失意
今回のは少し短いです
堕ちる。
重力と言う名の鎖に絡め取られ、背中から引き摺り込まれる。
永遠にも思える程の長い距離。未だに先の見えない”死”の未来。
何秒。何十秒。何分。何時間。どれほど時が経ったかすら彼には分からない。
ただ、重力に身を任せて落ち続ける。
両目を瞑り、未来を、現実を否定し、過去を想い出す。
楽しかった時。悲しかった時。辛かった時。色々な想い出だ。
彼は三人兄弟の長男だった。二つ下に弟が居て、四つ下に妹が居た。母が看護師で、父が大工。住んでいる場所はマンションの五階。
兄弟からは嫌われ、家に居場所はなかった。いつも居た場所はベランダ。そこでタバコを吸いながら、雲を眺めていた。
よく掛かってくる電話。着信履歴は向野 凌駕と友人の北 迅斗で埋まっていた。
父は家に帰る事は少なく、母は夜勤や遅番ばかりで顔を合わせる事が少なかった。
家の本棚には、ユートの趣味の漫画や小説が少しと、後は母の本ばかりだった。
病気の本や、人体の事が書かれた本。だけど、彼はそれらを読み漁った想い出もある。
学校は、整備士の専門学校に通っていた。そこにも友人は居た。けれど、うわべだけの友人だった。作り笑顔を浮かべ、学校生活を送っていた。
未練はある。決して学校生活が楽しかった訳ではない。ただ、資格を取って親を喜ばせたかった。認めてもらいたかった。
だけど、もう叶える事が出来ない未来だ。
なぜなら、もうすぐにユートは死ぬのだから。
未だに地面は見えない。だけど、落ち続ければいつか辿り着く。そして、地面に激突し、いつか見たゾンビのように木っ端微塵に肉片を飛び散らせて死ぬ。
死ぬ瞬間は一瞬だ。苦しみはないだろう。だけど、そこへ至るまでの恐怖は尋常ではない。
幾ら現実から逃げたとしても、恐怖からは逃げる事が出来ない。
現実逃避をする為に、過去を振り返るが、恐怖心に負けて現実へと戻される。
「死ぬの、嫌やなぁ〜」
気を紛らわせる為に呟くが、その声は風に流されて誰にも届かない。
勢い良く落ち続ける。風が彼を持ち上げようとしてくれるが、全く意味をなさず、不快な風切り音を立てるだけだ。
彼の心は『死にたくない!』と泣き叫んでいる。でも、どうする事も出来ない。生きる術はない。いや、あった。
彼の脳は、こんな状況だからこそ激しく回転させて、一つの仮定と共に生き残る方法を考え出した。
それは、成功するかは分からない。それに、成功したとしても、そこから上手くできるかも分からない。
全身がボロボロで、至る所に矢が突き刺さっている。そんな状態で、それを行えば、悪くて出血多量で死に至る。
だけど、心はそれを行えと訴えかけてくる。死にたくないと、何がなんでも生きたいと、心の壁を強打しながら訴えかけてくる。
「やるか…」
誰にも聞こえない声。彼自身にも聞こえていない。なのに、その一言だけで自分を奮い立たせる事ができた。
そして、彼は叫ぶ。これまで出した事のない程の大声で叫んだ。
「『ガレージ!!』」
未だに全てを把握しきれていないスキル。これだけが今の彼を救える物だった。
ーーー
ラ・ドルミィの宿屋の一室。そこは、ベットが二つに机と椅子がある小さな部屋。天井には女性の顔のシミが張り付き、悲しんでいるように見える。
「リョーガ…その、辛いのは分かるけど、いつまでそうしてるつもりなの?」
「………」
シミがある方の反対側。そこにリリィは居る。隣のベットに座ったまま呆然と窓の外を眺めているリョーガを、心配と呆れを含んだ声で尋ねる。だけど、リョーガからの返答はない。
彼がこの様になった理由は、勿論、ユートを失ったからだ。だが、一番の理由は、友を目の前で失い、助けれる立場だったのに、助ける事が出来なかったからだ。
彼の心は、自分を攻め立て続けている。けれど、彼には自殺する勇気などない。自信を喪失させ、ただ呆然と何も映っていない瞳で窓から見える空を眺めているだけしかできない。
そんなリョーガの元に日に一度、リリィは心配して通っている。
あれから、一週間は経っているのに、リョーガが復活する兆しは見えない。飯もろくに取らず、日に日にやつれてきているのが目に見えて分かる。
「今日もずっとそうしてるつもりなの?」
「………」
やはりリョーガは口を開かない。リリィは責任を感じて彼に顔を合わしにきているが、彼女は根無し草と呼ばれる冒険者だ。その内、依頼で遠くへと出掛けてしまうかもしれない。
だから、早くリョーガには復活してもらわなければならない。そうじゃないと、彼はどこかでのたれ死んでしまいそうだからだ。
「そんな事してても、ユートは戻ってこないわよ」
呆れを込めた声で言い、立ち上がる。今日の成果もなかった為、帰るのだ。
だが、リョーガの口が僅かに動いた。
「…ちゃう」
小さく発せられた言葉は、リリィには難しく理解のできない訛りの入ったものだ。
彼が何を思って言葉を発したのか分からない。もしかすると、ユートの事を言ったのがキッカケだったのかもしれない。そう考え、もう、この場に居ないユートを話題に入れる。
「リョーガ。ユートは戻ってこない。冒険者だと、友達を失う事なんて良くあるのよ。だから、あなたも早く立ち直りなさい」
リリィは何度も仲間の死を目の前に見てきた。ユートもその中の一人だ。力及ばず魔物に殺されたり、荷物の持ち過ぎで魔物から逃げきれずに殺されたり、唐突に現れた魔物に対応できずに殺されたり、そんな場面を何度も見てきた。
だから、彼女は仲間の死に慣れてしまった。
仲間が死ぬと、悲しいと、悔しいと思う。けれど、リョーガみたいにはならない。ただ、思うだけなのだ。
「…ちゃう。あいつは死んでない。…死ぬわけない」
リョーガは自分を勇気付けようと、小さい声だが、力強い声で言い聞かせる様に呟いている。
「リョーガ…」
憐れだ。そうとしか言いようのないリョーガの有り様に言葉が続かない。
「俺は…」
彼の瞳は何も映していない。けれど、立ち上がった。立ち上がって、フラフラと宿を出て行った。
どこへ向かうのかが心配になったリリィは後を追う。
既に空は赤みがかり、後少しで夜が来る事を知る事ができる。なのに、リョーガは歩いていく。
自宅へと帰っていく人達の間をフラフラと覚束ない足取りで抜ける。喧騒の湧き上がる冒険者ギルドにも立ち寄らず、足を運び続ける。
街の外へと。
〜〜〜
ズドォォンと大きな音が鳴り響き、地面が、空気が激しく振動する。
周囲の草木は突如発生した突風に耐えきれず、吹き飛ばされる。その中に、先程まで生きていただろう生き物の肉片も含まれている。
「ファーーーック!!」
男性の怒号が暗がりの森に轟く。まるで、溜め込んでいた怒りを放出するかのような声だ。そして、この世界の人は誰も理解のできない謎の言葉だ。
またもや、地響きが鳴り響き、吹き飛ばされる色々なもの。
それを行なっている人物は、誰でもない。リョーガである。
黒い剣を片手に、黒目をギラつかせ、手当たり次第に攻撃を加えている。
彼が苦手だった筈のグロい光景は周囲に目を向ければ一目で目に入る。
なのに、彼は平気そうだ。いや、平気な訳がない。
吐きそうになるのを何度も堪え、自分自身への怒りを周囲にある物へと八つ当たりしているのだ。
なんともハタ迷惑な話だが、彼の心にのしかかった重みを軽くする方法は、これしか思いつかなかったのだ。
少し離れた場所から見守るリリィですら、彼に近寄る事に危うさを感じる。
今のリョーガは何も見えていない。ただ、暴れているだけだと、一目で分かる。
リリィは被害を被らない場所を選び、隠れるかのように身を屈めてリョーガを見守る。
雄叫びを上げ、剣を振り回す。地団駄を踏み、怒りに任せた拳を木々にぶつける。
近くに居た魔物など、今の彼には関係ない。ただの八つ当たりの道具にしかなっていない。
今では、彼に恐れをなして逃げ惑うほどである。
今のリョーガには誰も決して近付く事はできない。そんな彼を一言で例えるならば〈狂戦士〉がお似合いだろう。
近くにある物を所構わず破壊する。木々は薙ぎ倒し、力任せに振るわれた剣で弾き飛ばす。その際に応じた剣圧だけで、地面は抉れ、草を根こそぎ吹き飛ばす。
「こんっ、クソがぁあぁぁ!!!」
ただ、怒りに任せて振るわれる剣と拳。
彼の近くは、ものの数分で荒野と化してしまった。それだけ、彼はユートを、友を失ってしまった事に負い目を感じていた。それだけ、彼の心に負担を与えていたのだ。
だから、彼はストレスを発散する為に暴れた。ただ、無駄に、何も考えず、周囲が荒野と化しても暴れ続けた。
時間にして、二時間。休みなく彼は本気で暴れ続けた。そして、疲れ果てたのか、なんの予兆もなく倒れた。
ようやくリョーガの暴走も終わり、リリィは彼の様子を伺う。
何日も寝ていなかったのか、目の下に大きなクマを作っていたリョーガは、気持ちよさそうに仰向けになって眠ている。
それは、心の重みが少しはマシになった事を意味しているのだろう。
彼が復活したのは、彼女にとって嬉しい事だ。だけど、リリィはこの辺り一面の現状に困った表情を浮かべ、溜息を吐きながら呟いた。
「どうしよ…」
その後、リリィの制止の声も聞かずに暴れまわったリョーガ。森の中に潜む魔物を「狩りの時間じゃぁ!!」と叫び、手当たり次第に殺しまくったり、街に突撃して、街の壁を半壊させたり、と色々あったが、それは省こう。
一応、題名は適当です
いい案が思いつかなかったので…
あっ、それと、ようやく風邪は治りました。
ついに復活しました。
後は、鼻詰まりと、咳と、体重が元通りにまで増えてくれれば完璧ですね




