躾け?
それを見ていれば、誰もが思う。
彼は、存在しない人だと。
厳密に言うならば、存在していても見つける事が出来ない者だ。
姿形はあれど、その場に居ると言う概念が損失してしまった人間。
透明人間など生温い。気配や痕跡すらも残さずに忽然と消える。そして、唐突に現れる。
ヘラヘラと笑いながら。
「こんのぉぉぉぉぉぉ!!」
表情を真っ赤に染め、大きな奇声を発しながら大剣を振るう男性。だが、大剣は何もない宙を切り裂くだけ。
「なぜっだぁ!!なぜなんだぁ!!」
目にも留まらぬ速さで大剣を連続して振るう。見ようによっては武芸のソレに見える。だが、男性が剣を振るう理由は別にある。
「当たれぇぇぇぇ!!っ!?ぬっあぁぁぁ!!こんクソ野郎ぉぉ!!」
ヘラヘラと笑う彼に一撃たりとも攻撃が当たらないのだ。
しかも、それだけじゃない。避ける動作が、サーカス団の一員に見えなくもないバカにしてるかのようなアクロバティックな動きなのだ。
『ぜぇはぁっ』と息切れをしながらも剣を振るうのを止めない男性。
しかし、幾ら剣を振るえど彼に命中させる事はおろか、掠る事すらない。
まるで、先を見通されているかのようにスイスイと避け、そして、忽然と消える。
「キヒヒヒッ、アハハハハッ。下っ手くそ〜」
相手を煽るにはとても安易な言葉。それなりに精神を鍛え抜いた者ならば、触発される事はない言葉だ。
だけど、今の男性にはとても有効的であり、
「ぐああぁぁぁぁ!!」
これぞまさしく怒り心頭と言うべき有様なのだろう。
顔を真っ赤にさせて鬼の如く剣を振り回す男性。
だが、当たらない。どれだけ剣を振ろうと当たらない。一撃たりとも剣が彼に触れる事はない。
だが、逆はある。
彼は挑発するかのように男性の肩に手を置いたり、背中をドンッと押したり、尻にカンチョーをかましたり、などと煽る行為を繰り返し、不規則に姿を消すのだ。
その結果、男性ーーマリンの父親である剣豪アルグは逃げ回る奴隷のユートにブチギレた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ…」
ユートを躾けると言う名目で始まった闘いだったが、ユートがアルグに一撃も加える事はない。
終いには、体力が限界に達したアルグが汗水をダラダラと垂れ流して両手を地に着けて力尽きた。
散々煽り続けたユートはと言うと、
「ハハッ。もう終わりかいな。俺を躾けるんじゃなかったん?なぁ〜?」
嫌味ったらしく四つん這いになるアルグを指差して笑っていた。
だが、彼等が戦闘を始めて既に二時間は経っている。
空は暗がりを見せ始め、観客のレイルム達は退屈し始めていた。
「ク、クソォ…」
初めは木剣で戦っていた。が、ユートの戦い方が”戦い”ではなく”遊び”だと気が付いたアルグ。
途中でユートを殺すつもりで愛剣の大剣に持ち替えたが、最後の最後まで攻撃がユートに当たる事はなかった。
「さすがユートじゃ。伊達にミナの攻撃を避けてないのぉ」
戦いが終わったのを確認したレイルムは、ユートを賞賛する。
そして、チラリと息子であるアルグに視線を向け、
「どうじゃ?躾けはできたかのぉ?できたんかのぉ?」
挑発するように嘲笑った。
「お父様が負けるなんて…初めて見ました…」
マリンの兄は、どこか幻滅したような瞳でアルグを見つめる。
そんな視線に気が付いたアルグは親の威厳を保とうと立ち上がろうと足に力を込めーーユートに脇をツンツンされて崩れ落ちた。
「情けないのぉ。それでも剣豪かのぉ?そんなんじゃから、未だに剣聖になれないんじゃよ」
「ゲホッゲホッ…親父も…はぁ、剣聖になれなかったじゃねーかよ!」
「ほぅ。言うじゃないか。まだ小童のユート相手に一太刀も当てれなかった癖に」
「…なら、ゲホッ…お…親父も、やってみろよ!」
「生憎と儂はお主の言う通り歳でのぉ、ユートの動きを目で追うのがやっとじゃわい」
カッカッカッと笑うレイルム。
そんなレイルムを忌々しげに睨み付けるアルグ。だが、立ち上がる事はおろか、動く事さえもできない。
そんな二人を尻目にユートはマリン達の方へと歩み寄り、
「腹減った。なんか作ってもええ?」
「…え?…あっはい。もう冷めてるかも知れませんが、腕によりをかけさせて作らせたお料理がありますよ」
呆然としていたマリンの母ーーニッサに尋ねた。
ニッサは少しの間呆け、話しかけられたのが自分だった事に気が付いて答えた。が、ユートは美食家だ。
「いや…あれは遠慮しとくわ。己が事は己でする…俺の事は俺がする。せやから、台所借りたいねん」
「そ、そうですか。では、どうぞお好きに使って下さい」
引き攣った笑みを浮かれられたが、それでも許可は下りた。
それに対し、ユートは嬉しそうに台所へと歩いて行った。
ユートを見送ったニッサは視線を口喧嘩をしているバカ親子へと向ける。
そして、小さく呆れの混じった溜息を吐く。
「ばか…」
ボソッと小さな声でマリンの妹ーーキーニが呟いた。
いつものニッサだったら咎めるような発言だが、今回ばかりは苦笑いを浮かべてキーニの頭を撫でる事しかできなかった。
『後であの二人にはシッカリとお叱りを受けてもらいましょう』と心に決めて。
ーーー
その日、色々と問題が有ったがなんやかんやで事を終えた。
なんやかんやと言うのは、ユートを捜すという名目で観光をしていたメリナ達も無事にレイルムの元に帰って来たり、レイルムとアルグの口喧嘩はニッサの喝によって両成敗に終えたりと、そんな感じだ。
そして、その日の晩。夜中と言う皆が寝静まった時間帯。
「やっぱ冬は冷えるなぁ〜」
季節は冬の12月。
ガクブルと屋敷の屋根の上で震えるユートが一人呟く。
屋根上にいる理由は、頭に来たアルグに追い出された訳ではない。ただ、ユートの用事によって屋根に登っただけだ。
ユートは空に浮かぶ無数の星の輝きを見上げながらネモに通信を送る。
『ネモ。コッチは準備OKやで』
『こちらの準備も完了致しました』
『いつでも出来ます』
ネモ達から準備完了の報告が来て、ニヤリと口元を歪める。
『OK。初めてや』
『了解致しました』
ネモ達の内、一人が承諾の声を上げたのを皮切りに『一機目。発射』『二機目。発射』と続いて報告が来る。
『十機目。発射』の連絡を持って、報告は一時的に止まり、暫く経ってからネモ達の内の一人から連絡が来る。
『機体損傷ゼロ。オールグリーン。術式を展開します』
彼は先程、空へと打ち上げられた衛星ロケットに搭乗したネモだ。
絶賛、大気圏よりも上の、宇宙からこの星を見ている事だろう。
そんな事を予測しながら、ユートは次の指示を出す。
『術式の第一から第三までを連続起動。機体が安定したら、全てを同時起動』
『了解しました。術式の第一から第三まで起動します。後はこちらで全てを行います』
『頼むわ』
若干の不安を感じているが、なにせ初めてのロケット打ち上げだ。
どれだけ精密に作ろうが、プロとは掛け離れた、独学だけで作り上げた物である。
だけど、ユートはユートなりにスーパーコンピュータ以上の頭を有するネモ達を使っていない。
全ての演算はネモ達に任せ、作成の方も粗方ネモ達に任せた。
ユートがした事と言えば、魔法陣を至る所に書き記して何かあった時の為に備えたのと、細かな部品の作成だ。
これで、今までよりも得る事の出来る情報量が倍増して喜ばしく思ったユートは「キシシッ」と笑い、背後を見やる。
「で、俺に用事あるんやろ?用事は済んだから、もう出て来てもええで」
「ふっ。索敵まで出来るのか。どこまで化け物じみてるんだよ」
ユートの視線の先。そこには煙突があるが、その裏から人影が一人。
やれやれと首を軽く振って呆れながら出て来た。
「いやいや。アンタの気配がデカくて分かりやすいだけやって」
「本当にそうか?」
訝しむような、確かめるような声でユートの隣に立つ。
月明かりで照らされて彼の顔が露わになるが、ユートは初めから気が付いていた。
「せやで…えーっと、アルク?」
「アルグだ!ったく、決闘の前に名乗っただろうが!」
「ごめんごめん。名前覚えんの苦手でさ。で、アエグ。なんか用あるんやろ?」
「アルグだつってんだろうが!ワザとだろ!?」
「アルグね。アルグ。で?」
自分の間違えを棚に上げて、話はなに?と視線で問う。
「なんだってこんなヤツを選んだんだよ親父…」
この場に居ないレイルムに愚痴を吐いてから、ここに来た。いや、ユートの元に来た理由を話す。
内容に薄々と予測が付いているユートは座ってタバコを吸いながら次に来る言葉に耳を傾ける。
「お前なんかに頼むのはシャクだが、マリンを学園に通わせてくれないか?」
「……ん?」
ちょっと予想外。と、心の中で呟くユート。
てっきり彼は『出て行ってくれ』と頼まれると思っていたのだ。口元からポロリとタバコを落とす程に驚いた。
だが、ユートの驚きの言葉を別の意味と取ったのか、アルグの話は続く。
「いや、な。マリンのやつ、学園に行きたがらないんだよ。……一応確認だが、マリンは誰か分かるよな?」
「えっ、あ、うん。俺の主人やろ?」
予想外の展開に戸惑っているユートだが、それに全く気が付いていないアルグ。
「そうだ。アイツ、学園で虐められてたらしくてな…今すぐ学園まで行って苛めっ子共をブン殴りたい気持ちだが、そんな事をすりゃ最悪、国際問題に発展するからな…」
「だから、奴隷で、主人の物として見られる俺を?」
「そう言う事だ。…親父から手紙が来た時は、ただ勉強が人一倍できるヤツだと聴いていたから、この家で勉強させておけばいいと思ってたんだが、やはり、な…」
「大事な息子には、ここでは学べない事を学んで欲しい。んでから、色んな経験をして、新しい友達作って、楽しんで欲しい…って、そんな感じ?」
心を読んだかのようなユートの言葉に驚き、薄っすらと笑いながら頷く。
「……そうだ」
新たにタバコを吸い始めたユートの隣に座ったアルグは空を覆い尽くす星明かりを見上げながら語る。
「正直、俺はお前の底が見えななくて怖い。お前みたいなヤツをマリンの隣に置いておくなんて、想像するだけで殺したくなる」
「そらヒッデェ言われようやな」
「ふっ。だけどな、俺はお前を認めてんだぞ。その巫山戯た言動には苛立つけどよ、お前の力は本物だってな」
大真面目に語るアルグ。
そんなアルグの様子に、巫山戯たような返答を返していたユートは少し申し訳なく感じる。
ジジジッとタバコの煙を吸い込み、紫煙を立ち昇らせる。
「俺の力は紛いもんやで。ただ逃げるしかできへん弱虫や。そんなヤツに頼んでも何もええ事あらへんよ」
「はっ。どの口が言ってやがる。あの決闘、お前は手加減してただろうが。散々俺をコケにしやがって」
「結構根に持ってる?」
「そりゃそうだろ。どれだけ剣を振ろうが掠りもしねぇんだぞ。しかも、精神面でも体力面でも負けたんだ。アレは男なら誰でも悔しがるもんだ」
今のこの状況。ユートは口が裂けても言えない。
本気であの決闘は遊びだと思っていた事を。
「体力も知力も忍耐もお前にはある。正直、羨ましい限りだ。だからこそ、俺はお前に頼むんだ」
なぜかベタ褒めされ、羨ましいとまで言われたユートは、感じた事のない奇妙な感情が胸でうねり、背中がむず痒く感じた。
この感情の名は分からないが、なんだか居たたまれなくなったユート。
「……まぁ、考えとくわ」
そう言って屋根から飛び降り、闇へと姿をくらました。
ユートが去った屋根上で、アルグは空を仰ぐ。
夜空に浮かぶ星は自己主張するかのように輝き、赤と青の月はヒッソリと雲から顔を覗かしている。
「綺麗だ…」
正直な事を暴露した後の心は、どこか清々しく感じ、冷たい風が吹くと心に付着していた異物も一緒に吹き飛ばしてくれる気がした。




