お話
青と赤の二つの月が三日月となって向かい合っている。月を彩るように黒い空に星々が輝き、月を魅せようと煌めく。
そんな綺麗な空を仰ぎ見ているのはユースだ。
焚き火を囲む冒険者達の中に紛れ、その中で一番若く、呆けている彼は浮いた存在となっている。
そんな彼の事など御構い無しに冒険者の二人は楽しそうに会話している。
ユースは彼等の話に耳を傾けながら、空を眺めている。
「ーーでな、そいつらが言うんだよ。風化の迷宮から一閃の光が空に昇ったってよ」
「それ、前にも聴いたぞ」
「そうだったか?」
「ああ、その後は『俺には信じられねぇ話だ』だよな?」
「ガッハッハッ、そうみたいだな。でもさ、本当に信じられねぇ話だよな」
「俺はそうは思わないな。だってそこは迷宮なんだ。どんな魔物がいたって不思議じゃない」
「確かに、一理ある…。おっ、それじゃあ、こんな話は聞いた事ないか?俺も人伝なんだがな、子供達で構成されたキャラバンが居るらしいぞ」
「少し小耳に挟んだ事はある。確か、そのキャラバンって街の外で商売をしている”ソラの瞬き”だろ?」
「ああ、そうだ。だが、それだけじゃないんだ。とある奴が、そこの店に文句を言って、店番をしていた子供に殴りかかったんだ」
「好ましい話じゃないな」
「いやいや、ここからだ。そいつの拳が子供の顔に当たる前に、そいつの首が飛んだんだ」
「…は?ど、ど言う事だ?」
「そのまんまの意味だよ。面白半分で観ていた野次馬が言ってたんだ。真っ白な仮面を着けた奴が手だけで首を刎ねたんだよ」
「おいおい、そんなの有り得ないだろ」
「俺も実際に見た訳ではないからどうも言えん。けどな、そいつが言ってたんだよ。最後なんて震えながら『人間じゃねぇ』とか言い出すんだぞ」
「マジかよ…」
「ああ、マジだ。後でその店をよく利用する奴から聴いたんだがな、そいつの名前はソラで、何も喋らないらしい。だが、強さはSランク相当で、山を一瞬で消し去れる力を持ってるとか…」
「そこまで行けば、既に化け物じゃねぇかよ…」
「ま、俺は信じちゃいないがな」
ガッハッハッと最後に笑い声が聞こえ、冒険者の二人の会話が止まった。
そして、ユースに二人の視線が突き刺さった。
とても居心地が悪い。そう思いながら、ユースは視線を少しづつ下ろし、冒険者の二人の視線を正面から受ける。
リョーガのキッツイ瞳を毎日見ているせいか、他人の瞳を真正面から受けてもビクともしなくなったユースだったが、今、彼等が瞳に浮かべているのは『何か話せ』と言う意思表示だった。
失礼なことにユースは「うっ」と小さく呻き声を上げてしまったが、すぐに体制を正して、彼等の要望通りな話を記憶をほじくり返して探す。
だが、探せど探せど、良い物は見つからない。なにせ、リョーガと会うまでは街から出る事すら怖がっていた弱虫で、リョーガと出会ってからは休む暇すらくれなかった。
だから、彼等に合うような話は持ち合わせていない。
それでも、ユースは考えに考え抜いて、ピクピクと引き攣る口を開いた。
「えーっと、僕の番ですか…?」
二人は『そうだ』と言いたげに頷く。
小さく溜息を吐いて、ユースは語る。リョーガと出会ってからの小さく長い話を。
「えぇっと…それじゃあ、僕の知ってるリョーガさんの話をしますね」
「リョーガか。面白そうな話が聞けそうだな」
愛剣を手の届く距離に置いている茶髪の男性ーーニアカントはニヤリと笑いながら話しの内容を想像し始める。
木の枝を削って矢を作る男性ーーハーマスも『楽しみだ』と言いたげに頷いた。
「僕がリョーガさんと出会ったのは三ヶ月ぐらい前の事です。初めて会ったリョーガさんは、とても、とーっても、酷い人でした」
ユースは、困っている怪我人の僕を容赦なく蹴りましたもんね。と、苦笑いを浮かべる。
聞き手の二人も微妙な表情をしている。おおよそ、想像が付くのだろう。
「リョーガさんは、無茶苦茶で、荒唐無稽で、非常識で、無謀で、する事なす事全てが馬鹿らしいく思える人です」
ニアカントも、ハーマスも、まだ数日しか一緒に居ないが、ユースに同意できる事があり、うんうんと頷いて納得する。
「でも、凄いんです…。無鉄砲で、僕に何でも押し付けてくるけど、でも、凄いんです…」
拳を強く握り、瞳に強い意志が篭り始める。
「僕が一歩進めばリョーガさんは十歩先を行っているんです。僕がゴブリンを一体倒す間に、リョーガさんはオークの村を壊滅させていました」
ユースの話に息を呑む二人。瞳には訝しみが混ざっているが、なぜか、これまでのリョーガを見ていれば納得できてしまうのだ。
「とっても強く、大木のような存在。あっ、一応リョーガさんは、あんな凶悪犯みたいな目付きをしている割には優しいんですよ」
付け足した言葉を言い終えると同時にニコッと笑った。それに対して二人は、『有り得ないだろ!』と内心で盛大なツッコミを入れながら苦笑いを浮べた。
「前置きはここまでにして、本題に入りますね」
ゴクリッと唾を飲み込む音が二人の内どちらかからか聞こえた。
ユースはグイッと顔を二人に近付けて、少し離れた所にいるリョーガに聴こえないぐらいの声量で話す。
「ここだけの話、リョーガさんには友達が居たそうなんです。とっても仲の良い方だったみたいなんですよ」
「仲の良い?あのリョーガとか?」
ニアカントがユースの言葉に疑問を唱えた。それは、彼等もリョーガの荒唐無稽な行動を目の当たりにしているからこそ出た言葉だ。
「そうです。親友と言っても差し支えない程に仲が良かったらしいです」
「なんだか信じきれない話だが、もし、居たとして、そいつは何処にいるんだ?」
次に疑問を口にしたのはハーマスだ。
ハーマスに対し、ユースは「それは今から話します」と返し、話を続ける。
「ごくたまにリョーガさんが話してくれるんですが、僕と良く似た名前で、ユートと言う人らしいです。僕と出会う少し前まで一緒に冒険者をしていたらしいんです」
ニアカントは顎に手を置いてふむふむと頷いてから話の先を待つ。ハーマスはナイフと削られた枝を置いて話に聞き入る。
「ユートさんは、ステータスの力が1と、とっても弱かったそうです」
「だ、だが、あのリョーガと一緒に居るんだから、それ以外は…」
「低かった。全てが低かったそうです」
「「っ………」」
二人はユートのステータスを聴いて絶句した。あの力こそが正義と言いそうなリョーガの側に赤子並みの力しか持っていない彼を許容した事にもだが、なんと言っても、ユートのステータスが低過ぎる事に驚愕した。
彼等は、リョーガの年齢は二十だと既に聴いていた。そこから考えれば、彼の友人であるユートも同い年だろう。
既に成人している年齢だ。なのに、ステータスが余りにも低過ぎた。憐れに思える程だ。
だが、次にユースから発せられた言葉に彼等はより驚愕を露わにした。
「ですが、ユートさんは、そのステータスでゴブリンを倒したそうです。…五体以上も、です」
「「っ!?」」
「う、嘘だろ…」
「嘘ではないです。リョーガさんは嘘を吐く人ではありません」
ニアカントが思わず発してしまった言葉に、確信を持って返答した。
それに、あの悲しみに暮れる姿のリョーガを思い返すだけで、彼が嘘を吐いていない事は明らかだった。
「ユートさんは、弱くても、どれだけ弱くても、強く生きていたらしいです。人一倍頑張り屋で、必死に生きていたそうです」
「「………」」
姿勢を正しながら真剣な表情で二人はユースの話に耳を傾ける。
「ユートさんが何処に行ったのかは僕は知りません。リョーガさんはそれ以上話しませんでした。ですが、リョーガさんは言ってました。『ユートは絶対に生きてる』と、何度も、何度も、夢の中ですら言ってました…」
ユースの言葉から想像するに、ユートの身に何か不幸な事が起きたのだろう。と想像する二人。
少し離れた所で、ルミネに魔法について教えてもらっているリョーガへと二人は憐憫を浮かべた瞳を向けた。
リョーガは、魔法を使うのに必死で彼らの視線に気がついていない。身体の周りに赤黒いオーラを纏わせている。
「俺は信じるぞ。生きているんなら、どこかに居る筈だ。もし、そいつに出会う事があったら、すぐに知らせに行ってやる」
「ああ、ああ、教えに行ってやるとも…」
本当に生きているかなど、分からない。どこで別れたかなども知らない。もしかすると、死んでしまっているかもしれない。
だけど、こんな生き別れの兄弟のような過去を聞かされた二人は小さくも、強く力のこもった言葉で、ニアカントは使命に瞳を燃やせて、ハーマスは涙ながらに言った。
出会ってから、まだ短い。なのに、彼等は仲良く夜が明けるまで身の上話を続けたのだった。
ユース「リョーガさん」
リョーガ「あ”?」
ユース「ユートさんってどう言う人だったんですか?」
リョーガ「ユートか?あいつはな、一言で言うたらアホや」
ユース「アホ…ですか…」
リョーガ「せや。物覚え悪くて、変な所でキレるし、訳分からん行動するし、頭おかしいし、ドジで間抜けで、頭に虫湧いてるような奴や」
ユース「物凄い言われようですね…」
リョーガ「ホンマにそうやねん。けどな、手先だけは器用やったわ。変な知識ばっかり持っててん。言うたら変人やな」
ユース「リョーガさんに変人って言われるほどですか…(ボソッ)」
リョーガ「あ”?なんか言った?」
ユース「い、いえっ、なにも!」




