24.月夜は見てた
深夜左都、某駐車場にて。
与多は男が落とした注射針を拾うと地面に押し付け針を折り、中身を押し出して捨てた。
これで得体の知らない薬を打ち込まれることはないだろう。
冷静にこれらの事をやってのけた与多は恐ろしくもあるが、カッコいいと思ってしまうのが正直なところ。
地面につんのめっているユーセンを見て美幸は我にかえる。
「ユーセンくん大丈夫?」
手を貸そうにも地面にべったりと張り付くように倒れている。
どう起こそうか戸惑っていると罵声を浴びせられた。
「何しやがる?!」
「こっちのセリフだ。お前らは人攫いの類か?監視もあるし捕まるぞ」
「ハッ!それはどうだろうな?」
男はヨロヨロと立ち上がった。
ヤケに強気だ。
与多は美幸とユーセンを庇うように、男との間に入った。
「今日のところは引き上げてやる!」
拍子抜けすることに男は車に乗って、タイヤの擦れるイヤな音を響かせながら駐車料金も払わずに出ていった。
その際に車体をぶつけることで開閉バーを破壊した。
与多も言ったように、ここエリア2では文化財も多く、常に監視の目がある。
犯罪は見過ごされることなく、罰せられる。
それが大きな抑止力になっている筈だった。
正気の沙汰ではない暴挙に驚き、美幸は思わず与多の服を掴んだ。
「何アレ……?」
「さぁ?」
与多は振るった拳を解き、宙で熱を冷ました。
「手、大丈夫?」
「平気」
与多の涼しげな眼差しがユーセンに向けられた。
美幸は今破局の危機にある事を思い出した。
「あのね……っ!この子はユーセン君って言って……」
美幸があたふたと説明をしていると下の方から呻き声が聞こえた。
「ふぇ……えぐぅっ……」
「ユーセン君大丈夫?!」
「守れなかった……おいら、バスター失格だぜ……おいらなんのためにいるんだ???」
「もう、起きてよ!それより無事だった事を喜んだら?!さっきの何、誰?!」
美幸はつっ伏せているユーセンを慰めるように体を揺さぶった。
それでも動かないユーセンをどうしたものかと与多に助けを求める。
与多も困惑したように美幸を見つめ返す。
「ユーセン君!」
遠くから弾むような美声が聞こえてきた。
「テツ?!」
ユーセンはガバっと体を起こし、声の主を探した。
「こっちだよ」
その声とともに姿を現したのは社会人風の男性だった。
サラリーマンというよりは自由業風の雰囲気が漂っていて、頰には大きなガーゼが貼ってあった。
テツと呼ばれた男の姿を見つけるや否やユーセンはたちあがり、飛びついていった。
その様子は犬が飼い主に向かって一直線に走っていく様子に似ている。
美幸もそのなつきようを見て、可愛がっていた野良に飼い主がいたというような切ない気分を味わっていた。
「探したよユーセン君。でもその格好で頬擦りはやめてほしいかな?」
ユーセンは構わず頰を埋めている。
テツはユーセンが離れないのを悟るとユーセンを抱え引きずるようにして、こちらに近づいてきた。
「うちの子がお世話になりました。わがまま言って、だいぶ振り回してしまったでしょう?」
「あ、いえ……!」
美声の常識人の登場に面食らう。
「あなたは?」
常識人の登場に安心しきっていたが与多はまだ警戒を解いていないようである。
「私はこういうものです。片手で失礼」
テツは器用にユーセンを抱える手とは逆の手で、名刺を差し出した。
こちらは両手で形式に則って受け取ると早速文字を読み取った。
「松田カンパニーBON課長、牧原哲男……さん?」
「そう。BONっていうのは松田家のご子息の身の周りを世話する対策課なんだ」
そんな特殊な課があることも驚きだが、ユーセンの破天荒さとテツもとい、牧原の自由業的な雰囲気も相まって妙に納得した。
「あの、さっきの人達は?」
牧原はあぁ、と呟いた。
「身代金目的の誘拐かな?」
「あるんですね、そんなこと」
えぇそうですと牧原は頷いた。
「本当にご迷惑おかけしました。ユーセン君も2人にお礼言いな」
ユーセンはこくりと頷き、牧原から離れた。
「美幸、平介。また遊ぼーな!」
ユーセンは美幸に腕を回すとスリスリと頬擦りしてきた。
ちょっと!
平介君の前でやめてよ!
手が離れた後に文句を言おうと思ったが、ユーセンは与多に手を回した。
背の高い与多にぶら下がるようにして、頰を合わせた。
「っ?!」
与多は突然の頬擦りに言葉を失っていた。
「ユーセン君っ!!!」
ユーセンは悪びれずヒョイと手を上げ、いつの間にか駐車場の出口に立っていた牧原を追って走っていった。
牧原に追いつくと牧原はこちらに向かって頭を下げたが、ユーセンは振り返らなかった。
用が済んだら実にアッサリとしていた。
「いっちゃった……」
与多も横で呆然とユーセンを見ていた。
2人だけが取り残される。
「帰るか」
「うん」
肩を並べて歩き出す。
帰り道は二人の間に妙な間が空くことはなかった。
与多が歩幅を合わせて歩いてくれているのがわかる。
もうよそよそしく振る舞う必要が無いことを互いが分かっていた。
「もう愛想つかされたかと思った」
「違うからね!ユーセン君とは何もなかったから!」
与多は口角を少し上げて、クククと笑った。
「分かったよ、何となく。女に対しても男に対してもあんなんなんだろ?」
ユーセンが与多にも頬擦りをお見舞いしたおかげでスッカリ争う必要のない相手だと認識されてらしい。
「そう!洋子さんにもあんなんで大変だったんだから!」
日付が変わる前ユーセンに出会ってからこれまで何があったか思い出しながら話すと与多は笑いながら聞いてくれた。
「ユーセンって言ったか?あいつどこかで……今日の団体客か?」
「なのかな?」
結局それは分からず仕舞いだ。
与多は首を振った。
「そうかもしれないけど、もっと前……」
「平介君もそう思う?!」
だからついていっちゃったんだよねぇ、と美幸はおどけて見せた。
「それと美幸、やっぱり橋の上で待ってたんだな」
出会ったところから話したら橋の上で待っていたことがバレてしまった。
「うん。出る前にメッセージ気がつかなくって……」
「ごめん」
「気付かなかったのが悪いんだよ」
再び二人の間に沈黙が生まれた。
気が付けばもう家だった。
料理人の与多の朝は早い。
時たまの外出の時ならこれでお別れだが、今日は何となく二人フロントロビーに留まっていた。
付き合う前、こうして二人でロビーで顔を合わせていた。
キッカケは何だったか。
付き合い始めてからは人目をしのび外で会うようになった。
それから時が経つと与多は大切な仕込み作業を任されるようになり、学生の美幸とは会う時間が少なくなっていった。
夜となり演奏を中止している月夜が目に入る。
しゃんと背筋を伸ばしているのに、少し項垂れたその姿は琴を奏でている間にうたた寝をしてしまったように見える。
不意に月夜を労うように月夜の手に触れた人物が脳裏に浮かんだ。
「ねぇ。覚えてる?月夜を作った技師さん」
「あ、そういえば」
ユーセンに既視感を覚えたのは、PC画面に漂っているからでも、松田カンパニーの御曹司だからというわけでもなかった。
昔、本人ではない、よく似た人物に出会っていたからだ。
器用で、怪しく、美しい男だった。
そして感謝もしてるのだ。
同じ旅館に住みながらも接点のなかった美幸と与多を結びつけたのは彼だったから。
「何年前だっけ?」
「7年ぐらい前か」
確かその時美幸が中学生だったから正しい筈だ。
与多も同じ人物を脳裏に浮かべているようだった。
「似てるな」
ユーセンと彼の姿はそっくりで、ユーセンが歳を重ねたら彼の顔になるのだろうと思う。
「技師さんの名前なんて言ってたっけ?」
与多は手を伸ばし月夜のネームプレートを手に取り、裏返した。
「『安藤夜』」
「そうそう!変な人だったよね」
「だな」
安藤夜は珍しくエリア2に大雪が降った夜、この宿にやってきた。
雪のせいでありとあらゆる交通機関がストップし、足止めを食らった観光客がこの宿にやって来ていた。
安藤夜がやってきたのは最後の一部屋が埋まった後だった。
安藤夜は体の倍程もある荷物を引きづりながら運んでおり、本人も凍りかけていた。
雪の中放り出すわけにも行かず、風呂とフロントのソファ一つを彼に貸し出すことにした。
すると彼はソファー一つ分のスペースで荷ほどきを始め、信じられないことに、工具を広げてロボットの部品を組み立て始めたのだ。
女将である祖母が注意しようにも、彼は言いつけをしっかり守り、ソファにぎっしりと工具を敷き詰めて使っており、迷惑もかけてはおらず、注意するべき点が見つからなかった。
安藤は限られた狭いスペースでロボットを作り続け、ついに雪が解けた頃には大きなパーツは大方完成させた。
その頃にはフロントロビーでロボットを作る男は館内の名物になっていた。
お客にも完成を待ちわびる声が聞かれ、彼の姿を眺める人も多く見受けられた。
美幸も与多もその一人だった。
部屋が一つ空いた頃には、女将、若女将、料理長などが少しずつ場所の使用許可を与えたお陰でフロントロビーは彼の仕事道具で占拠されていた。
部屋も使ってないし、お代もいらないから完成までここにいたら?と女将が唆した結果、彼は結局1ヶ月近くそこにいた。
製作中のロボットが完成した夜、安藤は見物に来ていた美幸と与多を呼び寄せた。
『できたよ。名前は月夜』
1ヶ月経ってできたのは見たこともないぐらい美しい演奏ロボットだった。
安藤は二人の前でここがこうでなどと説明を加えながら操作した。
『『スゴイ』』
その時声を発したのが美幸と与多が互いの声を知った時だった。
お互いの存在だけは認識しつつも言葉は交わしたことがないので、声が重なり気まずい空気が流れた。
安藤はそんなこと気にするわけでもなく、二人に向けて話し続けた。
『じゃあ、出来たし僕は帰るね。月夜はこの街がよく似合うから、ここにいさせてほしいな』
二人は思わず顔を見合わせた。
『安藤さん帰るの?』
呆気にとられてものが言えない美幸の代わりに与多がたずねた。
『うん。お金はいらないって言われてたしもう帰る』
『え?!今から?!』
『雪も解けたし』
『それはそうだけど……』
安藤の決心は変わらないようだった。
『みんな忙しそうだから、あとで帰ったって言っておいてね』
『安藤さん、これ、月夜は?高いものなんじゃないの?』
『材料費で言うとね。でも会社のお金だから』
『尚更置いてっちゃダメじゃないの?』
安藤はニッコリ笑うだけだった。
『月夜と同い年ぐらいの二人に友達になってあげてほしいな。』
「ロボットに友達ってね」
「でも、月夜の前に集まってただろ」
「そうだね」
見たこともないような整った顔の男の言葉には何か特別な力があったのではないかと思うほど、二人は律儀に言いつけを守った。
結局そのあと安藤はコンビニに行くような軽装と別れ方で出ていったきり帰ってこなかった。
月夜は安藤が宿泊料代わりに置いてったのだと解釈して、安藤が月夜を生みだしたフロントロビーが彼女の定位置となった。
それから松田カンパニーに資金援助を受けるようになり、フロントロビーが綺麗に改装されても月夜はそこにいる。
「そういえば月夜のとこに集まるの久しぶりだな」
「ホントだね」
フロントロビーは人目に着くという理由で旅館の外で会うようになった。
自然とフロントロビーにいた月夜との距離も離れてしまった。
もしかして月夜が寂しがってユーセンを遣わせたのだろうか。
だとしたら……
美幸が口を開きかけた時、与多がなぁと美幸に呼びかけた。
「美幸が良ければさ。おやっさんにそろそろ言おうか」
「え?いいの?」
「隠さなくていいならさ。またここで待ち合わせできるだろうし」
今丁度またここで会いたいと言いかけたところだった。
美幸が驚いて反応出来ないでいると、与多はつけたすように再び口を開いた。
「それに今回はまぁ良かったけど、外で待ち合わせるのも危ないし……」
言い終わる前に美幸は与多の胸に飛び込んだ。
「これからは気にせずイチャつけるね!」
「そうだな」
美幸の頭の上で与多が笑ったのが分かって、美幸は一層強く与多を抱きしめた。




