながら言った。マリンの発言にカウリーウ達は揃って『てっきり冒険者科だと思っていた』と思い、驚いた。


続いて兵士に視線を向けられたユートは、何を思ったのか、


「オラはモノクロっちゅうもんだぎゃ。しがない商人だぎゃ」


巫山戯た。


「わ、私は…その…えっと…はい…」


アイはユートが誤魔化してるのだと思って便乗しようとしたが、良い案が思い付かずに俯いてしまった。


「「「………」」」


兵士は訝しむ視線を。マリンやカウリーウ達はユートにジトッとした視線を向ける。


数秒間、一つに集う視線に耐えたユート。だが、視線に耐え兼ねてテヘッと笑った。


「冗談やって。俺とコイツはマリンの奴隷や」


そう言って、少し顔を上げたアイの頭に片手を置いて、もう片方で自分の首元にある首輪を見せるように掴んだ。


「一体、何の冗談だよ…ったく。まぁ、確認はした。今、門を開けるから待ってろよ」


この兵士はなんて心が広いのだろう。

ユートの悪ふざけに怒りもしないなんて。


それは兎も角、マリン達はようやくアークノート学園に入れた。


問題ばかり起こす厄介者を連れてーー。



〜〜〜



アークノート学園は、言ってみれば本当に街だ。

服屋や靴屋。食事処などや誰が泊まるのか宿屋まである。


マリン達は一晩をその宿屋で過ごした。カウリーウ達も宿屋だ。理由は、門限までに寮に戻れなかったかららしい。

おそらく、宿屋はこのようにして使われているのだろう。


朝の8時頃。マリンはカウリーウ達と共に街の中央にある本校舎へ、起こしても起きないユートとアイを置いて足を運んだ。


本校舎に着くと、カウリーウ達は朝のホームルーム的なものの為、教室へ。

マリンは今日から復帰する事を伝える為に学園長室へと向かった。


そして、学園長室の扉の前に辿り着き、一息。意を決してノックしようとした時。


「貴様あぁぁ!!」


学園長室から怒号が轟いた。


突然の事でビクゥッとするマリンだったが、これまでユートに鍛えられたお陰か、遠い目をしながら「フッ」と笑って遠慮なしに扉をノックした。


「入れ!!」


どこか怒りの混じった女性の声が扉の奥から聴こえてくる。

マリンには聴き覚えのある声。間違いなく学園長の声だ。

普段は落ち着き払った冷静沈着と言った風を思わせる透き通った声だったはず。なのに、今は聴いた事のない程の威圧の混じった怒りが篭っている。


「…し、失礼します」


少し躊躇ったが、マリンは扉をゆっくりと開ける。そして、唖然とした。


「ユ、ユートさん…!?」


なぜか、ここにユートが居たのだ。


堂々とソファにもたれかかり、お茶を啜る。それはもう、自分の家のようにくつろいでいた。

その対面に座る学園長こと”リリーナ・ファンリル”は目頭を抑えて、今にも大きな溜息を吐きそうなほど困り果てている。


学園長は視線を持ち上げて入ってきた姿で固まったままのマリンに声を掛ける。


「聴いているぞ。お前がマリンだな」


「は、はい…」


学園長の厳威ある声音にマリンは恐縮しきってしまう。だけど、視線はユートの後ろ頭に向けられている。

同じく、学園長も厳しい視線をユートに向けている。


なのに、ユートは全く気にしていない。「ズズズッ」と音を立てて呑気にお茶を啜っている。


「先程の物言い、お前はコイツを知っているみたいだな」


「はぃ…」


何とも言えないマリン。

後ろ手に扉を閉めながらも、俯いたまま忌々しげにユートを睨む。


此奴(こやつ)、突然この部屋に現れたと思ったら、私の言う事も聴かずにココに居座ってるんだが、コイツは一体何なんだ?鬱陶しくてかなわん」


お茶を啜る音が聞こえる度に学園長の額に青筋が薄っすらと浮かび上がる。

それを何とか堪えるているようだが、苛立っているのは目に見て明らかだ。


そんな学園長の姿に、マリンは事実を口にするのを躊躇いを覚える。

そんな時、助け舟とは絶対に言えないだろう発言がマリンに背を向けたままの彼から発せられた。


「俺はマリンの奴隷やで」


その一言でマリンの表情が固まった。


学園長の厳しい視線がゆっくりと持ち上げられて、マリンへと向けられる。


「まぁ、一応って付くけどな」


ハハハッと笑うユート。

この部屋に漂う怒りなどが多く含まれる空気を全く感じ取れていないのだろう。


「……コイツを今すぐに追い出せ。話はそれからだ」


学園長は、ユートの笑い声に最大限の苛立ちを覚えながらも、それを堪えてマリンに指示を出した。

だが、ユートを追い出すのは至難の技だ。彼を動かすには、彼自身が自発的に行動しなければならない。

そうでなければ、行動しようとしないのだ。


そう、例えば今のようにーー。


「えー、ケチやなぁ〜。もうちょいノンビリさせてやー」


ポケットからガラスコップを二つ。ジュースの入った瓶を一つ取り出し、コップにジュースを注いで机に置くユート。

振り返ってマリンへ視線を向け、


「そんな遠慮せんと座りや」


トントンッと自分の座るソファの空いてる場所を叩くユート。


「ここは私の部屋だ!!貴様の部屋ではない!!」


学園長が怒鳴るのも理解できる。

だが、ユートは大笑いだ。腹を抱えて笑っている。

もし、学園長の頭の上に怒りを表すメーターがあるとするならば、今ので天元突破しているだろう。


「あ、あの、ユートさん…そのぉ…話が進まないので…」


遠回しに「出て行って欲しい」と伝えようとするマリン。が、そんな事、伝わったとしてもユートが行うかどうかはユート次第。


「ほな、俺はいいへんもんやって思って話進めーや。俺はその辺の本でも物色してるから」


「ダメだ!!勝手に私の本に触れるんじゃない!!今すぐに出て行け!!」


「そんな怒らんでもええやんか。鉄分足りてないんちゃう?」


「私の部屋から即刻出て行けえぇぇ!!」


バンッと机を叩きながら勢い良く立ち上がり、風の魔法でユートを部屋から追い出そうとする学園長。

だが、ユートに魔法は通用しない。


彼に放たれた魔法は、彼を目前として散失した。


「なっ…」


それには学園長も怒りを忘れる程に驚きを露わにした。当然だ。魔法を消す魔法など、彼女が知る限り、この世に存在していないのだから。


だが、目の前で発動後の魔法は跡形もなく消し去られた。ユートが何もせずとも魔法を視認しただけで消し去ったのだ。


「お前…一体、何をした…?」


「何って、普通に魔術式(・・・)を弄っただけやけど?」


「魔術式を弄る…だと……」


ユートの発言を元に学園長は深い思考に入り始めた。

それを横目にユートは学園長の怒号に怯えたままのマリンに声を掛ける。


「マリンは分かるやんな?」


「えっ、あ、はい。確か、相手の魔法式(・・・)に魔力を流して式を変えるんでしたよね」


「そそ。でも、一つ間違い。魔法式やなくて、魔術式やで。アンタ等が魔法って言ってるのって、魔術やから。ホンマの魔法は魔術式なんか出ぇへんで」


「そうなんですか?」


「さっきのがそれやんか」


「……あぁ〜、そう言う事ですか」


ユートの魔法は、相手の魔法を操る事など(・・)だ。それを行う時は大抵、魔術式は発動しない。

これまでユートが魔法を消す場面を思い出したマリンは納得顔で頷いた。


「そう言う事か…まさか、私達の固定概念がこんな形で覆されるとはな…」


マリンとユートの会話を聞いていたのか、学園長が呟いた。

いや、ユートがワザと聴かせる為に話題をマリンに振ったのだろう。


「固定概念?ちゃうちゃう。これが元々の考えやってんよ。人類が滅びて魔法の考え方が変わっただけや」


「なぜだ?なぜ、魔法が魔術に変わった?」


それは学園長として、一教師としての強い探究心から来る純粋な疑問。

それに答えるのは、勿論、彼だ。


「理由は色々ある。けど、一番は魔法で人類が滅びたって言う点やな」


「魔法で人類が滅びた…?」


どう言う事だ?とでも言いたげな表情を浮かべる学園長。その表情からは、先程まで顔を真っ赤にして怒っていたとは誰も思わないだろう。


ユートは「丁度ええからマリンも聞いときや」と先に付け足してから詳しい説明をする。


「魔法は魔力(マナ)を使う。魔術も同じやな。けど、違うのはココ。魔術を行使すると、負の魔力へと変換される。次に、魔法を使うと…どうなると思う?」


突然の振りに僅かに動揺したが、さすが学園長である。即座に返答した。


「わ、私か?どうなるって…魔術と同じようになるんじゃないのか?」


その答えに『当たり前やな』とでも言いたげに鼻で笑い飛ばして答えを教えるユート。


「自然が吸収・還元が不可能になる虚空の魔力に変換される。…魔導を行使した時と同じ感じやな。んで、世界から通常の魔力が消えてまう。そうなると、この世界の生き物は生きていられなくなる。だから、人類は…いや、世界が滅びたんよ」


ヘラヘラと。しかし、真面目に語るユート。

その話に、マリンと学園長は唖然と口を半開きにさせながら聴きに徹する。

ユートはお茶を口に含んで、良く味わってから呑み込み、話を続ける。


「だから、アホ神共は魔法を危険視して、代わりとして代償の少ない魔術を広めた。まぁ、代償が少ないって言っても、この先に世界が滅びんのは変わらんけどな」


まだまだ先の話やけどな。と、笑いながら言った。

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