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カリロボ  作者: 広瀬ジョージ
学園祭編
9/95

09.舎弟はイケメン

 火曜日の放課後。


 いったいどうしてこのような状況に陥っているのだろう?

 宮野愛希は職員室から教室に戻るまでの道でそんな事を思った。


 放課後のこの時間帯は教室には誰もいなくシンとしている。

 運動部に所属する生徒は皆グラウンドか体育館に行ったし、文化部はにそれぞれ部室が与えられているからだ。 


 つい昨日出し物の内容が決まったばかりなので、制作準備も始まっていない。

 来週ぐらいには人が増え始めるのだろうが、目横に映る教室には誰もいない。


 それなのに愛希は二階にある教室に向かっていた。


 同じクラスの人間に呼び出されたからだ。男子だ。

 しかもそいつはクールな一匹狼の王野樹だった。



 時間は二時間ほど遡る。


 授業と授業の合間に樹はふらりと愛希の方へやって来た。

 普段の樹は友人の永久以外に話す事はあまりない。


 窓の外見ていたカッコイイ!とか、次の授業の予習してた真面目!とか、長居君と話してた尊い……!とか騒いでいる女子は何度か見た事があるので、普段はそんなものなのだろう。

 そんな普通の動作が一々注目されるぐらいに目立つ男というのが、愛希の抱く王野樹の印象だ。


 その時も例外でなく、樹がクラスの中を歩くだけでチラリと誰もが一瞬目を止める。

 クラスの連中は樹が愛希の隣に立つのを珍しそうに横目で見ていた。

 愛希は自分の席の横で止まった樹を座ったままで見上げた。


 見渡せば自分も注目の的になっていた。

 クラス中の視線を居心地悪く感じながらも愛希は樹から目を反らさなかった。


「どうかした?」

 愛希が訪ねると樹はア行のフレーズを数個口にした。

 恥らうように藍色の目が泳ぎ、白い頬に朱みがさす。

 やがて何か決心したように瞳を真直ぐ愛希に向けて口を開いた。


「宮野さん、放課後ちょっといいかな?話したい事があるんだ……」

 樹はすぐに目を逸らし伏せ目がちになった。

 

 この瞬間クラスの明るい雰囲気が一瞬凍りついた。


 クラスメイト達が聞かなかったふりをして、何事もなかったかのように無理やり話し始め、別のクラスメイトは今の何?と露骨に耳打ちしだした。

 幼馴染の優太は雷に撃たれたような顔をしていた。


 愛希はそれを無視して今日の放課後の予定を確認した。

 国語のノート集めて職員室に行くのが唯一の予定だった筈だ。


「別にいいけど。仕事終わったらすぐ行くから教室で待ってて。」

 愛希は他の女子からの恨めしそうな視線を感じた。


「はい!」

 樹は笑顔で頷き、多くの女子を絶望させ自分の席へ戻っていった。


「おい、愛希ぃ!何だよ今の?!」

 樹が帰るなり、優太がすっ飛んできた。


「そんなに意外?悪かったわね。」

 愛希も自分が樹とつり合いが取れているとは思っていなかったが、あまりに失礼な幼馴染をジロリと睨んでおいた。

 これが今日の4限と5限の間の出来事。



 あの時軽く応じたが今になるとなぜ呼び出されるのか理由が見当たらない。


「放課後に話したい事……」


 古風な学園ドラマや少女漫画なら大体相場は決まっている。

 クラスメイト達もそんな勘違いをしたようだが、長年の経験からそれはないと愛希は冷静に判断を下した。

 けしてモテる顔では無いし、性格だって男子から好かれるものでないことを自覚していた。

 見たところ相手の樹も特殊な趣味の持ち主ではなさそうだ。


 だとしたら一番有力なのは学園祭の話だ。

 逆にそれしか見当たらなかった。


 今年の学園祭は、学年劇で樹が王子の役をやるという事で盛り上がっている。

 その王子役は推薦で半分以上無理になすりつけたものだ。

 今回はご褒美が出るため愛希もやや強引に配役を決定したのだ。

 なんせ彼は一々の挙動が話題になる男。

 舞台にたつだけで騒がれるだろう。

 本人の意志よりも目先の褒美を優先させた感は否めない。

 その事でクレームをつけに来たというのも十分に考えられる。


 この説が一番有力だと考え、愛希はその後の対処を何通りも考えた。


「王子役って……恥ずかしすぎ。」→「大丈夫、去年亀役だった奴もいたから。」

「俺、出る時間短くね?」→「白雪姫がメインだから。」

「本当は別の役やりたいんだ。」→「あなたには、はまり役です。」

 話しがこじれ殴られそうになる場合→合気道ジュニア大会優勝の実力を見せてやる。


 ありえる事とありえない事区別なく考える。

 こうしていくつもRPAみたいにコマンドを作っておくと、たいていの事は問題なく解決する。

 コマンドを作り終えたところで教室にたどり着いた。


 今日の放課後、愛希と樹が教室で会う事はかなり話題になっていたので、教室に残っている者は樹以外いない。

 流石に見物しにくる者はいなかった。


 樹は言われた通りに教室で待っていた。


 自分の席に座り窓の外を眺めていた。

 まつ毛がむしりたくたくなるぐらい長く、端正な輪郭から夕陽の後光が差している。

 放課後の夕日を浴びるその姿は本当の学園ドラマのようだった。


 樹は愛希の存在に気付くとスッと立ち上がった。

「よかった、来てくれた。」

 と樹は胸をなでおろした。


 樹の顔は普通の女子ならば照れて直視できないほど輝いていた。

 愛希は夕日のせいだろうと目を細めた。


「で。何の用?」

 困惑のあまり思わず棘のある言い方になった。

 樹は愛希以上に愛希の態度に困惑したようで、体の前で長い指をゴソゴソ動かした。

 いちいち絵になるのが余計に愛希を苛立たせる。

 やがて意を決したように樹は顔を上げた。


「あの……学園祭の事なんだけど……!」


 ああ、やっぱり。

 想定内の事だったので用意しておいた返答をする。

 その後は「やっぱり無理そうなんだけど」的な事を言う筈だ。


「悪いけど、役はいまさら変えられないから。」

 言われる前に釘を刺しておいた。

 すると樹は戸惑いがちに、あまり優雅と言えない動作で手と首を同時に振った。


「自分でやるって言ったんだし、こっちもおりるつもりはないよ。」

 対峙してからフワフワとした態度しかとっていなかった樹だが、しっかりと答えた。

 愛希の中でまた疑問が沸き起こる。


 じゃあ、なぜ呼び出した。

 樹の返答で用意しておいたコマンドを半分以上が無駄になった。


 愛希が眉を顰める横で、樹は息を吸い込んだ。

 樹が次に言ったのは予想できない一言だった。


「宮野さん、俺を弟子にして欲しいんだ。」

 これが予想出来るはずない。


 予想していた事が全て外れてしまったので動揺を隠し切れず、愛希は思いっきり顔をしかめた。

 樹も愛希の反応にビビッてまた下を向いた。


「弟子にして欲しい?」

 樹の言った台詞を復唱した。

 樹は頷き、恐る恐る拳を握った。


「舎弟でもいいです。」

「呼び方の問題じゃないから。しかも弟子って……?」


 そう言うと樹は首の後ろを掻く古典的な照れていますポーズをとった。

 一匹狼と呼ばれる面影はどこにもない。

 むしろ尻尾を振って寄ってくる弱小動物的な印象。


「宮野さんって、いつもみんなの前で堂々としてるでしょ?」

 樹は少し緊張を解いたようで、同級生らしく敬語を抜いて話し始めた。

 言われてみれば、大して意識したことがなかったがそうなのかも知れない。

 愛希は話が進まないのでうんまあ、と曖昧に返事した。


「それと比べて、俺もう舞台に上がる……というか知らない人と目が合うだけでもう駄目で……」 

 樹は恥ずかしそうに顔を覆い隠した。

 その見た目とこの性格でよくここまで生きてきたな、と愛希は素直に感心した。


「それで、お手本になる人に弟子いりしようって。アネキがそうしろって。」

 アネキというのはたぶん彼の姉上の事だろう。

 ずいぶん慕っているようだ。

 シスコンっぽいセリフを吐いて樹は期待のまなざしで愛希を見ていた。


「まあ、あなたのお姉さんのことは知らないけど……特に私から教える事は無い。」

「宮野さん、そこを何とか……!」


 樹は雨に濡れる捨て犬を思わせる視線を愛希に向けている。

「私も何とかしたいけど、無理。」


「じゃあ、これなら!」

 樹は鞄に手を突っ込んだ。


 トン。

 小気味のいい音が教室に木霊する。


 樹は二人の間の机におそらくスチール製であろうロゴ付きの円柱が置いた。


「なにコレ?」

「見ての通り、ミルクセーキです。」


 ミルクセーキは数少ない愛希の好物である。

 しかもこのミルクセーキは人気モデルの安藤姫乃が宣伝している新発売のものだ。


「それは分かるわ、なぜそれをそこに置いたかって事。私の好物、知ってたの?」

「えっ、好きなの?たまたまだけど、好きならよかった!アネキがもらってきて、家にダンボール三箱分もあるんだ。……で、これと、家にある分で雇われてくれないかって!」

「……モノでつるわけね。」

 ふざけている訳ではないようで樹はコクコクと大真面目な顔で頷いた。

 ここまでいわれたら仕方がない。

 それに愛希は根っからの物力主義者だ。


 この日ミルクセーキ三箱で雇われた師匠とミルクセーキ三箱で師匠を雇った弟子が誕生したのだった。


「ありがとうございます!師匠!」

 樹は深く頭を下げた。

「師匠はやめて。宮野でいいから」

 男子からは大抵は苗字呼びなので無難な呼び方を教える。

 愛に希望の希という意外にも可愛らしい下の名前で呼ぶ男子は幼馴染の優太ぐらいである。


「はい!宮野さん!」

「……」

 なぜそこまでして師匠が必要なのだろう?と愛希は思ったが、時計を見た瞬間そんな疑問は吹っ飛んだ。


 今から歩いて帰れば丁度いい電車が来る。

 愛希は帝都学園に近い二つの駅のうちの炭田駅の方から来ていた。

 もう一つの双葉駅とは違い、本数も少ないうえ、乗り換えを経て、線の末端にある愛希の地元までスムーズにいくものはさらに限られていた。


 愛希は指令を心待ちにしている樹に初めの指令を出す。

「よし、今日はもう帰る。」

「はい!」


 樹は愛希の後を犬のように付いていく。

 誰だ、クールな一匹狼とか言い出したのは?


 校舎を出た瞬間にグラウンドで活動していた運動部の人達の視線に晒される。

 愛希一人ならこれほど目立たなかったはずだが、問題は愛希の横の上機嫌な樹だ。

 特に女子の視線が痛い。


「王野君。少し離れて歩いて。」

「はい!」


 やたらと良い返事をしてきっかり3メートル開けた。

 不自然な間が空く。


「やっぱりいいわ。かえって不自然。」

 それを聴いて元の位置に戻ってきた。


「あなた、あれは気にならないの?」

 視線でグラウンドの方を指したはずなのだが樹は首を傾げる。


「普段から見られてるという自覚はないの?」

 樹は何を言っているんだろう?という感じで曖昧な表情を見せ、遠慮がちに見当違いな方向に視線を彷徨わせた。

 その視線の先には監視ロボが飛んでいる。


「自覚なしか……」

「うん。なんか、すいません。」

 申し訳なさそうに言って、樹は気まずさを紛らわすためまた口を開いた。


「あ、ミルクセーキいつ持ってきましょう?」

 樹の一言で我ながらよくそれで引き受けたなと思う。


「明日、一箱。」

「うん、分かった。でも大丈夫?重くない?」

「大丈夫。」

 あなたよりはかくだん力持ちよと心の中でほくそ笑む。


「それより、お姉さんが貰ってきたって言ってたけど、私が貰ってよかったの?それとも、ミルクセーキ持ってけって言ったのもお姉さん?」

 樹はあっさりと頷いた。


「うん、そうだよ。それと、逆に貰ってくれないと困る。実はミルクセーキ四箱あって、一箱はゼラチンで固めてプリンもどきにしたりとかして、頑張ってるんだけど……」


 聴いているうちに愛希は自分がミルクセーキを厄介払いできた上に師匠になってくれた都合のいい人だという事に気付いた。


「アネキ、色々貰ってくるくせに、自分は手付けないんだよ。太るからとか言って……良かったら、メイク道具とか、文房具とかもあるけど貰ってく?」

 樹はだんだん愚痴っぽい言い方になり、しまいには新たなものを勧め始めた。


「メイク道具はいらないけど、文房具なら……」

「本当?!何箱いる?」

「それも箱単位?お姉さんって何してる人なの?」

 樹はうーんと唸った。


「一応、言っちゃいけないお約束なんだけど……」

「なにそれ?」

 眉をひそめる愛希を見て樹は笑って見せた。

 樹は一度仲良くなるととことん懐くタイプらしい。


「俺のアネキ、芸能人なんだ。一応。だから自分が出たCMの商品とか貰ってくるんだ。」

「へえ。」


 樹はさも意外な事のように語ったが、彼の姉なら不思議はないだろうと愛希は大して気のない返事をした。


 でも待て。

 ミルクセーキのCMってたしか……?


 樹は内緒話でもするように声を潜めた。

「安藤姫乃っていうんだけど、知ってる?」


「知らない訳ないでしょ!」

 これにはさすがに度肝を抜かれた。

 やたらちゃっかりした姉さんとだけ思っていたのが、いきなりハッキリとした人物像が見えた。

 言われてみれば藍色の瞳、白い肌も安藤姫乃の特徴と一致していた。


「ホント?!……最近有名になってきたなぁ!」

 樹はへへへとはにかむ。

 自分のことのように嬉しそうにしているのを見るとやはり樹はかなりのシスコンのようだった。


 愛希はちょっと前にエリア11で樹と安藤姫乃がデートしていたという噂を思い出した。

 高校2年生の男子が家族、しかも異性のキョウダイと仲良く出歩くことは珍しいので勘違いされたのだろう。

 安藤姫乃に満更でもなさそうに引っ張られる樹の姿がありありと想像できる。

 

「王野君。ミルクセーキよりお姉さんのサイン貰ってきて。」

 私のような人がいるから言っちゃいけないお約束が出来るのだろう。

 しかし樹はあっさり承諾した。


「いいよ。家にいたら貰っておくよ。ミルクセーキは貰ってね!じゃあ、また明日!」

 校門の前で樹は師匠に別れを告げ、双葉駅の方に足を向けた。


「バイバイ。舎弟。」

 嬉しそうに走っていく同級生を見て、自分も家路に付き始めた。


 愛希はこの世にまだ自分の理解の範疇を超える事が多数存在する事を知った。

 今日までまともに口をきいていなかった同級生が舎弟になったとか、その舎弟の姉が安藤姫乃だったとか……



「愛希!」

 林の中から突然幼馴染が顔を出した。


 高校生にもなって林の中に身を顰めて待ち伏せしていたらしい。

 不審者として通報されたらどうするつもりだろう。

 林から飛び出てくると愛希と並んで歩き始めた。


「どこから出てくるのよ。もう帰ったと思ってた。」

「なぁ、それよりアレどうなったの?」

「それ聞くために残ってたの?まぁ、特には……」

「特にはってなんだよ?!アァキィー!!!」


 舎弟との関係を心底意外そうな顔をした腹いせに、愛希はだんまりを決め込んだ。


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