14.ユーセンin樹
松の湯屋自慢の温泉から割り当てられた時間通りに退散した高校生4人組は自室に篭っていた。
修学旅行の醍醐味である別部屋の生徒との交流は諸事情により断絶されている。
部屋に敷かれた布団の上で樹の姿をしたユーセンは転がされていた。
手を体の後ろで縛られ身動きが取れない。
人間の体というのは不便なもので、腕を封じられるだけでバランスを崩してしまう。
「はなせ!」
「おいユーセン。静かにしてないと口も塞ぐことになるよ?」
子供みたいな顔をした和馬の同級生が睨みを利かせてきた。
永久というその同級生は樹の一番の友人らしい。
その割には浴衣用の帯で縛ったり、ちょっとでも体を起こそうとしたら、すぐに地面に張り倒すので本当かどうか疑わしい。
「おい、ボン!助けてくれよ!」
ユーセンは部屋の中で一番よく知る和馬に話しかけた。
和馬はユーセンの生みの親で、マシュマロボディーの時はそれなりに可愛がられていた自覚がある。
その和馬も今はうーんと唸ってユーセンに近づこうとはしなかった。
「ごめんねぇ!今、哲を呼んでるからちょっとそのままでいてね!」
「なんだと?!」
ユーセンは直感的にマズいと感じた。
牧原ならばどうにかして元通りに直してしまうだろう。
折角、画面の外に出られたというのにこれじゃ縛られただけになってしまう。
ユーセンは一層激しく暴れまわった。
「ハナセ!この野郎!」
「なんか樹がお行儀悪くなったみたいで……変なの。」
葵は永久の横で一緒になってユーセンを見張っていた。
この部屋の中にいる唯一の女子だが、部屋の雰囲気を華やかにするなんてことはしていない。
「だよな……すげー違和感。」
葵に同意するように優太が頷いた。
ユーセンはキッと優太を睨んだ。
「なんだと?もういっぺん言ってみろ木林森!」
「止めろその呼び方!なんか傷つく!」
「知らねーぜ!そんな事!」
「なんでだろう……ユーセン君のその喋り方、人間だと全く可愛げがない……」
「ねぇ、ユーセン君!樹はどこにやったの?」
和馬も葵も勝手な主張をする。
フンとユーセンは鼻を鳴らした。
折角画面の外に出られたというのに歓迎されていないようだ。
それどころかこの体の持ち主である王野樹との再会を望んでいるようだった。
あいにくユーセンも目覚めたらこの状態になっていたので樹がどこへ行ったかなんて分からないので樹会わせようがなかった。
それならばこっちにも考えがある。
王野樹の体になってからどうも頭の調子が悪く、お得意の円周率百桁も言えなくなってしまったが、ある程度頭は使えるようだ。
データベースにアクセスしなくても出来る程度の問題解決、加えて王野樹が脳内に所持している情報も応用できる。
ユーセンは算段をたて、体の力を抜き布団に突っ伏せた。
それから誰かが話しかけるまで言葉を発しなかった。
「おーい、ユーセン……?」
案の定というべきか、一番人の良さそうな優太が体をゆすりにきた。
すぐには反応せず、うーんと唸ってみる。
「おい、大丈夫か?」
「うん……」
「あれ?ユーセン?」
「ユーセン……?」
首を傾げてピクリと体を揺らす。
「え……?これ何?なんで縛られてるの?」
不安げに周りを見渡してみる。
「樹が暴れてたからだよ!」
「ご、ごめんなさい……!」
とにかくすぐに謝る。
皆が元に戻ったか、戻っていないか迷い始めたところで今度は身を捩ってうずくまる。
「どうした……?」
「なんか……気持ち悪い……」
周りの人はオロオロし出した。
「え?大丈夫か?!」
「吐きそう……!」
最後のダメ押しでゔっと低く呻いてみた。
和泉が風邪を引いたりキャシーが二日酔いになるのを観察していた甲斐があった。
我ながら迫真の演技だ。
「ちょ、ちょっと待て!」
優太は受け皿的なものを探して手荷物を漁りに行った。
「葵!トイレに運んで!」
「合点!」
非力な永久は一番力がありそうな葵に指示を飛ばし、葵はそれに従った。
おぶるというよりも担ぐような形でトイレまで連れて行かれる。
「樹、大丈夫?」
「うん……ありがと、葵」
その時に洗面台の前を通りかかる。
結び目の位置を確認して、そこに親指を差し込む。
元々拘束用ではないため簡単に緩んできた。
「葵!気をつけろ!」
鏡を見た永久が葵に向かって叫んだ。
「もうおそいもーんダッ!!!バカが見るぅ!!!」
自由になった腕で帯を葵の首に掛けた。
首を絞められると思った葵は帯を両手で掴んだ。
絞め殺そうなんて思ってはいない。
両手で掴ませることが重要だった。
葵が帯を掴んだ瞬間、力任せに葵を後方に追いやる。
「おっとっと?!」
両手の自由がない人間はいつも以上にバランスがとりにくくなるのだ。
「うわ!」
「グェ!」
「ぎゃぁああ!」
あとをついて来た永久とその後ろにいた優太を巻き込み、三人が布団の上に倒れ込んだ。
唯一難を逃れた和馬は人垣で道を塞がれている。
「じゃあな!」
最後に尻を振ってペンと尻を叩いて見せた。
人間の体は硬すぎて叩いても乾いた音が鳴るだけだった。
走って廊下に出る。
出口はどっちかな?
初めて来る場所で自分がどこにいるかも分からない。
樹の記憶を辿り検討をつける前にとにかく部屋から離れることだけ考えて廊下を走った。
走っていると一人の女子生徒達と遭遇する。
「あ!王野君浴衣だ!写真撮ろ!」
建物の構造よりも人の顔と名前の方が簡単に脳内検索出来る。
クラスメイト。
女。
写真好き。
「ごめん!今はちょっと、それより出口ってどこだっけ?」
ユーセンの出来うる最高の腰の低さで道を聞いた。
すると丁度普段の樹の言葉遣いになる。
「出口?玄関の事?意外と方向音痴だね。そこのエレベーターで1階行ったらすぐじゃん!」
「サンキューだぜ!!!」
「あ、うん……?」
彼女達はいつもと違う様子に呆気に取られていたがユーセンに釣られて手を振った。
彼女達と別れた直後ドタドタとした足音が迫ってきた。
「ユーセンじゃなくて樹見なかった?!」
「それならそこに……」
こちらを指さした時には、もうエレベーターに乗り込み扉が閉まるところだった。
扉の隙間から手を振る。
「明日には帰るぜ!!!」
エレベーターはユーセンを乗せて降下していった。
チンと到着音がして再び扉が開くと、そこは日本庭園を模した美しいロビーだった。
「おぉ!」
エレベーターから飛び出しクルリと回ってみる。
画面からは見えないものが全部見える。
行けないところ、見えないものなど何もないのだ。
ユーセンは手始めに室内にある池を覗き込んだ。
そこには丸々と太った鯉がいた。
突然大きく身を乗り出して現れたユーセンに驚いて、身を翻して橋の下に逃げて行った。
次にユーセンは若い女性の形をした演奏ロボットに近づいた。
時間に配慮して演奏をしていない彼女に対して、
『なぁなぁオイラ自分で色んなところ行けるんだぜ!』
と得意げに微笑んだ。
「あれ?君は……?」
声がして振り返るとエレベーターに乗り込もうとしている男と目が合う。
和馬が呼び出した牧原だった。
その後ろには和泉、山城とBON男子メンバーが続く。
姿がいつもと違うので、彼らは和馬のクラスメイトぐらいにしか認識していない。
しかし引き止められたら追いつかれてしまう。
「やっべ!」
そうなったら、いよいよ外の世界探索が出来なくなってしまう。
「『やっべ』?」
牧原が惚けている隙にユーセンは真っ過ぐに、出口めがけて飛んでいった。
尻目にドタドタと階段を下りてくる優太と永久が目に入いる。
「マキさん!今のユーセン!」
優太の声が聞こえたが、ユーセンは構わず冬のエリア2に飛び出した。
自動扉の向こうは体を包む空気がまるで違う。
体の表面が突っ張るようで痛い。
こんな痛みもあるとは人間って意外と大変だ。
これが寒さという物か。
おまけに歯がガチガチと音をたてている。
痛みというのは脳に送られるダメージ信号の筈だ。
ということは、寒さというのは何らかの状態異常なのだろう。
状態異常が続くとウィルスバスターでも消滅してしまう。
なんとか回避する必要がある。
さて、どうしたものか……
その時、エリア2の夜にぼんやりと佇む女性が目に入った。
あれはたしか……!
ユーセンは王野樹でなくユーセンの共有ネットワークからの情報を引っ張り出す。
三内丸山に誘拐されてから情報は共有されていないが、人の名前と素性はそうそう変化するものじゃないだろう。
彼女はウィルスバスターユーザーの松永美幸。
ウィルスバスターを使った後もアイコンをディスプレイに置いたままにしてくれる優良ユーザーだ。
『松の湯屋』の若女将の娘で現在家業を継ぐか否かで迷い中の大学生。
何やらしょんぼりと立ち尽くしているようである。
ユーセンは優良ユーザーと美人なお姉さんには弱い。
数あるユーザー情報から彼女を見つけ出せたのもそれと関係がある。
話しかけずにはいられない。
そして彼女ならこの寒さという状態異常を何とかしてくれるだろう。
「ヨウ!」
ユーセンは通常のマシュマロボディー時と同じノリで彼女に声をかける。
美幸はハッとして振り返る。
一瞬嬉しそうな顔をしたが、その声の主が待ち人でないと分かるとまたシュンと沈んでしまった。
「何だよ、暗い顔して!」
ユーセンはズカズカと近づいていき、一方的に彼女をエリア2の案内役に任命した。
「どこ行った?!」
「逃がしたか!」
牧原の眼下で優太と、小さい男の子が吠えた。
先程飛び出していった和馬の同級生といい、アレがユーセンという発言といい状況が掴めずにいると牧原が乗り込もうとしていたエレベーターの隣が到着音を響かせて開いた。
そこから和馬と葵が降りてきた。
「あ!哲、遅いよ!」
慰安旅行中にも関わらず呼び出しに応じたのに、和馬は不服そうに頬を膨らませていた。
「ごめん坊、全く状況が掴めないんだけど、こっちでは何があったの?」
「こっちでは?」
和馬が聞き返すと和泉がメガネをクイッと上にあげながら口をはさんだ。
「我々の宿でもひと騒ぎありまして」
「だからキャシーとリーコはあっちで御留守番なんだ」
山城が言うと和馬はフーンと対して興味なさそうに相槌を打った。
「なるほどー。で、こっちでも問題が起こってるんだけど!」
カクカクシカジカ。
和馬が語るとどうしても劇調になった。
「って事はなに?ユーセン君が樹君に乗り移ってるわけだね。」
と山城。
「そんな非科学的な!」
と和泉。
「うーん……まぁ起こってしまった事は仕方がない。電話もらった時はよく分からなかったけど、本当のことなんだね」
と牧原。
立ち話も何だし、教師陣に見つからないよう部屋に戻り対策を練ることにした。
「ところでボンはなんですぐユーセン君だってわかったの?」
牧原の問いに和馬は何か思い出したようにポケットの中を探った。
「あ、そうそうコレコレ!これが例の電気風呂に浮いてたんだよね……」
和馬は牧原に水が滴るとまではいかないが、湿り気を帯びたUSBを牧原に手渡した。
本来ここにないはずの物の登場にBONは眉を潜めた。
「この中のユーセンと入れ替わったって……?」
「彼は無事ですかね?!」
和泉のいう通り再起不能な程びしょ濡れである。
「どうしよう!樹が……!」
葵は樹が海の底に沈んだかのように顔を青くさせた。
「待って落ち着いて。実はコレ防水加工が施してあるんだ」
「さっすが牧さん!!!」
優太がすかさず合いの手を入れる。
「でも、この中に彼のいる保証はないよ?だって、ユーセン君は樹君の記憶を持ってたんでしょ?樹君に一時的にユーセン君が統合されてる可能性も……」
「テツ、細かい事は良いから早く中にいるか確かめてよ!」
和馬に急かされ、牧原は仕方がなく頷いた。
「わかったよ」
「仕方がありません。PCも置いてきてしまったので『アレ』を使いましょう」
「仕方がないね」
牧原、和泉、山城が相談する横で葵が『アレ』ってなーに?と和馬を突いた。




