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カリロボ  作者: 広瀬ジョージ
エリア2編
63/95

09.池の水伝説

 昔、昔の話。

 ある国の姫、お幸とその家臣である与平がいた。


 二人は恋仲であったが身分の違い所以、受け入れられなかった。

 二人は夜になると城の池の前で人目に触れないようにひっそりと会っていた。


 その池は人の腰まで程の深さしかなかったものの、大変清らかでまるで鏡のように世を写した。

 その美しさが災いし、池に写った満月を見物しに来た王に二人は見つかってしまった。


 お幸を隣の国の王に嫁がせるつもりだった王は怒り狂い、その場で与平を切り殺そうとした。

 しかし、お幸が泣いて止めるので、仕方がなく刀を下ろし条件を出した。


「お前達が本当に思いあっているのなら、次の満月の夜ここに来い。

 お前が身を引くようなら、この国で一番の美人と名高い娘とそれ相応の地位をくれてやろう」

 与平は迷いもなく頷いて見せた。


 二人は次の満月の夜には結ばれると色めき立った。

 時が経ち約束の日になった。


 その間に王はあの手この手で与平に身を引くように仕向けたが、一向に彼は揺るがない。

 焦りを覚えた王は、与平を野山に呼び出し足を切ってしまった。


 そして王は陽の沈む前からかの場所で待っている娘に、

「あの輩は地位と女に目が眩みもうここに来る事はない。」

 と伝えた。


 それから月が出ても与平がその場所にくる事はなかった。


 与平が傷ついた足を引きずってその場所に来たのは、月がとうに沈んだ後だった。

 与平はそこで変わり果てたお幸を見つけた。


 お幸は悲しみのあまり池に飛び込み、足のつくその池で溺れ死んだのだ。

 それを見た与平はお幸の元へ向かいそこで力つきた。




 これが悲しい池の水伝説。


 ちなみに今度桜が出演する筈になっているのもこちらのストーリーだった。

 桜の役どころはお幸。


 この池の水伝説内では主人公と言える役どころであるが、夏の特番においてはそうではない。

 主役は汗水刑事。

 池の水伝説になぞられて事件が起きるのだそうだ。


 なので桜はゲスト出演というところだろう。


 汗水刑事の事件簿は山川夢宇原作の人気ドラマシリーズで、出演ゲストは毎回豪華なことで有名だ。

 しかも通常よりも長尺の特番で呼ばれるのはとても名誉なことだ。


 桜は旅館の一室でしっかりとしっかりと台本を読み込む。


 詳しい台本が届くまでそんな悲しい話しだったなんて知らなかった。

 桜が高校生の頃聞いたのはもっと明るい内容だった。


 その頃の内容は今回クローズアップしている怖い部分は見事なまでに端折られていて、美しい部分だけ語られていた。

 イベント前後に急増するカップル達が池の水を探していたのを覚えている。


 楽しかったなぁ……


 意識がそれていたことに気づいて、桜はいけない、いけないと再び台本に目を落とした。


 そして今度は意図的に台本から目を逸らし、台本を閉じた。

 今の台本の内容と自分を置き換えて考えてみる。


 桜は役を演じる度に感情移入してイメージトレーニングをすることにしている。

 これは桜なりの役作りである。


 今回のドラマのように桜がお幸で、与平役に山下を据える。

 山下は弟の樹を除いて最も親しい異性と言える。


 恋人役に山下を据えたことが本人に知れたらなぜだと不審がられるか、役作り出来るなら何でもいいんじゃないかとも言いそうだ。

 どちらにしろ本人に伝わる筈はないのだから心配することもないだろう。


 毎度勝手に脳内で役を与えた人に『妄想させてください。』とこれまた脳内で宣言し、桜は妄想もとい役作りを始めるのである。


 自分がもしお幸なら、与平を許せない。

 最終的に足のみならず、命まで落とした与平にはあんまりかもしれないが、お幸は与平が池に来る前に死んでしまったのだ。

 しかも、地位やお金を選んで別の女の人のもとに行ってしまったとなると余計に許せない。


 桜は名前も知らない帝都学園の保健医を想像する。

 最近の山下の暫定彼女だ。


 結局あの人とはどんな関係だったのだろう?

 その人が許せないというよりその女性にうつつを抜かす山下がやっぱり許せない。


 桜は考えて余りにも腹が立ったところでふーと息をついて妄想することを辞めた。


 大丈夫。

 これは妄想内の出来事。

 だから彼と一緒にご飯でも食べに行こう。


 時計を見ると時刻は五時十五分。


 夕飯にはまだ少し早いが、一緒に周りを探索して夕飯を食べる場所を決めるのもいいかもしれない。

 思い立ったらすぐ行動。

 桜は立ち上がり、自分の部屋と山下の部屋のカードキーを持って部屋を出た。


 山下の部屋はすぐ隣だ。

 一度ノックしてみる。

 返事はない。


「山ちゃーん?入るよ?」

 手渡されたカードキーを使って中に入る。


 桜の部屋同様、落ち着いた和室一部屋で簡単に一望できた。

 山下は不在のようだった。


 どこかに出かけるなら桜に一声掛ける筈だし、どこに行ったのだろう?


 仕方がなく部屋を出ると廊下に貼ってある旅館の案内が目に入った。

 そう言えばこの旅館は豪華な大風呂が付いているのが自慢だった。

 桜は夕飯後に入ろうと思っていたが、山下はおそらくここに出かけているのだろう。


 風呂なら当たり前だが男女別々なので桜を誘う筈ないし、きっとここだ。

 桜は自室に戻ると窓際の椅子に腰を掛けて携帯電話を操作した。


『今どこ???一緒に夕飯食べにいこ』

 もし別のところにいても用事があってもこれなら返信が来るだろう。


 山下は仕事の影響なのか、かなり返事が早い。

 送ってしばらく返信が来ないということはやはり風呂にいる線が濃厚だ。


 桜は早く返信来ないかなという気持ちを妄想の種にして再び役作りに戻った。




 新田慎吾は旅館自慢の大風呂の脱衣所に足を踏み入れた。

 ここからもうすでに煙っている。


 人はほとんどいないようでいくつかある藤のカゴは逆さまに置いてあるのが多かった。

 その中で一つだけ正しい向きに置いてあり、衣服が入っていた。


 先客がいるようだ。

 たいして気に留めず、少し離れた位置の籠を表に返した。


 ふとさっきのカゴに目を向けたら、いけ好かない眼鏡が衣服の上にのっていることに気が付いた。

 よく見れば下にたたんである服も見覚えがあるじゃないか。


 新田は一瞬顔を顰めると手拭いを持って風呂に向かった。

 

 湯煙の向こうにこちらに背中を向け、両手を広げて悠々と湯船に浸かっている人物がいた。

 まるでこの空間は自分ひとりのためにあるとでもいうような寛ぎっぷりだ。


 一つが気に入らないと何もかもが気に入らなく見えてくる。

 折角いい風呂だというのに。


 新田はマナーとしてかけ湯をし、体を清めた後湯船に向かった。

 先ほどと変わらない位置にヤツはいた。


 他にも炭酸風呂や檜風呂などの湯はあったが、一番スタンダードと思われるその湯に新田は入っていった。


 一番スタンダードと思われる風呂から入り、次に変わり種に浸かるというのが新田の温泉ルールだ。

 ヤツがいるからという理由で自分の習慣を変更しようなんていう気は全くない。


 脚を付けたときに広がった波紋でヤツがチラリと新田を見た。


「お!山下君じゃん!」

 何か言われる前に先手を打つ。


「……どうも。同じ宿だったんですね」

 ヤツもとい山下は広げていた手を引っ込めて笑顔を見せた。


 今日は彼のトレードマークと言える眼鏡はつけていなかったが、いつもとたがわぬ爽やかな笑顔だ。

 芸能人をサポートする立場にありながら、芸能人のような綺麗な笑顔は新田にはどうも胡散臭く見える。


 新田は大きく息をつきながらお湯に肩まで浸かる。

 チラリと山下を見ると窓の外を眺めていたので、目が合わないうちに敵のステータスを探る。


 新田はいつでもアクションシーンがこなせるように日々体力トレーニングや肉体調整は怠らないし、それなりに肉体美には自信がある。


 一方山下の方はガチガチに筋肉がついている訳ではないが、野をかける牡鹿のような機能美を感じさせる体つきをしている。


 新田は体質上このようにはならないので実に腹立たしい。

 新田は運動を怠ればすぐに貧相な体つきになり、運動をすればかなり筋肉がつく。

 つまりは両極端な体つきにしかならないのだ。


「……」

「……」


 山下は無言が気にならないタイプのようで挨拶以上に話しかけてくることは無かった。

 一方、山下と違い新田は知り合いが一人でもいると無言が気になるタイプだ。


 なので、会話をするつもりは毛頭なさそうな山下に一方的に腹を立てながら話題を探した。


「山下君ってさぁ。事務所で働き始めてから何年目?」

 山下は再び新田が口を開くとは思っておらず、やや反応が遅れた後に答えた。


「もう十年になります。」

「へぇ」

 呟くと同時にそれで終わりかと新田は腹を立てる。


 短気と思われてしまうため『会話続ける気ねーなお前!』などとは口には出さない。

 新田は十年という言葉に引っかかりを覚えた。


「アレ?俺ら同い年じゃなかった?十三から働いてたの?」

「雑用みたいなもので仕事らしい仕事はしていませんでしたけど」

「スタントマンっていつから始めたの?」

「高校卒業後からです」

「マネージメント業とどっちが先なの?」

「スタントです」

「やっぱりさぁ。そういうのって訓練所通ったりするの?」

「……まぁ」


 途中から歯切れが悪くなった。

 山下は爽やかな笑みを浮かべたまま器用に苦笑いしてみせた。


「すいません。なんだかのぼせそうなので出てもいいですか?」

「どーぞ、どーぞ。大丈夫?」

「ええ、大丈夫です」

 新田は白々しく気遣うフリをしてみせた。

 白々しくったって構わない。


 なんせのぼせるそうなんて言っているが嘘だろうと思っているから。

 赤くもなっていない顔でよく言える。


 おそらく質問攻めから逃れるための言い訳だろう。

 嫌がっているってことは中々いいとこ責めている。


 嘘には嘘で返すのみ。


「あー俺も熱くなってきたなぁ!」


 新田も風呂の縁に置いてあった手拭いを掴んで立ち上がった。

 山下は水風呂から桶で水を救い上げて体を冷やしていた。

 

 新田も横に行き同じことをする。


「うわっ、冷たっ!」

「……」

 山下の表情は笑っているが、ついて来たのかと頬にかいてあった。


「もう出る?」

「はい、結構長い事浸かってましたので」

「そっか。」

「では、ごゆっくりと」

 山下が踵を返した。


「いや、俺も出るよ。」


 山下の足がサウナに向かっている事に気づいて新田もついていく。

「やっぱりシメはサウナだよなぁ!」


 サウナと口に出しながら新田はほくそ笑んだ。


 さぁ、お互い体を冷ましたばかり。

 どっちが長く入ってられるだろうか。


 新田は宣戦布告せずとも一分一秒でも長く入っていようと決めた。


「我慢大会は危ないですから。10分で出ますよ。」

「わ、分かってるよ!」


 我慢大会って子供かと思いつつも、まさに自分がそのことを考えていたので余計に腹立たしい。


 チクショウ、子供扱いしやがって!


 新田はそれでも諦めるということは知らず、山下とほぼ同時にサウナに入った。

 サウナ内には秒針付の時計が設置されていた。


 秒針ってあんなに進むの遅かったっけ?

 10分ってあれが十周回るんだよな……?


 新田はチラリと山下を見やる。

 山下は涼しい顔して目を閉じている。

 視線に気づいた山下はチラリと新田を見やる。


「そろそろ出ますか?」


 おい待て。

 まだ10分も経ってないぞ。


「10分って意外と長いですね。」

 山下は自分も熱くなってきたとでも言うような態度をとった。


 思ってもない事言うんじゃねーよ。

 お前、俺と違って一回も時計みてねーじゃねーか。


「あっそう?俺まだ平気」

 新田は余裕の作り笑顔を見せる。


「そうですか」

 山下はしばし逡巡した。


「じゃあ、そろそろ出ます」


 こんなのは勝負とは言えない。

 なんせ山下が勝負を放棄したのが見え見えだからだ。


 自分が出れば新田も出てくると踏んだのだろう。


 しかし新田は粘った。

「俺、もうちょっといる」


 山下の眉間に一瞬だけ皺のようなものが見えたがそれも一瞬のことで、すぐにつるんとした眉間に戻った。

 山下は笑顔のうらで腹を立てているようで、諭すように言った。


「明日の仕事に支障が出ますよ。病院沙汰になっても困ります」

 山下が笑顔を繕っているとはいえ初めて怒らせた。


 粘ってもよかったが、新田もあいにく限界が近づいて来ていたので仕方がなく後を追うことにした。


「わかったって」


 二人でサウナを出ると再び体を冷ました。

 歯切れの悪い勝負だった。


 新田は〇勝五八敗から〇勝五八敗一引き分けにカウントした。

 山下はサウナから出て以来無言を貫いている。


「山下君さぁ、妙に怒ってたけど。なんかあったわけ?」

 新田は先を歩く山下の背中に話しかけた。

「別に怒ってはいませんよ」

「そう?」


 山下に視線を送り続けていると、山下は観念したようにポツリと吐き出した。

「昔、我慢比べをして一人入院しました。」


 それは穏やかじゃない。

 でもそんなバカと一緒にされちゃ困る。


「早く折れればよかったです」


 新田は内心であーあと溜息を洩らした。

 

 我慢比べで入院したバカに同情する。

 入院するまで我慢した結果が『早く降参してやれば』良かったなんて惨めにもほどがある。


「そんなん、山下君のせいじゃねーじゃん」

「そうでしょうか」


 その挙句、勝負を挑んだ相手に心配され、相手にしたことすら後悔されている。

 山下に悪気はなくとも力の差を叩きつけているようなものだ。


 それくらいならいっそ、ふんぞり返って『百年早い!』とでも言ってもらった方が大分救いになる。

 しかし山下はそうはしない。


 格の違いを嫌というほど見せつけられ、どれだけの人間が散っていったのだろう。


 脱衣所ではそれ以上言葉を交わすことは無かった。


 新田は少ない荷物をまとめて部屋に帰ろうとしたが、視界の端で山下が携帯を操作していた。


 山下の携帯画面に映し出されていたのはチャット画面で、誰とのやり取りだかはすぐにわかった。


『今どこ???一緒に夕飯食べにいこ』

『風呂に入ってた。今からか?』

『そう!すぐ行ける?寒いから髪しっかり乾かしてきてね!』

『わかった。』

『じゃあ部屋で待ってるね』


 文末に可愛い絵文字が添えられている。

 文字打っている人が可愛いと絵文字まで可愛く見えてくるから不思議だ。


 でもその無愛想な文面はなんだ山下?!


 チラリと見るつもりだったがいつの間にガン見になっていたらしい。

 山下が新田の視線に気づいた。


 山下は特に盗み見を咎める様子はなく、どうしたというように首を傾げた。


「なに?姫乃ちゃん?」

「そうです。良かったら一緒に来ますか?」


 来ますか?って食事のことか?

 ヤツから食事に誘ってくるなんて……!


 まさかさっきの会話でお友達認定されてしまったのか?!

 そんなにすぐ友達認定してしまうぐらい友達いないのか山下……?!


 友達になってやらなくもないが、それはお前と姫乃ちゃんの関係がクリアになってからだ!!!


「今日は遠慮しておく。また誘ってよ」

「はい、ではまた今度」


 〇勝五九敗一引き分け。

 新田は浴場から出た瞬間に奥歯を噛みしめた。


 姫乃ちゃんと食事?

 行きたいわボケメガネ!

 でもなぜお前のセッティングした会合で、お前入りで食事せねばならんのだ!

 行くなら二人きりで、個室でまったりはんなりしたいわ!


 おい、ちょっと待て。


 俺が断ったことで二人きりで個室で過ごす機会を与えてしまったというのか?

 山下圭絶対に許さん!!!


 新田は再び静かに闘志を燃やした。

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