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カリロボ  作者: 広瀬ジョージ
エリア2編
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22.追跡

 美幸はユーセンの説得を試みながら階段を下りていた。

 ユーセンはひとしきり泣いた後、涙で腫れた目も隠さずにふらりと外に向かった。


「ユーセン君、謝って部屋帰ろうよ。ね?」


 じゃないと私も寝れないじゃない!とは思っても言わなかった。

 かといって彼をおいて一人で眠りにつくほど薄情にはなれない。


「嫌だね!」

 ユーセンはそういうとまたふらふらと歩き出した。


 洋子から借りた着物姿のユーセンはエリア2に馴染んでいるように見えたが、分かれ道に突き当たっては立ち止まり迷いを見せた。


「勝手にしなさい!もう置いてくからね」

 そう言えば寂しくなって戻ってくるかと思いきや止まらない。


「おう」

 ユーセンはヒラヒラと手を振ると未練がなさそうに前を向き再び歩き出した。

 はじめは道案内役に美幸を強引に連れ回していたが、もう道案内は必要ないらしい。

 

 

 深夜とて人が皆無な訳ではない。

 道行く人は彼の姿を一瞥し、ある人は上から下までじっくり眺めていたりする。

 ユーセンが一人になれば声をかけてくる人もいるかもしれない。

 そしてそれが全員善人とは限らない。


 美幸は仕方がなく後を追った。


「およ?ついてくんのか美幸?」

「……ユーセン君、機嫌直しなよ」

「嫌なこった!おいら悪くないもーん!」


 ユーセンは赤い舌を出して見せた。


「そんなこと言って……」


「なぁ、美幸!どっか遊びに行こうぜ!楽しいところないのかよ?」

「もうこの時間にはありません!」

 美幸はベタベタとまとわりついてくるユーセンをあしらいながら、少し歩いて旅館までユーセンを誘導しようと考えた。

 一歩先を歩き、分かれ道には気づかれないように旅館へ戻る道に足を向けた。

 ユーセンはそうとは気づかず、後に続く。


「ユーセン君、仲直りしに行かなくっていいの?」

 気づかれないように話題を振ることも忘れない。


「いいもーん」

 ユーセンは美幸にまとわりつくのを止め、代わりにボロボロと涙を流し始めた。


「おいら帰りたい……」

「帰ろうよ!」

 ユーセンの手を引くとユーセンは立ち止まり激しく首を振った。


「部屋に帰りたいんじゃないやい!」

「え?お家に?!」


「おいら家ない」

 冷たい空が余計に凍てついた気がした。 


 この世には色々な人がいる事は理解している。

 家が無い人もたくさんいるだろう。

 『家』という言葉を言葉そのものとして受けたにせよ、精神的なものにしても。

 

 わがままがまかり通ってしまうほどベタベタに甘く育てられたように思っていた。

 彼の口からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。

 どう反応するのが正解なのか分からず、美幸はユーセンを真っ直ぐに見てしまう。

 

 ユーセンは目から大粒の涙を流しきょとんとした目で美幸をみていた。

 藍色の瞳は見ているだけで吸い込まれそうである。


 美幸が何も言わないのを見てユーセンが口を開いた。

「おいら特定の家なんてのはないんだぜ?」


 ユーセンはなんてことのないようにまた歩き出し、歩きながら続けた。


「おいら買われたところに行って、用が済んだら消されるんだ。たまに、ずっと置いてくれる人もいるけどな」


「ユーセン君、それって……」

 かける言葉が見つからない。

 

 あった時からパーソナルスペースがかなり狭かった。

 肌は雪のように白いし、横顔は誰の目から見ても美しい。

 それに何より着物を借りた時、人前で着替えることをためらわなかった。


 良くないことを連想してしまう。


「美幸はおいてくれてるよな」

「え?!私?!」

 その一言で思い違いがあったとわかる。

 安心したと同時に疑問符が浮かぶ。


 私が、置いた???


 ユーセンは不思議そうにと言うよりも呆れたように首を傾げた。


「わざわざ、写真数枚の為に18900円(税抜)払ったろ?」

「……なんでそんなこと知ってるの?」


 すっと背筋を冷たいものが通った。


 写真数枚も18900円(税抜)の買い物にも覚えがあった。


 愛用のパソコンがタチの悪いウィルスに侵されて見られなくなった思い出の写真。

 見られなくなったのはたった数枚だけだったが、どうしても諦めがつかずウィルスバスターを購入したのだ。


 そういえばそのウィルスバスターの名前は……

 彼の正体は雪の精なんかよりもずっと電子的なのかもしれない。


「ユーセン君、そうだ。そう言えば名前、宿泊者名簿になかったけど、どういうこと?」


 確かめちゃいけない。

 彼が急に理解を超えた得体のしれないものになってしまいそうだ。


「おいらは……」

 急に電源が切れたようにユーセンはしゃべらなくなった。


「なに……?!何か言ってよ!」

 美幸はユーセンの前に回り込み体をゆすった。

 その時藍色の目が美幸を見ていないことに気が付いた。


「隠れろ美幸!」

「どうしたの?!」

 美幸はユーセンに腕を掴まれると暗がりに引きづり込まれた。

 素性のしれない男に連れ込まれていると言う危機的な状況だが、相手がユーセンなので今度は何?としか感想が浮かばなかった。


 それからすぐ美幸達がいた位置に男二人組が現れた。


「くすぐったいっすよ!暴れ回らないでほしいっす」

 奇妙なことにニット帽を被った男は一人でニヤニヤと笑っている。

 美幸は関わるつもりは毛頭なかったが、より警戒して距離を置く。


「おい、うるせーぞ。電源切っとけよ、それ」

「電源なんて夢のないこと言わないでよほしいっす!そんなもんなかったと思うっすけど?」


 上司っぽいドレッドヘアの男に促されるとニット帽の男はカバンの中に手を突っ込んだ。


「ジュニア?!」

 カバンから出てきたヌイグルミを見てユーセンは悲鳴のような声をあげた。

 

「おいら助けに行ってくる!」

「ダメ!ヌイグルミでしょ?!」 

「ちげーぞ。よく見てみろよ美幸」


 促されるままヌイグルミに視線を向けると、そういう装置が入っているのか、ヌイグルミはジタバタと動き回っている。


「ロボットなの?」

「ハードウェアはな。でもソフトはジュニアだ。だからおいら行かなきゃ」


 二人の男を見据えるように、ユーセンは体の向きを変えた。


「危ないことしないで!なんでそういうことするの?!」

 

 ユーセンは困惑したように首を傾げた。


「なんでって言われても。守るのがおいらの仕事だぜ。美幸のデータも守ってやったろ?代わりになるもんは無いから。何としてでも取り返したかったんだろ?」

 

『だって!写真は二度と同じの撮れないんだから!』

 大学生の財布には痛い料金を払いながらそんな事を言った記憶がある。

 本当に彼はあのウィルスバスターなのか?


「おいらの代わりはいるけど。ジュニアの代わりはいないんだ」

 

 ユーセンは特に自虐している様子もなく、あっけらかんと言い放った。


「代わりが沢山いるなんてそんな悲しいこと言わないでよ。」

「おいら行くぜ」


 いつの間に美幸の手から離れていたユーセンは立ち上がった。


「だからダメ!いかないで!」

 美幸は自分が重りになるようにユーセンにしがみつき押さえた。


「みゆき?」


 名前を呼ばれて我に帰る。

 気づけば普段着の与多が立っていた。


「じゃあな!」

 その一瞬の隙をついてユーセンは美幸の手から離れていった。

 追いかけようにも与多から目を離すことはできなかった。


 いつからそこにいたのか。

 夜遅い時間に彼女と密会していたユーセンをどう思ったのか。

 見方によってはユーセンに抱き付いているようにも見えた筈だ。


「今の誰?」

 与多は走っていくユーセンの後姿を見ていた。

  

 お客様。

 それは確かにそうだが与多の求める答えとは違うだろう。


「違うの……!」

 口に出してハッとする。

 これじゃホントに浮気してるみたいだ。


 与多もその答えに戸惑っているようだった。

 彼の目が泳ぐ。


「約束守れなかったの、ごめん。部屋にもいなかったし、どこ行ったかと思った。……今の人、連れ戻した方がいい?」


 与多は美幸の方は見ず、ユーセンが消えた曲がり角を見ながら問いかけた。


「うん」

「わかった。あとで話そ」

 与多は美幸の脇を通っていった。


 弁解するため言いたいことは山ほどあったが今はユーセンを追うことが先決だ。


「ごめんね」

「……」

 与多は何も答えなかった。


 ユーセンとの間に何かあったような誤解を生むセリフだったことに言ったあとに気づいた。

 だが今言い訳してもまた却って誤解を産みそうだ。


 落ち着いてゆっくり話そう。

 そのためには潔白を証明してくれるユーセンの存在がどうしても必要だ。


「こっち」

 美幸越しにユーセンが走っていく方向を見ていた与多は迷いなく左に行った。


 気のせいかいつもより距離が遠い。

 それは急ぎ足のせいだけでない事は分かっていた。


 そりゃ怒るよねと肩を落とした。

 美幸が落ち込む以上に与多の方が辛いはずなので、美幸はぐっと気を引き締めた。


 微妙な距離を開けてせかせか歩く男女を通行人は怪訝そうに見ている。

 明るい間とは比べものにならないが、深夜でも通行人はいるにはいる。

 やがて興味をなくし、元していたことに戻る。


 観光客か地元の人間か。

 どちらにせよこの街を急ぎ足で駆ける人はそうそういなかった。


 なら疾走していたユーセンはさぞ一目を引いただろう。

 そのことに思い当たり、誰かに聞こうか?と問いかけようとしたところ、前進んでいた与多が足を止めた。


「あれぇ?平介君と美幸ちゃん!仲直りできたの?」 

 舞台用の化粧は街灯のわずかな光でも反射し、闇の中からぬっとイキナリ出てきたように感じた。

 風呂敷包を抱えた蘭丸に遭遇した。

 風呂敷の中身は一目で一升瓶と分かる形状をしていた。


「もともと喧嘩なんてしてないよ」

 蘭丸は惚けたように首を傾げた。


「あれ?さっき月華楼に一緒に来たイケメンは見間違え?」

 蘭丸は要らぬ誤解を招くようなセリフを口にする。

 蘭丸は美幸にではなく与多に意見を仰ぐように視線を合わせた。


「浮気かどうかは後で判断するから」

「さっすが平介君、寛大!」

 与多の口調に全くの茶化しはなかったが、反して蘭丸はカラカラと笑った。


「浮気?!」

 聞きづてならない言葉を聞いて美幸は思わず聞き返した。


「同じヒロイアゲ同士のネットワーク甘く見ない方がいいよ?」

 蘭丸はニンマリと笑みを浮かべた。


 ヒロイアゲとは放置地区から行政の力で文字通り『拾い上げ』られた者のことを言う。

 差別的な意味あいが強いため、人に使う言葉ではないが、本人達はこうしてお互いの繋がりを示すように好んで使う。

 彼らはその言葉で管理地区生まれの人との間に明確に一線引いている。


 今ここにいない蘭丸の相方、蘭子も俗に言われるヒロイアゲだ。

 会った時には仲良くしてくれるが、与多と美幸がもし別れてしまった時、蘭子が味方をするのは与多の方で、彼女と疎遠になるのは美幸の方だ。

 そんな連帯感が彼らにはある。

 

 美幸は口に出す程愚かでないので誰にも言った事はないが正直、彼らの間にある連帯感のようなものが『羨ましい』。


 蘭丸はニヤニヤするのをやめて、真意を探るよう神妙な面持ちで美幸に詰め寄った。


「美幸ちゃんがイケメンと月華楼に来てたから『浮気かも?』って通報しといたわけ。疑いたくないけどさ?」

 蘭丸は違うよね?と美幸を上目遣いでみた。


 そんな通報と共にユーセンと一緒にいるところを見られたんじゃ疑われるのも無理はない。


「違うから!!!」

 力一杯否定すると蘭丸はふき出した。

「そーお?ならいいけど。」

   

「それは今はいいんだ。蘭丸、この辺にその例の男来なかったか?」

 与多は美幸と蘭丸の間に入るようにして話を打ち切った。

 与多を見上げたが一向に目は合わせてくれなかった。


「ヤツらならあっちあっち!駐車場で夜明かすつもりだろうね!」

 蘭丸は風呂敷を持っていない方の手で有料駐車場を指差した。


「ありがとう蘭丸君!」

「へいへーい」

 蘭丸は陽気に答えて袖を振った。


「行こう」

「うん」


 もう与多との関係を続けるのは難しいと感じていた。

 それでも、いざ別の人との関係を彼に疑われると心が痛い。

 彼に誤解されて終わってしまうなんて我慢できない。


 彼のことが大好きだ。


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