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カリロボ  作者: 広瀬ジョージ
エリア2編
92/95

38. 暴走

 観客がいなくなり閑散とした舞台とは対照的に、舞台の裏は成功を喜ぶ芸人達で賑わっていた。


 それぞれ化粧を落としたり、お互いを褒めあったり、印象的だった客の話をしたりと忙しない。


 化粧台は特に誰がどこを使うということは決められていないが、皆自分の指定席というものがあるらしく、流れの芸人がよく使っているという化粧台に山下は案内されていた。

 鏡を見ながら、舞台終わりに手渡された濡れタオルで派手な舞台メイクを拭っていた。

 広がるだけで一向に落ちる気配はない。


「圭。ちゃんと落とさないと肌荒れるぞ?」

 蘭丸は自分が助言した通り、舞台用の派手なメイクを落としきり、さっぱりとした顔をしていた。


「早く姫乃ちゃんに会いたいんだよね?はいコレ。」

 蘭子がメイク落としをごっそり渡してくれた。


 お礼を言いながら顔を拭うと顔料が取れて真っ黒なった。


 舞台裏で待機していた洋子がお疲れ様と言いながら近づいてきた。


「姫乃さんなら三階にあげたよ。よかったね機嫌も良くなったみたいで。衣装返すのも後でいいから、早く行ってあげな」


 言葉に甘えて廊下に出ると、一緒に舞台に上がってくれた軽業師の男達が山下の顔を見てパンダがいるぞと笑った。

 

「お疲れ圭!ブランクがあるとは思えない仕上がりだったな」

「いつ今度こっち来るんだよ?」

「俺の隣の部屋空いてたぞ!」


 急遽舞台に交えてくれた彼らには感謝してもしきれない。

 圭がいるならと直前でフォーメーションを変えてくれたのだ。

 それをキッチリ楽しみながら行った彼らは、山下とは違い、間違いなくプロ集団だ。


 それなのに彼らには傲ったところがなく、温かく山下を受け入れてくれた。

 こんなところはそうそう無い。


「今日はありがとうございました」

 下げた頭を大きな手でワシャワシャと乱された。


「いいって!すっかり大人になりやがって」

「前はもっと生意気だっただろ?」


「いや……その節は本当にお世話になりました……」

 生意気だった高校時代を知られているのは若干気まずい。


「ここじゃ、実力があるやつが一番なんだよ」


 彼らはまるで古くからの知り合いのように山下を扱ってくれた。

 努力なしに手に入れた力は疎まれるだけで、学校という場所では極力隠すようにしてきた。


「ハイハイ!無理な勧誘は禁止だよ!早く行かせてあげな!」

 軽業師たちに捕まりそうになっていると、奥から洋子が顔を出して手をたたいた。


「いいなぁ!」

「一緒に移住して来いよ!」

「まだ言ってる!」


 彼らの笑い声を背中に受け、足早に移動する。

 山下にはどうしても確かめねばならないことがあった。


 パンダがいるという言葉を思い出して、黒くなったメイク落としで再び顔を拭った。

 繊維がまた少しだけ黒ずんだ。


 客が全員出て行ったあとの閑散とした廊下を渡り、隠し扉の向こうの居住スペースへ、そして洋子に教えてもらった通りに三階まで上がる。

 

「姫乃、入るぞ」

 迷った末にいつもと同じ呼び方をした。


 王野桜と安藤姫乃。

 二つの名前を持つのはどんな気分だろうか。


 どっちを呼んで欲しいかなんて今まで考えたことがなかった。

 どっちを呼んだって変わらない彼女がいるだけと思っていたから。


 そこにいるのがいつもの彼女であることを祈りながら部屋に入る。


 二階席で微笑んだのは一体誰なのか。


 彼女は窓辺に腰掛けていた。

 そこから夕陽を眺めていたようだ。

 くるりと振り返りにっこりと笑う。


「遅かったの、山下。なかなかの見物であったぞ」

「なんだお前か……」


 そこにいたのは安藤姫乃でも王野桜でもなかった。

 山下が露骨に顔をしかめたのにも関わらず、幸は機嫌が良さそうでふふふと笑みを漏らした。


「そう残念がるでない。」


 幸は近う寄れとでも言いたげに優雅に手招きした。


「お主、修学旅行の時もここに来ていたのだな?」

「そうだ。洋子さんが声をかけてくれたんだ」

「断じて、怪しい関係ではなかったというのだな?」

「初めからそう言ってるだろ」

 入ってきた襖を閉めながら部屋の中に入った。


 幸は桜がそうするように頬を膨らませた。


「お前達が下の名前で呼び合ったりするからだ!」

「下の名前しか教えられてないからな」

 洋子とはじめて会った時は高校生の頃で、下の名前で呼ぶのは恥ずかしかったので、苗字を教えて欲しかったが頑なに教えてもらえなかった。

 数回呼ぶうちに名前呼びに疑問も感じなくなった。


「まぁ良い。お主に桜を返してやろう」

「そんなこと出来るのか?」

「もちろんじゃ」


 自信たっぷりに言う幸だが次の瞬間には目を伏せた。


「そしたら私は消えてなくなるかもしれぬ」

「お前も姫乃の一部だろ」


 幸の中に桜を感じることがあるように、桜の中に幸を感じることがあるだろう。

 幸はそれを聞くと笑みを浮かべた。

 

「それもそうだな。お主も協力せい」

「何をすればいい?」

「簡単なことじゃ」


 彼女は目を瞑って顎を上げて見せた。

 こうして改めて見るとまつ毛がとても長い。

 陶器のような白い肌に薔薇色の唇。

 そしてぱっちりとした藍色の瞳が今しっかりと咎めるように山下を見ていた。


「何をしておる?!」

「こっちのセリフだろ」


「野暮なことを聞くでない。」

 桜同様、直ぐに赤くなる幸が今日は全く赤面しない。

 これは事務的な作業なのかもしれない。


「じゃあ……」

 こっそりとかさついた下唇を舐めた。


 幸も桜の一部。

 幸が許可を出しているのだから、桜もいいと思っている筈だ。


「口付け一つで桜が戻るなら安いものだろう?」

 幸の一言に躊躇いは消える。

 桜も文句は言うまい。


「なら」


「んー」

 幸は目を閉じて山下を見上げてる。

 こんな顔されたら断れる男はいない。


 手短かに触れるだけで、いやらしくならないように。


 柔らかい唇に触れた瞬間ビリリと電流が走った。


『なんだコレ?』

『静電気?』

『そんなに乾燥してたか?』

『柔らか……』

『もう一回ぐらいいけるぞ。』

『おい、2回目は許可が出てないぞ。』


 山下はパチパチと瞼を瞬かせた。

 力が抜けたようにしなだれかかる桜を抱きとめた。


『おい大丈夫か?!』

『息はあるぞ。』

『今なら二回目……』

『意識のない相手にフェアじゃない。』

『XXXしたい。』

『何考えてんだ、お前?』


「ん……山ちゃん?」

 腕の中で桜がもぞりと動いた。

 体を起こし目を瞬かせている。


『気が付いたぞ!』

『戻った』

『おい、さっきからおかしくないかコレ?』

『モタモタしてるから起きただろ。』

『コイツ細いな、力入れれば折れそうだ……』

『冗談でもやめろ。』


 思考の波に酔う。


「もう大丈夫だよ?」

 抱きとめたままの格好の山下の手の上に、桜は照れながら自らの手を重ねた。


『今度は俺が大丈夫じゃない。』

『久々に吐きそうだ。』

『それより姫乃の無事を確認しろよ。』

『おい、いつまで抱いてんだ。』

『離す必要あるか?』

『そうだ。今なら……』


「山ちゃん、もう大丈夫だってば、ねぇ」

 桜が顔を赤らめて身をよじった。


 何故か山下の腕は一層桜を強く抱きしめた。


「ねぇ、痛いよ……」

 桜が痛がっているのに腕に込められた力は解けない。


『何してんだ?』

『欲求不満なんだろ。』

『無理矢理満たそうとするなよ。』

『なんで離せないんだ?』

『それが本心だからだろ。』

『自分のモノにしとけよ。』


 桜の胸に頬を埋める。


「山ちゃん?!どうしたの?ダメだよ!……人の家だよ?!」


『人ん家じゃなければいいのか?!』

『柔らかい』

『Xしたい』

『さっきから何考えてんだ?』

『でもそれが本心』

『そんなわけあるか!お前が言うと冗談に聞こえない』


『だから冗談じゃないだろう?』

 カッチリとしたスーツ姿の男が嘲笑うように笑い、佇んでいた。


『本能に従って行動してるまでだ』

 だらしないジャージ姿の男が肩をもつようにその横に立つ。


『……だって。だからいいんじゃないか』

 なんと中学生の時の制服を着た男がいた。

 帝都学園に編入する前の学校の、数度しか着られなかった学ラン姿だ。

 しかも若干幼い。


『そんなことして、嫌われたらどうすんだ?』

 高校の時の制服を着たのもいて、これは現学生の樹が着ているのと同じデザインだ。

 少し若いようだが、高校の時から顔つきが変わっていないので大した違いがない。


『手に入れる手段と状況があるのに何を躊躇う?』

 ノコギリ山の伝統衣装に身を包んだ男が横柄に構えていた。


 老若の差はあるものの、全員同じ顔をしている。

 その顔は他でもない山下自身だ。


「お前らは???」

 そう言った山下は舞台衣装のままだった。

 おそらく顔にも落ちきっていない顔料がまだついているのだろう。


『山下だ。』

『山下圭』

『聞かなくても分かるだろ』

『山下圭だ。一応』


 この横柄な言い方間違いなく自分自身だ。


「それよりコレはなんだ。ココはどこだ?姫乃はどこに行った?」


『姫乃なら……』

 中学生がスッと腕を上げ、頭の右上辺りを指差した。

 振り返ると確かにそこにいた。


 奇妙なのは黒い空間にモニターが浮かんでいてその中に収まっていることだ。


「なんだ?どうしてあの中に……?」

『中にいるのは俺たちだ。あっちが外』

 ジャージが呆れたように呟いて寄ってきた。


『俺たちが順番に出られるようになってる』

 スーツが補足を加えた。


 順番に出る???

 その意味を理解する前に、桜の悲鳴が耳に入る。


『仕事が早いな』

 ジャージが下品な笑みを浮かべている。


 山下は自分達が外だというモニターを見た。

 画面いっぱいに桜が今日着ていた服の柄と、茶色の巻き髪が見えた。

 アングルで理解した。

 外にいる何者かは桜の首筋に食らいついてる。


 カッと体が熱くなる。


「やめ……山ちゃ……?!」

 途切れ途切れに聞こえる桜の声が焦りを加速させる。


『おいおい。そう焦るな。誰かに盗られてる訳じゃない』

『外もお前だろ?』

 ジャージとスーツが呑気に構えていた。


 異性に強い憧れがある中学生は期待に満ちた目でモニターを見て、高校生は冷めた横目で成り行きを眺めている。


 この空気には自分を含め5人いた。

 現代的な装いが多い空間で異様な存在感を放っていた民族衣装の男がいない。


「アイツはどこに行った?!」


『だからアイツもお前だろ?』

 スーツが外を指差す。


「同じ筈あるか!アイツ姫乃のこと『壊したい』って言ったんだぞ?!」


 自分が少しでも力加減を間違えたら、簡単に怪我を負わせられるだろう。

 男女の力の差以前の問題だ。

 それは猛獣の檻に一匹の草食獣を入れるようなもの。

 人の腕は加減を間違えれば簡単に千切れる。


『そういう欲求があるんじゃないのか?』

『ただの言葉の綾だろ。流行った歌詞にもあったろ?』

 ジャージが少し前に流行った邦楽を口ずさんだ。


「冗談に思えるか!」


「痛い!」

 桜の声がしっかりと聞こえた時だった。


 桜が目の前にいた。

 泣きそうな顔でこちらを見ている。


 山下はゆっくりと手を離して後ずさりした。

 桜の白い肌が一点真っ赤に染まっていた。


 まさか血の痕かと恐ろしくなったが、それは内出血の痕だった。


 もう一人の自分にその痕をつけられた嫉妬よりも、自分の体が制御できない恐怖が勝る。


「山ちゃん、急にどうしたの……?すごい、顔色悪いよ?」


 自分だって病み上がりだと言うのに、桜は手を伸ばしてきた。

 山下の行為に怯えているかと思ったら、彼女は全く怖れることはなかった。

 山下にはそれが不思議だったし、迂闊にも思えた。


 伸ばされた白い手。


『折れそうだ』

 そう思った瞬間彼女に触れられることが怖くなり、彼女が触れる前に離れた。


「山ちゃん?!」

 桜の顔が傷ついたように歪んだ。


「違う……!これは……?」

 言葉を紡ごうとしたら、別の思考に邪魔され言葉につまる。


『何してんだよ』

『何逃げてんだ?』

『姫乃が可愛そうだ』

『意気地無しが』

『代われ』


 自分の声が重なって頭に響いてきた。

 頭を振って振り払う。


「やっぱ変だよ?」


 心配そうに見つめる桜に危害を加えたくなかった。

 いつまた自分が勝手に動き出すか分からない。

 その前に出来ることは一つ。


 山下は窓に向かって駆け出した。

 桜の悲鳴を背中に感じて宙を舞う。


『目立つ事するな』

『姫乃のところに戻れ!』


 声に耳を傾けず、ひたすら桜から遠ざかることを考えた。

 度々意識がまた黒い空間に呼び戻されそうになったが、山のふもとの山まではなんとか意識を保って走り続けた。


『どこに行くんだ?』

「誰もいないところだ」


『いつまで?』

「お前らがいなくなるまで」


『じゃあ一生このままだな』

 馬鹿にしたように笑う声には何も反応しなかった。


 街の灯りが遠く見えはじめた時になってようやく山下は足を止めた。

 気を抜くと直ぐに暗闇の中に戻ってきた。

 ここには監視の目もない。


『大丈夫か?』

 中学生がぐったりしている山下に向かって問いかけた。


『ほっとけよ自業自得だ』

 スーツがこちらに目も合わせずに言った。


「おい、今どいつが外にいる」

『だから全部自分だろ』

 高校生の声を無視して辺りを見回す。


 ジャージがいない。

 それに外を映すモニターもなくなっていた。


『たぶん寝たな』

 モニターがないのが睡眠により目を閉じているものだとしたら、少なくともモニターが現れるまでは誰かに危害を加えることはないだろう。

 ホッと息をついて地面に倒れ込んだ。


『おい、お前。何勝手なことしてくれてんだ?』

 民族衣裳の男が偉そうに山下を見下ろしていた。


「勝手はお前だ。姫乃を襲ったのはお前だろ?」

『だからなんだ?ヤツは安藤の娘だ。復讐にしちゃ生ぬるかったぐらいじゃないか?』

 時たま忘れそうになる事実。

 桜は宿敵の娘なのだ。


 はじめの頃はその認識でしかなかった。

 でも今は違う。


 民族衣装の男は自分の分身のようでいて違うようだった。


『やめろよ。自分同士で喧嘩なんて』

 分身の中から中学生が仲裁に入った。


『邪魔だ』


 民族衣装の男は中学生を蹴り飛ばした。

 山下は地面に叩きつけられるよりも早く、自身よりふた回りほど小さい体を受け止めた。


「おい。自分とはいえ子供相手に手を上げるな」


『どうせ死なないだろ』

 民族衣装の男は悪びれない。


 そいつに構わず、受け止めた中学生に目を向けた。

「おい、大丈夫か?」


 中学生は目をパチパチさせて、何が起きたかわからないような顔をしていた。

 思い返せば、こちらが人を投げ飛ばしたことはあっても、投げられることはなかった。


『頑丈だから』

 中学生は目も合わせず呟くと降ろせと催促した。

 中学生は民族衣装の男から逃げるように遠ざかった。


 今の山下なら間違いなく民族衣装の男に怒りをぶつけただろうが、中学生はそうはしなかった。

 無駄な抵抗はやめ、ちょっかいをかけられないように距離を置く。


 山下が中学生の頃によく取っていた行動だった。

 その時代は仁科が家にやってきて、葵を人質にとり絡んできていた。

 はじめのうちは言いなりだったが、姿を隠していれば脅される事もないと気付き、逃げに徹した。


『自分の身ぐらい自分で守れよ』

 逃げる中学生の背中に民族衣装の男が舌打ちした。


「どこの戦場だここは?」

 この民族衣装の男は異様に好戦的だ。

 あの中学生が山下であったように、こいつも自分の一部なのだろうか。


『気に食わんヤツだ』 

「全く同感だ」


 山下が言おうと思っていたセリフを一字一句、さらにはイントネーションまですべて同じで先に口にされた。

 民族衣装コイツだけは絶対に何もかも共感出来ない存在だと思っていたがどうやら違う。

 今コイツへの破壊衝動が爆発しそうだ。


 それはお互い同じように思っているだろう。


『一度試してみたかったんだ。本気のケンカ。どいつもこいつも差がありすぎる。つまらん』

 民族衣装の時はネットプライバシーを守るため仮面をつけているが今日は小憎たらしい笑顔がよく見えた。 


 自分相手なら手加減する必要はない。


 桜もこんな風に自分と対峙したのだろうか。

 少なくともこんなに野蛮なやり取りはしなかっただろうが。


『意外と過ごしやすいかもな』

 避難した中学生と高校生が、少し離れた場所で学生らしく膝を抱えて座っていた。

 中学生が首をかしげると高校生が独り言の続きを言葉にした。


『ここは本能のまま暴れても大丈夫だ。我慢しなくていいし。誰も傷付けない。』


 確かにそうだ。


 そう思ってしまうということはやはり彼らは自分の一部なのか。

 いや、自分も山下圭という人間の思考の一部なのか。

 

 山下は迫ってくる民族衣裳の自分相手に拳を構えた。

 向かってくるなら、相手をするまでだ。


 山下は認めたくないが、手加減なく喧嘩できる相手の登場に心踊らされていた。

 自然と口角が上がる。



 本人が認めたくない感情を、ホンモノを除く5人は機敏に感じ取り、気付いていた。


 そして山下の皮を被りながら思う。


 彼が長く持ちますように。

 彼が永遠にここから出ていきませんように。


 ずっと一緒にいられますように。と。


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