祝、街に到着。後に宿探し
ゴブリンを倒し終えた2人は、「疲れたから歩くの嫌や」との向野の訴えにより、話し合いの結果、バイクで移動する事になった。
初めは、奇々怪界な乗り物であるバイクに乗る事を嫌がったリリィだったが、向野の強制的な言動によって上田に渡された黒いフルフェイスを無理矢理被させられて向野のバイクの後ろに乗る事になった。
向野の後ろにのる理由は、ただ単に上田の後ろに乗るよりも安全だからだ。
珍しくゆっくりと走行する向野。その近くをブンブンと自由気ままに遊びながら走行する上田。側から見れば向野を挑発しているようにしか見えない。
何度か上田の行動に苛立った向野が蹴りを入れて転倒させているが、上田は何ともなかったかのように起き上がり、遊び始めている。
彼は蹴られても怪我しても全く懲りない。
そんなこんなをしている内にリリィの目的地であるラ・ドルミィが見える所まで来た。
バイク移動だとかなり速かった。数分で着いた。
高く聳え立つ大きな壁。そこに壁並みに大きな門があり、門番と思われる影が数人ほど門近くに立っている。その数、二十名程。大所帯でのお迎えである。
街自体初めて見る二人は大きな壁を前に「おぉー」と感嘆の声を漏らした。
街から少し離れた所で周りの人をリリィみたく混乱させないようにバイクをガレージに仕舞い込み、門へと歩いていく。
「止まれ」
そして、街に入る前に三人は門番に止められた。どうやら、バイクの騒音を聞き付けて出て来たらしい。
「リリィ、任せた」
「ごめん。俺、まだこの世界の事よく分かってないからリリィに任せるわ」
面倒事は全てリリィに任せた二人。
「仕方ないわね…」
やれやれ、と言った風に首を振り、兵士と幾つか話をするリリィ。上田と向野の事について色々と言われているみたいだったが、何事もなく街へと入ることが出来た。
街に入ってすぐにリリィが向かう先は宿屋である。既に空は暗くなってしまっている為、宿探しも大変だ。
二人もリリィに付いていくが、勿論、二人は文無しである。否、金ならばある。日本円がある。だが、この世界の通貨など持っていない。
その為、彼等は『初めて会ったばかりの人にお金を貸すバカは居ないだろう』と考えながら付いて行き、宿の位置を確認してから別れようと話していた。
その後の事は余り考えていない。取り敢えず、仕事探そう。と言う案に至っていた。
「え?」
「マジで?」
だったのだが、宿屋の食堂にて美味しくない料理までご馳走して貰っているとリリィが金を貸してくれると言ったのだ。
「始めて会ったばかりの俺らに何で金貸してくれるん?」
驚きながらも上田は尋ねた。普通ならば有り得ない。平和な日本であっても、そこまで親切な人は滅多にいない。田舎の親切なオバちゃんぐらいだ。
「あなた二人を街に入れてしまったのは私だもの。変な事をされれば私が捕まってしまうのよ」
ムスッとした顔でリリィは納得のいく説明をしてくれた。二人は、行く当てがなくても、寝るあては有るのだ。ガレージと言う名の部屋が。
だが、決して泊まりたいとは思える所ではない。それは高校の時に体験したガレージでの一泊が良い想い出である。
冬の中、コンクリートの地面に毛布を引き、ジャンバーを羽織って寝た。なのに、シャッターの隙間から漏れる風は冷たく、毛布越しにコンクリートの冷たさが伝わり、とてもじゃないが寝れたものではなかった。上田と向野の他二名の友人と固まって震えながら夜を越したのは本当に良い想い出である。
だから、リリィの有り難いお言葉に自然と頬が綻んでしまう。そして、晩御飯のスープを一掬いして、口に入れ、二人同時に渋い顔をした。
それを見て、本当に変わった人達だと改めて思うリリィであった。
その後の会話で、明日”冒険者ギルド”へと向かうリリィに二人は職を手にする為に同行する事にした。
その日の夜。
この世界に来て初めてのベットに横になりながら会話する上田と向野。
「冒険者ギルドってゲームで言う依頼とか受ける所なんかな?」
「そうなんちゃうかな?アニメとか小説でもそう言う感じの表現が多いし」
「またアニメかよ。ホンマにお前はアニメ好きやな」
「好きやで。あっ!帰られへんって、期待してた来期のアニメが見られへんって事やん!どないしよ!」
「お前なぁ…」
天井の眺めながら、こんな事になってもアニメの事ばかり考えている上田に呆れる向野。
天井は、まるでログハウスに居る様に思わせるような木造で出来ている。
少し無言の時が流れ、何かに気が付いた上田が声を発する。
「なぁ、天井に顔のシミあるんやけど、向野の所にある?」
「ちょっ!おまっ!変な事言うなや!怖いやんけ!」
「いやーーー」
「やめろっ!言うなっ!聴きたないわ!!」
両耳を塞いでイヤイヤする向野。彼は幽霊などの物理攻撃が効かない怖い存在も苦手だ。
「すまんって冗談やって」
「ぶっ殺すぞ!」
上田はヘラヘラと笑って冗談だと言う。そして、向野のいつも通りの行動に内心ホッとする。実は、上田はこの世界に来てからずっと不安だった。もし、向野が居なければ初めに居た場所から行動しなかっただろう。
向野がいつもみたく冗談を受けていつものような反応を返してくれる。それだけで彼は不安を忘れる事ができる。
そんな信頼の置ける友人には決して言えない。だから、心の中でヒッソリと呟く。
『ま、本当はあんねんけどな』
彼の目の前には人の顔をしたシミがある。女性の顔だとハッキリと分かる程にクッキリと写っている。
若干、彼もそれを見て怖く思っている。が、向野ほど苦手なわけではない。だから、我慢できる。例え、そのシミがニヤリと笑ったとしても、見なかった事にしてやり過ごす事ができる。
翌朝。
コンコンコンとノックする音が部屋に響いている。
「いつまで寝てるつもりよ!」
朝六時に起こしに来たリリィ。だが、三十分経った今でも二人はまだ寝ている。
一人は社会人、一人は学生。そんな二人が休日に朝早くに起きるだろうか。休日を謳歌する為に起きる人もいるかもしれない。だが、彼等はそのタイプとは違う。休日は昼過ぎまで寝るタイプだ。酷い場合、夕方、もしくは夜まで寝ている。
「何で起きないのよ!!早く行くわよ!」
怒鳴り続けるリリィ。昨日の晩に出掛ける時間を言ってなかった彼女も悪い。が、出掛けると分かっていても起きない二人も悪い。
ドンッドンッドンッと段々とノックの音が強くなる。その音でようやく目が覚めた上田。
突然だが、上田は汚い服で布団に入るのを嫌う。だから、彼は寝る時はいつも洗濯したての綺麗な寝間着を着て寝る。その寝間着がない時、彼はどうするか。それは言わなくても分かるだろう。
眠気眼を擦りながら布団から出る上田。そして、そのままの姿で扉へと向かう。
ようやく扉が開いたと思えば上田がパンツ一丁で現れた。まだそれだけならばいい。だが、彼は男だ。男なのだ。寝起きの所為でパンツに立派な塔を立てる男性特有の生理現象が嫌でも現れてしまう。
そんな姿で出てきたのを見ればリリィの反応も納得がいく。
「い…」
「…い?」
「いやぁあぁあぁぁぁ!!!」
宿屋に収まらず、付近の家々にまで聴こえる程の大きな悲鳴を上げて上田の頬に強烈なビンタを食らわした。
そのお陰で上田の眠気は一瞬で吹き飛んだ。ついでに、ただでさえ少ない体力も吹っ飛び、上田にとっての致命傷を負い、グルグルと錐揉みしながら奥の壁に頭から激突した。もう、上田の残りHPは1である。
「うっせぇーなバーロー。もうちっと寝かせろや…Zzz」
リリィの悲鳴を聞いても、上田が壁に激突した音を聞いても、寝ている向野は寝返り一つ、ムニャムニャと文句を言うだけで終わった。起きる気配はゼロである。
ちなみに、向野もパンツ一丁である。掛け布団からハミ出た尻でそれがハッキリと分かる。
ツナギで寝るのがシンドイからパンイチなのだ。
赤く火照った顔を恥ずかしさから両手で隠し、ちゃっかりと手の隙間から部屋の中を覗くリリィ。
締め切った窓から朝日が漏れている下に瀕死状態で倒れているあられもない姿でノビている上田とベットでスヤスヤと枕を抱いて寝ている向野が見える。何とも言えない光景だ。
その後、リリィが「と、兎に角!早くきてよね!」と大声で言ってから部屋の前から去って数分後。失くなった体力が僅かに回復した上田はノロノロと向野を起こした。
二人はゆっくりと行動し、宿屋の一階にある食堂に居るリリィの元へとフラフラと危なっかしい足取りで向かう。
リリィは男性の裸を初めて見た為、思い出しては顔を真っ赤にしたりしていたため、彼等が近くに来るまで気が付けなかった。
「お、遅いわよ!」
上田と向野の存在に気が付いたリリィは赤い頬を膨らませ、ムスッとした顔でようやく来た二人をキッと睨みつけた。まるでリスが頬を膨らませているみたいで可愛らしい。
「悪りぃ悪りぃ、こいつが起きんの遅かってん」
「なんでやねん。俺じゃなくてお前やん。何で俺やねん」
「はっは〜」
そして、朝一番に漫才をし始めた。二人は漫才をしている自覚をしていない。これがいつも通りである。
向野の瞳は眠たそうに細まり、より鋭くなる目を何度も擦りながら欠伸をして言う。
「とりまさ、顔洗いたいんやけど」
リリィは向野達が降りてきた階段の隣にある扉を指差し、眼で「早く行って」と伝える。
教えられた方向へと大きな欠伸をしながら向かっていく向野。上田はリリィが陣取っている机席の対面に座って机の上で腕を組み、その腕に顔を埋めて寝始めた。流れるような自然な動きである。
「………」
「Zzzzz」
余りに自然すぎた動きに少しの間が空いてしまったがリリィはシッカリと行動した。
「って!なんで寝てんのよ!」
寝ている上田の頭を叩いく。そして、ペシンッと小気味良い音が叩いた箇所から鳴った。良いツッコミである。
「眠い…寝かせて」
両腕に顔を埋めながら、ムニャムニャと気怠げな返答が返ってくる。
上田は学校に着くと必ず教室に一人は居るであろう、机に突っ伏して寝て居る人間の部類である。
「あぁもう!あなたも顔洗ってきてよ!」
「うへぇー、無理。たのむ…寝かせて…」
「無理なのは私の方よ!あなたが起きなきゃギルドに行けないじゃない!」
「無理ぽ、僕、眠いのよ。寝かせZzz」
「言ってるそばから寝てるんじゃないわよ!」
ペシンッとまた良い音が鳴った。上田は叩かれた頭を片手で押さえながらユックリと顔を上げて頼み込む。
「お願い♡」
眠たそうな瞳を緩め、ニッコリと微笑み、可愛いらしく頼む。それは、女が男にすれば効果はてき面だろう。が、男がそれをすれば結果は必然。
食堂に居る人達の中の数人は口に入れた物を吐き出した。何人かは一瞬で視線を背けた。唯一ガチムチでむさ苦しそうな男性一人だけが「あら、いい男」と言った。
その後、食堂に居る人全員(一名を除く)から一斉に言われた。
「「「キモい!!」」」
周囲から冷たい瞳で見られる上田は居辛くなったのか一瞬渋い顔を作ってから、ゆっくりと身体を起こしてフラフラと不安定な足取りで向野が向かった扉へと向かった。一名からは別の視線を向けられていたが。
「本当に何なのよ…」
そんな問題ばかりを起こす彼等を見送ったリリィは、これからの事を考えると頭が痛くなり、頭を抑えるのであった。
そして、これからも酷い醜態を晒し続ける彼等に四苦八苦する…のかもしれない。