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カリロボ  作者: 広瀬ジョージ
エリア2編
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13.LadyBug

 仲良し4人組が松の湯屋の温泉で騒いでいたのと同時刻。


 温泉旅館松の湯屋の隣には、同じく温泉旅館、香月がある。

 玄関には『松田カンパニーBON御一行様』と書かれたウェルカムボードが立て掛けられており、他にも家族で来ていると思われる観光客が数組宿泊していた。


 リーコは部屋から旅館自慢の風呂に向かう途中の道で首を傾げていた。


「おかしいよ。なんでこれがココに?」


 リーコは赤と黒のマイクロチップを手にしていた。

 これは昨日エリア2に来る前に廃棄したものだ。

 このチップはレディバグと呼ばれ、ウィルスバスター強化用に特別に作ったものだ。

 あまりに感染力が強いうえ対抗策がないためお蔵入りになったウィルスでもある。

 焼却処分する為にゴミ袋に入れ、BONと坊しか入れない松田カンパニー資材室にあったはずだが何故か手元にある。


「あれちゃう?何回捨てても戻ってくる呪いのチップ的な?」

 キャシーは面白おかしく茶化した。


「でもよかったやん。誰も使わずにこうして手元に戻ってきたんやから」

「それはそうだけど……」


 このチップはこの旅館がある通りの酒屋に落ちていたらしい。

 その酒屋にお酒を仕入れに行った女将が相談を受け、チップに『BON』と刻印されていたため旅館の客のものだと判断して、リーコの手に渡った次第である。

 奇妙なのはBONのメンバーは誰も今日その酒屋には行っていないし、そもそもこの旅にチップを持ってきていないということだ。


 しかし、これは間違いなくリーコが作ったあのチップだった。

 BONの印と赤と黒の色合いは間違えない。


「まぁ、ええやん。しばらくは忘れよ。せっかくの慰安旅行やし!」

「そうだね」

 リーコはひとまずチップをフリルたっぷりの洋服の中にしまった。




 

 桜が温泉についたら浴場がほぼ貸し切り状態であることに気付いた。

 広い温泉には外国人らしい金髪の女性が一人と、小さな女の子がいるだけだった。

 二人は親子には見えなかったが、仲良く髪をお団子にまとめていて、湯船で楽しそうに話し込んでいる。


 盗み聞きはよくないと思いながらも金髪の女性が流暢に関西風の方言で話しているのが面白く、自然と耳に入ってくる。

 幼く見える女の子の方が落ち着いている印象を受けた。


 桜も髪と体を洗ったら二人の真似をし、髪の毛を高い位置で束ねてお団子にしておいた。

 桜は二人のいる湯船とは別の湯船に肩まで浸かった。


 心地いい温度に包み込まれる。

 二人のようにお湯の感想を分かち合いたいが今日はあいにく一人だ。


 今度葵ちゃんと来よう。と声に出さずに思う。

 そんな発想が浮かんで桜は少し愉快になる。

 去年まではこんなことはこれっぽっちも思わなかった筈だ。


 温泉は嫌いという訳ではなかったが、桜、樹に山下と三人で温泉地に行くと、どうしても桜が一人になってしまうので、進んで行こうと考えたことはなかった。

 しかし葵の存在を知ってからは行きたい場所がどんどん増える。


 弟の樹は可愛いが、買い物にはあまり乗り気じゃないし、服を買いに行こうなんて言ったらしぶしぶといった感じになってしまう。

 その点、葵は一緒に出掛けると言っただけで喜んでくれる。

 修学旅行の前には、旅行グッズを揃えるために二人だけでショッピングに行った。


 なぜ山下は早く葵の事教えてくれなかったのだろう。

 桜は伸びをしながらぷぅと頬を膨らまし吐き出した。


 ヨウコさんは知ってたのに。


 自分の心の声と気がつかないくらい無意識にそう思っていた。

 誰かが後ろから話しかけたと思ったぐらいだった。

 我ながら嫉妬深くて驚く。


 一緒にいられればそれでいいとさっきも結論付けた筈なのに、まだ引きずっているようだ。


 頭の中では山下とヨウコさんの会話を反芻させ、どんな関係なのか勘ぐっていた。


 雰囲気が悪くなるならヨウコさんのことを聞かない方が良いと思っていたが、やはり聞いておけばよかった。

 桜は嫌な気持ちを払拭するように、温まった両手で頰に当てた。


 そう言えば前にもこんなことがあったような……


 桜は斜め右を見上げてふと思い出す。


 そうだ。

 5年前の修学旅行も彼がどこに行って何をしていたか聞けなかった。

 一緒に回れなかったことを後ろめたく感じていたから。


 今思えばあの時素直に聞いてれば今日こんな思いをすることもなかった筈だ。


 学習してないな、私。


 あの時、もし問い詰めていたら今日ヨウコさんを違う風に見られたかもしれないのに。


「あぁ……綺麗やなぁ」

「ホントだね。」

「ボンに頼んで作って貰おうや」

「もぅ。どこに作るつもりなの?」


 先ほどの二人がガラス張りの壁の向こうを見ていたので桜もつられて外を見た。

 そこには純日本風の庭園があって、小さな池が月の明かりを浴びて輝いていた。

 ガラス越しには特徴的なあの音は聞こえないが、鹿威しが風流に動いているのも見えた。


 桜は声に出さず綺麗ですねと二人に同意した。

 次に二人は揃って壁の上部を見上げた。


「『池の水伝説』?こんなのあるんだ」

「きっとあんな感じってことか」


 浴場内にはお客を楽しませるためのエリア2の豆知識が書かれた木板があった。

 桜も二人を真似てその一から順に読み始めた。


 その一、銘菓の秘密

 その二、同じ通りに同じ名前の駅が5つある秘密

 その三、動く虎の絵の秘密


 池の水伝説は四番目だった。


 こちらに書かれているのは観光客を意識した明るい方の池の水伝説が載っていた。

 満月を映した池の水を飲めば二人は幸せになれる。

 5年前の修学旅行で学生に広まった噂もこちらの方だ。


 この伝説に擬えて、舞台となった通りには『月』の付く屋号が多いそうだ。

 屋号の話は初めて知ったので桜も感心した。


「月の屋号が多い通りに池の水が存在しているということやろうか」

「かもしれないねぇ」

 二人はふむふむと頷きあった。

 二人に感化されて桜もすっかり池の水を探す気になっていた。


 そこで5年前の記憶がふっと蘇った。

 池の水を探しに行ったあの同級生。

 最後はどうなったっけ?


 そう言えば女の子の方が遠くの大学に行くことになって結局別れてしまったらしい。

 そして肝心な池の水の方は?


 記憶を引っ張りだしたところで、明るい池の水伝説の方もバッドエンドになっていた事を思い出し、桜は池の水を探すことを止めにした。

 そしてまだ入っていない露天風呂に移動して、ゆっくりと温泉を堪能することにした。

 湯船に移る時は凍えるほど寒いが湯船に入ると首から上は涼しく身体だけ温まるので永遠に浸かっていられる気がした。


 桜が露天風呂から室内に戻ってきたときには先に入っていた二人はいなくなっていた。

 桜は最後に炭酸風呂に浸かってから上がることにした。


 脱衣所に戻るとさっきの二人はまだそこにいた。

 

 桜は待ってきたバスタオルに身を包み、水気を取った。


「ない!ない!どうしようキャシー?!?!」

 浴衣姿になった少女はカゴを掴んで振ってみたり、別のカゴをどかしたりしている。

「落ち着いてリーコ!やっぱりあれは呪いのチップやったんや!」

 金髪の女性も浴衣姿になっていたがこちらは飄々として落ち着いていた。

「ふざけてる場合じゃないよぅ!」


 何かなくしてしまったようだ。


 呪いのチップとはおかしな響きだが桜は周りにそれらしき物がないか見回した。

 チップと呼ばれるからにはそれなりに小さい物だろう。


 そして桜は藤の篭が置かれている棚の下に、赤と黒の小さいチップが落ちていることに気が付いた。

 温泉施設に似つかわしくないものはこれだけだ。

 おそらくこれだろう。


「あ!もしかしてコレですか?」

「あぁ!すいません、どこに???」


 桜は場所を教えるよりも自分が取った方早いと思い手を伸ばした。


「ここです!たぶんコレですよね?」


 チップはうっすらと湿り気を帯びているような気がした。

 指の腹で摘まむとチクリと刺すような小さな衝撃があった。


 こんなに湿気があるのに静電気だろうか?


「はい、これ……?」

 摘まみあげてそれを二人に差し出す。


『これ何?』

『見つかってよかったです』

『てんとう虫みたい。』

『壊れてないですか?』

『濡れちゃってるし……』


 様々な声が頭の中にいきなり流れ込んできた。

 あまりに多くてそれが誰かの声じゃなくて自分の思考だと気づくのにしばらくかかった。


「あ!ありがとうございます!」


 小さな女の子が桜の差し出した手からチップを受け取ろうとした。

 桜は自分の思考に戸惑い、若干のめまいを感じながら左手で棚を掴み、体を支えた。

 桜の異変を感じ取った金髪女性が問いかける。


「顔色悪いけど大丈夫?」


「はい……」

 返事はしたものの返事がとても頼りなく響いたことに気付いた。


『自分だったら『本当に大丈夫?!』って聞き返しそう。』

『大丈夫じゃないよ。』

『みれば分かるでしょ?』

『なんで今日はこんなに喧嘩腰のなの?』

『のぼせたのかな?』

『これが噂の湯あたり?』

『噂のってなに。』

『私のぼせたのも、湯あたりも初めて……!』

『なんで今?』

『タイミング悪いよ。』


 桜は自分の思考の波に酔う。

 一つの事を考えるとそれに誘発されて幾重にも答えが返ってくる。


 まるで頭の中で何十人もの人間が一緒に喋っているようだ。


 奇妙なのはどの思考も全く共感できない訳ではないということ。

 紛れもなくそれは自分の思考で、普段なら他の思考に押しつぶされるはずの思考だ。

 今日はそれが全部聞こえる。


「ホンまに大丈夫?」

 桜は金髪の女性が自分を支えてくれていることに気づいた。


「……」

 桜は答えることが出来なかった。


『関西弁?』

『ありがとうございます、大丈夫です。』

『ダメ、置いてかないで!』

『先に服だけ着せて。』

『横になりたい。』

『我に気安く触れるな。』

『今の何?誰?』

『山ちゃん呼んで!』


 頭の中ではまた何人も同時に喋っている。


「キャシー……なんかおかしいよ」

「せやな、姫乃さん。連れはおる?一人で来たん?」

「……」


『違います。』

『マネージャーと来たの!』

『電話かければ来てくれるかなぁ……』

『もう、寝てるかも。』

『寝てる時もしかめっ面なの!』

『起こすの可哀相。』

『そんな事言ってる場合?』

『姫の有事にフトドキ物が!』

『ねぇ、あなたさっきから誰なの?』


 桜は目が回ってその場に立っていられなくなった。

 その場にペタンと座り込んでしまった。


『床ヒンヤリ!』

『床綺麗かな?』

『だとしても気分的になぁ……』

『また洗い直し!』

『それどころじゃないでしょ?!』

『すみません、手を貸してもらえますか……?』

『早く立たせろ!早くせい!』


「姫乃さん?!大丈夫?」

「あかん。リーコ、とりあえず圭に連絡し!」


『見ず知らずなのにありがとうございます……』

『『姫乃さん』って知られててちょっと嬉しい!』

『有名になったね。』

『ちょっと待って『圭』って言ってなかった?』

『下の名前!ズルイ!』

『『山ちゃん』って苗字だし……』

『私も今度そう呼ぶもん!』

『知り合いかなぁ?』

『この浮気者が!いろんな女に手をつけよって!』


「立てる?」

 リーコと呼ばれた女の子が自分を覗きこんでいることに気づいた。

 応えることが出来ずボーと顔を見つめ返してしまう。


『気安く話しかけるでない、小娘!』

『ひどい。どんな性格してるの?!』

『さっきからあなただけ変。』

『私じゃないみたい!』

『だって何ひとつ共感できない!』


 ぐるぐると回る思考の中で一つだけ異質な思考が混ざっていた。

 それは言葉使いも違えば、考えていることも違う。


『あなた誰なの?』

『ひょっとして、このぐるぐるあなたのせい?』

『怖い、助けて……』

『山ちゃん……!』

『いやだ、いやだ!』

『いろんな私がいるんだね!』

『ねぇ、誰なの?』

『誰だって?そんなことも知らぬか、私の名は……!』


 桜の視界がぐにゃりと歪んだ。


「姫乃さん?!姫乃さん?!」

「ちゃうで!本名はえっと確か……桜ちゃんや!桜!桜ちゃん!」


『誰も私を呼ばないのか。いつだってそうだ。だから私は冷たい水の中で……』


 急に温泉で火照った体が冷えたような気がした。

 同時に流れ込んでくる歪んだ白っぽい丸のイメージ。


 それが水の中から見上げた満月だと気が付くのにしばらくかかった。

 勿論桜はそんなものを一度も見た事がない。


 あなたは誰……?

 桜の思考はぷつんと途切れた。

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