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狂言者の戯れ言

残業、終わったぁ!!

やっと、帰れルゥぅぅっ!


って、明日も仕事じゃん…

魔族が住まう魔国。その国に存在する幾つかの街の一つ、”タン”。最北端に位置する街だ。


そこで、とある噂話が囁かれていた。


「知ってるか?つい最近現れた新種の魔物ってやつ」


「………」


酔った男が対面に座る女に喋り掛ける。

彼女は女と言うよりは少女に近い。


喋りかけられた女は無反応だ。なのに、男は気にした様子もなく喋り続ける。


「なんでも、おかしな魔物でな、右半身は古代技術の塊で、左半身は色んな魔物を掛け合わせたような姿形をしてるらしい」


「………」


「そいつを倒す為に幾人もの傭兵が”ガラナ”に送られたらしいが、誰一人帰ってこなかったんだとよ」


「………」


ケラケラと笑って、手に持ったエールを一気飲み。お代わりを頼む男。


女は、飲み終わったコップを小銭と一緒に置いて、足早に立ち去ってしまった。


しかし、男は一人でに喋り続ける。


「俺もそいつを見た。見てしまったんだ。だから、俺は両目を失った。お前も気を付けな。アイツは北の”ガラナ”を餌場にしている。アイツに会ったら、なりふり構わず逃げた方が良い」


フードを脱いだ彼の目は、真っ黒に焼け焦げていた。



ーーー



所変わって、辺りが雪で覆われた吹雪が止まない土地。

普段は依頼でもない限り誰も立ち入らない場所だ。


そこに、先程まで両目を失った男に絡まれていた少女は居た。

全身を温そうな分厚い服で包み込み、北へ、北へと突き進む。


その先に彼女の目的地はあるのだ。


しかし、男は言っていた。

ここに例の魔物が出ると。

その噂通り、ここまで一度も彼女は魔物と遭遇していない。


普段ならば、少し歩いただけで吹雪に隠れ潜む魔物が飛び出して奇襲を仕掛けて来るはずなのだが、現れる形跡すらない。

いや、魔物がいるのかすら怪しく思える程に存在しないのだ。


それはそれで彼女にとって好都合な話だ。なにせ、この辺り一帯の魔物はそこらの魔物と比べて強力だ。

極寒の地と言う環境もあり、色々な進化を遂げた魔物が潜んでいる。


だからこそ、男が話していた魔物の強大さが伺える。


このガラナ寒冷地は一寸先も見えやしない。そこのどこかに男が言っていた魔物が居ると想像すると、足が竦んでしまいそうになる。


しかし、彼女とて普通の人間ではない。


身体能力、魔力、寿命、共に人間よりも勝る魔族なのだ。

これぐらいで、怖気付いたりはしない。


一歩、一歩と、強く吹き付ける吹雪に負けず、歩みを進める。


そんな時、ドンッと何かにぶつかった。


それが魔物でないのは確かだ。なにせ、この辺りの魔物は毛深い。もしくは、ツルツルの皮膚を持っている。

しかし、それが同族であるかと問われれば、それも否である。


もし同族であれば、分厚い服で体を覆っているはずだ。寒さに強い者でも、毛深い体毛を持っている。


ならば、なんだ。と、問われれば、石。としか答えることができない。

やけに暖かく、それでいて硬い物質。


しかし、彼女はそれが石でないことを一瞬で悟った。

すかさず、距離を取る為に後方へと飛び退く。


「ーーッ!?」


が、おかしな事に、飛び退いた先でも何かにぶつかったのだ。

即座に振り返りながら回避を試みたが、それは叶わなかった。


まるでドラゴンを思わせる鱗が付いた手が目の前に現れ、気が付けば頭を鷲掴みにされていたのだ。


「ぐっ…」


その握力は、相手の頭を破壊せんとする程に力強く、今にも彼女の意識が飛びそうになる。


しかし、寸での所で握力が急に緩まり、少女を手放した。


このまま即座に逃げれば良かったものの、少女は地面に放り出されて尻餅をつきながら視線を手の主の元へと向けた。


だが、手の主の姿は吹雪の所為でハッキリとは確認できない。

うっすらと見えるのは、異形の同族である。


獣を思わせる左脚。

細く、今にもポッキリと折れてしまいそうな骨のような右脚。

やけに肥大化した怪物の左腕。

蜃気楼のような右腕。

そして、長く太い尻尾とコウモリのような翼。


人間でない事は一目で分かる。しかし、それが魔族だと問われれば、答えは否だ。

そんな魔族は存在しない。


あの男が言っていた通りの怪物だと彼女は思った。


なぜ手を離したのかは定かではないが、その姿を確認して即座に彼女は身構えた。

次に何が来るか分からないからだ。


いつ攻撃が来ても良いように、武器を抜き放ち、ゆっくりと怪物から距離を取ろうとする。


その怪物が次に動き始めたのは、彼女との距離が1㍍程離れた時だった。


怪物の背後から襲い掛かって来た魔物を確認もせずに尻尾で突き刺し、宙へと放り投げたかと思えば、尻尾の先が花のように開いて、魔物はその中へ消えた。


要するに、喰らったのだろう。


「ふぅ…」


怪物は小さく息を吐いて、その場に座り込んでジッと少女を見つめる。

その瞳は、先程までの魔物が浮かべるような殺意の篭ったものではなく、まるで、人間が親しい人に向けるような、そんな目であった。


吹雪の中で小さな火が灯る。

それが彼女には何なのか分からないが、火の付いた物を口に咥えているようだ。


怪物はそれを、吸って、吐いて、を繰り返す。

そんな彼女の理解不能な行動をしながら、怪物は口を開いた。


「アンタ、人間なん?」


まるで、東方を住処とする獣人が喋るかのような口調で問われた。

そして、人の言葉を話すとなれば、それは怪物ではなくなる。


彼の発した言葉に彼女は驚きで身を固めて、何を言われた理解できなかった。


「あぁ、この身体か…」


彼女が何を見て驚いたのか察したつもりなのだろう。

火を地面に積もる雪で揉み消しながら、視線を自分の体へと向ける。


すると、肥大化していた左腕は人間程に縮み、右腕は消失し、尻尾と翼は体内に収められ、獣のような左足は普通の人間のような体へと変化した。


「貴様は…一体……」


そんなものを見せられた少女は唖然として口から意図せずに声が漏れ出た。


「俺?」


少し考える素振りを見せ、


「俺は…まぁ、”イクス”とでも呼んでや。で、アンタは?」


怪物だった者は彼女の疑問に答え、次に問い返した。

彼女も少し考えた後、答える。


「我はミーシャだ」


「そか。よろしくミーシャ」


彼から左手が差し出される。


彼女ーーミーシャは彼を警戒しながらもゆっくりと近づき、握手を交わそうとしようとした。だが、寸での所で腕を止めた。


彼の手は、人間のような柔らかな手だ。

だが、指先からに掛けて霜がへばりつき、凍り付いてしまっているかのようなのだ。


「……寒く、ないのか?」


触れただけで砕けてしまいそうな細い腕。しかし、イクスは何ら問題ないとばかりにミーシャが伸ばし掛けていた手を掴んで握手を交わす。


「やっぱ、人肌って暖かいな」


そう呟いて、名残惜しそうに彼女の手から手を離す。

イクスの手は、彼女から言わせてみれば、氷を触っているのと同じぐらいに冷たくて硬かった。


だが、彼は何ともなさそうに立ち上がって、ミーシャに背を向ける。


「何処に行くのだ?」


彼女は彼に声を掛けるつもりはなかった。立ち去るのならば、それで良いとまで思っていたのだ。

だが、勝手に口が動いて、頭の片隅にあった疑問が漏れ出てしまった。


なぜなら、この地は普段は魔族とて余り立ち入らない土地で、帰るとしても、彼の向かおうとしている先には街はなく、海が広がっているだけなのだから。


ミーシャの声にイクスは足を止めて振り返って答える。


「どこって言われても、また歩き回るだけやな」


どこか自虐的な言い方で言葉を返し、歩みを進めるイクス。


そんな彼の後ろ姿を見つめながら、彼女の頭の中には幾つも疑問が浮かび上がる。


彼は何者なのか。

どう言う経緯でここに居るのか。

また、と言う事は、ずっと歩き回っていたのか。

目的は何なのか。

寒くないのか。

種族は何なのか。

先程までの身体はなんだったのか。


その全ては彼に聴かなければ分からない事だ。

既に彼の姿は見えなくなりつつあり、呼び止めるならば今しかない。


しかし、ミーシャは浮かび上がる疑問を頭を振る事で消し去り、現在の目的を果たそうと歩き始めた。


魔国の最北端にある街。”タン”の酒場では今日も、明日も明後日も、永遠に語られ続ける。


『ガラナ寒冷地には一度出会えば最後。

最悪の魔物の”古代魔獣”が存在する。

半身は魔物、半身は古代技術。

気を付けろ。

ソイツと会ってしまえば命はない』


語り部は、両目を失ったトカゲ男だ。

それを信じる者はいなかったが、その日から誰もガラナ寒冷地に行こうとはしなくなった。


そして彼は周囲からトチ狂った狂言者だと思われた。

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