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アイ


少女の案内の元、路地からようやく抜け出す事ができたユートは、暖かい陽の温もりを全身に感じて気持ち良さそうに背伸びをする。


「あ、あの…わ、私は…どうすれば…」


今にも消え入りそうな弱々しい声音で少女は尋ねる。

これから自分がどうなるのか、と。


ユートは背伸びをやめて、苦笑いを浮かべながら周囲を見やる。

周りは、何処を見ても人、人、人。従来を行き来する何ともゆったりとした人ばかりだ。


「そうやな〜。ホントはレイルム達を捜したい所やけど…」


そこで話を区切り、沢山の人が行き来する道の先の一点へと視線を向けた。刹那、


「居たぞ!あそこだ!!」


そこから飛び出してきた兵士がユートを視界に入れると同時に大声を上げた。

その声に反応してか、次々と現れる兵士達。

迅速な行動でユート達を包囲する。だが、ユートは動かずに苦笑いを浮かべるだけで、少女はオドオドとユートと兵士を交互に見やるだけだ。


その間にも、何故か殺気立った兵士達は最大の警戒心を持ってユートの逃げ場を失くして行く。


その奥から一人、黄色い液体をベットリとコベリ付かせ、幾千もの虫を全身に纏わり付かせた兵士が怒りの炎をメラメラと瞳に宿しながら前に出てきた。

その兵士の姿は、一目見ただけで吐き気を覚える程に気持ちの悪い怪物的な存在と化している。


「貴様!貴様!貴様!貴様ぁぁぁ!!許さんぞ!この重罪者め!」


「と、まぁ、こんな感じやから」


兵士が目の前で怒っているのにも関わらず、ユートあっけらかんと言ってのけた。


「聴いているのか!この脱獄者!脱獄は死刑だぞ!覚悟しろ!」


「嫌やなぁ〜。脱獄って言われても、俺、無実やん。無実の人を捕まえるなんて頭どうかしてんちゃうの?」


「だ、黙れ!黙れ!黙れぇ!!コイツを捕らえろ!!」


黄色のカラーリングをされた兵士さんはとてもご立腹らしく、怒り心頭のようだ。


黄色い兵士さんの命令に素早く動く兵士達。だが、そう簡単にはユートを捕まえる事など出来やしない。

ユートは、少女の腰に手をやり軽やかにジャンプ。宙返りを数回決めて建物の屋根に着地。


目を回した少女を置いて、屋根の上から驚く兵士達に話しかける。


「ええ加減にせな、潰すで?」


少し。ほんの少し。内に秘める苛立ちを見せるユート。

だが、表情はニコニコ。声は茶目っ気たっぷり。普通、こんな言葉に耳を傾ける者なんて居ない。


「アイツを捕まえろ!殺しても構わん!!」


黄色い兵士が指示に従い、兵士達は屋根まで登ろうと四苦八苦し始める。建物の中から屋根に登ろうとする者もいる始末だ。


「随分と大事やなぁ〜。牢屋が臭くて狭っ苦しいから出ただけやのに」


軽く周囲を見回しながら他人事のように呟き、レイルム達が見当たらない事に小さな溜息を吐いて残念がる。

そして、


「はぁ…面倒くさ」


ボソッと呟いてポケットから一本の短剣を取り出す。

そして、空いた手で混乱中の少女の頭を撫でる。


「ええ子やから、ちょっち待っててな」


言い終えると同時に、少女の返答も聞かず屋根から飛び降りて黄色い兵士の元へと一直線に走る。

当然ながら、周囲に残っていた兵士達が黄色い兵士を護ろうと動くが、


「き、消えた!?」


一直線に向かってくるユートが忽然と姿を消したのだ。

慌てて周囲を見渡す兵士達。だが、ユートの姿を視界に捉える事は出来ない。


「はい。俺の勝ち」


声の聴こえた方へと素早く、熟練の動きを思わせる程に素早く振り返った兵士達。


そして目にしたのは、黄色い兵士の首筋に短剣の刃を向けているユートの姿だった。


咄嗟に動こうとする兵士。が、それは一歩目で叶わぬ事だと知らしめられた。

ユートが新たな食器用のナイフを何処からか取り出し、僅かに動いた兵士の足元に投げて、地面に『忠告だ』とばかりに突き刺したからだ。


「なっ!?こんな事をしてタダで済むと思っているのか!?」


黄色い兵士が向ける親の仇でも見るかのような瞳を見る限り、敵対心は捨てきれていないようだ。

が、今の立場が理解できているのか、それとも余りにも違いが歴然としている為か、苦虫を噛み潰したような表情で黄色い兵士は眼前で短剣を突き付けるユートを睨み付ける。


「思ってるよ。つかさ、これ以上俺に、いや、俺らに絡むなや」


「ハッ、こんな事をして何を今更。お前の死刑は決定してるんだよ!」


「あらら、そりゃ何で?」


「お前は脱獄者だからだ!」


「言い分とか聞かんと捕まえたんはお前らやろ?」


「脱獄は脱獄だ!脱獄者は極刑だ!」


どうやら説得の余地はないようだ。

だが、さすがユートと言うべきか、自制心だけで内に溜まる苛立ちを無理矢理抑えつける。


「そか。なら聴くけど、もし俺が世界を滅ぼせる怪物やったとして、そんな奴に同じ事言える?」


「ハッ!もし、そんな奴が居たら、とっくの昔に世界は滅ぼされている!」


黄色い兵士の言い分も最もだ。

だが、相手が悪い。もし、これがユートではなく、リョーガであったならば、この街は既に終わりを迎えていた筈だ。

そう。リョーガであれば。


「それもそうやな。まぁ、俺は死にたくないし、人もあんまし殺したくないし、見逃してや」


「フンッ!ならば、私に突き付けている物を先に退けてから言うんだな!」


ユートが下手(したて)に出た事を良い事に、偉そうにふんぞり返る黄色い兵士。

ハエが一匹ブーンと飛んで来て、黄色い液体の上に止まるのを横目に、短剣をポケットの中に仕舞う。

刹那、黄色い兵士は腰の剣を電光石火の如き素早さで抜き放ち、ユートの首目掛けて剣の刃がーー甲高い音を立てながら大空高く吹き飛んだ。


「いつも笑ってると思うなよ。マジで殺すで」


刃をヘシ折る為に蹴り上げた足を下ろしながらドスの効いた低い声で言い放つ。


ユートの苛立ちメーターは限りなく限界に近い状態だ。

目は勿論のことながら、表情は誰にも見せた事のない凶悪なものへと変わってしまっている。


リョーガ程の威圧はないにしろ、死の境界を彷徨い続けたユートだ。威圧なぞよりもより凶悪な殺気を撒き散らす。


例え、それがユートの意識によって弱められたものであったとしても、その殺気を当てられた兵士達は動けず、黄色い兵士は近くで受けた為か、ヘナヘナと腰が抜けて地面に座り込んでしまった。


瞬間、先程までのは嘘のように、いつもの笑みを浮かべるユート。


「もう、こんな事はすんなよ。なんせ、この世には俺よりも強くて言葉の通じへんバカがおるんやからな」


遠回しにリョーガの事を言っているが、ここにリョーガは居ないので問題ない。


黄色い兵士はユックリと首を縦に振る。

それを確認したユートは周りの兵士を一度見渡してから、ニコッと笑う。


そして、黄色い兵士へと視線を戻し、


「一応、最後の忠告な。俺らに関わんな。街やろうが、国やろうが、神様やろうが、俺は兎も角、アイツが出て来たら何もかも潰されて消されるからな」


何やら物騒な事を言い残し、少女の元へと戻り、少女と共に何処かへと歩き去るユート。

行き先は不明。

またもや、迷子への道を彼は行く。


ちなみに、アイツとは紛れもなくリョーガの事である。

彼は絶賛、ユートが前に居た街へと向かっているが道程は長い。



〜〜〜



サスリカの街の中央広場の噴水前のベンチにて。

誰もが気になってしまう奇怪な黒い服を着た男性ーーユートと、ボロ雑巾のような巻頭服を着た奴隷少女がいる。


「さて、ちょっと遅れたけど、取り敢えず自己紹介しよか」


コクリと少女は頷いた。

余り喋らない無口な人なのかもしれない。と彼女が余り喋らないのを自己解決する。


自己紹介とは言ったが、その前にユートは一つ確認しておきたい事があるので、一応先に尋ねておく。


「そういや、前に一回会った事あるけど憶えてる?」


少し考える素振りを見せてから首を横に振られ、否定された。

だが、ユートはシッカリと記憶している。

名前は覚えるのが苦手だが、姿形を覚えるのは得意である。


前に見た時はフードを目深に被っていたが、紫の長い髪がフードから見え隠れし、身長は160ぐらい。胸はまな板だ。

そして、一番の極め付けは、声。

か細くて弱々しい。疑問ばかりを口にしていた声。


一ヶ月も経ってしまっているが、あの時の女性が彼女だと言う自信がユートにはある。


「ほら、あそこ。街の名前は忘れたけど、兵士に捕まった時の…隣の牢に入ってたんやけど」


「……あっ」


「思い出した?」


少女の反応を見る限り、思い出したようだ。

コクリと頭を縦に振ったので間違いはなさそうだ。


前回会った場所は、レイルムと出会った街。そこで兵士に囚われて牢に入れられた時。

そこで、一番最後に牢に入れられたのが少女だったわけだ。


「ほな、自己紹介。俺はユート。特技は機械弄りと計算。君は?」


柔らかい笑みを浮かべながら少女を観察する。


少女の赤みがかった紫の髪が風になびく。

自信なさげな瞳は青い海のような色。

エルフの様な小さく尖った耳が髪の隙間からチラチラと覗いているのが特徴的だ。


「………私は…アイ…」


少女が名前を名乗る。そして、無言の時。


「え?終わり?」


まさか、名前だけとは思わなかったユート。もっと、自己紹介っぽい事を言うのかと思っていたが、それは無かったようだ。


「まぁ、ええわ」


なにせ、ユートには【鑑定】のスキルがある。いや、ステータスからは消え去っていたが、まだ【鑑定】は健在だ。

だが、人のステータスを安易に見る事を避けているユートは、”見る”のを一部だけに留める。


「ふむふむ、成る程。魔族とエルフのハーフか。それも、エルフはただのエルフじゃなく、人間とのハーフと…」


ユートが覗き見た内容を口に出すと、ビクッと彼女ーーアイは怯えた。

それを横目で確認したユートは、優しい声音で『怖くないよ』と伝えるように自分の事を暴露する。


「大丈夫。俺も魔物とのハーフで、ただの人間ちゃうから」


ハーフと言うよりも、色々な物が体内でごちゃ混ぜになっている存在だ。


「さて、アンタ買ったけど、どうしたもんかなぁ〜」


今の今までしれーっと隠していたが、実はユートも奴隷である。

首輪がマスクに覆い隠されて見えなくなっているが、奴隷なのだ。


(そもそも、奴隷が奴隷買うとかできんの?)


などと今頃な事を考えているが、やってしまったのは仕方ない。

だから、これからの事を考えるユートだが、覚えのある気配が近付いてくるのに気が付き、出迎える為に立ち上がる。


「こんな所に居たのかユート!」


少しして人の波から現れたのは、ユートが捜していたレイルムだった。


「せっかく領主まで説得したのに、牢に行ったら既に居なくて捜し回ったのじゃぞ!」


「お疲れ〜」


汗を掻いてまで捜してくれたレイルムに軽く労いの言葉を掛けるユート。

もし、周りの人がユートを奴隷だと知れば驚くだろう。なにせ、主人と奴隷の立場だとは思えない会話だからだ。


「ん?そこの娘は何じゃ?もしや…」


ユートの隣に居るアイを見て、『攫ったのではないじゃろうな?』と訝しむ視線をユートに向ける。


「ちゃうちゃう。ちょっと面倒見る事になっただけや」


ユートは彼女をどうこうするつもりはないが、『今度、ソラに会ったら渡そ』と安易な考えを持っていたりする。


「まっ、そんな事はどうでもええやん。さっさと行こや」


「う、うむ。そうじゃの。孫も楽しみにしている事じゃしの」


「そか。なら俺も楽しみにしとくわ」


ハハッと笑いながらユートはアイを連れ、体の向きを変えて歩き始めるレイルムの後に続く。


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