29.エリア2マリンワールド
永久と和馬は特急で3つ目のエリア2港駅に来ていた。
この駅は寺院、文化財などはなく、港町として極めて現代的な様相である。
右都、左都では見かけなかった荷物運搬用ロボが走っていたり、飛んでいたりする。
電車から降り、地上に出た途端、潮の混じった冷たい風に吹きさらされ、永久は首をすくめた。
「アレだね」
和馬は高級そうな革手袋に覆われた手で横長な建物を指差した。
建物の大部分は白いのに、全体的に青っぽい印象を受けるいかにも水族館らしい建物だった。
その周りには海産物をメインにした飲食店や、マリングッズを売っている雑貨屋が軒を連ねている。
マリンテイストでエリア2らしくはないが、ここも人を呼び込む施設には変わりなかった。
「早く行こ。塩風味の氷になる。」
永久はそれらのものに一切興味を示さずに、目的の水族館にまっしぐらだ。
「ようこそ!マリンワールドへ!」
自動音声は聞く人が苛立っていることなんて想像はしない。
和馬と永久は家族づれやカップルが目立つ列に並びやっと券売機の前まで来た。
平日であることにより多少人は少ないものの、永久は早くもここはハズレ認定していた。
人が少ないと思っていたのに、アミューズメントパークには一定数人は訪れるようで、それなりに混んでいた。
風光明媚なエリア2に来てわざわざここに来るのは余程の水族館マニアか、雨天でやむなく予定を変更する人、または全て歩き尽くした人ぐらいだろうと永久は思っていたのだ。
実際には外国人観光客も多いし、学校の制服と思わしきものを着た学生の姿も見受けられた。
「長居くん高校生料金で良い?」
機械を操作する和馬の指先が小学生料金を指差していたので、永久は無言で和馬の足を蹴った。
和馬は笑いながら高校生二人分の料金を入れチケットを手に入れた。
「はい。どうぞ」
永久は和馬がチケット一人分差し出した手に500円玉を落としてチケットを抜き取った。
「別にいいのに」
そう言いながらも和馬はポケットの中に500円玉をしまった。
「奢られる筋合いないし」
いくら和馬の実家が金持ちだからといって、和馬に金を払わせたことはない。
それは樹も優太も同じことだ。
「ならおいらにくれ!!!金平糖買うぞ!」
静かなやり取りを永久の背中越しに見ていたウィルスバスターが騒ぎ出した。
三手に別れることになるのを知って、ユーセンは樹のフードからいつのまにか永久のフードに乗り換えていた。
樹のフードより低い位置にあったため入りやすかったようだ。
ついてきた理由を問い詰めると生きた動く魚を見てみたかったと漏らした。
樹が連れてきたのだから最後まで責任もって世話をしてほしかったが、気付いたのは特急に乗った後だったので連れていくほかなかった。
樹にこっちにいるとだけ連絡して現在に至る。
和馬に世話をさせようと思ったが、フードの無い服を着ていることを言い訳に永久に押し付けられていた。
「はいはい。その時はその時で買ってあげるよ」
「ホントか?で。ボン、おいらのチケットは?」
「ウィルスバスター料金はなかったからきっと無料だよ」
「良心的だぜ」
「早く入ろ。見終わらないよ」
二人の会話を打ち切るように永久はエントランスに向かって歩き出した。
「やけに乗り気じゃねーか」
ユーセンが冷やかすように永久の髪をワサワサと弄った。
永久はこそばゆそうに払い退けた。
「さっさと終わらせたいからね」
「なんだよ。つまんね!」
「だったら別の人についてけばよかったんじゃない?」
ユーセンは決まり悪そうにフードの奥に引っ込んだ。
「まぁまぁ、仲良くやろうよ」
「にしても、なんで水族館?どこの水族館もだいたいおんなじ展示してるし。」
しかもこのマリンワールドは系列の施設が地元のエリア11にも存在している。
どのエリアも学生の環境教育のため動物園、水族館、植物園など自然系博物館の設置を義務ずけられているからだ。
樹一押しの資料館よりはマシだが、わざわざ来たくなかったというのが本音である。
「チチチ、甘いぜ!」
ユーセンは生意気にも舌を鳴らしてフードから顔を出した。
「マリンワールドは世界各地の海洋生物だけじゃなくて、各施設の差別化を図るための地域限定常設展示と施設毎に飼育員が企画した期間限定イベントを開催中だぜ!」
ユーセンは得意げにユーセンネットワークの情報をひけらかした。
「へぇ、そうなんだ」
「ちなみにエリア11の目玉は『芋田川の生態系』だぜ!」
永久は背中でユーセンがドヤ顔をしている気配を感じた。
「ねぇ、そんなに知ってるんなら池の水の場所調べてよ。あとここに何があるの?」
「とんだヤローだぜ!ここまで来てなんで入らずに帰るんだ?!」
「ってことはやっぱり知ってて話さないわけ?」
ユーセンは聞かないフリをして口笛を吹いた。
和馬はまぁまぁと二人をなだめた。
「そう言わないで!チケットも買っちゃったから。ユーセンくんは知ってるけど見たことはないんだよ。付き合ってあげよ?ほらほら、ウィルスバスターと旅行出来るなんてそうそうないよ?いい思い出になるよ、きっと」
「どうだか……まぁいいや」
エントランスで再びマリンワールドへようこそ!と挨拶され中に通された。
早速イルカがお出迎えしてて、永久の肩の上でユーセンが騒いだ。
「ボン見ろ!あの人だかり!ハンドウイルカだぜ」
「ウンウンそうだねー」
ユーセンはフードから出て永久の肩の上に乗った。
「トワ!トワ!もっと前行ってくれ!いやいや!ボン頭の上乗せてくれ!」
ユーセンは和馬に向かって腕を伸ばした。
「えー恥ずかしいよ」
「ずっとフードに入れられてる僕の身にもなってよ」
「そう?なかなか似合ってるよ?」
永久は和馬の足を蹴ったが、和馬はカラカラ笑うのみで取り合わない。
永久はヌイグルミにしか見えないユーセンを連れ歩いていることが恥ずかしく思えてきたので、一刻も早く帰りたくなった。
「ユーセン、ここは何の展示してるの?多分わざわざ見せたいのはさっき言ってた地域限定の常設展だ」
永久はフードの奥にユーセンを追いやりながら尋ねた。
「チェ。もっと楽しもうぜ!」
ユーセンは永久の手をヒョイヒョイ避けて右肩、左肩に移った。
「この辺のはエリア11でも見れるでしょ?今度行けば?」
永久はなんとか言ってやってくれと和馬を見上げた。
「そうだよ。長居くんが連れてってくれるって!」
「勝手に約束すんな」
ユーセンは連れてってくれるの言葉に目を輝かせた。
「ホントか?!和馬もジュニアも皆だぞ!常設展はこの奥だぜ!『池の水の歴史』!!!嘘ついたら100ペイトウ飲ませてもらうぜ!」
和馬の一言でユーセンはスッポリとフードの奥にダイブした。
「『池の水の歴史』いかにもなタイトル」
「案外簡単に答えが分かるかもね」
永久は早く回りきってしまおうとイルカの水槽を後にした。
海洋生物に特に強い興味はないが入館料を払ってしまったからには全部見ないと損をした気分になってしまうからだ。
「今、こうしてまんまと口車に乗せられてココに来てるわけだけど。池の水ってホントにあると思う?」
見上げて話すと首が痛くなるので、永久は視線だけチラリと和馬に向けて会話した。
目の前の水槽ではトビハゼが悟りきった表情で、来訪者をガラス越しに眺めている。
「さぁ、このご時世インターネットで調べれば大抵の事は分かるけど出てこないもんねぇ」
和馬は外国人のように肩をすくめてお手上げポーズを取った。
池の水がどうしても飲みたい優太とは違い、池の水が見つからないことに対してあまり危機感は覚えていないようだった。
身を屈めて水槽の中を見ながら、なかなか動かないなぁとボヤキはじめた。
「いつものあの人たちに頼んでみれば?ビーオーエヌだっけ?」
「お!人使い荒いねぇ。彼らはメカニック専門だからお役に立たないかなぁ。一応慰安旅行だからそっとしておいてあげないと。分かったら連絡するようにとだけは言ってあるけど、ちゃんと探してるかは不明だよね」
「しっかり頼んでるんじゃないか」
トビハゼが水辺を跳ねたのを見て満足したようで、和馬は流れるように次の水槽に移行した。
「でも、妙だよね。ありもしないものだとしたら、歴代の修学旅行生はなんで池の水を探すんだろう?ないならどこかで噂がたち消えそうなもんなのに」
和馬の言う通り、間違った情報は淘汰され故意に拡散されない限りは消えていく。
「そもそもちゃんと正しく伝わってるのかな?池の水伝説聞いたのは昨日のバスの中だし。よくよく考えたら前橋さんから聞いたし。怪しい気がしてきた」
「前橋さん信用ないねぇ!」
その唯は今年修学旅行に行く高校3年生の演劇部の先輩からその話を聞いたのだという。
その先輩は姉がいてその姉から聞いたらしい。
いかにも噂話らしく発信源までは辿れなかった。
「洋子さんが全部教えてくれたらこんな探さずに済んだのに。急にいなくなるし」
永久は不満そうにギュッと眉間にシワを寄せた。
「まぁ仕方がないよ!あと手掛かりになりそうなのは王野くんのお姉さんぐらいかな?」
樹は池の水の真相を探るため歴代の修学旅行生である桜にメッセージを送った。
「いつもならすぐ来るのに、今回に限って返信がこないみたい」
結果はふるわなかった。
「残念。『一緒に行こ』って言われるの期待してたのにな」
「ミーハーめ……」
樹の姉は人気モデル安藤姫乃だが、永久はあまり興味がない。
「なー。永久は桜と会った事あるのか?」
ユーセンがフードから顔を出した。
「あるよ」
「いいなぁ!何か話した?」
「別に何も?」
永久の答えにユーセンと和馬はやれやれと首を降った。
「もったいないぜ!」
「贅沢だなぁ長居くん!」
永久は腹いせにフードの中のユーセンを掴み取った。
ユーセンは中に樹が入っていた時と違い、鷲掴みされていても落ち着きを払っていた。
「じゃあ、お前は何話すんだよ?」
「オイラが話すと驚くから、オイラ話さないんだぜ。それに桜はたまにしかジュニアの部屋に来ないんだぜ」
ユーセンは鷲掴みにされたまま永久の親指に頬杖をついた。
「いつも王野君の部屋にいるの?」
ユーセンはそうだぜと頷いた。
「桜が部屋に来るのは、ジュニアがいない間に掃除機かける時ぐらいだぜ!」
「「へぇ……」」
永久と和馬は口に出さず、部屋を勝手に掃除される樹に同情した。
淡水魚コーナーは終わりに近付きつつあり、永久と和馬は順路通りに海の魚達を見にいった。
海中の雰囲気を出すために照明は落とされているので、ユーセンは永久の肩の上にいることを許された。
「話戻すけど……廉造さんだっけ?先代達もあのおじいさんに唆されてきたのかな?」
「うーんたくさんパンフ持ってたし、常習犯の可能性もあるよね」
池の水を探しにきた学生にパンフレットを渡し、答えを聞きに来た学生に高額の水を買わせるという手口なのかもしれない。
「おいおい。レンゾーはそこまで悪いヤツじゃないぜ?」
「お前が悪い爺さんって呼んだんだろ。洋子さんもそんなものないって言ってたし」
ユーセンは生意気にも腕を組み、悩むそぶりを見せた。
「まぁきっと見た方が早いぜ」
「さっさと教えてくれればいいのに……」
永久の恨みつらみを聞き流したのか、聞いていないのか、ユーセンは水中を漂うクラゲに心を奪われていた。
海のコーナーの終わりに差し掛かった時ユーセンが声を上げた。
「ココ!これだぜ!」
「ナニこれ?空水槽……?」
他の水槽と違い彩りのないその水槽は客の目には止まらず、じっくりと観察するものなどいない。
色とりどりの魚や珊瑚を見た後なら尚更だ。
おまけに水の表面には油膜が張り、水中もよく見るとフヨフヨと得体の知れない物体が浮かんでいた。
「いや、ちゃんとした展示みたいだよ?お爺さんが見てほしかったのはきっとコレだね」
和馬は他の水槽と比べ若干長めのキャプションに目を通し始めた。
永久もそれにならい、キャプションを見上げた。
こうして二人は池の水の歴史について知ることとなった。
あけましておめでとうございます。




