誰も知らない復讐
レイルムに俺が奴隷になったまでの経緯を話していたら、料理が運ばれてきた。
「それでは、本当に兵士殺しを行なっていないのじゃな?」
「まぁ、そうやな。ってか、俺の貧弱ステータスで強そうな兵士を殺せるかって話や」
食事を取りながら会話する。
侍女っぽい奴隷少女の二人も椅子に座って食事を取っている。
料理の味は10点満点中、−8点だ。
美味しくない。俺が作った方が遥かに美味しいだろう。
「うむ。それは確かに…。あのステータスでは兵士どころか、一端の冒険者に負ける物じゃった」
レイルムの言い様から、半分ぐらい嘘の混じった俺のステータスが記載された紙でも見たのだろう。
でも、本当のステータスも混ざっている事から、俺がどこまで弱いかがビシビシと伝わってくる。
「うん。それ言われたら少し辛くなるわ…」
俺の笑顔が苦笑いに変わる。
「…それは、すまなかった」
別に謝って欲しかった訳じゃないが、まぁ、悪い気はしない。落ち込み気味の気持ちもレイルムと話している内にマシになってきた。
皿に残る食事を適当に口にかきこんで、全てを平らげる。
そして、俺は笑顔のまま言う。
「この首輪、普通のと違って外れへんみたいやから俺は奴隷を続ける」
普通の首輪…奴隷少女のメリナやミナが着けている物は、主人として登録されている者だと外せるようになっている。
だけど、俺のような首輪は外す事はできない。そう言う風に作られているようだ。
それはさておき、俺は言葉を続ける。
「けど、一つ許されへん事があるねん」
レイルムは俺の言葉を聴いて真剣な表情になる。奴隷少女のメリナとミナは食事を続けている。
俺は椅子を引いて立ち上がり、ニヤリと笑い、ずっと前から思っていた事を口にする。
「料理マズイから俺が作る」
これだけは譲れない。
例え、奴隷少女の二人から敵意剥き出しの視線を貰おうとも、譲れないのだ。
こんなゲロマズな食事を毎日食っていれば、舌が狂ってしまいそうだ。ついでに、俺の頭の中もパッパラピーになってしまう。
言いたい事を言えたので、満足しながら俺は踵を返して扉に手を掛ける。
「ほな、少し出掛けてくるわ」
扉を開けながら振り返って笑みを浮かべながら言う。
レイルムが何かを言おうとしていたが、それを聞き届ける前に俺は部屋から退出した。
ーーー
この部屋には机が一台と、三脚の椅子がある。
窓から見える空は暗く、部屋の中は松明の明かりによって照らされている。
そこに、二人の男性が居る。
「チッ、カブスの野郎め」
三脚ある椅子の内の一つに座る髭面の男性が舌打ちをして愚痴る。大事でもないのに、重そうな鎧で全身を固めて、机には剣を立て掛けている。
「まだ根に持っているんですか?良いじゃないですか、一人三千セリスとは言え、売れたんですから」
髭面の男性を宥めるのは、若い男性だ。楽な服装をしており、鎧は部屋の隅にある木箱に収められている。だが、剣だけは肌身離さず持っている。
「それが気にいらねぇんだよ。危ない橋渡ってそれだけなんて割りに合わねぇんだよ」
「まぁ、そうですよねぇ…」
「そうやろなぁ〜」
「チッ、足元見やがって」
「うんうん、それはイラつくよなぁ〜」
「だろ?」
髭面の男性は若い男性に同意を求める。だが、若い男性は不思議そうな表情で首を傾げている。
「どうしたんですか?」
「は?」
そこで気が付く。先程の声の主が若い男性ではない事に。
もしかして、誰か居るのか!?と剣を手に取り、周囲を伺う。が、誰も居ない。
「お前、聴こえてたか?」
「なんの話ですか?」
若い男性は何も知らないと言う風に答え、髭面の男性の警戒がより一層強まる。
「おいっ!誰だ!?」
どこにでもない。誰かに叫び、剣を抜いて構える。
若い男性は唐突に髭面の男性が動き出した事に驚き、周囲を急いで確認しながら腰の剣に手を掛ける。
だが、それが現れる気配はない。もしかすると、外を歩く人の言葉が聞こえてきたのかもしれない。そう思って剣を鞘に納めようとする。
刹那、先程までの声が聞き間違えなどではなかったと証明された。
「なぁ、兵士さん。一人足りてなくね?」
ソレは、髭面の男性の真後ろに居た。
咄嗟に剣を抜いて振り返り、声の主を確認する。
松明の明かりがソレの背後にある所為で、顔をハッキリとは確認できない。だけど、ソレが先程までの声の主だと言う事は、独特な喋り方で理解できた。
その声、その喋り方。それは、髭面の男性もよく知っている。
「お、お前…もしかして…」
ここには居ない筈だ。既に、アレを売り飛ばしてから二週間は経過している。
どこかの誰かに買い取られている筈だ。そう思うが、目の前の者がその思いを放棄させる。
「た、隊長…」
若い男性が怯えたような声を吐いた。髭面の男性は、なんだっ!と声を上げようとする。が、続いた言葉に動揺を隠せなかった。
「たす…け…て……」
一つの命がアッサリと消えた。そう理解するまでにそこまでの時間を要しなかった。
なぜなら、剣を取り落す音と共に、ドサッと倒れる音が背後から聞こえて来たからだ。
髭面の男性は咄嗟に振り返るが、そこには誰もいなかった。
誰も居ないのだ。
犯行を行なったソレの姿も、若い男性の姿はない。残っているのは、血によって作られた小さな水溜りだけだ。
焦ってソレが居た方へと振り返るが、そこには既に誰かが居た形跡などなくなっていた。
ただ、松明の炎が微かに揺れただけだ。
敵の姿が見えない。それが彼に恐怖を与え、まるで幽霊にでも出会ったかのような形相で部屋の隅々まで警戒する。だが、ソレの姿はどこにも確認できない。
「臆病者め!姿は現せ!!」
それでも、彼は強気に振る舞う。何もない宙へ剣を振るう。だが、切るのは空気だけで、手応えなどない。
静かな部屋に剣を振る音が響いただけだ。
そんな時、奥の扉がゆっくりと開かれた。
敵か!?と、即座に反応した髭面の男性は剣の柄を強く握り、扉から出てくる者を警戒して待つ。
だが、出て来たのは彼が求めていた人ではなく、
「大きな声を聞いて来たんですが、どうかしましたか?」
消えた方とは別の仕事仲間の若い男性だった。
抜き身の剣を手に持っているが、寝起きなのか、目をこすりながら眠たそうにしている。
「お、おお、起きたのか」
この状況を打開する新たな仲間が来た。そう喜んだのも束の間。
「へ?」
そんな声と共に、若い男性の首がポトリと地面に転がった。
司令塔を失った胴体は僅かな間、その場で佇んでいたが、すぐに糸の切れた人間のように膝から崩れ落ちる。
どうすればこんな切れ方をするのか不思議な程に綺麗な切断面からはドクドクと行き場を失った血が断続的に漏れる。
「な、なんなんだよっ!何が望みだっ!」
周囲への警戒は怠らず、仲間の死を目前にした事に動揺を露わにしながらソレに話し掛ける。
だが、返ってくるのは沈黙だけだ。
ほんの一瞬。たったそれだけ仲間の死体から目を離した隙に、仲間の姿が消えていた。
一人目が消えた時と同様に、血溜まりだけを残して跡形もなく消え去っているのだ。
敵意、殺気。そんな類の気配は一切感じない。ただ、感じれるのは窓から入ってくる冷たい風だけだ。
鎧を着ている彼には風の冷たさなど感じないにも関わらず、背筋が冷え切り、腕が熱くなるのを感じる。
剣をまともに触れない程に手汗が滲み出て、姿形が全く見えない者に怯える。
「く、くそぉ!!」
半端ヤケクソになって剣を無茶苦茶に振り回す。
椅子に当たり、背もたれが壊れる。
机に当たり、上に載っていたコップやインク瓶が飛び散る。
何分間も剣を振り回した髭面の男性は、ゼーハーと荒い息を吐き、剣を杖代わりにして周囲の様子を伺う。
どこもかしこも壊れ、まるで盗賊にでも入られたようなボロ屋と化している。
残ったのは仲間の血溜まりと、石の壁だけと、髭面の男性だけだ。
「くそっ、くそぉ!!」
最後の力を振り絞って地面に剣の刃を叩き付ける。
パキィンッ
そんな音が部屋に響いた。
確認するまでもない。彼が持つ剣が折れた音だ。
「スッキリした?」
またあの声だ。巫山戯たような、嘲笑うような声。
周囲を見渡すが、やはり居ない。
「どこ見てんねんよ。ここや、ここ」
背後から声が聞こえ、ゆっくりと振り返るとーーー居た。
いつか見た、奇怪な黄色い服装の少年が、椅子に座ってヘラヘラと笑っている。
さっき確認したはずなのに、突然現れた。それが不思議で、そして怖くて堪らない。
「あと二人。あんたと、カブスって人やな」
彼の手には仲間の剣が握られている。兵士が持つ特別性の剣だ。
髭面の男性の剣は折れ、体力も残っていない。勝ち目は皆無だ。
だから、最後に尋ねた。
「復讐か…」
「まぁ、そんな感じやな。けど、一人だけ残したんは意味があんねんで」
「意味、だと?」
「そそ。そのカブスって奴殺したら、殺さへん。生かしといたるわ。だから、はい」
それは敵に塩を送るような、そんな行為だ。
手に持った剣を髭面の男性に投げ渡したのだ。
まるで、お前が何をしても、勝てはしない。と、そう語っているようにしか思えない。
「それでカブスって奴、殺しに行き。あんたの剣は使い物にならへんやろ?」
ヘラヘラと笑う少年の姿は、まるで、悪魔のようにしか見えない。
疲れか、それとも怯えか。どちらかからか来る震える手で剣を握る。そして、ゆっくりと視線を上げてみれば、そこには既に少年の姿はなかった。
次の日。
一人の兵士が奴隷商を殺し、自殺した。と言う話が街中に広がった。
誰も、その話の真実を知らない。
to be continued...




