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カリロボ  作者: 広瀬ジョージ
エリア2編
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40. 中津夫妻

 何もない空間にポッと赤い着物の女性が現れた。

 目の醒めるような鮮やかな紅。


 その女性の顔は鏡の前にいるわけでもないのに自分と同じ顔で、とことん現実離れした空間だった。

 その顔は何か悪いことでも企んでいるようにニンマリと笑っていた。


『桜。お前に全部返してやる』


 偉そうな口調でそう言われてからどれくらいの時間が経ったのだろう。


 気がついた時には闇は取り払われていて、畳の香りのする和風空間にいた。


「あぁ!よかった気が付いた!」


 桜の横には、和風空間に相応しい着物姿の洋子がいて、キリリとした瞳は涙目になっていた。

 桜の体を抱きしめる代わりに桜の手をキュッと握っている。

 洋子は落ち着いた色合いの着物で、桜の記憶している姿とはだいぶ異なっていた。


「善かれと思ってそおっとしておいたんだけど、見にいったら倒れてるから……!今から救急車も呼ぶから待ってて!」


 桜は今にも走って行きそうな洋子を慌てて止める。

 あまり状況が飲めていない今、いなくなられては困る。


「待って!山ちゃんは?!」


 思わず敬語が抜けたが、そんなこと二人とも意識することはなかった。

 洋子は人が倒れているという事実でいっぱいいっぱいで、彼がいないことに今更ながら気がついたようだ。


「ここに来た時からいなかったよ。」


 窓から逃げるように飛び出していった山下の姿は夢などではなかった。

 次第に顔色が悪くなる桜を気遣うように、洋子が顔を覗き込んだ。


「大丈夫?ここにきた時あなた窓辺でぐったりしてて、あぁ、落ちなくて本当に良かった……!」


 洋子の言葉に釣られて窓の方を観ると、ガラス戸はピッチリと閉められていて、外は黒い絵の具で塗りつぶしたように暗い。

 もうとうに陽は落ちたようで、陽の気配は感じられない。


 山下が飛び出してからどのくらいの時間が経ってしまったのだろうか。

 しかし後悔しているだけではどうしようもない。


「今、何時ですか?!」

「え?」

 さっきまで気絶していた人間がいきなり捲くし立てるので、洋子は即座に反応できないようだった。


「舞台が終わってどのくらいたちましたか?!」

 山下は舞台が終わって数十分も経たないうちにここに来ていた。


「えっと、2時間くらいだと思うけど……?」


 となると、山下が飛び出して1時間強。

 山下の足ならどこへでも行ける時間が経っていた。


「山ちゃんが外に……!」


 自分よりも取り乱している桜を見て冷静になったのか、洋子は落ち着いてと言うように桜の背中をさすった。


「大丈夫。きっと直ぐ戻ってくるよ。それより今は自分の心配しな。気を失うなんてよっぽどだと思うよ?病院は?」

桜は首を振った。


「もう平気です」

「そう。じゃあ早いとこ圭を探そうか」


 洋子は立ち上がると、この部屋の唯一の出入り口である襖を開けて、下の階に向けて声を張り上げた。


「慶一!慶一さぁん!」


 とても聞き覚えのある名前に、ヘーイと聞き覚えあるテンションと声で返事があった。


 ややあって襖から桜の所属する事務所の所長、中津慶一が登場した。


「所長なんでここに?!」


 思わぬ人物の登場に桜が驚いていると、中津は呆れと憤慨が入り混じった表情で、畳にドカリと腰を下ろした。


「お前がおかしいからって山ちゃんに呼び出されたんだよ。」

「そうなんだ……」


 中津は部屋を見回して首を傾げる。


「アレ?山ちゃんはどこ行った?」

「そうだよ。その話だよ!」


 まくしたてるような口調とは裏腹に、洋子は中津の横に優雅な所作で腰を下ろした。


「いつもの『アレ』で圭の居場所はわからないのかい?」

「居場所ってナンだ。どっか行ったのか?」

「そうじゃなきゃ呼ばないよ!」


 洋子の言い草に中津は顔をしかめた。

「俺だって分からない事ぐらいある!」


 小競り合いを始めそうな予感を感じて、桜が口を挟む。


「山ちゃんが数時間前っ!この部屋の窓から飛び出して戻って来ないのっ!」


「なんでまたそんな事に?」


 中津の疑問は最もだが桜も正確に答えることはできなかった。


「わからない。私のおかしかったのが山ちゃんにうつっちゃった」


 中津はその説明を聞いてホーンと相槌を打った。


「数時間前、山ちゃんが発狂して外に出たと。やっぱり、アレは山ちゃんだったか……」

「アレって?」

 洋子が首を傾げると中津はポケットからスマホを取り出してクルリと画面を向け、洋子と桜に見えるようにした。


「このニュースだよ。」


 中津が画面に出していたのは、記事と動画が一緒になって掲載されるニュースアプリだ。

 配信は一時間程前。


 見出しは『エリア2上空に謎の生き物』

 午後5時半頃、エリア2左都で謎の生き物が目撃された。

 その生き物は突如店舗が軒を連ねる繁華街の屋根に出現し、屋根を伝い森に帰ったとされている。

 目撃した通行人によると、『人のようだった。』『絶滅した野生動物の生き残りではないか』という声が聞こえる。

 また、目撃情報のあった場所から数メートル離れたコインパーキングで、昨夜設備破壊されてたこととの関連性を調べている。安全が未確認のため、不要不急の外出は控えるよう呼びかけている。


 動画では監視ロボの映像が使われていた。

 背格好で知る人が見れば直ぐに山下だとわかる。


 動画を撮った監視ロボは山下により吹き飛ばされたようで映像はそこで止まっていた。

 いくつもの視点から撮った映像がツギハギになって使われていて、どの動画も山下が早すぎて鮮明には写っていない。

 明らかに人の形をしているようだが、言動はそれとかけ離れている。

 その姿を見て人でないと判断するのはおかしくはない話だった。


「どうしよう!これじゃ山ちゃん出てこれない……!」


「そもそも何があったんだよ?最初が姫乃で次が山ちゃんか?」

「何が起きたか、私にも分からない……」


 桜が黙り込んでしまうと洋子は慰めるように桜に寄り添い、キッと中津を睨んだ。


「あんたが呼んだ時に直ぐに来ないからこんなことになったんだよ!」

「直ぐ来ただろ?朝9時の新幹線だぞ?」

「早いのか遅いのか微妙な時間を……!なんですぐ合流しなかったんだい?!」


 負い目があるのか中津はふて腐れたように、視線を逸らした。


 沈黙が訪れる。

 桜は中津が部屋に入ってきてから感じていた疑問を口にした。


「あの、洋子さんと所長の関係って……?」

 洋子は更に眼光を強め、中津をひと睨みしたのち、桜に微笑んだ。


「やっぱり知らないみたいだね。私は中津洋子。私はこの男の嫁だよ」

「え?!所長って独身じゃ?それに洋子さん山ちゃんと……?」


 怪しい関係。

 桜はゴニョゴニョと口ごもった。

 それを見た洋子はプッと吹き出した。


「ヤダねぇ、圭は息子でもおかしくない年だよ」

 と言うからには結構な年の筈だが判別が付かない。


「洋子さんって幾つ……?」

「ふふふ、ナイショ」

 事務所のお嬢といい、着物には何か特別な力が宿っているようだった。


「今年で五十さn……っ!」

 中津に容赦ない肘鉄を喰らわせると、洋子は何事もなかったかのように話し続けた。


「それに、一応、慶一さんが圭の後見人なんだから本当に息子みたいなものだったんだよ。誰かさんのせいで全く会えなかったけど!……ゴメンね。不安になっちゃった?」


 桜は首を振ったが、図星だったのでみるみる顔が赤くなった。


 彼自身から成人するまでの間、中津に本来親が行うことをやってもらったという話を聞いたことがある。

 中津と山下が親子関係であるなら、中津の妻である洋子の間にも親子関係が成立しても不思議ではない。


「絶対わざとだ!」

 攻撃を受けた二の腕をさすりながら中津が叫んだ。


「人聞きが悪いね。私になんの得があるって言うんだい?」

 洋子はツンとすまし顔だ。


「それになんで俺に圭と面識あること黙ってたんだ?」

 中津は洋子を冷ややかに横目で見た。


 てっきり洋子に山下を紹介したのは中津だと思っていたがどうやら違うらしい。

 再び桜の頭の中に疑問符が湧く。


 中津に対し洋子はその台詞を待っていたと言わんばかりに、勝ち誇った笑みを浮かべた。


「あんたお得意の『聞かれなかったから』だよ!」

 どっかで聞いたセリフと桜は思った。


 中津はぐうのねも出ないのか悔しそうにしている。


「分かります。本当にいつも大切なことを言わないんだから」

 そのせいで後々トラブルになったりするのに、まるでこちらが聞かなかった事が悪いかのように責任逃れするのはこの男達(中津と山下)の常套手段である。


「ほんっといつもそう!勝手な事ばかり言って……!」

「「ねぇ?!」」


「……あぁ、こうなるのが嫌だったんだ……」

 二人が顔を見合わせて頷き合うのを見て中津が呟いた。


「なんで所長こんなキレイな奥さんいるの黙ってたの?!」

「もぅ、本当にいい子!圭達が正式に養子になったら嫁においで!」


 中津はウンザリとした表情で天を仰いだ。

「勝手にペラペラ進めんなよ……それより圭はどうした?」


「そう、それ!山ちゃんあっちの方に走ってった。」

 桜は山下が走っていった方角を指差す。


 桜は遠ざかっていく山下の背中をただ見ている事しか出来なかった。

 そして意識が次第に遠のいていった。


「あ、圭のケータイは?」

 果たして山下はそんなもの持って飛び出しただろうか?

 桜は部屋の片隅に放置されていたバッグの中から自分のスマホを取り出し、藁にも縋る思いで着歴から彼の名前を探す。


「こういう時の電話って繋がらないものだろ?」

 やるだけ無駄と言う中津の予想は外れ、呼び出し音が止んだ。


「あ!山ちゃん?!」

「つながるんかい」


 なんだよと中津は拍子抜けしたように呟き、腰を浮かせた。


「もしもし山ちゃん?!今どこ?!」


 ほとぼりが冷めるまでどこかに身を隠しているのかもしれない。

 桜はスッカリ迎えに行く気になっていた。


「うるさい……眠い。」


 第一声がうるさいだったことにショックを覚えつつ語りかける。


「だ、大丈夫?」

「しばらく休暇をもらう。」


 会話が微妙に噛み合わない。

 中津が浮きかけていた腰を再びおろし、桜の声に耳を傾けた。


「どこにいるの?」

「探すな」


「どうして?」

「自分で考えろ」


「私が嫌いになった?」

「違う」

「じゃあなんで?」


 考えるように間が開く。


「お前のためだ」

「なんでそれが私のためなの?!」

「じゃあ会い来てくれて……来るな!……いや、一人でなんとかなる」

「もう、なんで一人でどうにかしようとするの……?」


 桜が途方に暮れ泣きそうになった時、先程とは違う落ち着いたトーンの声が聞こえた。


「姫乃。大丈夫か?」

「うん……!山ちゃん今どこにいるの?」


「教えられない。」

「どうして?!」

「……教えたら来るだろ?俺は大丈夫だ。だから探すような事はしないでくれ」


 会話が噛み合ったが、聞き捨てならない 内容だ。


「一緒に居てやれなくてすまん」

「待って!お別れみたいじゃない!」


 一方的に通話が遮断されてしまった。


「もう!本当に勝手なんだから!」

「圭はなんて?」

「仕事は休む。探さないでくれ。だって……」

 別れの言葉を伝える前に桜の目に涙が溜まる。


「山ちゃんは出てこないつもりらしいな」

「出てこないならコッチが探しに行かなくちゃ。こういう事はきっとあの子達の方が得意だね」

 洋子はスッと立ち上がった。


「サイですか。じゃ、俺も声かけてみるか」

 中津も緩慢な動作で立ち上がり、洋子のあとに続いた。


「私も一緒に行きます!」

 桜も二人の後について行った。


 洋子は桜がついて来たのを見て廊下で足を止めた。


「あら大丈夫?もう少し休んでたら?布団出してあげようか?」

「いいえ、大丈夫です。」

「無理はしないでね」


 洋子は微笑むと、踵を返し再び前を向いた。

 洋子背中越しに先を歩いていた中津が廊下の角を曲がるのを見て、桜は洋子を呼び止めた。


「あの、洋子さん。山ちゃんは洋子さんが所長の奥さんだって知ってたんですか?」

 勇気を振り絞るように聞いたのに対し、洋子足を止め、軽い口調で否定した。


「んん。事情があって言わなかったからね。」


 中津のみならず、山下までも自身と洋子の関係を知らされていない。

 一体どんな事情があったというのだろう?


 だとしたら山ちゃん。本気で洋子さんのこと好きだったのでは……?

 あるいは進行形で。


 桜の頭の中を読み取ったかのように、洋子は不敵に微笑んだ。


「不安にもなるわよね。事情もわからず、いきなり宙舞うところ見たりして。あ、もしかして見慣れてる?」


 桜は首を振った。

 たしかに今まで山下の並外れた運動能力を目にする機会はあった。

 しかし、いずれも押し殺すようにこわごわと使っているようで、今回のように魅せる使い方をしているのは初めてみた。


 幸達のせいで断片的にしか見れなかったが、山下は溌剌としていた。

 舞台を縦横無尽に駆け回る姿は、水を得た魚のようで、それが本来の彼であると主張しているようだった。

 もう舞台の裏にいる生活には戻らないのではないかと不安になる程に。


 もし仮に彼が舞台に立ち続けることを選ぶならば、桜には止める権利も力もない。

 今の二人の関係は双方の同意により成り立った、強いようで弱いものなのだ。


 桜の不安を余所に洋子はマイペースに山下との出会い。

 つまりは言えない事情とやらの詳細を話し始めていた。


「圭と初めて会ったのは今から5年前。修学旅行の時だったかしら?」


 圭には内緒よと洋子は唇に指を押し当てた。

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