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カリロボ  作者: 広瀬ジョージ
エリア2編
93/95

39.脚本家の悟り

 エリア2左都の居酒屋。


 尾崎は匂いにつられてフラリと立ち寄った居酒屋で、偶然居合わせた客と酒を飲んでいた。

 その時同じ店にいただけでなく、偶然にも同じ地元であることも発覚し話は弾む。


 尾崎は自身のことを、見ず知らずの人と酒を飲めるような陽気な人種ではないと思っていたので、話が弾んだのは心底意外だった。


 太古の昔から、行き詰まった時に一人旅を勧められるのは、このように新たな自分を発見し、視野を広げる事が出来るからに違いない。


 自分がこうして晩酌を楽しめているのは、相手に恵まれたからという要因もあるだろう。


 尾崎は同じように隣で酒を飲んでいる牧原という男に目を向けた。


 自由業風の風貌で、職業はカタカナで表現されそうな都会的な男。

 とにかく声が特徴的で、何気ない会話が耳に残る。

更に、怪我でもしたのか顔に医療用のテープを貼っている。


 個性的なのは牧原だけでなく、牧原と一緒に飲みに来たという仲間達もだ。


 元はと言えば牧原の連れである、金髪碧眼の美女キャシーが尾崎に絡んできたのがきっかけだった。


『あ!お兄さんそれ汗水刑事の限定ラバストやん!!!私もムッチャスッキャねん!』

 カウンター席で静かに飲んでいたら、突如背後から金髪美女が登場し、彼女の意外すぎる言葉遣いにさらに驚かされた。


 彼女がそういいながら指差したのは、尾崎のスマホにつけてある、汗水刑事のラバーストラップだ。

 意識した訳ではないが、カウンターに置かれたスマホからよく見えるようにプラプラ揺れていた。

 二頭身にデフォルメされたことで、実物よりも可愛らしい。

 汗水刑事のトレードマーク、ホイップコーヒーの代わりに天むすを持っているのは、彼女の言う通り限定品だからだ。


 これを持っているのは制作に関わった人間と、視聴者プレゼントで当たった50人だけだ。


『キャシー!人様に迷惑かけないの!』

 居合わせた客に絡む酔っ払いを必死に止める姿が面白くって思わず笑ってしまった。


『別に平気ですよ』

 本当にたいした迷惑ではなかったのだ。


『お兄さん優しー!当たったん?!それ当たったん?!視聴者プレゼントって都市伝説やなかったんやな!』

 確かに周りに当たったって人聞いたことがない。


『これは当たったわけじゃなくて、スタッフの一人としてもらったんだ』


『え?!って言うことはお兄さん業界人?!』

 キャシーと呼ばれた女性は完全に尾崎の横に座った。


『業界人っていうと語弊があるけど……』

 旅行だし、隣に綺麗な人がいるので浮かれていたのだろう。

 気がつかないうちに酔いも回っていたようで、自分の素性をペラペラ話していた。


 はじめのうちはへぇへぇと楽しそうに聞いてくれていた彼女だったが、次第に目が細くなり、しまいにはカウンターで突っ伏してしまった。


『もーキャシーは本当に……』

『仕方がないな。おぶって帰る?』

『一つ貸しでありますな!』

『もう貸しがいくつ溜まったか分からないよぉ』


 キャシーの撤収作業をしている時に、手を貸さずにフラリと横に座った男がいた。

 それが牧原だった。


『ごめん。彼女強くない癖に飲むから、いつも寝落ちしちゃうんだ。キャシーと話してるの聞かせて貰ったよ。俺からも質問していい?』


 その問いに断る理由もないので頷いた。


 牧原はキャシー以上に相槌を打つタイミングや質問の挟み方がうまいので、ペラペラ話してしまう。

 そして普通の人が言ったなら気障っぽく聞こえるような言葉も、美声と相まって嫌味がないのだ。


 そろそろ話すだけじゃなくて、彼の話も聞きたいと思った頃、チラリと牧原の仲間達を見た。


「牧原さん達は旅行でここに?」

「半分正解」

「半分?」

「職場の慰安旅行なんだよ」


「へぇ、そうなんだ。」

 随分と仲が良さそうだったので、仕事仲間というのには驚いた。

 ちょっとした驚きを牧原は感じ取ったのか、牧原は補足を加えるように口を開いた。


「実は放棄地区出身なんだよ、俺たち。」

「あぁ、そうなんだ。職場まで一緒なものなのか」

「かなり特殊だとは思うけど。あんまり驚かないんだね」

「うん。元カノもそうだったから」


 今度は牧原が意外そうな顔をした。


「そうだったんだ。嫌じゃなかった?いつもつるんでるしさ。他の人から見ると異様に思えるらしいけど」

 牧原の問いに首を振る。


「全然。」


 ヨーコの周りにはいつも、同じ放棄地区から来た友人がいた。

 確かに付き合いたての頃は、距離の近い異性の友人にモヤモヤしていたが、彼女の頼り甲斐のある性格が人を引き寄せるのだし、それは彼女の魅力の一つだった。

 段々と気にならなくなったし、時が経つにつれ彼らよりも自分との時間を優先させてくれたのも嬉しかった。


「そっか。ならよかった。」


 牧原の言葉は彼らの総意のように聞こえた。

 ふとヨーコも同じ事で悩んだのかもしれないと思った。

 ヨーコは友人関係で尾崎を待たせた時、ゴメンネとやけに申し訳なさそうに謝っていた。


 別の人と話していて対応が遅れた。

 そんな事誰にでもあるのに、ヨーコは妙に後ろめたく思っていたようだった。


 あの時面と向かって、思いを伝えていればよかった。

 もう過ぎ去った事なのに、またひとつ反省点ができてしまった。


 急に黙った尾崎を牧原が酒を飲みながらうかがってっいた。

 そういえば牧原はエリア11の放棄地区出身。

 強いネットワークを持つ彼らなら、歳も近そうだし、ヨーコを知っているではないか。


 彼女の名前を口にしようとして思いとどまった。


 ヨーコを本気で探していた時なら脇目も振らず飛びついただろうが今はそうはしない。

 彼らがヨーコを知っている可能性もある。

 しかし彼らがヨーコと繋がっていたところで、合わせる顔などないのだ。


 随分と間が空いてしまったが、何を話していたか思い出して口を開く。


「僕はどうしても一人になりがちだから、仲の良い人と一緒の職場なのは羨ましいな。」

「それはたしかに良いけど……なかなか過酷な職場だよ?旅行中なのに今も上司命令が出てる状態だしね」

「旅行中に?なかなかの鬼畜上司だね」

「もう慣れちゃってるのも怖いよ。その上司、次は池の水について知りたいって。」

「池の水か。偶然だな」

「というと?」

 

 牧原が興味深そうに耳を傾けた。


「今回の脚本それがもとになってるんだ」

「へぇ、だからここでロケしてるのか」

「そんなところかな」

 ロケ地を選んだのは尾崎ではないが、エリア2での体験の影響を強く受けているので、作品に合う場所を選んだらここになってしまったようだ。


「特番のネタバレにならない程度に聞かせてくれないかな?」


 牧原の良い声でお願いされると語らなければならないような使命感に駆られる。

 偶然会っただけの素性のしれない男のままでもいいけれど、牧原が探偵だったら面白いなと思いながら頷いた。


「いいよ。どれを話そう……」

「出来れば全部知りたい」

「だろうね。どこから話そうっていうのが正確か」


 頭の中で整理する。

 あまり深く整理するといつもの悪い癖でボーっとしてしまうだろうから、思いついたことを直ぐに口に出した。


「池の水伝説っていうのはよくある伝承なんだけど、それをもとに起きた事件や出来事を引っくるめて池の水なんて言ってる人がいるから複雑になっちゃったんだ。あと更にややっこしくさせてるのが、伝説を持ち出して、故意に物語を作ってる人の存在……まぁ僕も人のこと言えないか。」

 なんせそれをもとに特番の脚本まで仕上げているのだから。


 いずれ僕の脚本も池の水伝説の一部からになる時が来るのかもしれない。

 もし、自分の脚本にそんな影響力があればの話だけれども。


 でも一人の老人の存在が何千年前の本当かどうかもわからない池の水伝説に影響を与えているのだから、可能性は十二分にある。


「まず、一番スタンダードな若い男女がキレイな池の側で会ってた話。その水を飲めば二人のようにずっと一緒にいられるとか、願いが叶うっていう」

「それ、旅館のお風呂にも描いてあった。」

「そう、それがエリア2観光庁が正式に推している正統派の池の水。まぁ観光資源に事欠かないエリア2だからあんまり力入れられてないけど。そしてもう一つがバッドエンドの。二人が池の中で死んでしまうストーリー。これはどこかのタイミングで怪談風に作り変えられたものが広まったみたい。みんなが怖くなるように勝手に編集しちゃうから、これには何通りか終わり方があるんだ。」

「例えば?」

「二人が化けて、死ぬ原因になった帝を祟るパターンとか、池に近づく人を引きずり込むだとか。天国でまた一緒になれたっていうメリーバッドエンドパターンとか。ここら辺は『諸説あり』って感じで纏められる。」


「なるほど。で、そのややっこしくさせてる人っていうのは?」


 脳裏に胡散臭い紫の着物を着たタヌキ顔の老人が浮かぶ。

 それと一緒に、面白そうじゃない?と笑みを浮かべたヨーコの顔。

 あの時は別れなんて想像もしていなかった。


「……」

 牧原が様子を伺うようにこちらを見ているのに気がついて、弾かれたようにまた話し始めた。


「この辺に住んでいるお爺さんがいて、その人が正統派池の水伝説を信じる人相手にお金儲けしようとしてるんだよね」

「お金儲け……?」

「って言うと語弊があるな。私腹を肥やそうとしてるわけでもないし、資金集めだね。」


 それにまんまとはまった尾崎とヨーコは、二人合わせて二千円出した。


『早く元に戻るといいね』


 手から満月をぶら下げるような特徴的なペットボトルを片手にヨーコが笑った。

 池の水の復興を願うヨーコの笑顔が眩しくて。

 ヨーコが笑うんなら尾崎はいくらでも出しただろう。


「騙されたわけじゃない。みんなお爺さんの用意した話を聞くと買っちゃうんだよ」

「……何を?」

 牧原は苛立つことなく辛抱強く続きを促した。


「あ。えっと……」

 今ここにいるのはヨーコではなく、頰に傷のある同郷の男だ。


「あ!それください!」

 目を泳がせ、偶然目に止まった特徴的なペットボトルを指差した。


 それは地酒が並ぶバーカウンターに、自らも酒であるかのようにしれっと並んでいた。


「ありがとうございます!なに作りましょうか?」

「いいです。そのままで」

「はーい」

 店主と尾崎のやりとりを牧原は黙って見ていた。


 数秒後、カウンターの下から並べられていたのと同じペットボトルが目の前に出てきた。

 水を牧原の方に寄せると牧原は手にとって観察を始める。


「ただのお水なんだけど、五百円するんだ。」

「随分と高いね」

 しかし尾崎とヨーコはその倍の千円で買って惜しくないと思ったのだ。


 尾崎は再びヨーコが脳裏を掠め無理に振り払った。


「あともう一つ、池の水を語る上で重要なのは教科書にも載ってるエリア2の公害問題。公害問題の内容は知ってる?」

「どっかの企業が汚染水を垂れ流してたんだっけ?」

「そう。それ以前はエリア2中どこでも綺麗な水が飲めた筈なんだけど、そのせいでキチンと水処理場を通った水しか飲めなくなった。今は随分綺麗になったらしいんだけど。完全に元通りにするためにはまだまだお金がかかるみたい。その水の売り上げの殆どが復興支援として寄付されるようになってるんだ。エリア2公害復興基金だったんだけど、誰かが池の水復興基金とか呼び出して、今はそれが定着してるみたい。その水が高いのはそれが理由」


 牧原が深い相槌を打ち、尾崎はやっと役目を果たせたと肩の荷を下ろした。


「例のお爺さんは復興支援のためにこの水を売りさばいてるわけか……なんでそこまでして?」

「そのお爺さんの亡くなった恋人が、池の水が好きだったからじゃないかなぁ?」

 お爺さんがエリア2のパンフレットで作った散歩コースに沿って歩くと伝説、現実、過去を行ったり来たりするような不思議なウォークラリーを体験をすることができる。

 全てを周り終えると一人の女性が愛した池の水のことが分かるようになっていた。

 そしてその女性のために現在も奮闘する老人の姿も。


「なにがホントでどこまでが作り話か分からないけど、お爺さんがエリア2中の草木を綺麗に手入れしてるのも見たし、公害があって水が飲めなくなったことも。作り話じゃなくて本当のこともたくさんあると思うよ。」


 話し終えて気を緩めた途端、ヨーコと一緒に回ったエリア2の思い出が溢れてくる。


 どんなにつまらないストーリーでも、予測できるものだとしても、一度足を踏み入れたら結末まで見ないと気がおさまらない尾崎の性分にヨーコは付き合ってくれた。

 他にも行きたい場所あっただろうに、一緒に老人に振り回されてくれた。


『どーせ途中で辞めても旅行中モヤモヤするでしょ?』

 ヨーコはつまらなければ途中で辞めればイイよというスタンスだった。

 ヨーコに申し訳なくて、途中で辞めそうになるたび私も楽しいよと鼓舞してくれた。

 池の水伝説に片足を突っ込んだ時から、最終的に尾崎の方が夢中になってしまうことをヨーコは知っていた。


 走馬灯のようにというと縁起が悪いが、意思とは関係なく、グルグルと思い出が回る。

 だいぶ酔いが回っているようだ。


「今の話。他の人にしても構わないかな?」

「どーぞどーぞ。」


 普段よりも陽気なテンションでの返事となったが牧原は特に気にとめた様子もなかった。


「ちょうど話したい人からも電話が来た。」

 牧原は切れてしまう前に通話モードに切り替え、背を向けた。


「もしもし坊?ちょうど良かった。池の水の話しなんだけど……え?もういいって?先に言ってよ」


 てっきり上司からだと思ったのに、やけに砕けた口調だ。

 牧原はしばしうんうんと聞きに徹して、やがて通話を終える。


 今のが例の上司かと問う前に牧原は席を立った。


「ごめん行かなきゃ。またいつか」

 名前以外なにも知らないのだから会うとしたら『またいつか』になるのだろう。

 牧原はよく知らない人と飲むことが多いのか、言い慣れているような気がした。


「またいつか」

 牧原に倣って言うが、言葉だけではおさまりが悪く手を振る動作を交えた。

 牧原はこれまた慣れているのか、微笑むと直ぐに背を向けて去っていった。


 目の前のグラスを空にして、そろそろお会計をして出ようと思ったら、牧原によってすでに支払われていた。

 どこまでもスマートな男だ。


 出した財布をしまいながら外に出ると、冷たい空気が身に沁みた。

 お酒を飲んだことで火照っていた体も、じきに冷えるだろう。

 完全に冷え切る前に宿に戻ろう。


 一人で歩くエリア2はやけに寒く感じる。

 寂しいってこういうことかと、自分の感情を冷静に分析した。


 一人では息が白いと報告することも、寒さを共有することも出来ない。

 今この一瞬でもヨーコがいたらなと思う。

 もしいたら、なんて言うだろうか。


 久しぶりと笑うか。

 気まずそうに元気?と聞くか。

 他人のフリをされるか。


 酔うと不毛なことばかりを考えてしまう。

 そんなことはあるはずがないのに。


 帰り道の目印にしていた駄菓子屋の角を曲がると、着物の女性の後ろ姿が目に入った。

 見覚えのある後ろ姿。


 視線を感じたのか女性がこちらを振り返る。


「ヨーコ?!?!?!」


 叫んだのは尾崎ではなかった。

 聞き覚えのありすぎる名前に思わず立ち止まる。


 尾崎の横を中年男性が走り抜けていった。

 あの女性は確か今日の舞台で前挨拶をしていた女性だ。

 エリア2は美人が多いとしみじみ感じたのでよく覚えていた。

 彼女もまたヨーコという名前のようだ。


「なんだよこれは?!」

 中年の男が着物の美女ヨーコさんにスマホを突き付けている。

 彼女は詰め寄られても怯むことなく、逆に睨見つけた。


「何年も放ったらかしにしてた癖に!どれだけ寂しかったと思ってるんだい?!」

 その剣幕に男が後ずさる。


「それは悪かったって!」

「そうだよ!それにあんた!事務所の人にも私のこと言ってなかったんだってね?!一体どういうつもりだい?!」

「いやぁ……言うと会いに行けとか言われるだろう?」

「そんなに私に会いたくなかったのかい……?!」

「いやそうは言ってないだろ!」

「それともナニ?私がいると不都合なことでもしてたわけ?」

「そんなことしてないって」

「……」

「睨むなよ!」

「もういい、離婚してやる!!!」

「待て!ヨーコ?!」


 夫婦は尾崎以外の視線も掻っ攫っていることは気にも止めず、旦那は嫁を追いかけた。


「なー悪かったって!な?正月ぐらいは帰るから!」

「正月だけ?」

「いや!お盆も帰る帰る!」

「行事がないと帰らないわけか!」

「もっと増やすから!!四半期に一度!いや月一で!」


 二人がその場を離れると、流石に誰も後をつけてまで見ようとは思わないらしく、人の行き来が回復し、再び静かなエリア2に戻った。


 嵐のような二人だった。

 言い合いしているわりには間に人が入れないぐらいの距離を保ち肩を並べて遠ざかっていく。


 尾崎が呆然としていると、背中にトンと何かがふれて振り返る。

 そこには尾崎以上にビックリした表情の幸子が立っていた。

 そういえば本名は美幸と言うらしいが、今更変えられない。


「あ、ごめんなさい!」

 幸子は尾崎の顔を見るや否やぺこりと頭を下げた。


「今晩は。失礼いたしました」

 幸子は尾崎が実家の宿泊客だと気がついたようで、ぶつかっただけにしてはやけに丁寧に対応した。


「あぁ、こちらこそ」

 元々道の真ん中で棒立ちしてるのが悪いのだ。

 尾崎もつられてペコリとしてしまう。


「では、良い夜を」

 幸子は旅館の女将のように優雅に別れを告げると、打って変わって子鹿のような足取りで駆けて行った。

 幸子が駆け寄って行ったその先には、アノ青年だ。


「大丈夫?知ってる人?」

「ぶつかっちゃった。今のお客さんだよ!」

「よく覚えてるな」

「あったりまえでしょ?」

 幸子の可愛らしいドヤ顔に青年は顔をしかめて見せるが、口角には笑みが浮かんでいた。


 二人はごく自然に隣り合って歩き始めた。


 あぁ、よかった。

 よかったな。


 二人は尾崎が向かうはずの方向と同じ方向に歩み始めた。

 きっと松の湯屋に帰るのだろう。


 尾崎は二人の後をつけるように歩くのを避けるため、今度は意図的に歩みを止めた。

 代わりにもう誰もぶつからないように脇によけた。

 そして本日の営業を終了した駄菓子屋の戸に背中を合わせるようにして休む。


 今は亡き恋人を思い続ける老人。

 別居中の熟年夫婦。

 明るい未来のある二人。


 そして、もう会うことのないであろうヨーコ。


 尾崎は酒の力を借りつつ、反芻し、ある結論に至る。

 それはこの旅行でずっと考え続けてきた、自らの脚本の結末だ。

 ずっと閃きに頼ろうとしていたが、それは辞めにした。


 自分の体験を視聴者に押し付けるなんて、何という三流。

 いや、でもそれは今に始まったことではない。


 これは自分の理想。

 そして願望。


 ヨーコ。あともう少しだけ。

 もう未練がましくヨーコのこと考えるのは止めるから。

 これで最後にするから許してくれ。


 尾崎は自分の願望を演じてくれる後輩やモデルの姿を想像してクククと笑みを漏らす。

 道行く人が一人笑う尾崎を見て見ぬ振りをするのも愉快に思えた。

 

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