35.幸とデート
本日の撮影が終わり、桜は山下と日本庭園が有名な寛善寺に来ていた。
入ってしばらくは寺の中を見て回り、今は二人並んで縁側に座り、白砂の描く模様を眺めている。
この庭園のどこかには池の水伝説のモデルとなった池があるらしい。
もっとも観光客は庭園に足を踏み入れることは許されていない。
「綺麗な場所だね山ちゃん」
「あぁ」
いつものように気のない返事。
いつもと違うのは山下が桜と思って話している人物は桜でない事である。
桜こと6番はそのことに気が付かない山下に対してはじめは怒っていたが、今はひたすら焦りを感じていた。
このまま元に戻れなかったらどうしよう。
その不安にとりまかれていた。
桜の中には7人の人格がいて、6番を除き、代わりばんこに顔を出し、体の外と会話していた。
一人目の人格は『幸』。
池の水伝説の主人公で、ドラマのヒロインよりもわがままで偉そう。
そして一番外に出る力が強い。
二人目は『完璧主義』。
桜の中にいる全人格をリーダーのように取り仕切っている。
三人目は『外面』。
目上の人や気を使うべき相手がいると外に出て対応する。
四人目は『小悪魔』。
桜が他人にどう見えるかが一番の関心ごとだ。
五人目は『対樹』
無邪気な発言を繰り返す。
六人目は『心配性』。
何事もネガティブに考える。
そして七人目の『6番』
何も名前を付けられなかった自身。
桜は一番普段の桜とかけ離れている幸よりも残りの5人に警戒していた。
幸が外に出た時だけ、山下は桜でないと区別できる。
しかし他の5人が外に出ている時には、山下は普段通りの桜だと思い込んでいるのだ。
しかもうっすらと、5人が桜に成りすましているかのような不気味さがある。
完璧主義はサバサバとした強い桜になると思いきや、山下の前では半歩後ろを歩き。
外面は山下にも気を使い普段よりよそよそしくなるかと思えば、平気で服の裾を引っ張り。
小悪魔は必要以上にくっつくかと思えば、山下に対しては遠慮がちだ。
対樹は空気を読まない発言を繰り返すかと思いきや、知識を披露するような発言をする。
心配性はおどおどするかと思いきや、堂々と山下と腕を組んで歩いた。
みな、それぞれが持つ強い個性を分裂前の桜になりきることで隠しているようだった。
『いいなぁ。私も心配性みたいに長く出たいな!』
噴水ヘアの対樹が拗ねたように頬を膨らませた。
『ホント!次代わってくれないかな!』
春のトレンドに身を包んだ小悪魔が対樹になだれかかった。
『ダーメッ!次は外面の番でしょ?』
レディススーツの完璧主義は小悪魔をたしなめた。
『へへ。ありがと完璧主義。』
白ブラウスの外面は、次に外に出るのを心待ちにしている。
現在外に出ているのは心配性。
『む!いい加減に代われ!私は与平に会いたいのだ!』
真紅の着物の幸が仲良く集まっている4人を蹴散らすように声をあげた。
『もう、幸大人しくしなさい!』
『そうだよ。一人だけ自由に動いちゃって!』
小悪魔と対樹が怒っても幸はどこ吹く風だ。
『フン。知った事か!おい桜、何とか言ってやれ。』
「……」
何故か幸だけは6番ではなく桜と呼んでくるし、そう認識しているようだった。
他の桜達は、6番があまり発言しなくなってから自分達だけで盛り上がっていた。
『おい桜!いいのか奴らに自由にさせて?』
幸は他の桜達の集団から少し離れた場所にいる6番に詰め寄った。
「よくないけど……!」
6番は窓の外の景色を眺めるように外の風景を見た。
心配性は庭の景色よりも山下の横顔に向かって話しかけてばかりいるようで、ずっと彼の微笑が映っている。
誰も何も困っていない。
ドラマの共演者や、スタッフ、そして山下すらも。
誰も困ってないならいいんじゃないか。
そう言ったのはどの桜だったか。
6番は反論することが出来なかったのだ。
『ハッ!それで拗ねているという訳か。』
「……」
『そんな顔するでない!』
よほど酷い顔をしていたのか幸は慌ててその横に腰かけた。
「だって。出れないし……」
『もっと強く外に出たいと思うのだ!朝も一度だけ出られただろ?』
「そうだけど……あの時は急いでたし……」
今朝、山下が窓から逃走しようとした時、止めたのは6番だった。
しかし、山下は幸が止めたと思っているようだ。
山下が飛び降りても怪我しないことはわかっていたが、幸以上に山下は幸が怖がる姿に怯えていた。
そこで逃してしまえば、出会ったばかりの頃のように人を遠ざける山下に戻ってしまうように思えたのだ。
『それはお前が外に出たいと強く思ったからじゃ。ホラこんな風に……!』
そう宣言した途端、幸は幻のように消えていた。
『キャッ!ちょっと幸、急に変わらないでよ!』
代わりに心配性が目の前でつんのめっていた。
幸は心配性の代わりに外に出たようである。
「ふぅ!こんなもんだろう!」
幸は小さなモニター越しでない山下のしかめっ面をクリアに捉えた。
「出たな。」
「出たなとは失敬な!人をバケモノのように!」
幸はふんと鼻を鳴らした。
「所長が来るから、それまでの辛抱だ。」
山下は独り言のように呟いた。
「所長とな?」
「お前のお祓いに来る」
「お祓いだと?!」
山下は悪そうな顔で片方の口角をあげた。
「そうだ。悪霊みたいなもんだろ?」
「タイムじゃ」
『もう幸!勝手に動かないでよ!』
幸は急に現れ、完璧主義を無視して6番に詰め寄った。
『桜よ!所長とは何者じゃ?!』
「所長?普通のおじさんだけど……ううん。そういえば山ちゃんが霊能者とか何か言ってた」
酔っ払った山下からそんなことを言っていたのを聞いたことがある。
確かに所長の言う通りに仕事すると上手く行くことが多いし、神がかり的な力が働いているように感じる。
現に中津芸能の所属タレントは少数ながらも誰も潰れずに生き残っている。
『なんじゃと?!』
『どうしよう?』
『みんな消されちゃうってこと?』
『いやだ怖いよう!』
『なんで消えなきゃいけないの?!』
『じゃあ、どの桜を生かすの?』
消されるという物騒な言葉。
更に桜達は自らも生き残りをかけて選別を行おうとしている。
「ちょっと待ってよ!どの桜かなんて……」
『仕方がないじゃない。みんな消えたくないんだもん。』
ねぇ?と対樹が同意を求めた。
『ここは公平に話し合いで決めるしかない。』
完璧主義が皆それでいいよね?同意を求め、桜達は頷きあった。
いいのそれで?!
消えるのが怖くないの?!
「そんな!私が本物!!!」
6番が叫び声をあげた瞬間、モニターに映っていた景色をじかに見ていた。
「おい、姫乃。大丈夫か?」
山下は戸惑いながら顔を覗き込んでいた。
今なら触れてもいないのに体温が感じられる気がする。
モニター越しでない山下を見たのは久方ぶりな気がした。
「山ちゃん!!!」
やっと外に出られた!
外に出られた感動に浸るのはそこそこに、身の内で起きていることを外に知らせなければならない。
「聞いて山ちゃん!大変なの!」
「お、おう……?」
山下が戸惑っているのに構わずたたみかけた。
「私になりすましてるのが……!」
山下に報告をしようとしたその時、ギュンと後ろに引っ張られたように山下から引き離された。
彼を捕まえようとした腕は空を切り、次の瞬間には黒い空間に両腕がさまよっていた。
『ねぇ、6番どういうつもり?』
『みんなで話し合おうって言ったよね?』
『幸だけじゃなくってあなたも変。』
『だって何も共感できない。』
『6番を出したら危ないよ。』
6番、いや桜は自分とそっくりな外見をした彼女たちを自分と同じ存在だとは思えなくなっていた。
以前から疎外感を感じていたが、今はしっかりと1対5の構図が感じられる。
5人は地面にペタリと座りこんでいる桜を見下ろし、桜に向かって手を伸ばした。
その手からは起こしてあげようという友好的な気配は一切感じられるなかった。
桜は伸びてくる手から逃れるように後ずさりする。
「女の妬みとは恐ろしい……」
5人が強引に桜を連れ戻したことで外に押し出された幸は他人事のように呟いて身震いした。
「……お前幸か?」
「いかにも。」
「姫乃は何を言いかけてた?お前が邪魔したのか?」
山下はいつもに増して不機嫌そうに幸を睨んだ。
「とんだ濡れ衣じゃ!お前はそうやって物事の表面しか見ないからに!」
「どういう意味だ?」
山下は一層眉間の皺を濃くした。
「気づいていないのならよい!」
桜の中で起きていることなど分からない男には関係のないこと。
「……そういえばお前いいのか?与平に会いに行かなくて?」
「与平……」
その名を聞くと恋しい気持ちになるが、思い出そうとしてもポッカリと空白があるだけで気持ちが悪い。
「大丈夫か?」
山下は唸る幸を見て、上げた手が宙を彷徨った。
朝に交わした触らないという約束を律儀に守っているようだ。
昔の山下は人と関わりを持たない寂しい人間だったと聞く。
桜曰く、それは体質によるものだというが、桜以外の人格も彼の体質を受け入れるだろうか。
少なくとも、幸は無理だった。
今朝も彼の常人ならざる動きを見て悲鳴を上げた。
「大丈夫じゃ。心配するべきはお前の方だぞ」
「何が言いたい?」
山下は元から険しい眉間の皺をさらに濃くした。
「怖い顔をするでない!お前なぞ桜がいなければ……!」
山下の目線が自身から外れていることに気がついて幸は言葉を飲み込んだ。
山下の視線の先には妙齢の美女がにこやかに手を振っていた。
なぜだか面白くない。
「洋子さん、どうしてここに?」
「あぁちょっとね。あ、お邪魔しちゃった?」
お邪魔であることは明白だろうに。
「いえ、おかまいなく」
『外面』に変わらなくともこのくらいの受け答えは出来た。
山下はこちらの様子を気に止める素振りを見せたが、洋子が話しはじめると山下の興味はすっかりそちらに向いていた。
山下は愛想よくニッコリと洋子の相手をする。
桜と洋子どちらに好意があるのかと聞かれれば山下の表情を見れば一目瞭然だろう。
山下は洋子と話している間くるくると表情を変え、こんな顔もするのかと感心する。
桜は心配性達と話す山下をモニター越しで悲しげに見つめていたが、今ならその気持ちが分かるかもしれない。
「で、圭。こっちに寝返るつもりはあるかい?」
耳に入れないようにしていたが、聞きづてならないセリフに幸は洋子を睨み付けた。
洋子は幸の視線なんて全く意に介さない。
幸に呼ばせなかった下の名前に隠そうともしてない女の香り。
何より気に入らないのは山下がこちらの機嫌を伺うようにチラリとこちらを見たことだ。
まるで彼の答えは決まってて、こちらに後押しを求めているようだ。
「勝手にすればいい」
この言葉は否定もしていないが最大限の拒絶の姿勢をみせられる便利な言葉だ。
最大限の抵抗に山下は戸惑っていたが、洋子はその答えに目を輝かせた。
「ありがとう!邪魔して悪かったね。じゃあ圭、頼んだよ!5時だからね!」
洋子は山下に目配せすると、来た道を軽い足取りで戻っていった。
幸は情けなく洋子の背中を目で追っている山下の手を抓った。
「なんだよ?」
「お主、桜を好いているのではなかったのか?誰じゃ今のは?」
「洋子さんだ。なんで話してるだけでそうなるんだよ」
「話してるだけ。か?」
「何が言いたい?」
山下の鋭い眼光に身震いする。
「そんな怖い顔をするでない……!」
「元からこういう顔だろ」
争う声に恐れをなしたのか、影からこちらを見ていた観光客がすごすごと帰っていった。
鼻先でホラ見ろと教えてやると、山下は目線をそらした。
桜が外に出られない理由がなんとなくわかった気がした。
会うたび傷つけられるようなこんな男、会わない方が身のためかもしれない。
桜が山下に会おうとしている間にも、山下は洋子に夢中である。
与平はそんなこと……
突然幸の中で与平の輪郭があやふやなものになった。
与平はちゃんと私に会いに来たか?
そもそも与平はどんな色形をしていた?
「おい、大丈夫か?」
山下は相変わらず触れてこないまま顔を覗き込む。
その心配そうな顔は幸のためだけに向けられたものか、洋子にも向けられるものなのか。
どちらにせよ幸には、あらぬ期待を持たせる不誠実なものに思えてならなかった。
「気安く寄るでない!!!」
突っぱねて立ち上がった。
「おい、どこ行くんだ?」
山下も立ち上がりついてきた。
「どこでもよいだろ!」
山下はふっと溜息をつき、ボソリと呟いた。
「怒るとどっか行こうとするのは変わらないんだな」
それが幸の神経を逆撫でした。
「怒っているのは何故だかわかるか?」
「全くわからん。今のに何か怒る要素あったか?」
あぁ、この男は何も分かっていない。
こちらに気のある素ぶりを見せるくせに、一番は洋子だ。
ならばはじめから、こちらに期待を持たせず、洋子だけを見ていればいいのに。
「なら!なぜ?!洋子が誰か答えられぬのじゃ?!何かあっても、終わっていればよい。でも、終わっていないじゃないか……」
「終わっただの、終わってないだの。そもそも始まってない」
「わからないだろう?!修学旅行の時何してたかとか!結局保健の先生だってなあなあになって終わったし?!」
「姫乃……?」
山下の顔がギュンと遠ざかり四角い枠の中に収まった。
気付けば桜は元の黒い空間に戻ってきていた。
幸の感情とリンクしたところがあったらしく、感情が昂ぶったことで一時的に外に出られたようだ。
『なんでまだ出れるの?』
桜は自分の顔と同じ顔をした彼女達に囲まれていた見下ろされていた。
幸の紅の着物はどこにも見えない。
誰にも助けなんて求められそうにない。
彼女達から離れようとしたら、自由が利かず、バランスを崩し地面に頰を打ち付けてしまった。
痛みに涙を滲ませて身体を見ると、スーツのジャケットやネックレス、カーディガン、ヘアゴムなど、彼女達の身につけていたもので拘束されていた。
「離して!!!」
身体を起こしながら主張すると彼女達は、再び起き上がれないように張り倒してきた。
初めて振るわれた暴力で涙が滲む。
『だって。また勝手なことするでしょ?』
『離すわけない』
身につけているものが変わり、誰が誰だか判別しにくくなったが、桜にはもう判別する必要は無かった。
桜とそれ以外の何かだ。
『大変!!!早く出なきゃ!山ちゃんに嫌われちゃう!』
『私が行く』
「あれ……?私、またなんか言ってた……?」
眉をハの字にして困ったように首を傾げる。
邪魔な桜はもう追いやった。
山下が呆気にとられているも気に留めず、温もりを求めて懐に潜り込もうとしたが、それも未遂に終わる。
「圭兄!」
少女が突然現れ、山下の間に立ち塞がった。
桜の記憶を辿るとそれが山下の妹で自分を愛してくれる存在であると認識した。
「喧嘩ダメだよ」
続いて桜と似た造形の青年。
言うまでもなく桜の弟、樹。
「山ちゃん、アネキ……何してるの?」
樹が咎めるような目線で山下を見ていた。
二人がなぜこの場にいるか分からないが、桜と山下の言い争いを見て仲裁に入ったようだ。
二人は山下と私の間を隔てるようにして立ちふさがった。
「お前らも来てたのか?」
「圭兄、また桜を泣かせるの?」
「山ちゃん、またってどう言うこと?」
葵も樹も私を愛してくれるだろうが、山下との仲を邪魔するようであればいらない。
外面か対樹に代わって追い払おうか?
そういくらか考えたがその前に、山下が割って入った二人を押しのけて私の前に進み出た。
私が取り繕う様に笑うと山下は頰をがっちりと掴んで前を向かせた。
視界の端で赤面しながら慌てる葵と樹の姿が映る。
これからキスでもしてくれるのだろうか?
山下がみんなの前で堂々と愛してくれるのは、踊りたくなるぐらい嬉しい。
私の視線は彼の薄い唇に釘付けだった。
そしてその唇がこう動く。
「おい、姫乃……桜。」
呼んだ名前の中に私の名は無い。
「作り笑いするな」
山下は目の奥を覗くようにして語りかけた。
まるで中にいる桜に話しかけているようだ。
「そんなに信じられないなら、証拠を見せてやる」
そんな筈はないと思いながらも何処かでわかっていた。
どんなに美しい姿を手に入れても、私は今日も呼ばれないのだと。
これからは金曜19時と言う縛りなく投稿できるときに投稿しようと思います。




