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カリロボ  作者: 広瀬ジョージ
エリア2編
70/95

16.桜?と山下

 樹達が大富豪をはじめたのと同じ頃。


 山下は夜道を急いでいた。

 部屋で休んでいたら突然電話が掛かってきたのだ。


『圭!落ち着いて聞いてな。姫乃ちゃんが倒れた!』


 そんな穏やかじゃないこと聞いて落ち着いていられる筈がない。

 すぐさま間違いでないか確認したら間違いじゃないのだという。


 聞けば電話の主であるキャシーは隣の旅館に泊まっていて、温泉で気分が悪くなった桜に遭遇したらしい。

 桜を保護し部屋で休ませてるとのこと。


『……とりあえず今どこ?』

『隣だ、すぐ行く』

 返事してすぐに旅館を出た。


 隣と言っても入口はかなり離れていた。

 こんなことならすぐそばまで送ってやれば良かった。


 そう思ったが桜が倒れたのは温泉の脱衣所での事らしい。

 未然に防ぐということは不可能だっただろう。


 夜道を走っていると注意力が散漫になっていたのか、あろうことか人を跳ねた。


「すみません!」

 

 相手の方が体格は良かったが山下がタックルを加えたことで簡単に弾き飛ばされた。


「アニキぃ!」

 弾き飛ばされた本人よりも同伴者の方が悲鳴を上げた。


 地面で相手が唸っているのを見て山下は血の気が引いた。


「大丈夫ですか?……なんだお前か」

「お前かじゃねーよ!死んだと思ったわ!」

 三内はむくりと起き上がり、呻きながら唾をまき散らした。


「生きてるだろ。すまなかった。急いでるから」

「待て!あー痛い、骨が折れた!」

 三内は手首を押さえ、のたうち回る。


「連絡先置いていくから処方箋貰ったら請求しろ。こっちは急いでるんだ」

 山下は名刺を渡し去ろうとした。


 こうもしっかり対応されたんじゃ骨なんて折れていないのでどうしようもない。

 三内はいらねーよと名刺をはじき返した。


「こんな夜更けに何をそんなに急いでるんすか?」


 山下はこいつらに桜の事をなんと説明しようか言葉に詰まった。

 こいつらと必要以上に関わりを持ちたくない。

 それに安藤姫乃の名前を出すと妙に食いつかれそうだ。

 芸能マネージャーだと知られても面倒臭そうだ。


「仕事のパートナーが倒れた」

「え?!姫乃ちゃんが?!」

 丸山は素っ頓狂な声を上げた。

 

 山下は眉を顰める。

「なぜ知ってる?お前らまた妙な事嗅ぎまわっているんじゃないだろうな?」

 三内丸山には一度も職業を明かしたことはなかった筈だ。


 そして山下は冷静になって周りを見回してみた。

 この通りには人と出会いがしらにぶつかる様な通りはなく、あるのは『松の湯屋』の閉ざされた裏口が塀に面してあるだけだ。


 ここからいきなり二人が出てきたから気が付かずにぶつかったんじゃないだろうか。

 だとしたらなぜこの裏口から二人が出てきたというのだろう。


 二人を睨み付けると丸山は目を逸らし、三内は睨み返してきた。


「ちげぇよ。たまたま仁科から聞いてただけだよ。」

「そもそもお前らなんでここにいるんだ?」

「観光だよ!悪いか!」

「本当だろうな?何が目的か知らないが妙な真似したら覚えておけよ」

 山下は三内とぶつかる前と同じように駆け足で目的地に向かった。


 山下が見えなくなるのを見て三内丸山はホッと溜息をついた。


「怖かったー!それにしても大丈夫でしょうか?姫乃ちゃん……」

「そうだな……」

 三内はそう返事をして我に返った。


「心配してる場合じゃねぇ!チャンスだろうが!」

「そうっすか?かえって圭がつきっきりになりそうで怖いんっすけど……。」

 

 丸山の言うことにも一理ある。

 あの様子を見る限り無事を確認するだけということは無いだろう。


「それもそうだなぁ」

「いいなぁ圭。姫乃ちゃんと過ごせて、俺なんてユーセン君もなくすしほんとについてないっす……」

「飲みに行くか……」

 二人はこんな日ぐらいいいだろうと夜の街に繰り出した。

 三内丸山がもう一つ重要な落し物に気づくのは、後もう数時間先のことである。




 山下が温泉旅館香月にたどり着くと、フロントで待っていたキャシーに案内されて旅館の一室に通された。


「姫乃?大丈夫か?」


 桜は部屋の真ん中に敷いてある布団に寝かされていた。

 いつもと違わぬ安らかな寝顔にひとまず肩をなでおろした。


 桜の横に正座していたリーコが山下に気が付いた。


「たぶん湯疲れだろうって女将が言ってた。横になってお水飲んどけばよくなるって」

 リーコが戸惑っている山下に安心するようにと諭す。


 今日のリーコは浴衣を着ているのと見た目の割に老成しているせいで座敷童じみていた。

 どちらにしてもありがたい。


「旅行中に悪かったな。……ありがとう」

「お礼なんていいよ!疲れてる時はなりやすいらしいし」

 リーコは手を体の前でパタパタ振ってみせた。


「ケーイ、ちゃんと見ててやらんと!姫乃ちゃんに疲れさせるようなことしたん?」

 ニヨニヨするキャシーにリーコが一括した。

 すると今度は至って真面目な様子で何か心あたりはないんか?と聞いてきた。


 パッと思いつくのは遠距離の移動ロケだが、それくらいで疲れる彼女ではない。

 日々の積み重ねだろうか。

 仕事の疲れということも考えられるが、数刻前の彼女の不機嫌そうな顔が思い出された。


「どうした圭?なんか思い当たる節がありそうやな?」

 山下はその可能性を消去したが、キャシーは目ざとく一瞬の表情を読み取った。


「なんでもない」

「嘘つけぇ!おねぇさんに言うてみ?」

 キャシーは山下の肩を組んで言うてみ、言うてみと揺らした。


「別に大したことじゃない」

「大したことかどうかは私が判断したるわ」

 こうなると引かないのは昔からなので、山下は仕方がなく今日あった事を話した。


「「それや!」」


 突如二人の声が大きく響いたので、山下はビクリと肩を震わせた。


「なんで不機嫌になったの気付いてたのに放っておいたん?!」

「指摘して欲しくなさそうだったから」

 鬼のような権幕で詰め寄られるとは思っていなかったので、山下は少しむくれた。


 桜は洋子さんに会ったあと明らかに不機嫌だった。

 でもそれをお互い話題にすることは無かった。


 それはどちらも触れたくなかったからだ。


 それからの道中、桜は何度も『寒いね』と言っていた。

 何か気を紛らわせようとしている時、何度も同じことを繰り返す癖を本人は気づいていない。


 不機嫌なのを隠しているのだろう。

 だったら蒸し返すような事はしない方がいいと山下は判断したのだ。


「そういう時は自分から今のは誰々って言わないと!」

 キャシーだけでなくリーコまでが目を三角にしている。


「言った。『5年前にちょっと世話になった知り合い』だ。と」


 二人はハァ?と呆れ混じりのため息をついた。


「何なん?その含みのある言い方は?!」

「絶っっ対なんかあると思われてるよ?!」


 なんかってなんだと山下も溜息をつく。


「本当にそれだけだ。それから今日まで会ってなかったんだ。ちょくちょくスマホでのやり取りはあったが。第一……洋子さん既婚者だぞ?」

「そんなん関係ないやん!分からんやん!」

 リーコはキャシーにそうだそうだ!と便乗した。


「聞かれてもいないのに、言い訳みたいにぺらぺら喋らんだろ……」

「聞けなかったんだよ!嫌な答えが返ってきそうで」


 リーコは姫乃さんが可哀相……と桜の布団を撫でた。


「それに俺たちはそういう関係じゃ……」

「今の圭の方がよっぽど言い訳がましいわ!」

 ピシャリと言われるときまり悪く黙り込むしかなかった。


「えぇか圭!姫乃さんに洋子さんがどこの誰かしっかり教えてあげるんやよ?」


 桜がそのことで気に病んでいると決まった訳じゃないだろうと思ったが、それを言えばまた烈火のごとく叱られるのは目に見えていた。

 頷く他ない。


「わかった。」


「ならよろしい!」

 キャシーがやっと笑顔になった。


 キャシーの怒りが収まったところで、山下はまたぼそぼそと言い訳がましく聞こえる思惑を吐露した。


「さっきも言いかけたが、俺たちはそういう関係ではないんだ。洋子さんの件は俺の思い過ごしかもしれない」

「思い過ごしならそれでええやん。恥ずかしいの圭だけやし」

「よくないだろそれじゃ。とんだ勘違い男だ」

 キャシーはカラカラとおかしそうに笑った。


 その時丁度布団がもぞりと動いた。


「んー」

 唸っているようだ。


「姫乃」

「山ちゃん……?」

 呼びかけると返答があった。


「そうだ。動けるか?」

「動けん。」

 そういうと桜はもぞもぞと布団にうずくまった。

 上手く呂律も回らないのだろうか、短く言い切った。


「もうちょっと休ませてあげてもいいよ?」

 リーコがどちらにいう訳でもなく言った。


「帰る。」

 桜はガバリと布団から起き上がった。


「おい、大丈夫か?」

「おんぶ」

「は?」

「おんぶ」

 桜は両手を広げて山下を上目遣いで見ている。


「甘えるな。」

「圭!おぶってやり!」

 キャシーに急かされて山下は仕方がなく背中を向けた。

 すると桜は首に手を回して肩に顔を埋めた。

 そのこそばゆいさに山下はわざと顔をしかめた。


「どうしたんだ……?」

 その甘えっぷりに困惑するほどだった。


 キャシーはニヨニヨ笑っていたがリーコは心配そうに桜を眺めていた。


「いつもはこんなんじゃないんだ」

「はいはい!分かってますってっ!隠さなくてもえーんやで、別に」

 キャシーには照れ隠しで言ったように思われたようだ。


「圭、私達も隣まで送ってくよ」

「あぁ、助かる。」


 流石にマネージャーとはいえ、男女一組で入室するのは見られたらマズい。

 まして桜は弱りきった状態だ。

 あらぬ誤解をされかねない。


「別に平気。いらん」

 桜が顔を埋めたまま返事した。


「おい、何言ってんだ!……ついて来てくれ」

 山下は桜のいつもとは違う様子に戸惑う。


「うん?」

 リーコも桜の様子に戸惑いつつ承諾した。


「ごめんな、桜ちゃん!余計な人までついてって!二人が良かったよねぇ!」

 キャシーだけは上機嫌に山下の脇腹をつついた。


「ホントにスマナイ。いつもは人の好意を無下にするような奴じゃないんだ……」


「別に大丈夫だよ!荷物これだけだったと思うから」

 リーコはそういうと桜が風呂に持っていった荷物を抱えた。


「助かる」

 山下はチラリと桜に目をやったが顔をあげることもなかった。


 来た道を桜を背負いながら歩いた。

 その横にはキャシーとリーコ。


「そういえば、今日牧原達は来てないのか?」

 いつなんどきだって彼らは一緒にいるが今日は姿が見えない。


「いるよ!ちょっと別件でいないけど……」

「一応慰安旅行なんよ、今日。でもボンに呼び出されてな……」

 二人は顔を見合わせて作り笑いを浮かべた。

 彼らに休息は無いようだ。


「そうなのか」

 ドコも大変だなと山下は呟いた。


 部屋には既に布団が敷いてあったので、三人で手分けして桜をそこに寝かしつけた。

 桜に一言礼を言わせようと思ったが、桜が気持ちよさそうに眠っているのでキャシーとリーコが止めた。


「可愛い……ドレス似合いそう」

「お人形さんみたいや……変なことしちゃあかんで」

 キャシーが意味ありげな笑顔を山下に向けた。


「するかそんな事」

「またまたぁ!じゃ、私達はもう戻るで」


 茶化してはいたがこうして任せられたということは信用されているのだろう。

 リーコとキャシーはそそくさと帰り支度をはじめた。


「旅行中にすまなかった。世話になった。ありがとう」

「お礼なんていいよ」


 二人はおやすみと言って戸を閉めた。

 部屋には二人だけが残された。


 さっきはポツリポツリと話していた桜だったが、今はまたぐっすりと寝ているようだった。


 オートロックなので自分の部屋に戻ってもよかったが、目が覚めた時に一人だと不安になるだろうから同じ部屋にとどまった。


 部屋の隅の腰かけに座り息をつく。

 山下は洋子さんの事をなんと説明しようか考えていた。


 起きた時、聞かれてもいないのに関係をべらべら話すことになるからだ。


 キャシーは『ええやん。恥ずかしいの圭だけやし』と言った。

 別にそれは構わなかった。

 彼女の精神状態が良くなるならプライドなんてどうでもいい。


 問題はその後だ。


 恐れているのは発言により、今までの関係に亀裂が入ることだ。


 出会ってから今まで、桜が恋人ということは絶対になかった。

 それは桜にとっても同じことで山下が恋人ということはあり得なかった。

 使い古された言葉でいうのなら二人は友達以上、恋人未満だった。


 それが今回桜に対して彼氏面してしまえば、彼女はどんな反応をするだろうか。


 安心するか。

 照れるか。

 怒るか。

 拗ねるか。


 彼女がさほど気に留める事が無いように、さりげなく洋子さんとの関係を話せるだろうか。


 もし、桜が良かったと安心したなら。

 それは彼女が自分を思ってくれていることである。


 嬉しくない筈はない。

 しかし彼女の好意を知ってしまったら、山下だって変わらないでいる自信がなかった。

 愛さずにはいられないだろう。

 そんな事になってしまったら……


「山ちゃん……」

 布団がもぞりと動き中から弱々しい声が聞こえた。


「安藤?起きたのか?」

「寝てる。」

「どっちだ。もう平気か?ならもう部屋戻るぞ」


「嫌」

 帰ろうとすると呼び止められた。

 一緒に眠ったりすることはあったが、他に誰もいない状態では流石にまずい。

 

「わがまま言うなよ」

「わがままじゃないもん」

 桜はもぞもぞと布団を動かした。


「山ちゃんのせいだ」

 桜からそんなストレートな物言いをされるとは思わなかった。


「……ごめん」

「浮気者めが」


 布団がポンと跳ね上がった。

 どうやら布団を蹴り上げたらしい。


「安藤、どうした……?!」


 急に乱暴になったと思いきや今度は布団の中からすすり泣く声が聞こえた。


「もう……!なんでそんなわがまま言うの?!」

「それはお前だろ?」


 情緒が安定しない桜を一人で置いていくことは危険だと山下は判断した。


「まぁいい。今日はここにいる。」


「ふふふ。ありがと!」

 泣いたと思ったら笑い出した。

「おう……」


 まだ何か喋るかと思ったがそれっきり何も喋らなかった。

 山下は首を傾げて部屋の隅に移動した。

 柱に寄りかかってそっと目を閉じた。

今日は大丈夫でした。これからもよろしくお願いします。

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