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カリロボ  作者: 広瀬ジョージ
エリア2編
72/95

18.脚本家の憂鬱


 尾崎透は駆け出しの脚本家である。

 ベテラン、中堅、若手がバランス良く所属する事務所に所属している。

 自身で演出を手がけたり、俳優として活動することもある華やかな職業だが、尾崎の場合は一般企業に勤める会社員と大差ない待遇である。

 

 先日尾崎の事務所に、毎回高視聴率を叩き出す連続ドラマの特番の脚本作成という大きな依頼が舞い込んで来た。

 その脚本作成を任されたのが尾崎だった。

 てっきり毎度安定した脚本を作り上げるベテランに任されるものだと思っていた。

 しかし、今回はなんと依頼者の指名で尾崎がえらばれたのだ。

 指名を受ける程のキャリアも実力もまだないが、指名の理由に思い当たる節もある。

 この前の脚本は自分でも驚くぐらい良いできだったのだ。


 尾崎はため息をついた。

 ため息は曇りとなって表れ、しばらく停滞して消えた。

 冬になるとセンチメンタルな気分になるのは、こうして吐いた息が目に見えるからだと尾崎は常々思う。


 自身が宿泊する松の湯屋のある通りのベンチに腰をかけ、尾崎は宙を仰いでいた。


 尾崎は今エリア2に来ている。

 古都は360度どこを見回しても美しいが、今日はここに観光に来た訳ではない。


 ここは尾崎が書いた脚本、夏の特番汗水刑事の事件簿のロケ地である。 


 汗水刑事の事件簿は元は山川夢宇原作の推理小説で、毎度小太り甘党だが恐ろしく頭のキレる汗水刑事が活躍する人気ドラマだ。

 キャラクターが確立されているため、多くの脚本家が脚本を提供しシリーズを作り上げている。

 コアな汗水刑事ファンはそれぞれの脚本家が描く汗水刑事像の微妙な違いを楽しんでいるそうだ。


 尾崎の脚本が使われたのは去年の夏ことである。

 その時は今回のような特番ではなく、別の推理ドラマシリーズのワンシーズンの中の1作だった。


 事務所に制作依頼があり、学生時代から書き溜めていたネタ帳からいくつかピックアップして仕上げたものだった。


 その脚本がなぜだか話題を集めた。

 監督が良かったのか、配役が良かったのか、はたまた広報が優秀だったのか定かではない。

 なんせ多くの人が関わり一つの作品を作り上げるので、誰が行ったどの仕事が結果に影響を及ぼしたかなんてわからないのだ。

 とにかく色々な要素が集まって、尾崎が称賛されることになった。

 

 そして尾崎のもとに、汗水刑事夏の特番の依頼が舞い込んだのである。 


 今まで指名されてから書くなんてことは学生の時ぐらいだった。

 しかもその時は『いつも本読んでるからいけると思った』という無茶ぶりだった。

 実力を買われたという訳ではない。


 時たま一度の成功で、実力以上の仕事を任されてしまったのだ。


 仮にも脚本家。

 ドラマシリーズを全作見返し、学生の頃読み漁った山川夢宇の原作を再び全て読み返し、その頃の記憶と一緒に引っ張り出された池の水伝説と結び付け、何とか脚本を形にして提出した。

 

 それなのになぜもう提出したはずの脚本の舞台に来ているのかというと、提出した脚本はまだ完全体ではなかったからだ。

 脚本は今最後の一部がない尻切れトンボ状態である。


 監督からは最後の一部はつまらないものを出すより、少しぐらい遅れてもいいものを出してくれと言われている。


 頭ばかりを動かして、煮えつまった結果、インドア派なのに妙に体を動かしたいという欲求が生まれた。

 欲求を満たすため考えたのが、自分の描いた脚本巡り。

 エリア2に来ることだった。 


 自分が書いた脚本の舞台であるこの場所に来れば、欲求を満たすと同時に、何かいいアイデアが降ってくるのではないかと考えた。


 だが何も降ってこなかった。


 尾崎が直面している箇所は汗水刑事シリーズの脚本家を悩ませる『魔の5分間』だった。


 魔の5分間とはエンドロールが終わった後の5分間、それ以下の短い時間のことを言う。

 汗水刑事ドラマファンならお馴染みのオマケ映像である。


 たかが5分、されど5分。

 この5分間で本編に深みを出すことも出来るし、笑いを一つ生み出すことも出来る。

 脚本家の腕の見せ所だ。


 最後の5分間なしというのも今までのシリーズであるにはあった。


 監督が『いいものが出るまで待つ。』なんて寛大な事を言ったのは、最悪、無しでも大丈夫だからだろう。

 そんな5分間だからこそ、つまらないものならつけない。ということだ。


 今の出来で満足なら、最後の5分は無しでいいではないかと思うが、エンドロール後視聴者に、今日はないんだ。と呟かれる事になるだろう。

 自分の脚本の感想がソレというのは余りにも悲しい。


 かくして、脚本家は視聴者のため、ともい己のために魔の5分間を必死で埋めるのである。


 魔の5分間を作る場所や役者を自分の思い通りに作るには制限がある。

 今回の場合はエリア2の観光名所を撮影のためと言って貸し切っている今だけだ。


 貸し切り期間を過ぎたら、いつも収録を行っているスタジオで魔の5分を作らなければならなくなる。 

 もうすでに出演者達はセリフを覚え現地入りしている。

 期限は迫りに迫っていた。 


 空を見上げると少しだけ欠けた月が頭上にあった。

 明日は満月になるらしい。


 池の水の伝説も満月からはじまった。


 満月になればアイデアも湧いてくるだろうか?


 月に願ってしまうあたり我ながら二流だなと尾崎はぼんやり思う。


 気晴らしで出かけた夜の散歩の帰り道、橋の上に佇む一人の女性に出会った。

 出会ったと言っても、尾崎が一方的に彼女を見ていたに過ぎない。

 ベンチに座ったままの尾崎の視界に彼女が飛び込んで来たのだ。


 彼女は誰かと待ち合わせでもしているのだろう。

 寒いのに立ち去ろうともせず、橋から川を見下ろしていた。


 寒い中立っている程愛おしい相手を待っている筈なのに、彼女の表情は優れない。

 もしかしたら、彼女は待ち人が来ないことを悟っているのかもしれない。


 いつもの癖でその人の素性を勝手に推理して決めつけた。

 その時、頭の質量が急に減ったような感覚を覚えた。


 これは前回絶賛された脚本を書いた時に感じた感覚に似ている。

 再現しようとしてもどうしても上手くいかなかったのに、彼女の姿を見たらあっさり再現できた。


 尾崎は名前を知らない彼女の事を池の水伝説のお幸にちなんで幸子と命名した。


 頭の質量が減る感覚。

 それは世間一般的に、閃きという。


 幸子を見て閃いた。

 魔の5分間では与平が現れるのを待ったお幸にクローズアップしよう。


 夏の特番におけるお幸は怨霊めいた物になり、次々と人を殺すため同情の余地はない。

 視聴者も感情移入しにくい。


 そこで魔の5分間をお幸を主人公にすることで、極めて人間的なお幸を視聴者に見せられるのではないだろうか。

 切ないエンディングになるが、見る頃は夏。

 妙にセンチメンタルになる冬とは違うのだ。


 閃きの女神幸子を拝もうとしたその時、幸子に浮世離れした男が近づいてきた。


 浮世離れしているように見えるのは、その男が透けるような白い肌の持ち主だったのと、この季節にあるまじき浴衣一枚で出歩いていたからだろう。

 いつもの癖でその人物の素性を推理するが明確な結論は出せなかった。

 尾崎は名前を知らない彼を浮世君と命名した。


 浮世は幸子と一言、二言、言葉を交わすと、幸子の手を取って歩き出した。

 何が起きたのか尾崎には一瞬理解が出来なかった。


 見たところ面識があったわけではなさそうな二人。

 通常なら強引に女性を連れて行こうとしている現場に遭遇したなら助けなければいけない。


 そう出来なかった、というよりもしたくなかったのは、二人の姿があまりにも幻想的だったからだろう。

 何かの始まりを予感せざるを得ない光景だった。


 ここで再び頭の質量が減る感覚。

 魔の5分間は与平とお幸の出会いを描くのはどうだろう?


 それは池の水伝説の始まり。

 伝説の始まりこそが今回の事件の始まりなのである。


 何かが始まりそうでも、その何かは必ずしもいい事である必要はないのだ。

 伝説により起きた事件の結末から先に見た視聴者達は何を思うだろう。


 気付けば浮世と幸子の姿はなくなっていた。


 1日の中に2度もあの感覚に遭遇するなんて……!

 尾崎が戸惑いと感動に打ち震えているとまた橋の上に新たな人物が現れた。


 その人物は浮世とはうって変わって、とても現実的な格好をしていた。


 板前のような白い作業着の上に今時の若者風の黒いジャケットを羽織っていた。

 なのに靴を選ぶ時間はなかったのかスリッパのような突っかけを履いていて、そこだけ寒そうだ。


 上着だけ持って急いで出てきたのだろう。

 推理するまでもなく見たままの格好だった。


 急いで出てきた青年は橋の上でキョロキョロ辺りを見回していた。

 彼は幸子を探しているのだと尾崎は直感した。


 よく見ると青年は先程尾崎が美味しい料理を食べていた松の湯屋の従業員だった。

 小鍋に点火し、火が消えた頃が食べ頃だと教えてくれたあの青年だ。


 声と顔を見ると若いというのが分かるが、短く刈り込んだ髪や落ち着きが若者らしからぬ雰囲気を醸していたのが印象的な青年で、記憶に残っていた。


 直ぐに彼だと分からなかったのは、接客時に見せた落ち着きと走って出てくる様が印象と違ったからかもしれない。


 青年は幸子がいない事がわかるとストンと肩を落とした。

 読み取れる表情は安堵。

 その後青年は、接客していた時のような落ち着きをはらって、来た道を戻りはじめた。


 なんというすれ違い!


 青年よ。

 幸子はった今までここにいて、浮世がさらっていったぞ!


 青年はきっと幸子が既に帰ったと思ったのだろう。

 だから悲しみの表情でなく安堵の表情を浮かべたのだ。

 寒い中で長い間幸子が待っていたのでなく安心したのだろう。


「アァー……!」

 あまりの歯がゆさに思わず声を漏らした。


 するとまた頭の質量が減る感覚。

 魔の5分間は与平の最期を描こう。


 与平は夏の特番において、伝説の中にのみ存在する。

 お幸のように怨霊として汗水刑事のいる現代に現れたりしない。

 結局は怨霊なんてものはなく、伝説に擬えて恨みを晴らそうとする計画殺人なのだがそれはまあいい。


 与平の最期を描くことで、お幸の強過ぎる思いが一方的なものでなかったと強調できるのではないか。

 怨霊としてのお幸と与平に愛されたお幸との違いも明確になる。


 なんてことだ!

 一日一晩の間に3度も閃くなんて!

 エリア2は国内屈指のパワースポットだと言われているがその力は伊達ではない。


 こうしちゃいられない。

 忘れないうちにメモを取らなければならない。


 どんなに良い閃きだと思っても、一時間も経って冷静になってみればそうでもないアイデアだったということがよくある。

 後で見ても良いと感じるものが本物だ。


 今日の閃きはどれも本物な気がしていた。

 後で見返すためにもメモは必要不可欠。


 尾崎はスマホを手に取り愕然とする。

 どんなに操作しても画面に光が灯らない。


 そういえば新幹線に乗っている間ずっと弄っていた。

 それがいけなかった。


 尾崎はちっと舌打ちすると急ぎ足で宿に戻った。

 幸子が待っていた橋を渡り宿に入る。

 

「おかえりなさいませ。」

 フロントに立っていた若女将が優雅な身のこなしでお辞儀した。

 着物美人に弱い尾崎は、書くものを借りることを忘れて、二ヘラと笑い返しながらフロントを通り過ぎてしまった。


 このままUターンして借り物をするのもなんだかカッコ悪いので部屋まで戻ることにした。

 

 客間へ上がる階段に差し掛かったところで地獄耳が発動した。


「いなかったです」

「え?!俺見たけどな」

「人違いじゃ……?」

「馬鹿お前、美幸ちゃんがこーんな小さい時から知ってんだ。間違えねぇと思うよ?」


 声は客間に続く階段上部ではなく、主に従業員が使う階段下部から聞こえていた。

 一つは先程の青年の声。

 もう一つは話している内容からすると、青年よりも前からこの宿で働いている従業員らしい。

 そして幸子と勝手に名付けた女性は美幸というようだ。


「電話でもしてみたら?」

「外で待ってたかって?聞けないですよ。俺から今日は無理って言ったのに」

「まーな。いっそ今から会いに行ったら?」

「おやっさんに殺されますよ。」


 おやっさんというのはおそらく二人の上司というよりも師匠なのだろう。

 そしておそらくおやっさんはこの旅館の権力者で、幸子の父親。

 『小さい頃から知ってる』という発言と合わせて考えると幸子はこの旅館の子。

 

 二人はまさしく現代のお幸と与平じゃないか!


 尾崎は階段を下りて、青年と声しか知らない従業員にその話を詳しく教えてくれ!と詰め寄りたい衝動に駆られた。

 

 手すりに手をかけたところで冷静なり、危ない危ないと自分を落ち着かせた。

 尾崎が一人呼吸を乱している間にも二人は会話を続けていた。

 

「拾ってくれただけでも、一生返せない恩なのに」

「……おやっさんや美幸ちゃんがそんなこと気にしてると思うか?」

「思いません」


 悪い事を聞いてしまった。

 尾崎は完全に冷静になり、本来の目的である自室に向かった。


 青年はおそらく放置地区出身だ。

 

 放置地区は帝都の改革の波にあおられ職を失った人の行つく場所。

 改革から年月が経った今では、そこで第二世代、第三世代の子供が生まれ今でもそこで暮らしているという。

 彼もそうしてそこで生まれたのだろう。


 ごくまれに放置地区から社会活動として親のない子供たちが救済される。

 すると身分証が与えられ、システム管理化での生活が出来るようになる。


 そうした人たちは、自分が放置地区出身であることを隠しながら生活を始める。

 未だに放置地区出身というだけで差別を受けることがあるからだ。

 それは就職においても結婚においても、さらにはただそこにいるだけでも差別が見られる。


『放置地区出身のヤツに料理を作らせるな!』

 信じられない話だが、今の話を聞いただけでこのような難癖をつける輩がいない訳ではないのだ。  


 青年が幸子と一緒になるのには、思いもよらない大きな障壁がある。

 脚本家ということを利用して今まで数多くの人間観察を行ってきたが、尾崎にもその心境は憶測できなかった。


 部屋に戻った時、予定通り今日の閃きを3つ、後から見てもどこがどうよいか分かりやすいようにまとめた。

 書いている最中にも、この案は使わないだろうという直感があった。


 今までの閃きすべては池の水伝説を悲恋として描いている。

 尾崎はどうしても物語を悲恋で終わらせたくないと思い始めていた。 

 

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