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カリロボ  作者: 広瀬ジョージ
学園祭編
8/95

08.秘密交換

 樹がカレーを作りながら肩を落としていた頃。

 この世は俺を中心に回っていると思っている男がいた。


 いよいよこの日が来たぁ!


 木林森優太は家に帰ってくると制服から私服に着替え、原付スクーターのカギと、スマホだけ持って家を飛び出した。

 父は仕事、母は買い物に出かけたようなので誰も優太の外出を気に留めない。

 車庫の隅にある原付を引っ張り出して、カギを差し込みエンジンをかけた。


「おーい、優太。どこ行くの?」


 後ろから幼なじみの声が聞こえて、優太は全神経を強ばらせた。

 振り返るとやはり仁王立ちした愛希が立っている。

 制服から着替えて、薄手のパーカーに、ショートパンツにツッカケという簡単ないでたちだ。

 優太は体をひねりながら、制服よりも幼く見える幼馴染をチラリと見た。


「ちょっとそこらへんまで!」

「そこらへんってどこ?まあいいけど……」

 やれやれと愛希はため息をつく。


「それより、今度のテスト大丈夫なの?今度追試になったら冬休みも学校行くことになるわよ?」

「愛希!そこまで俺の心配してくれるなんて……!」

「おばちゃんが言ってたの。」

 おばちゃんというのは当然ながら優太の母である。


「なんだ……」

 優太が肩を落とすのを尻目に愛希は未練がなさそうにクルリと背を向けた。


「どっか行くならいいや。じゃあ……」

 来るものは拒まず、去る者は追わず。

 潔く実に愛希らしい。


 愛希の手には教科書と問題集の入った手提げ袋が握られていた。

 どうやら愛希は勉強を教えに来てくれたようだ。


「愛希~!ありがと~!」


 優太は幼なじみの心使いに感動して、持ち前のよく通る声で叫んだ。

 優太の声が通りによく響くと、愛希はわかったから早く行けと追い払うように手を振った。


 優太は愛希に向かって大きく手を振ると原付を発進させた。

 最後にミラーで愛希が家に帰ったのだけ確認する。

 愛希の姿はもう見えなかった。

 今頃うちの人とただいま、早かったね。などと会話を交わしているだろう。


 今から行く場所には誰にも教えてはならない。

 知られてはいけない。

 例えそれが幼馴染の愛希でも。


 目的地までは遠い道のりだが全く苦にならない。

 夕焼けのあぜ道を走り抜けていく。

 途中、巡回中の監視ロボが無免許運転を疑って寄ってきたが、認証が済み免許保持者と確認できると、また別の方へ飛んでいった。

 原付登校は帝都学園の数少ない校則に引っかかるが、制服を着用していない今は呼び止められることは無かった。


 目的地にたどり着いた時には、まだ日の長いこの季節でも、もうすでに日は落ちていた。

 ここはエリア11から少し離れた場所。


 日本では大まかに二つのエリアに分けられる。

 エリア11のような業務地区、そして業務地区と別の業務地区を繋ぐ鉄道の沿線に居住地区。

 その結果二つの地区は日本上をいびつな蜘蛛の巣のように張り巡らされる形になった。

 その二つの地区は監視ロボにより治安が守られている範囲だ。

 優太の家があるド田舎居住地区ですら監視ロボの守備範囲である。


 業務地区、居住地区どちらにも所属しない地区には監視ロボは配備されていない。

 監視されないため行動も制限されない。

 そのため違法行為が横行し、違法行為無しでは生きられなくなった人々もここに集まることになった。


 二つの地区からあぶれたこの地区は、人々が地区内で生活を完結できるように独自発展を遂げた。


 このような無法地区は日本上に点在する。

 優太がいたのはそのうちの一つだった。

 この周辺はアヤシイ店がわんさかあるし、それに引き寄せられる人、それがなくては生きられない人々も多くいる。

 学校では真っ先に立ち寄っちゃいけない所と教えられる。


 しかし、そう思っているのは監視ロボの管轄内の人々の偏見だと優太は思っている。

 ここにいる全員が悪い訳ではなく、どこも同じように悪い人や良い人がいるだけだ。

 ここにいる人々は革命前はここに追いやられることなく一緒に暮らしていただろうし、わざわざ守れない法律を作って、守れなかった人を犯罪者呼ばわりするのはおかしいように思える。


 地区の中にはここで生まれ育った人もいて、出生届も出しておらず、ここを出た瞬間に違反者になってしまう人も多くいると聞く。

 24時間体制で監視ロボが巡回している今の世の中では違反者はすぐに炙りだされる。

 たとえそれが制服を着たまま原付に跨っていただけだとしてもだ。

 革命時に導入されたこの監視体制は、国民に大きな犯罪抑制効果と、僅かとは言えない生きづらさをもたらした。


 あたりはヒッソリと静まりかえっている。

 かといって、全く人がいない訳ではない。

 やはり失業者らしき人間がいて、優太を興味なさげに一瞥してふらふらとあてもなく歩いている。

 小さな子供は群れながら、されど静かに遊んでいる。

 明らかに外からやってきた優太を見ると隠れるように路地裏へ入っていった。

 こういう風景が周りから恐れられるのだろうが、別に問題はない。


 エンジンを切って、最後は手で押して目的地の建物まで行く。

 着いたのは、いくつも建物を横に並べたような大きなガレージだ。

 壁の色が数メートル単位で不規則に変わっているのと、真っ直ぐになっていないため、知らない人が見ると中が繋がっているとは思わない。

 やはり人気がなく廃墟のような雰囲気が渦巻いている。


 並べた建物の壁を全てぶち抜いた構造の建物なので入り口は無数に存在する。

 優太はいつも東口から一番近い、錆びたトタンの入り口から入る。


 中には、いつものように古い錆びた自転車や真新しい奇抜なバイクなどが無数に転がっていた。

 全く乗り物に協調性はないが、ここは一応車庫という事になっている。

 その証拠にどこかの駅で拾ってきたと思われる、種類がバラバラの有料車輪止めがいくつかある。

 有料の物には比較的高価そうな乗り物が止められていた。優太は最低限のロックだけかけとめて、奥へ進む。


 次に薄れた緑色の引き戸が現れ開けて、やはり奥へ進む。

 そこは色々なものがおいてある倉庫だった。

 その中から自分のものを見つけ背負い、奥へ進む。

 

 最後に重々しい観音開きの扉が現れた。

 開けた瞬間にカラフルな光と爆音が優太にぶつかる。

 激しいロック調のBGM、笑い声、歓声、罵声。

 その空間は異様な熱気に包まれている。

 外からだとあんなに静かなのに、中には別世界が広がっている。


 ここはこの地区のありとあらゆる欲を満たせる中心地。身分もすることも違う人間たちが集まり騒ぐ場所。


ここは監視ロボの干渉は一切受けないため、あらゆる違法は見逃される。

 しかし、ここは学校で教えられるような殺人、放火などの犯罪が横行する無法地帯という訳ではない。

 ここでなにか起こせば、害を受けた人やその周りの人間が独自に罰を与える。

 その罰が例え違法であってもそれを取り締まる人もいない。

 どんなに残忍な罰でも周りが納得すればそれでいいのだ。

 なので自分の犯した罪以上の罰を恐れ自然と問題を起こす人は減る。


 ここでしか生活できない人はこの建物が機能しなくなることを一番恐れている。

 なのでここの場を荒らすものには容赦しない。

 放火なんてした日には想像絶する拷問が行われるのだろう。

 したがって、ここでは監視ロボがいないのにも関わらず均衡が保たれていた。

 

 優太の横では酒を飲みすぎて泥酔いしている中年達がいたが、目もくれず通りすぎる。

 970年代風の曲とミラーボールで踊る奇抜な人もいたが、それも通り過ぎる。

 何が横目に見えようと、我が道をゆく。


 優太は高鳴る鼓動と背負っているギターと重みを感じながらさらに中心部へ進む。

 如何なるものも俺を止められない!心境で言うとこんな感じだ。

 

 そう思ったが、「おぉ!」というどよめきに足が止まってしまった。

 何だよ……と思いつつ、目をやる。


 巨大倉庫の中央にはプロレスで使うようなリングが設置されている。

 ここでは、来るたびにロボット同士を戦わせる試合をやっていたはずだ。

 ロボット同士を博打のために戦わせる事は法律で禁止されているがここでは関係ない。

 ここでは誰も文句を言わない違法行為は平気で横行する。

 軽い気持ちで目をやったが、次の瞬間目を奪われていた。


 そこで試合を繰り広げていたのは、今日は人間だった。

 正確に言うと人間とロボット。

 しかも優太と同じ年頃の華奢な体つきの女だ。


 ミニスカートで回し蹴りをしていたりしていて、本来の自分ならいいもの拝めないかと鼻の下伸ばして観戦していたんだろうが、そこじゃない。


 あれって……井上?

 

 隣のクラスの井上に似たヤツが相手のロボットの首を蹴り飛ばした。


 バキャン!

 耳を塞ぎたくなる様な音を出して、ロボット首がもぎ取れた。

 見事な放物線を描いてこちらに飛んできて、優太は慌てて避ける。


 首をはねられたロボットは動かなくなり、勝負はついた。

 割れんばかりの歓声。


「勝者!マァァァァァァッッックッエェェイ!!!!!」

 道化のようなレフリーがたかだかと勝者の拳を天に突き上げた。

 観客達も一気に盛り上がる。


 ロボットの首は優太の立っていた真横の柱にあたってバキバキになった。

 気のせいかバリバリに割れた目の部分が恨めしそうにリングを睨んでいた。

 

 みな負けたロボットには当然興味がない。

 リング上にいたただ一人が負けたロボットに憐れみの視線を送る。

 その中で優太はロボットの首とリング上を交互に見た。

 その拍子にバッチリ目があった。


「井上!?」

 似ているのでもなんでも無い。

 本人だった。


 真華はレフリーに次回もリングに上がることを約束し、リングからおりると観客達の間を通って優太の方へ向かってきた。

 観客達の興味は完全に次の試合に向いていた。

 誰も気にとめる事なく、真華は普段の彼女では考えられない剣幕でズンズンこっちへ向かってくる。


 危うく逃げ出しそうになった。

 というよりも逃げ出そうとした優太の腕を、真華がボクシンググローブをはめた手で掴んでそれを阻止した。


「助けてぇ!」

 真華に強引に手を引かれて人目につかない暗がりに引きずり込まれていく。

 誰も試合に勝ったものがどこに行くかも関心がないようで、さっきまで夢中で見ていた観客達はやはり次の試合に見入っていた。

 こんな時ばかりは感心のない違法行為は野放しにするここの体制が恨めしい。


 ここの施設は複雑な構造になっていて、優太が行ったことのない場所も多数存在する。

 今真華に引っ張られている場所もそんなところだ。

 暗い事もあって、つれられるがままだ。


 優太は途中暗闇で、何か得体の知れない物を踏んだりぶつかったりしたが、真華はそんなのお構いなしに進んでいく。

 ようやくたどり着いたのは、やはり暗い部屋だった。


 なにも見えない。完璧な闇だ。


 騒いでいた人の声がだいぶ遠くに聞こえた。

 そこまで来て急に真華が手を離し、次にガチャンとドアが閉まる音がした。


 閉じ込められた?!

 

 そう勘違いして慌てふためいたが、すぐに電気がつけられた。

 真華は後ろに立っていて、ただ扉を閉めただけだった。


 明かりがついたことで部屋の全貌があきらかになった。

 コンクリートの武骨な壁に、整頓された勉強机、部屋の雰囲気には合わないがぬいぐるみが沢山いるベッド。

 ちぐはぐ感はあるがあきらかに自分の部屋より片付いている。

 女子の部屋にあった家具を、コンクリート部屋に移動したらこのような仕上がりになるのだろう。


「ここ、私の部屋。」

 真華がベッドの縁に腰掛けながら言った。

 声から不機嫌になっているのがよく分かった。


「あぁ、なるほど……」

 確かにコンクリート要素を覗けばこの部屋は、学校での真華のイメージにぴったりだった。

 手に傷だらけの、ボクシンググローブをはめてなかったら、さらに違和感なくぬいぐるみだらけのファンシーベットと同化できただろう。


 真華はベットの上で胡坐をかいた。

 その時ミニスカートの中に短パンを履いているのがわかった。

 

「そこに座りなさい。」

 かなり傲慢な言い方だったが、ここは彼女の部屋なのだから仕方がなく従った。

 その代わり、胡坐に頬杖という、最大限でかい態度をとった。

 突然連れてこられたのだから、こちらも機嫌が悪い事を示さねばならなかった。


「ここに何しに来たの?」

 真華は頭上から言葉を浴びせかけてきた。


「お前こそ、ここで何してんだよ?」

 優太も負けじとガンとばす。


「ここは私の家!私の部屋!私がいてなんか文句ある?」

「お前が連れてきたんだろ?別に文句ないけど……それより帰りたい。急いでるんだけど。」

 優太は腕時計を見た。

 先程まで時間があったが突然のアクシデントにより時間がない。


「なら約束してくれる?」

「何を?」

「私がロボットだって事、言わないで。」


「……」

 優太はしばらく思考停止した。


 真華は眉をひそめる。

 そしてハッとして、何かに気付く。


「今の聞かなかった事にして!」

 墓穴を掘ったのだ。


「イヤ、イヤ!もうムリだろう?!」

 優太は胡坐を崩して後ずさる。

 今、ようやく理解した。

 目の前にいる同級生は人間ではない事に。

 単純にここで戦っていることを黙っていて欲しいからここに連れてこられた訳ではなかったのだ。


 いつもロボット同士で戦っていたのに、今日だけなぜか人間が戦っていると思っていたが、今日も例外ではなかった。


 彼女もロボットだったのだ。


「あぁ……!」

 真華は自分の失態に顔を赤くして頭を抱えた。


 なぜ今まで気付けなかったんだ?

 しかし、目の前の真華はどこからどう見ても、普通の人間だった。


 しかもうっすら泣きそうになっていた。


「泣くな、泣くな!」

 お人好の優太は焦って慰める。

 真華はキッと優太を睨みつける。


「泣けないよ!ロボットだから。」

「サーセン……」


 真華に深呼吸させなんとか落ち着かせた。


「……まあ、そんなに気にすることなくね?」

 どうせ見た目で判断できないし。


 肩を落とす真華に声をかけると、真華は再び優太を睨んだ。

「ダメ!バカなの?!」

「なんでだよ?!」


 慰めてあげてるのに……

 もう放っていこうかな。

 あ、そういえばここまでどうやってきたんだろう。


 どっちにしろ真華がいなくては帰れないのだ。

 面倒くさい事になった。

 優太は大きくため息をついた。

 

 どうしてくれよう?と真華を見ると、彼女はそっぽ向いて口を開いた。


「誰にバレたって別にいい。でも樹にだけはヤだ。」

 呟くような、拗ねたような口調だった。


「イツキ……?」

 優太が首を傾げた。

 面倒くさそうでも一々反応してしまう。

 それが優太の性分だ。


 真華はそれを見て、怒ったような、呆れたような微妙な顔をした。

 とても彼女がロボットとは思えない複雑な表情だった。


「クラスメイトの名前も知らないの?樹、王野樹だよ」

 真華は名前を言って恥ずかしそうに下を向いた。


「あぁ……」

 下の名前、樹って言うんだ。

 王野樹といえば、超がつくほどのイケメンで、学校では知らない人はいない。

 噂ではモデルの安藤姫乃と付き合っているらしく、一緒にいたという目撃情報が多く寄せられている。


 彼は確かに、優太と同じA組のクラスメイトだ。

 と言っても、同じクラスだが、言葉を交わした事は片手で足りるぐらいしかない。


「なんで?」

「そんな事、わざわざ聞かないでよ!」

 真華はまた顔を赤くしてつっけんどんに言った。


「バレたら今までみたいに話してくれなくなるでしょ!」

「今、俺達バレた後で話してるじゃん。」

「樹はキバと違って繊細なの!」

「さいですか……」

 

「それに、こんなところで戦ってる女の子って……」

 真華は頭を抱えて項垂れる。


「いや、問題ないと思うけど?」

 無意識に胴着を着ている愛希の姿を思い浮かべていた自分にちょっと驚いた。

 愛希は合気道を習っていて優太よりも強かったりする。


「とにかく黙ってて!!!」

「よし、わかった!わかった!わかったから上まで連れてってくれ!」


 やっとここから解放されると思い、優太は思いっきり立ちあがった。

 真華はあっさりと承諾した優太に眉を顰め、じっとりとした視線を向けた。


「本当に?信用できない。」

 優太は大げさに頭を抱えた。


「だあぁ!めんどうぅ!」

 ついには声に出して言った。

 これほど今の優太の気持ちを素直に表している言葉はない。


 何しろ時間が迫っている。

 この機会を逃したらあと何週間後になるか分からない。

 何とかしてあの場所に行かねばならない。

 どうしたら彼女を説得できるか?

 

 優太は迷った末に結論を出した。

 それは中々良いアイデアに思えた。


「じゃあ、わかった。俺について来い!上まで案内しろ!」

 ついて来いと言いながらついて行くという支離滅裂な発言をしてドアの前に立った。


「言わないって証明できるまで出したくないんだけど。」

「今から見せてやるから!」

「……逃げないでよ。逃げたら……あのロボット見てたでしょ?」

 真華はそう念を押してしぶしぶ案内した。


 やはり帰り道も暗かった。

「こっち、こっち。」

 という声だけを頼りに進んでいった。


 こんな暗闇でもロボットである真華は、日の下を歩くのとさほど変わらない速度で歩いて行った。

 優太はやっと、元の場所に戻ってきた。


「シャバの空気はうまいぜ……!」

「何言ってんの?約束覚えてるでしょうね?」

「わかってるて。ついて来いよ。」 

 今度は優太が先頭になって歩き始めた。


「二階だ。」

 優太は螺旋階段の前で一度立ち止まった。

 優太にも知らない場所があったように、ここは真華にとって知らない場所のようだ。

 優太が階段に足をかけても、怪しそうに目を細めながら螺旋階段の先を見上げていた。

 

優太は水を得た魚のように二段飛ばしで駆け上がっていき、ゆっくりついてきた真華を早く早くと急かす。

 ここから真華の戦っていたリング、踊る人全てが一望できた。

 螺旋階段の先は、天井に吸い込まれている。

 優太は先に上り切り、すぐ後に真華もついてきた。

 

 階段を上がりきったその先には、レコーディングスタジオが広がっている。

 真華はその光景に驚いたようでキョロキョロしていた。


 二人で部屋に入るとヘッドホンをつけた男が回転椅子を回して振り返った。

 男は左目に眼帯、右頬には一直線に傷がはしるという痛々しいいでたちだったが、人懐っこい笑みを浮かべていて、小奇麗な服が、彼がここの住民でない事をそれとなく物語っている。


 彼はここの主、牧原だ。

 優太と一緒で、普段は別の仕事をしているらしいがここでの牧原はDJだ。


「おい、木林森!遅い!」

「ごめんなさーい!」


 状況がのめない真華は視線で説明を促した。

 だが口で説明するよりも見てもらった方が早いだろう。

 真華はひとまず置いておいて準備に取り掛かる。


「どうも。君も歌いにきた?」

 作業を始めた優太の代わりに牧原が口を開いた。

 顔に似合わずリズミカルでさわやかな美声で、真華も少し驚いたようだ。


「歌?!ちがいます!あの……今から何するんですか?」

 男は笑って真華に椅子を差し出した。


「まあ、見てて。もうすぐ始まるから。」

 それっきりで前にある機械をいじり始め、真華は仕方がなく椅子についた。

 

 優太は準備が整うと防音室に入った。

 いつもは牧原しか見ている人はいないので少しばかり緊張する。

 牧原が気を利かせて真華にもヘッドホンを手渡した。


 程なくして部屋に事前に録音しておいたギター音源が流れ始めた。

 その音を聞いて、真華が口に手を当てた。

 心底驚いているようだ。

 それが自信となってこわばっていた神経がほぐれた。

 

 脳内指揮者が指揮棒を一振りしたと同時に歌い出す。

 真華にも歌声が聞こえている筈だ。

 さっき会ったばかりの牧原に何か興奮気味に話しかけているのが見えた。


 レコーディングが終わると優太は部屋を出た。

 

「どーだ見てたか?」

「見てたよ……!ギター男、キバだったんだね」


 自分が巷で話題のギター男であること、これが今優太の持っている最も重大な秘密だ。

  

「で、これで井上も俺の秘密知ったんだから。秘密交換だ。俺がバラせば、お前もばらす。お前がバラせば、俺もバラす。それでいいだろ?」


「なんか、秘密の重さ違くない……?」

「ファッ?!?!」


 自分の持てる最大の秘密を教えたというのに……!


 優太が目を見開いていると真華がクスクス笑っていることに気がついた。


「ウソ、ジョーダン。わかった……約束だよ!」

 真華が拳を宙に突きだした。

 ずいぶん男っぽいマネするんだなと戸惑いながらも、優太は拳を突き合わせた。


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