34.池の水
エリア2内を走る市バスにて。
観光地の公共交通機関は観光客の非日常と地元民の日常が交差する場所である。
樹が物珍しくて眺めている風景は地元民にとっては当たり前のことなのだろう。
その感覚は理解はしているのだが、同じものが見えているのに心を躍らせない人がいるのがちょっと不思議に思えるのだ。
特にこのバスでは落ち着いた地元民が多く乗ってるせいか浮ついたところがなく、バスの外の風景に目を向けているのは樹達だけであった。
その雰囲気に押されてバスに乗ってから葵も静かに窓の外を見ていた。
つり革に手が届かない葵は設置されたポールを左手で掴み、バスがゆれるたび多少ゆられるが、どっしりと仁王立ちしていた。
「ごめんね葵、付き合わせちゃって。本当は水族館がよかったでしょ?」
二人になり、ふと冷静になった時に葵に問いかけた。
樹はエリア2内の1日乗車券を購入し、葵とともに郷土資料館に向かっていた。
「うーん。でも樹一人だと頼りなかったし。次は圭兄達に連れてきてもらうもん」
葵はシシと歯を見せて笑った。
最近葵は大人な行動をとるようになった。
そういえば今日はジャージでも変なプリントの服も着ていないし、なんだか普通の女の子のようだ。
今着ている服は旅行前に桜と買い揃えたものらしい。
始めて会った時は電車の乗り方も分からなかった葵だが、今は券売機で二枚一緒に乗車券を買えるぐらいに現代社会に溶け込んでいた。
このまま葵が成長していき、『樹そんなことも知らないの?』と言われる日はそう遠くないような気がする。
そう思っているそばから、葵が下車ボタンを押した。
目的地はすぐそこだった。
その名も郷土資料館前というバス停で降りると目の前に目的の建物があった。
エリア2郷土資料館は景観を守るために伝統的な瓦屋根の建物だった。
ただ、白い壁を見ると新しい建物なのだとわかる。
建物に入ると入り口横に待機していた案内用ロボットの一番右に電源が入り、ゆっくりとこちらに向かってきた。
「樹これは?!」
「学芸員ロボだよ。学校の図書室にもいるよ」
たしか図書館にいたものは図書委員の女の子にトロボと言うあだ名をつけられていた筈だ。
トロボには通常設置箇所の資料情報が全て登録されており、所蔵品の情報管理を行なっている。
トロボは胸を張るようにして胸についているタッチパネルを見せてきた。
『ようこそ!郷土資料館へ!』
葵は先を促すようにチョンとタッチパネルに触れた。
『よろしければ案内しましょうか?』
一拍おいて『案内必要』『案内不要』の二択が出てきて、葵は意見を求めるように樹を見上げた。
樹は稼働していない2体の方に目をやり、目の前の機体以外稼働していないことを確認した。
「せっかくだし案内してもらおうか」
「うん!」
葵はえーとと呟きながら案内必要をタップした。
「こんにちは、ようこそエリア2へ!」
若干違和感のあるイントネーションで音声を発しながら、トロボは腕を広げた。
このタイプのロボは視覚障がい者や聴覚障がい者にも対応出来るように文字と音声が出るようになっていて、更にお金を積めば多言語対応も可能になる。
このトロボは学校にあるものとは違い、海外から来た観光客を想定されているようで言語切り替えボタンがあった。
「ご希望の順路を選択してください。」
トロボは郷土資料館を全て観るコース、括りごとに見れるコース、の二種類が提案してきた。
「全部見て回れるかなぁ?」
「うーん……」
二人が悩んでいるのを読み取り、タッチパネルは検索画面に移行した。
「何かお探しですか???」
「池の水ってどこにあるの?」
葵は直球にトロボに質問をぶつけた。
やや間があり音声を認識後、トロボは申し訳ありません。と謝った。
資料館の情報が全部詰め込まれたトロボでもわからないようだ。
葵は明らかに肩を落とし、どうする?と樹を仰ぎ見た。
「代わりにこちらの記事を見つけました。」
トロボのタッチパネルが黄ばんだ紙媒体を映し出した。
「樹何これ?」
「新聞……?じゃないかな」
『エリア2放棄地区公害汚染』
先頭にはそう書かれていた。
樹は記事をスクロールしていき、記事を斜め読みした。
記事の文章中の『池』と『水』という単語に検索で引っかかったようだ。
「何か関係があるのかな?」
「多分……?詳しく教えて」
「わかりました!案内を開始します」
トロボはゆっくりと二人を誘導するように動き出した。
トロボは順路通りに行かず、いくつかのコーナーをすっ飛ばし進んだ。
飛ばされたコーナーを見たところ、大体は起こった出来事順に展示が構成されているようだ。
古代生物、石器時代、都があった時代、現在のエリア1に遷都されるまで展示が構成されている。
トロボが止まったのはロボット革命の起きる少し前のところだった。
他の場所よりも照明が落ちているそのコーナーに入ると人の歩み程度の速さで動いていたトロボの動きはゆっくりになった。
「あれ?!」
そこに着くと葵が声をあげ、興奮気味に樹の肩を叩いた。
「おー」
葵の驚きに反してその人物は薄いリアクションだった。
「所長!なんでココに?!」
そこには桜の事務所の所長、中津慶一が佇んでいた。
さすがに寒い冬なのでアロハシャツは着ていなかったが、ラフな格好は相変わらずだった。
「お前らこそ!あんま修学旅行生が来るところじゃないだろココ?」
確かにここまでの道中も観光地という感じではなかった。
「なんでかって言われると話は長くなるんだけど。所長は何してるの?」
葵は親戚に話すような気軽さで所長に話しかけた。
「俺は暇つぶしよ。午後にお前の兄貴達と会う予定だから」
「そういえば圭兄達とまだ会ってないね」
「会わないで済むといいけど……」
日頃の樹の構われっぷりを知っている中津は愉快そうに笑った。
「樹からするとそうか。てっきり兄貴達会うためにこんなとこいるかと思ってた」
「ん?近くにいるんですか?」
「この近くがロケ地だしな」
「え、知らなかった……!」
絶対に会わないようにしようと思っていたのに、自分から知らず知らずのうちに接近していたようだ。
「この辺の行きやすい観光地と言ったらここと寛善寺ぐらいだし。アイツらも行くとしたらどっちかだろ。」
「所長詳しいね」
「言ってなかったか?ここら辺、俺の地元だぞ?」
「あぁ、そうなんですか」
普段アロハな格好をしている中津が伝統と文化を重んじるこのエリアの出身だということは少々意外に思えた。
「じゃあ所長!池の水伝説って知ってる?」
「そりゃな。……ナルホド、それを求めてここに来たわけか!結論を言うと池の水は兼和寺」
「「なんだって?!」」
「お静かにお願いいたします!」
二人の声に大人しくしていたトロボが声をあげた。
中津は二人の仰天ぶりにかえって驚きながら落ち着けと手のひらを見せた。
「おいおい!それが飲めるならお前らこんな回りくどい事してこんなとこいないだろ?どうせ、廉造さんに唆されてここに来たんだろ?」
何もかもその通りで、二人は呆気に取られた。
中津はついてこいよと言わんばかりに歩みを進めた。
樹と葵はその後に続き、急に案内役を奪われたトロボは不服そうについてきた。
「時は80年程前。革命前。急速にロボット運用が進む中、このエリア2にあってはならない事件が起きたわけだ」
「それが公害汚染?」
樹はトロボが表示していた当時の新聞記事の前に立っていた。
「革命に伴って急対応に追われたある企業が無害化してない工業用水を垂れ流し始めたんだ。
直ぐに発覚すればよかったんだが、システム管理下の人間と放棄地区の住民は飲み水が違ったから、放棄地区に異変が起きてるなんて誰も気がつかなかった。
飲み水以前に内と外何が起きようがわかりっこなかった。
問題が表面化したのはエリア2中に放棄地区の子供が溢れて盗みを働くようになってからだった。
その子らに親はどうしたって聞いた時にやっと何が起きたかわかったんだ。」
『大人は動けなくなったから食べ物集めに来た』
子供達はそう言ったらしい。
それから問題が発覚し、全国に発せられた。
その時の資料がこの新聞記事というわけだ。
「こんな大きな事件だったのに知らなかった」
「まぁ、今のエリア2はその例の企業の存在ありきでできてるところもあったからな、公にしたくなかったんだろ」
実際、その時のニュースは短い期間しか報じられなかったらしい。
「でも、それじゃダメでしょ!!!」
「許されることでは無いわな。今もか知らんけど教科書には乗ってると思うぞ?」
「だから高校3年生は早く池の水の真相を知れるわけか……」
革命以降の歴史を習うのは3年生になってからだし、修学旅行本番には歴史や社会の授業内容に沿った施設を巡ることにもなっている。
「事態を重く見たエリア2は、親が公害被害にあった子供達にシステム管理下で生きられる権利を与えた。それでこの街にはそういう経緯でシステム管理下で過ごす元放棄地区の住民が多いわけ。市民の要望に合わせて出来てるこの施設には記録が多く残ってるんだ。」
「ねぇ、樹!この水!」
葵が指したその先には廉造に売りつけられそうになった池の水が仰々しくガラスケースに入れられ展示されていた。
「これな。売り上げが水質改善と公害汚染医療費に役立てられるんだ。だけど壊滅的に不味い上高いから地元の人間もまず買わねーな。」
「それであの人売ろうとしてたんだ」
違法な額を提示するのはどうかと思うが、ちゃんと話ぐらい聞けばよかったなと思った。
「まぁこんなこった。」
「ちょっと待った!池の水が兼和寺にあるって!」
葵は話し終えて満足そうにしている中津を慌てて止めた。
中津はそれがどうしたと言わんばかりに頷いて補足した。
「そう。あそこの井戸だけシステム管理下と放棄地区が別れた時も水道変えなかったから、実質ここの地の水、つまりは池の水なんだよ、でもさっきの話通り。もう飲めない。」
「そういうことだったのか。」
もう飲めないと言っていた理由が今わかった。
洋子は飲めないとは言っていたが、池の水の存在自体を否定することはなかった。
はなから無いものなら、もう飲めないなんて言う表現はしなかった筈だ。
「見たけりゃ兼和寺に行ってくれば?慈英っていう坊さんがいるだろうから。この後は寛善寺に行くことになってるだろうけど、行かないでも結末はわかったろ?じゃあ、俺は蕎麦食いに行くから!」
中津はひらひらと手を振ると出口に向かって歩き出した。
「あ、ありがとうございます!」
「所長ありがとー!」
中津が語り終え去ったところで、資料館に再び静寂が訪れた。
樹と葵、それにトロボがポツンと廊下に残された。
「次は寛善寺だけど、所長に全部話し聞いちゃったね」
「そうだね。みんなに知らせるべきかな?」
スマホを取り出すと葵はダメだよと首を振った。
「永久たちはともかく、キバは愛希と一緒に最後まで回りたいと思うよ」
「それもそうだね」
起動させたメッセージアプリには和馬が送ってきた写真が届いていた。
そこには永久とユーセンが同じ体勢で水槽を覗き込む姿があり、こちらのグループも楽しんでいるようだった。
情報交換はみんなが合流してからでいいだろう。
スマホをしまうと葵が樹の肩を突いた。
「樹ぃ。寛善寺には何を用意してたんだろう?」
樹と葵は中津というチートを使いアッサリと答えを知ってしまったが、本来なら5箇所全てを周り真相にたどり着くはずだったのだろう。
「一応見てこ」
寛善寺はここから20分ほど歩いた場所にあるお寺で、そこはガイドマップにも載っているぐらい有名な場所だ。
伝統的な日本庭園が有名で高校生が行くのにはやや渋めの観光スポットである。
「葵!でもその前に……!」
樹はまさか忘れてないよね?と言わんばかりに葵を見つめた。
葵は忘れてないよ。と言わんばかりに大きく頷いた。
「そうだよね。樹これを見にきたんだもんね。アオも見たいよ」
そのこたえに樹は目を輝かせた。
「さすが葵っ!!!時代別だったらこの次かな?!最後の方?!楽しみだなぁ!」
だんだん早口になりテンションも上がる。
「アオ、スズメのロボが見たい!」
「あぁ、見れるとも!なんたってここにはエリア2の歴代の監視ロボが全部揃ってるんだから!!!」
「お静かにお願いします!」
トロボに叱られながら二人はマニアックな世界へと吸い込まれていった。




