23.エンカウント
樹はメッセンジャーバックの中で揺られながら、涙を流していた。
なんでこんな目に!
普通に旅行を楽しみたかっただけなのに!
追い討ちをかけるように聞き捨てならないセリフが頭上から降ってくる。
「この調子で王野キョウダイもゲット出来るといいんッスけどね!」
今王野キョウダイっていってなかった?
樹は泣く事をやめて光が漏れている場所目指して頭を押し付けた。
めげずに何度もやっていると穴から頭を出すことに成功した。
代わりに抜けなくなった。
「二人がどうしたんだ……?」
ユーセンの話し方を真似て問うと丸山が樹を見下ろした。
「これから誘拐するんッスよ!」
「なんでそんなことするんだ?」
「それはねぇ、新しいロボット作るからッスよ」
丸山は顔を出した樹の頭を人差し指で撫でた。
中身は高校生男子なのでこのような扱いには寒気がするがそこは文句は言わず、グッとこらえた。
「なんでも今いる人の姿をそのままロボットにして動かせるらしいッス!すごいっすよねぇ」
「そんなことできるのか?」
「ずっと前から技術はあったらしいッスよ?なんでも安藤さんが第一号になるはずだったらしいッスけど。25年前、安藤さんが脱走しておじゃんになったらしいッス!」
それは樹にとって初めて聞くことだった。
25年前というと姉が生まれるよりも少し前。
母が酔っ払う度話す二人の馴れ初めの時期と一致する。
「大学で会った先輩と駆け落ちして子供二人も作ってたんだから仁科もハヌケもカンカン!あぁ、ハヌケって言うのは俺らのボスッス。それにMac-Aを逃して匿ってたんでついにクビ!」
丸山は手を首の横でヒラヒラさせ、面白可笑しく話しているので、父とはそれほど親しくはなかったようだ。
やはり父は特殊なロボットを作る組織の一員であったようだ。
家族より仕事を選んだ筈の父だがクビになっても樹達のところには帰ってきていない。
一体今どこにいるのか。
「クビだけに留まらず、愛しい我が子を殺されちゃうなんて、悲しい話っすよね……」
丸山はしょんぼりとして見せたが対して悲しんでいる様子はなかった。
「殺す?!」
樹は急に出てきた物騒な単語に震え上がった。
「却って長生きはできるかもしれないっすね。肉体はサイボーグになるんで。精神はポイらしいッスけど。本人の意思はなく動き続ける。それって生きてるっていうンスかねぇ?」
「おい丸山!ベラベラ喋るな!告げ口されたらどうする?」
「し、しねーぜそんなこと!」
「もし喋ってみろ。BONに引き渡す前に粉々にしてやるからな」
この姿で粉々にされたら?
無事で済むだろうか。
「モー兄貴!怖がっちゃったじゃないっすか!おぉ、ヨチヨチ怖くないっすよぅ!」
丸山が頰をプニプニと摘んだ。
「でも残念だったな!二人には山下兄妹っていう強い味方がいるんだぜ!」
虎の威を借りるとはまさにこの事。
彼らは当然二人の強さは知っている筈だ。
二人に相談すれば力になってくれる……筈だ。
何となく今は山下をすんなりと勘定に入れることはできなかった。
三内は苦虫を噛み潰したよう顔をしかめた。
「んなこと知ってる。家の中まで一緒に入られたんじゃ手も足もでねぇ」
樹は家の中という単語を聞いて震え上がった。
家の中の様子まで彼らに筒抜けだ。
もし、姉や自分が一人の時に二人が来ていたら?
自分達は知らずのうちに山下兄妹に守られていたようだ。
「そうそう。なっかなか一人にならないんすよねぇ……圭と姫乃ちゃんってデキてるンスかね?」
「知るかそんなこと」
「そ、そうだぜ!アネ……桜とはカタトキも離れることはないんだぜ!!!」
「やっぱり?!俺ショック!姫乃ちゃん全然スキャンダル出ないと思ったらマネージャーとデキてるってそんなのアリっすか?!」
ハッタリだが姉に近づけないようにするには有効だろう。
「ウルセェ丸山。今更だろ?一瞬隙さえ作りゃイイんだ。コッチにはハヌケが用意したクスリも……」
三内が言いかけたとき声が割って入った。
「オウオウ!待て待て!そいつを返せ!」
飛んで火に入る夏の虫。
その事に気がついていないのは本人だけである。
「ちょっと一緒に来てもらおうか?」
「なんでだ?」
ユーセンは樹なら絶対しないようなあざとい仕草で首を傾げた。
「ユーセン逃げて!!!!」
樹は身を乗り出し力一杯叫んだ。
しかし出せる音量に制限がかかっているのかあまり大きな声は出なかった。
もしユーセンの耳に入っていたとしても、その忠告は無視していただろう。
ユーセンは三内に向かい、拳を振るった。
「グッ!」
鎖骨と鎖骨の間に入ったパンチは三内に衝撃を与えたが、ダウンジャケットの厚みがあったため強いダメージは与えられなかったようだ。
ユーセンは素早く後退し次は丸山にハイキックをお見舞いした。
これは命中し丸山は潰れたカエルのような声を上げて後ろに倒れた。
「ギュエ」
「ヒィ!!!」
当然丸山のメッセンジャーに入っていた樹も一緒に吹き飛ばされた。
メッセンジャーバックは丸山の腹の上に着地した。
ユーセンは丸山が倒れたのを確認するとターゲットを三内に移した。
メッセンジャーバックの中から成り行きを眺めていた樹は、俊敏に動く自分の体を見て、運動能力とは精神に宿るのだと知った。
ユーセンは何発も蹴りやパンチを当てているが、攻撃を繰り出しているのが樹のもやしボディなので、一撃一撃が軽くいまいち効果がない。
日頃の運動不足が悔やまれる。
振るった拳が顔面に命中した時は三内も呻き声を上げ鼻頭を押さえたが、ユーセンも悲鳴をあげて拳を押さえた。
三内よりもむしろユーセンの方がダメージを受けてしまったようだ。
三内はユーセンを突き飛ばして応戦した。
ユーセンは再び立ち向かう。
ユーセンは右ストレートを繰り出すが三内は巨体に似合わぬ素早い動きで避け、目標物を失ったユーセンは空振る反動で大きくかしいだ。
三内は攻撃を避けると身体の前に飛び込んで来たユーセンをあっと言う間に羽交い締めにした。
「丸山薬持ってこい!」
「はい、アニキ!」
三内の命令で丸山が急に動いたせいで樹はメッセンジャーバックごと大きく振り回された。
「離せ!」
ユーセンは手足をバタつかせているが、体格差のある三内には手も足も出ない。
暴れまわり体力を消耗しているように見えた。
樹はスピーディな展開に呆然とすることしかできない。
丸山は慌ただしく車の中を捜索する。
メッセンジャーから顔を出したままの樹はそのせいであちこちぶつけられた。
存在を忘れ去られているようだった。
ユーセンが視界から消えた代わりに、目の前に怪しいアタッシュケースの中に怪しげな小瓶が数個と注射器が入っているのが見えた。
「ヘイ兄貴!どれにしやしょう?」
丸山が小瓶を手に取り叫ぶ。
「どれでもイイわバカ!早くしろ!!!」
丸山は三内に急かされ、車内を慌ただしく瓶を一つ開け注射器で吸い上げた。
どう見ても注射器に慣れている様子はない。
丸山はそのまま注射器を持ってユーセンの元へ向かった。
ユーセンはそれを見て一層激しく暴れまわった。
「ハーイ。針折れるんでジッとしててくださいねぇ」
注射器の中身は毒物か何かだろうか?
樹はメッセンジャーバックを激しく揺らすなどして抵抗を試みた。
「やめてください!!!」
女の人の声と共に大きな握り拳が三内の顔にめり込んだ。
「アニキィ!!!!」
丸山が悲鳴をあげ、三内は抑え込んでいたユーセンもろとも倒れ込んだ。
ユーセンは拘束が解かれると転がり、素早く距離を取り立ち上がった。
この俊敏な動きは樹には出来ないので、今は中身がユーセンで良かったと思った。
そしてユーセンは樹に向かって手を伸ばした。
しかしユーセンの手は空を切り、指先が樹の前を掠める。
丸山が尻餅をつき、手にした注射器が地面に転がった。
三内も地面に倒れていてこちらを見ていた。
「丸山逃げろ!」
三内の命令に丸山は返事もせずに走り出した。
「待て、フータロ!!!」
「アレ?!知り合いでしたっけ?!」
丸山は器用に走りながら問いかけた。
「ヒィィィィ!!!」
樹はと言うと丸山が走る衝撃に激しく揺られ悲鳴をあげていた。
荒ぶるメッセンジャーバックから見えたのは三内が足を掴んだことにより、ビタンと地面に引き倒されたユーセンの姿だった。
「ここまで来ればイイっすね!アニキ捕まってないとイイんすけど」
丸山がメッセンジャーバックを開けたことにより引っかかっていた頭が抜け、樹はバックの底に転がった。
丸山は対して気にも止めずスマホをいじり始めた。
樹が再び顔を出そうかとよじ登り始めた時、頭上からスマホが降ってきて、叩き落とされた。
もうこんな体嫌だ……!!!
目に涙が滲みそうになった時、バックの外に気配を感じた。
「あの……お兄さん」
「え?オレっすか?」
バックの外で丸山が誰かに話しかけられていた。
「そのユーセンのぬいぐるみ私のなんですけど……返していただけませんか?」
助かった!
きっとBONのメンバーだ。
「え?BONのじゃ?!」
丸山が驚きの声を上げた。
「いえ、私の手作りなんです。宿で落としちゃったみたいで」
BONじゃない?
確かにBON女性陣と話し方も違うし、若い少女のようだ。
「あ、そうだったの……?いやぁ、別の知り合いのかと思ったんすよねぇ!」
三内はまるで盗るつもりは全くなかったと言うような口ぶりだった。
「ふふふ。返ってきたらそれでいいのです」
バックの中に手が入ってきた。
樹はバックの奥に逃げて伸びてくる手を避けた。
やがて、ふと丸山が動きを止めた。
「いや。待ってくださいっす。レディバグと交換でBONは『わかった』って言ってまし……」
「私あなたが宿のフロントに置かれたのを勝手に持っていったところ全部見てたんです今返していただければ何も見なかったことにできます返してください」
少女の声は食い気味に淀みなく、ツラツラと冷静にまくし立てた。
樹は直感的に声の主に会いたくないと感じた。
「わ、わかりましたよ!」
樹が直感したのち、丸山の手に捕まった。
勢いよく引っこ抜かれてバッグの外に出た。
丸山に柔らかい壁に叩きつけられる。
「返しましたからね?!」
遠ざかる丸山の足音。
樹は恐る恐る上を見上げた。
それと同時にギュッと抱きとめられる。
女の子らしい柔らかい感触に包まれているというのに樹は寒気を感じていた。
二つの瞳が樹を見下ろしている。
恍惚とした表情でこちらを見ている。
それは大好物を目の前にした人の顔に似ていた。
「王野先輩。可愛いです。素敵が止まりません」
樹は小さくなった体を撫でられてヒィっと悲鳴を上げた。
なぜ彼女がここに……?!
樹の考えを見越したように、口を開いた。
「お会いしたくて来ちゃいました」
帝都学園高校2年、佐藤美沙はうふふと微笑んだ。




